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第二章〈王子と婚約者〉編

2.14 宣戦布告

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 無怖公ブルゴーニュ公は、暴動を煽動した罪を咎められそうになると自領ブルゴーニュへ逃亡した。
 王太子はブルゴーニュ公の追放を宣言。宮廷は、反ブルゴーニュ派が優勢となった。

 ブルゴーニュ公は起死回生を図り、力を欲していた。
 反ブルゴーニュ派も、勢力を維持するために力が必要だった。

 イングランドと休戦協定を結んでから19年。
 その間に、イングランド王国はプランタジネット王朝からランカスター王朝に移り変わった。
 一方のフランス王国ではヴァロワ王朝四代目になった。

 フランス王国にとって、対イングランド戦はとっくに過去の出来事だったのだろう。
 ブルゴーニュ公も、反ブルゴーニュ派も、水面下でイングランドに助力を求めた。
 ランカスター王朝・第二代国王ヘンリー五世は、誰にでも分け隔てなく親切だった。ブルゴーニュ公にも、反ブルゴーニュ派にも手を差し伸べた。
 フランス宮廷の内紛にじゃぶじゃぶと油を注ぎ、さいごに見返りを求めた。百年戦争の発端となったフランス王位を欲した。
 休戦し、王朝が変わり、王が代替わりしても、イングランドの野心は衰えていなかったのだ。
 ブルゴーニュ公も、反ブルゴーニュ派も、さすがに王位を譲渡することはできない。

「よろしい、ならば戦争だ!」

 再び、イングランドが侵攻してきた。百年戦争の再開である。



 ***



 宮廷では、反ブルゴーニュ派貴族アルマニャック伯が頭角を現していた。

「イングランドの蛮行は許しがたい。休戦協定をないがしろにする気か!」

 アルマニャック伯は、王弟の殺害後に遺児となったシャルル・ドルレアンの後見人を務め、ブルゴーニュ公の横暴に危機感を抱く者や、亡き王弟の支持者たちの結束を固めた。
 反ブルゴーニュ派は、アルマニャック派と呼ばれるようになっていた。

「まったく、腹立たしい限りだが……」

 ブルゴーニュ公を排除したのも束の間、新体制で宮廷を立て直そうとした矢先に災難が降りかかり、王太子はまたもや苦悩していた。

「もしかしたら、イングランドは姉上をフランスに突き返した時に、休戦協定を白紙にしたつもりだったのかもしれない」

 休戦協定を結んだときに和睦の証しとして、私の長姉・イザベル王女はわずか7歳でイングランド王リチャード二世の妃になった。
 しかし、主戦派のヘンリー・ボリングブルックがクーデターを起こし、リチャード二世を監禁・餓死させて王位を簒奪、みずからヘンリー四世として即位した。
 このとき、イングランド王妃となっていたイザベル王女も夫とともに捕われ、リチャード二世が死ぬと、王女は身ひとつでフランスに送り返された。莫大な持参金は戻って来なかった。
 帰国後、イザベル王女はいとこのシャルル・ドルレアンと再婚し、娘を出産して間もなく死んだ。享年19歳。
 百年戦争の裏で、政略に翻弄された悲劇の王女である。

 姉だけではない。兄もまた、政略に翻弄されたあげく悲劇的な最期を遂げることになる。

「王太子殿下、どうなさいますか」 
「イングランド王の要求は到底受け入れられない。休戦協定は破られた。受けて立つほかあるまい」

 宣戦布告の報は、またたく間に王国中に広まった。
 フランスは治安が悪化していたため、傭兵稼業は仕事に困らなかったが、国家間の戦争が始まれば報酬は桁違いに膨れ上がる。
 王太子の徴兵の呼びかけに国中の騎士や傭兵が集まった。
 だが、ブルゴーニュ公は領地に引きこもったまま動かなかった。
 ブルゴーニュ派貴族も、無怖公の顔色をうかがって積極的に戦力を出そうとはしなかった。

 出撃直前になって王太子は急病で出陣を取りやめ、代わりにいとこのシャルル・ドルレアンが参戦することになった。
 肝心の王太子が戦場へ行かないことで、開戦前からフランス王国軍の士気は落ちていた。何か謀略が潜んでいるのではないかと、誰もが疑心暗鬼になった。

 ブルゴーニュ派貴族で参戦したのは、王太子付きの騎士リッシュモン伯だった。
 もともとブルゴーニュ公の意向で宮廷に送り込まれた若い騎士だが、正騎士シュバリエ叙任を契機に王太子に臣従し、無怖公ブルゴーニュ公に平然と逆らったと噂されている。

 リッシュモンの動向はさまざまな推測と疑惑をかき立てたが、本人はまるで意に介さなかった。
 だが、この騒ぎの中で一度だけ堅物リッシュモンの表情が和らぐ瞬間があった。

 故郷ブルターニュの領主・ブルターニュ公から旗が届けられた。
 白地に穴熊オコジョの尾をかたどった模様が敷き詰められている。
 これはブルターニュ公一族の紋章であり、イングランドが支配する旧ブリタニアの君主・アーサー王の末裔の証しでもある。

「兄上……」

 アルテュール・ド・リッシュモン伯は、ブルターニュ公の弟だ。
 アルテュールという名はフランス風の発音で、ブリタニア風に言うとアーサーになる。偉大な先祖にあやかって名付けられたのだろう。

 リッシュモンは幼少の頃から、先祖返りしたかのように騎士として非凡な才能をあらわした。
 成長するにつれて、同胞のブルトン人から「アーサー王の再来」ともてはやされ、時には妬まれたが、本人は至って冷静だった。
 黙々と剣技の向上に励み、粛々と騎士道を重んじた。

 兄から餞別が届いたとき、リッシュモンの硬い表情がわずかに緩んだ。
 由緒ある旗とともに一通の書簡が挟まれていた。

「不名誉よりも死を」

 物騒なメッセージにも関わらず、リッシュモンは笑っていた。






(※)第二章〈王子と婚約者〉編、完結。
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