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第一章〈幼なじみ主従〉編

1.12 百年戦争とフランス王(1)

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 私と従者のジャンはいとこ同士! いわれてみれば、確かに似ているかもしれない。白い柔肌、成長期前の華奢な体型、何の変哲もない茶色い瞳、ぱさついた地味な金髪、おそろいの暗褐色の僧服——

「比べると結構違いますよ」
「そうかなぁ」
「だってほら。俺の方が背が高い」
「ジャンは髪が跳ねてるからそう見えるんだよ」

 私は手を伸ばして、ジャンの元気な髪を撫で付けた。
 前髪は眉の上で切りそろえ、側頭部の長さは耳の辺りまで、後頭部は刈り上げている。読者諸氏にわかりやすく例えると、頭頂部を剃っていないだ。ツーブロックと言い換えてもいい。
 同じヘアスタイルに整えているはずだが、ジャンはよく動き回るせいか、毛先が飛び跳ねていて躍動感があった。

「目の色も同じ……」
「うーん、ちょっと違う……?」

 貴重な鏡の前で、目の上下の皮膚を引っ張り、お互いの目玉を見せ合う。
 二人ともよくある茶色い瞳だが、私の瞳は光の加減次第では緑がかって見えた。緑の瞳は、もっとも魅力的な目の色だと称賛される一方で、魔性を宿した誘惑者の瞳だとされ、厳格な聖職者から忌み嫌われることもある。

 私たちは成長するにつれて、初歩的な教養・語学・礼節などの授業を受けるようになった。王立修道院に在籍する聖職者は、有力貴族の血を引く庶子や隠し子など「訳ありの子弟」が多く、みな教養に長けていた。
 ある日、歴史の授業が終わるとジャンがふて腐れたように毒づいた。

「俺はフィリップ四世を恨みます」

 私たちは物心がつく前から、王立修道院に留め置かれている。
 私は父王シャルル六世の10人目の子にして五男。
 ジャンは王弟オルレアン公の庶子だ。
 私たちはいとこで、お互いにワケありの境遇だった。
 そして、どこへ行くのも何をするのもいつも一緒だった。

 我が国の歴史とは、私たちの祖先——つまり歴代フランス王たちの物語だ。
 フィリップ四世の時代は、私たちが生まれる100年くらい前になるだろうか。
 自国の王を「恨む」とは穏やかではない。

「先生たちに聞かれたら怒られちゃうよ」
「もちろん秘密です! こんなこと、王子ルプランスにしか言えないですよ」

 ジャンは口の前に人差し指を立てると、悪そうな顔つきを浮かべながら「くれぐれもご内密に」と言った。
 まるで宮廷の陰謀劇のようで、私はぷっと吹き出してしまった。
 ジャンの夢は騎士シュバリエになることで、大人たちに隠れて秘密の修行を続けている。
 私たちの間には、二人だけの秘密がいくつもあった。

「あーあ。フィリップ四世が神殿騎士団を解体しなければ、修道院にいたままでも堂々と騎士になる修行ができたのになぁ」

 ジャンは恨めしそうにため息をついた。

「ジャンの気持ちは分からなくないけど、私たちのご先祖さまを悪く言うのはあまり良くないと思うな」
「俺たちの祖先ではないですよ」
「ヴァロワ王朝の初代でしょ」
「それはフィリップ六世です。神殿騎士団を解体してなくしたのはフィリップ四世ですよ」

 私はさまざまな本を読んでいるわりに、意外と物覚えが悪かった。
 おそらく、どこかで小耳に挟んだいろいろな物語を頭の中でごちゃまぜに記憶しているのだろう。

「さては王子、授業中に目を開けながら寝てたでしょう!」
「えぇっ、寝てないよ! ほら、なんていうか、同じ名前が多いから紛らわしいというか勘違いしたというか……」
「あやしい!」
「えっと、美男王ル・ベルと呼ばれたのはどっちのフィリップさまだっけ?」

 ジャンが呆れたように答えた。

「フィリップ四世です」

 ああ、ややこしい!
 しかも、フィリップ王やシャルル王はまだマシで、ルイという名のフランス王は10人を超えるややこしさである。

「残念ですが、俺たち共通のご先祖さまはイケメンではなかったと思いますよ」

 ジャンは王弟の庶子である。
 これでも一応は王族の血筋を引いているのだが、王侯貴族のありようには冷ややかだった。
 王族として君臨するよりも騎士がいいらしい。



 ***



 フィリップ四世は、カペー王朝。
 フィリップ六世は、ヴァロワ王朝。

 二つ名のとおり、顔が整っていた美男王フィリップ四世が没して14年後。
 フランス王国のカペー王朝が断絶したため、ヴァロワ王朝に移り変わった。

 初代国王が、幸運王ル・フォチュンフィリップ六世。
 第二代国王が、善良王ル・ボンジャン二世。
 第三代国王が、賢明王ル・サージュシャルル五世。私とジャンの祖父だ。
 第四代国王が、狂人王ル・フーシャルル六世。私の父である。ひどい二つ名だが擁護できない。

 この物語を読んでいる読者諸氏が「英仏百年戦争」と呼ぶ長い戦争は、カペー王朝が断絶したことが発端だった。
 フランス王国には、古来より王位継承について定めたサリカ法という決めごとがある。


====================
・王位継承権は男子のみ。
・直系男子が途絶えた場合、男系血統の一族が王位を継承する。
====================


 法にしたがい、フランス王国の聖職者と貴族たちは満場一致でヴァロワ王朝を認めた。
 ところが、隣国のイングランド王が異議を唱えた。

「カペー王朝の遠縁にあたるヴァロワ家よりも、イングランド王家の方がフランス王位にふさわしい」

 イングランド王の母親は、美男王フィリップ四世の娘だった。
 女子・女系相続を認める王国もあるが、フランス王国ではサリカ法を根拠に女系相続を認めていない。
 イングランド王は女系血統だから王位継承権はない。
 主張は退けられた。

「よろしい、ならば戦争だ!」

 イングランドが宣戦布告し、英仏・百年戦争が勃発した。

 決して身内びいきをするつもりはないが、英仏間の百年戦争において、フランス王国ヴァロワ王朝はこれっぽっちも悪くない。
 百年もの間、イングランドは休戦を挟みながらフランス王位を請求し続けた。

 読者諸氏がお住まいの極東の島国で例えるなら、明治帝が即位するときに近隣国からいちゃもんをつけられて、五代目——明治、大正、昭和、平成、今上帝になっても問題視されているようなものだ。

 時代背景が違うとはいえ、イングランドの執念深さには恐れ入る。
 おかげで私の人生は予測不可能な災難が何度も降りかかるのだが、この物語の山場はだいぶ先の話になる。
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