7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

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第三章〈アジャンクールの戦い〉編

3.4 侵略する国される国

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 百年戦争とは、イングランド王がフランス王位を要求して侵略を吹っかけてきた戦争だ。
 侵略地域における基本方針は、すべてを破壊する焦土作戦と、補給物資を現地調達する略奪だった。
 外国でどれほど蛮行を働こうが、自国民に恨まれる心配はない。

 被害を受けた人々は、侵略者イングランドを憎むだろう。
 同時に、侵略を防ぐことができなかった自国の王を恨むだろう。
 フランス王家から人心が離れることは、イングランドにとっても好都合だった。

 とはいえ、破壊した地域で調達できる物資は限られる。
 戦力を維持するために補給路はつねに確保しなければならない。

 アルフルール包囲戦で、イングランド軍は戦力の半分近くを失う打撃を受けた。
 アルフルールはセーヌ川の河口にある。上流には王都パリがあるが、侵攻を拡大しようにもフランス内陸へ行軍する余力がなかった。

 イングランド王ヘンリー五世は慎重だった。
 向こう見ずに攻めるのではなく、北上して港湾都市カレーを目指すことにした。
 最初に上陸したノルマンディーはイングランド王家ゆかりの地だったが、最短距離でドーヴァー海峡を渡るならカレーの方が近い。

 カレーへ向かって行軍する途中、ノルマンディー侵攻から2ヶ月を経てようやくフランス王国軍が追いついた。
 戦略上、フランス軍は絶対に負けられない戦いだ。
 イングランド軍は戦勝した勢いがあったが、戦力を7000まで減らしていた。
 一方、満を持して追いついたフランス軍は2万人以上の戦力を有していた。

 両軍は、カレーの南50キロ地点にあるアジャンクール村の郊外で衝突した。



***



 フランス軍とイングランド軍はにらみ合ったまま。
 まだ戦端は開いていなかった。

「カレーの手前で追いついたのは幸運だった」

 フランス王国軍の本陣では、王太子の代理として従兄弟のシャルル・ドルレアンが座していた。
 イングランド軍を率いる国王ヘンリーに対抗するには役不足かと思われたが、実際に指揮を執るのは歴戦の軍人たちである。
 もともと、王として機能していない狂人王シャルル六世の家臣団である。
 君主はお飾り。誰でも良かった。

「イングランドが保有している物資はせいぜい一週間と見ていいでしょう」
「脱走兵が増えて軍隊が自滅するか、そうなる前に焦って攻撃を仕掛けて来るか」
「どちらにしても、我がフランス軍が圧倒的に有利です。補給物資も戦力も」

 フランス王国軍の総司令官ドルー伯とブシコー元帥が作戦を立案し、シャルル・ドルレアンに説明していた。



***



 百年戦争はフランスとイングランド二国間の戦争だが、長い戦いの間に主力となる装備がめまぐるしく変わっていった。
 フランス軍は、騎兵の機動力と突進力を生かした戦法が得意だったが、イングランド軍の長弓兵に苦しめられた。
 イングランドでは、すべての身分の男子に日ごろからロングボウの鍛錬をするように義務づけていた。
 いざという時は、イングランド中の男を長弓兵に転換することができる。

 対イングランド戦で、フランスの騎兵は降り注ぐ矢の雨の中へ突撃しなければならない。
 盾をかざせば機動力が削がれてしまう。しかも矢じりには排泄物が塗り込められていて、小さなかすり傷から破傷風を発症して死ぬ者も多かった。

 ロングボウの攻略は、フランス軍の至上命題となった。

 矢傷を防ぐためにアーマーの素材はくさり帷子チェインメイルから板金プレートに変わった。
 頭から爪先まで、全身を隙間なくプレート装甲で覆った。

 胴体を守るチェストアーマーが20~40キロ。
 両足の装甲が10キロ、両手が10キロ。
 フルフェイスの兜に各種武器を帯びれば、とんでもない重さになる。

 とはいえ、プレートアーマーはとても高価で、すべての装備を調達できるのは裕福な貴族に限られた。
 直射日光で鉄板が熱せられるのを防ぐために、重装備の騎兵は鎧の上にサーコートを羽織った。
 騎兵が騎乗する軍馬を守るために馬鎧もつけた。

 休戦が破られたからには努力の結晶をこの戦いで見せつけよう。
 そうやって息巻く騎士も多かっただろう。



***



 シャルル・ドルレアンの前に、斥候に事前調査させて作った地図を広げた。

「斥候の報告によると、イングランド軍の物資は余裕がない」

 アジャンクール村と隣の村の間に森があり、森の半ばの低地が狭い道になっていた。
 周辺の守りは堅く、行軍可能な道は一本しかない。
 フランス軍は巧妙にこの悪路へイングランド軍を誘い込み、待ち伏せた。

「我々がカレーの補給路を抑えている以上、イングランド軍は長期戦に耐える力はないと推測できます」

 鬱蒼とした森に囲まれ、イングランド軍は進むことも引き返すこともできずに立ち往生していた。

「イングランド軍が生き残るには、カレーで補給するしか道はない」

 ブシコー元帥は、青地に金百合の飾りを散りばめた元帥専用の指揮杖メイスで地図をこつこつと指し示した。
 アジャンクールを突破して北上すれば、じきに港湾都市カレーに行き着く。

「一昼夜のうちに進軍してくるでしょう」
「つまり、我々が先んじて攻めるよりも迎え撃つ方が得策かと存じます」
「なるほど……」

 シャルル・ドルレアンは本職の軍人ではない。
 効果的な戦略をみずから発案することは難しいが、軍議を理解する知識なら持ち合わせている。

「そこまで事前に分かっているなら、布陣はどのようにすべきだろうか」
「イングランドの主力は長弓兵です。ただし、ヘンリーの周囲は騎兵の精鋭が固めています」

 ドルー伯が、地図上に駒を並べた。
 青い駒がフランスで、赤い駒がイングランドだ。

「我がフランス軍が正面に展開する第一陣はクロスボウを装備した歩兵部隊です。長弓兵をある程度排除したあと、第二陣として重騎兵を突撃させます」

 そう説明しながら、青い駒の一部を森の外に置いた。

「正面衝突しているかたわらで、騎兵の別働隊を動かします」

 森の狭い道で青駒と赤駒が入り乱れる中、青駒の一団が森の外周を回り込む。

「こうして回り込んでイングランドの背後を突き、補給物資を奪うか破棄します。イングランドの長弓兵は徴兵された農民が多い。食料の喪失は、兵の士気を大いに損なうでしょう」

 森の中の狭い道。
 正面と背後からの挟撃で、イングランド兵に逃げ場はない。

「なるほど。私に異論はない。大いに励むように」
「はっ!」

 作戦会議の外では激しい雨が降っていた。
 悪天候にも関わらず、従軍している騎士たちは明るく賑やかだった。
 誰もがみな、気が高ぶっている。ただひとりを除いて。

「嫌な雨だ」

 リッシュモンは、暗い記憶を振り払うように武器の手入れをしていた。
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