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KAZU:四日目①

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 HARUからの返事は嘘みたいだがおおよそ予想どおりのものだった。
メッセージのタイムスリップ――
 そして、俺の発言によってHARUの行動が変われば俺のいる現代にも影響が出る――
 一体どういう仕組みなのかは分からないが、これで俺の記憶と周りの記憶が違うことへの説明がつく。HARUも混乱することになるだろうが、嘘偽りなく話してみよう。

『今、こっちは二〇二六年五月十四日。嘘みたいだけど俺達は時を超えてメッセージを送り合っているのかもしれない』

 昼休みが終わってすぐに俺はそうメッセージを送った。俺自身は実際に現実に変化があり、実感しているものがあるから信じることができるが、HARUはそう簡単にいくものでもないだろう。そう思っていると、HARUからすぐに返信が来た。

『馬鹿にしてる?』

 そう思われても仕方がないかもしれない。でもそうだとしか思えない。

『昨日倉庫の中に書いたっていうメッセージ! 今日見たらちゃんとあった。錆びついてたけどKAZUのバカってちゃんと書いてあった。その代わりに優勝記念のトンボは無くなってたんだ。多分、俺達のやり取りで歴史が変わってる』

 送信してからしばらく返信が途絶える。しかし、愛想を尽かせたというわけではなく、しっかりと考えてくれていたようで長文のメッセージが返って来た。

『そんなの私が書いた後に見に行ったり、誰かに確認してもらったり何とでもやりようがあるよ。だからKAZUが未来の人で、未来が変わったから分かったって証拠にはならないでしょ? 百歩譲って今私が何かしたところで直ぐに未来が変わらず、後で一気に変わるとかだとして、何かKAZUが未来の人だって証明できる方法ってある? 宝くじの当たり番号とか次の総理大臣とか言われてもすぐに分かるものじゃないし。でも……』

 HARUはHARUなりにどうにかして俺の言葉を信じようとしてくれているみたいに見える。だから俺は何とかして信じて貰いたくなった。未来を教えなくても未来にいると信じて貰える方法。いや、同じ時間軸に存在していないと証明できる方法があれば……なにか……なにか無いか……。
 そうか――

『六時間目に抜け出して近くを探索してみない? 二十年経っても変わらないものを探しに』

 そうメッセージを送った後にすぐさま具体的に何をするかを考えて、俺はもう一通メッセージを送った。

『例えば里見公園で今すぐ見ないと分からないようなものをお互いに見てまわるとか』

 その場にいて確認しないと分からないもの。例えば昨日のテニス用具倉庫でのことのように。しかし今回は昨日と違ってHARUの時代よりも前からあるもので確かめるわけだ。お互いにその姿を確認できないのにその場にいなければ分からないはずのものが分かる。これは信じて貰うのに十分な情報ではないか?

『うん! やろう! やってみよ! 面白そう! 五時間目の後の休み時間に抜け出す! 先生にはどうにか誤魔化しといてもらうように友達に言っとく!』

 返信までに少し時間がかかったが、HARUからの返事は思っていた以上に乗り気で、楽しそうなテンションが伝わる内容だった。そのおかげで俺もやる気がみなぎって来る。授業をサボるなんて人生で一度もしたことがないけれど、このためなら何ということは無い。まるで物語の主人公になったかのようでワクワクする。特別な何か。作家をやっているなら間違いなく憧れる夢のようなシチュエーション。自分は他とは違うと感覚。今なら何でもできそうな気がする。今までは自分が書いている小説の中でなら何にでもなれて何でもできた。でも、まるでそれが現実になったかのような気分だった。
 五時間目が終わると俺は飛ぶように智也のもとへ行き、先生に適当に言っておくように頼むと教室を飛び出した。ひとまず目指すは学校から近い里見公園。そこで二十年以上時の離れた待ち合わせ。


 息も絶え絶えに里見公園に着くと、ひとまず公園内でも有名な場所である噴水広場へと足を運んだ。

『今噴水広場に着いた。そっちは今どこ?』

 授業が終わってすぐに走って来たのだ。HARUはまだ来ていないだろうと思いつつのメッセージだった。早くても学校を出たところなのではないか――そう思いながら。しかし、返って来たメッセージは意外だった。

『私も噴水広場に着いたとこ。誰もいない』

 タイミングを考えると、HARUも五時間目が終わってすぐに走り出したのだろう。思い浮かべただけで嬉しくなって口元が緩む。

『こっちも誰もいないよ。誰もいなくて都合が良かった。これで検証しやすくなる。それにしても里見公園に来るの早かったね。俺は息切れするほど走って来たって言うのに』

 俺がメッセージを送ると直ぐに返信が届く。

『私だって授業終わってすぐに走って来たんだから! 息は切れてないけどねー。ところで何しよっか?』

 流石は現役の運動部といったところだろうか。何しよっか? などと少し元の趣旨を忘れてしまっているのではないかと不安になるような言葉だが、俺にも一応考えはあった。

『じゃあ、こっちから問題ね。噴水広場入り口の階段の数は何段でしょう?』

 こうして問題を投げ合うことで少しずつ分かっていけるはずだ。

『五段!』

『正解! 次はHARUが問題出して』

『じゃあ、噴水広場にあるベンチの数は?』

『四つが三ヶ所で十二個。二十年間変わってないと良いけど』

『正解! でもこれって私が信じるためにやるんだから、私がずっと問題出し続けてた方が良いんじゃない?』

「あ……」

 盲点……というか少し考えれば分かるはずのことを指摘されて、ついつい声がこぼれた。

『そうだね。じゃあそうしよう! じゃんじゃん問題出して!』

『じゃあ近くの遊具! 何が何個ある?』

 里見公園の遊具……。それは俺が知っている限りでも二回は工事されて変わっている。変わっていると分かっているものは流石に答えようがない。

『今は滑り台一個しかないけど、昔はもっといっぱいあったんだよね? 違う問題にして』

『わがままだなー。じゃあちょっと移動して、事務所の方の駐輪場の個数!』

『オッケー』

 HARUの指示に従って数十メートル移動した先にある里見公園事務所の駐輪スペースに向かう。ちゃんと覚えている訳では無いが、駐輪スペース周辺は古ぼけた感じがあり、二十年前と変わっていないのではないかと思われた。

『十台くらい停められそうな屋根が二つ続いてる! 多分この一ヶ所だけだよね?』

『正解! じゃあ次! 次行こう!』

 そう言いつつ、HARUは楽しそうに何度も何度も問題を出し続けてくれた。お互いに顔を見ることもない共同探索、町内散歩。公園から出て街路樹の葉桜を数えたり、交通標識や民家の表札を見たり。もちろん中には二十年前と全く違うものになっているところもあったが、その度に時の流れを感じて感心し合ったりした。違いを受け入れているという時点で最早二十年以上違う時の世界にいることを信じて貰えていたのだろう。
 それからは只々楽しくお互いの時代について話しているだけのようになっていた。そして、近くの国府台天満宮の石畳を数えている時にHARUから追加でメッセージが届いた。

『そろそろ六時間目も終わって部活の時間だし、今日は学校に戻るね。友達にも部活の時に説明するって言って出てきちゃってるし』

 無駄にたくさんある石畳を数えていたのは徒労に終わってしまったが、HARUはメッセージのタイムスリップを信じてくれたのだろうか。

『二十一年の時間がずれてるって話、信じてくれた?』

 今日の集大成だ。しっかり返事をもらっておかないと安心して帰れない。

『実は初めからあんまり疑ってなかったんだ。KAZUの言葉だから信じようって。でも、頑張って証拠まで作ろうとしてくれてすっごくすっごく嬉しかったし楽しかった。それに、これからKAZUと話すのがもっと楽しみになった!』

『そっか。それなら良かった。じゃあ、今から部活頑張ってね。夜になったらまた連絡ちょうだい』

『うん! また後でね!』

 嬉しかったし楽しかった――。それは俺の台詞でもある。たった数日だけどHARUとのメッセージは心から交わした言葉が多かったし、切れてほしくない縁だと思っていた。あり得ないようなすれ違いだったけれど、やっとお互いに理解し合えてまだこれからも仲良くすることができる。これほど嬉しく思えることは無い。
 石畳で音を立てつつ帰路に向かいながら、心が温かくなるのを感じて空を見上げる。時代が違うから同じ空を見ることは出来ないけれど、今日だけは同じ景色を見ることができたような気がする。
 メッセージを読み終わって携帯をポケットに仕舞おうとしたところで、また新たに着信が来る。今度はHARUではなく、心春だった。内容は――

『和樹! 絵美から聞いたんだけど、今日図書委員の当番じゃない?』

「忘れてた!」

 つい独り言が出てしまうほどに焦ってしまった。慌てて返事をすると、そのまま学校に駆け出す。

『すぐ戻る! 教えてくれてありがとう!』

『一応絵美から先輩に伝えといてもらうけど、急いでよね! あと……部活の後に一緒に帰りたいから下駄箱で待ってて』

『オッケー』

 また今日もマロの散歩だろうか。一瞬それだけ頭に過ったが、すぐに考えるのを辞める。走りながら考えることができる程体力に余裕がないだけだったのだけれど。
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