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第一章〈幼なじみ主従〉編
1.13 百年戦争とフランス王(2)挿絵つき
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フランス王国のカペー王朝が断絶したためヴァロワ家がフランス王位を継承し、フィリップ六世が即位した。
イングランド王は「自分の方がふさわしい」と不服を申し立てたが、伝統的な慣習とサリカ法にしたがい却下された。
「よろしい、ならば戦争だ!」
ヴァロワ王朝は開始早々、戦争を吹っかけられた。
英仏・百年戦争の始まりである。
***
ヴァロワ王朝の第二代国王は、善良王ジャン二世。私の曾祖父だ。
父・フィリップ六世の遺志を継ぎ、王冠と国土を守るためにイングランドに対抗した。
王みずから前線に立ち、勇敢に戦った。
しかし、負けた。
しかも、王でありながら捕虜として捕まり、イングランドに連れ去られてしまった。
もしチェスだったら「キング」を取られた時点で終局する。
だが、王を失っても我がフランス王国は投了しなかった。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
当時、王太子だった私の祖父が、国王代理として国務を取り仕切った。
混乱する国内と、荒れる議会をまとめあげた。
不当な要求を突きつけてくるイングランドと対等に渡り合った。
ジャン二世が捕われたとき、祖父はまだ19歳だった。
のちに、賢明王シャルル五世と呼ばれるようになる。代表的な賢君のひとりだろう。
チェスは「キング」を取られたら終わりだが、現実はそうではない。
たとえキングを失っても、ゲームを続けることができる。フランス王国ヴァロワ王朝は終わらなかった。
祖父シャルル五世の粘り強い交渉のおかげで、ついに曾祖父ジャン二世の帰国が実現した。
しかし、フランスの宮廷に王の居場所はなかった。
ジャン二世は、賢い息子に国政を任せて今度は自分からイングランドへ渡った。
虜囚生活はそれほど悪くなかったらしい。そのままロンドンで没した。
善良王ジャン二世は、その二つ名があらわすように相当お人好しだったようだ。
***
第三代国王は、賢明王シャルル五世。私の祖父だ。
体が弱く、なかなか子に恵まれなかった。
成人したのはたったふたり。私の父王と、ジャンの父である王弟だけだ。
ジャン二世のように最前線で戦うことはできなかったが、並外れた知性で王国を統治した。
軍事面では功績を残せなかったが、代わりにベルトラン・デュ・ゲクランという軍人を重用した。
武張った名将らしい名前だが、ゲクランの二つ名は「鎧を着た豚」である。
その他に「ブロセリアンドの黒いブルドッグ」とも呼ばれた。ブロセリアンドとは妖怪が住む森のことだ。
私はゲクランに会ったことはないが、想像力をかき立てる二つ名だと思う。
手元の資料によると、「ゲクランの醜さは『レンヌからディナンまでで一番醜い』と評された」と記されている。
この報告書を書いたのは誰だろう。功績よりも容貌が気になってしまう。
外見はともかく、ゲクランは間違いなく名将だった。
フランス王国軍総司令官として、イングランドに奪われた国土を回復していった。
祖父シャルル五世は、容姿よりも実力を重視するタイプだったのだろう。
その手腕は、味方から賢明王と称えられ、敵方からは狡猾と恐れられた。
***
第四代国王は、狂人王シャルル六世。私の父だ。
生まれつき精神が不安定だったと言われている。
父王が引き起こした数々の事件は、前に述べたとおりだ。
その治世の前半は、シャルル五世時代の重臣たちが支えた。
将来の不安を見越していたのだろう。重臣たちはイングランドとの和睦を望んだ。
ありがたいことに、このときのイングランド王・リチャード二世は温厚な性格で戦争を好まなかった。
両国の利害が一致し、ついに休戦協定が結ばれた。
和睦の証しとして、シャルル六世の長女イザベル王女がリチャード二世と政略結婚することになった。
リチャード二世は29歳、イザベル王女はわずか7歳。
私の手元に、婚礼の様子を描いた細密画がある。
リチャード二世が王女に顔を寄せて頬をすりすりしているのだが、心なしかイザベル王女が引き気味に見える。もしやリチャードはロリコn...
私が生まれる前の出来事であるから、詳細はわからない。
何にしても、戦争は終わったかに見えた。
しかし、イングランドで主戦派によるクーデターが勃発した。
リチャード二世はロンドン塔に監禁されて餓死した。
王妃だったイザベル王女はまだ幼い少女で、夫婦の間に子はなく、イングランド王家は断絶した。
クーデターの首謀者・ヘンリー・ボリングブルックはみずからイングランド王位を継承してヘンリー四世を名乗った。
こうしてランカスター王朝が始まった。
フランス王国では、賢明王シャルル五世時代の重臣たちがこの世を去り、狂人王シャルル六世はますます精神に異常をきたしていた。
新しいイングランド王とその息子たちは、まぎれもなく王位簒奪者だった。
イングランド王位では飽き足らず、さらなる野心を抱いていた。
急速に揺らぎ始めた隣国フランス王国の王冠をだまって見逃すはずがなかったのだ。
(※)イザベル王女とイングランド王リチャード二世の結婚(Le mariage d'Isabelle avec Richard II d'Angleterre. Miniature tirée des Chroniques de Jean Froissart, vers 1470-1472.)
イングランド王は「自分の方がふさわしい」と不服を申し立てたが、伝統的な慣習とサリカ法にしたがい却下された。
「よろしい、ならば戦争だ!」
ヴァロワ王朝は開始早々、戦争を吹っかけられた。
英仏・百年戦争の始まりである。
***
ヴァロワ王朝の第二代国王は、善良王ジャン二世。私の曾祖父だ。
父・フィリップ六世の遺志を継ぎ、王冠と国土を守るためにイングランドに対抗した。
王みずから前線に立ち、勇敢に戦った。
しかし、負けた。
しかも、王でありながら捕虜として捕まり、イングランドに連れ去られてしまった。
もしチェスだったら「キング」を取られた時点で終局する。
だが、王を失っても我がフランス王国は投了しなかった。
「まだだ、まだ終わらんよ!」
当時、王太子だった私の祖父が、国王代理として国務を取り仕切った。
混乱する国内と、荒れる議会をまとめあげた。
不当な要求を突きつけてくるイングランドと対等に渡り合った。
ジャン二世が捕われたとき、祖父はまだ19歳だった。
のちに、賢明王シャルル五世と呼ばれるようになる。代表的な賢君のひとりだろう。
チェスは「キング」を取られたら終わりだが、現実はそうではない。
たとえキングを失っても、ゲームを続けることができる。フランス王国ヴァロワ王朝は終わらなかった。
祖父シャルル五世の粘り強い交渉のおかげで、ついに曾祖父ジャン二世の帰国が実現した。
しかし、フランスの宮廷に王の居場所はなかった。
ジャン二世は、賢い息子に国政を任せて今度は自分からイングランドへ渡った。
虜囚生活はそれほど悪くなかったらしい。そのままロンドンで没した。
善良王ジャン二世は、その二つ名があらわすように相当お人好しだったようだ。
***
第三代国王は、賢明王シャルル五世。私の祖父だ。
体が弱く、なかなか子に恵まれなかった。
成人したのはたったふたり。私の父王と、ジャンの父である王弟だけだ。
ジャン二世のように最前線で戦うことはできなかったが、並外れた知性で王国を統治した。
軍事面では功績を残せなかったが、代わりにベルトラン・デュ・ゲクランという軍人を重用した。
武張った名将らしい名前だが、ゲクランの二つ名は「鎧を着た豚」である。
その他に「ブロセリアンドの黒いブルドッグ」とも呼ばれた。ブロセリアンドとは妖怪が住む森のことだ。
私はゲクランに会ったことはないが、想像力をかき立てる二つ名だと思う。
手元の資料によると、「ゲクランの醜さは『レンヌからディナンまでで一番醜い』と評された」と記されている。
この報告書を書いたのは誰だろう。功績よりも容貌が気になってしまう。
外見はともかく、ゲクランは間違いなく名将だった。
フランス王国軍総司令官として、イングランドに奪われた国土を回復していった。
祖父シャルル五世は、容姿よりも実力を重視するタイプだったのだろう。
その手腕は、味方から賢明王と称えられ、敵方からは狡猾と恐れられた。
***
第四代国王は、狂人王シャルル六世。私の父だ。
生まれつき精神が不安定だったと言われている。
父王が引き起こした数々の事件は、前に述べたとおりだ。
その治世の前半は、シャルル五世時代の重臣たちが支えた。
将来の不安を見越していたのだろう。重臣たちはイングランドとの和睦を望んだ。
ありがたいことに、このときのイングランド王・リチャード二世は温厚な性格で戦争を好まなかった。
両国の利害が一致し、ついに休戦協定が結ばれた。
和睦の証しとして、シャルル六世の長女イザベル王女がリチャード二世と政略結婚することになった。
リチャード二世は29歳、イザベル王女はわずか7歳。
私の手元に、婚礼の様子を描いた細密画がある。
リチャード二世が王女に顔を寄せて頬をすりすりしているのだが、心なしかイザベル王女が引き気味に見える。もしやリチャードはロリコn...
私が生まれる前の出来事であるから、詳細はわからない。
何にしても、戦争は終わったかに見えた。
しかし、イングランドで主戦派によるクーデターが勃発した。
リチャード二世はロンドン塔に監禁されて餓死した。
王妃だったイザベル王女はまだ幼い少女で、夫婦の間に子はなく、イングランド王家は断絶した。
クーデターの首謀者・ヘンリー・ボリングブルックはみずからイングランド王位を継承してヘンリー四世を名乗った。
こうしてランカスター王朝が始まった。
フランス王国では、賢明王シャルル五世時代の重臣たちがこの世を去り、狂人王シャルル六世はますます精神に異常をきたしていた。
新しいイングランド王とその息子たちは、まぎれもなく王位簒奪者だった。
イングランド王位では飽き足らず、さらなる野心を抱いていた。
急速に揺らぎ始めた隣国フランス王国の王冠をだまって見逃すはずがなかったのだ。
(※)イザベル王女とイングランド王リチャード二世の結婚(Le mariage d'Isabelle avec Richard II d'Angleterre. Miniature tirée des Chroniques de Jean Froissart, vers 1470-1472.)
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