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叶わぬ恋と黒い羽根
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会社の給湯室。仕事と休憩の狭間のようなその部屋で、新卒社員の麻美と紗英は業務後に二人で井戸端会議を開いていた。揃って丸椅子に腰掛けながら何故か設置されているテレビを惰性で見ている。
「あれ? 紗英。今日は彼氏に貰ったネックレスしてないの?」
「別れたから燃やしたわ。人工ダイヤもちゃんと燃えてなくなるのね」
紗英はスッキリした顔で言う。別れに未練はこれっぽっちも無いと言わんがばかりだ。
「もったいない。売れば少しは値段付くのに」
「売ったお金を使うことすら嫌。そんなことより聞いてよ麻美。最近仲良くなった近所のカラスがいるんだけど」
「何そのパワーワード。どうしてカラスと仲良くなんてなるのよ」
麻美は呆れたようにため息をつく。それでいて馬鹿にしたような風でないのは互いに信頼関係があるからだろう。紗英もため息をつかれて嫌な顔はしていない。それどころかもっと話をしたいといった様子で表情を明るく輝かせる。
「毎朝挨拶してたら仲良くなった。それでさ! 最近毎朝色んなもの持ってきて渡してくれるの! 可愛くない? 今日なんか菜の花くれたの」
「それで鞄に菜の花刺さってたのね」
「良いでしょ。なんか今日は何持ってきてくれるんだろうって毎日楽しみで」
紗英はカラスの話を始めてから終始笑顔で楽しげだ。そんな紗英を見る麻美はニヤニヤと口元を緩めて言った。
「紗英知ってる? 鳥って人間にガチ恋するらしいよ」
「そんなわけないじゃん」
紗英は麻美の話を鼻で笑った。しかし麻美は追い討ちをかけるように話を続ける。
「いや、恋するってのはマジだから。それと紗英」
「ん?」
紗英は首を傾げて麻美の言葉を待つ。
「毎日何持ってきてくれるか楽しみにしてるって、それも恋だよ」
「なわけないじゃん」
今度は二人揃って同じように笑い声を上げる。
「こりゃ本格的な両思いだね。運命の相手だよ。そのカラス」
「ちょっとやめてよー」
じゃれ合うようにして笑う二人。その時テレビには近所でひったくり事件が頻発しているとのニュースが流れていた。
「最近流行ってるね」
「麻美も気をつけな」
紗英がそう言ってテレビを消すと二人は揃って会社を後にした。
翌朝アパートの前。駐輪場の誰とも知らない自転車の荷台に乗ったカラスに紗英は挨拶をしていた。
「おはようカラスちゃん」
カラスはチャッチャッと足音を立てて地面を歩くと紗英の近くまでやってくる。クチバシには古びた針金ハンガーが咥えられている。
「ハンガーはいらないかなー。でもありがたく貰っとくよ」
紗英は笑いながら受け取ると腕に下げている鞄にしまった。鞄の口からハンガーの端がはみ出す。
「あんたホントに私に恋してるの? 私も好きだけど残念ながら結ばれない運命なのよ? だって人間とカラスだもん。分かる? 分かんないよねー」
カラスは可愛らしく首を傾げながらも、紗英の言葉に答えるように短くカァと鳴いた。
「じゃ、お仕事いってきます」
カラスは駐輪場のルーフの上に登ると、紗英が見えなくなるまで見つめ続けていた。
また更に翌朝、アパートの前。その日も誰とも知らない自転車の上で紗英を待つカラス。おかげで紗英は朝から笑顔で家を出る。
「おはようカラスちゃん。何これ綺麗」
カラスは紗英に小さな緑色のガラスの欠片を渡した。器用にクチバシの先に咥えたガラスのカケラはまるでエメラルドの結晶のよう。紗英はその三センチほどのガラスを受け取るとカラスに顔を近付けた。
「大事にするね。じゃ、お仕事いってきます」
紗英はそうお礼を言うと、ガラスを手に持ったまま歩きだした。いつもの出勤ルート。紗英は太陽の光にガラスをかざしながら嬉しそうに微笑む。カラスもいつもと同じく紗英の姿が見えなくなるまでルーフの上で見送りをする。
だがそこでいつもと違う人影が紗英に駆け寄った。フードを被りながらも走りやすそうなジャージ。その男は紗英が持っている鞄を無理矢理奪って走り去ろうとした。しかし――
「はな、離して!」
紗英は引きずられて倒れそうになりながらも、必死に鞄を取られないように両手で抱える。しかし男は諦めずに鞄を引っ張りながら紗英に蹴りを入れた。紗英が怯んだ隙を逃さず、男は鞄をひったくって走り出す。その瞬間。
紗英の出勤を見守っていたカラスが犯人に襲い掛かった。大声で鳴きながら男の顔に飛びつく。
紗英は助けを呼ぶために叫び声を上げる。
カラスは男に飛びかかり続けていたが、ついに叩き落とされ地面に横たわる。しかし足止めをしたおかげで駆け寄ってきた複数の男性がひったくり犯を取り押さえた。
「カラスちゃん! カラスちゃん!」
紗英はぐったりしたカラスを抱きかかえる。カラスは真っ直ぐに紗英の顔を見続けているが、呼吸は浅く、身体には力が入っていない。
「動物病院! この近くの動物病院教えてください!」
紗英は必死の形相で犯人を取り押さえる男性に問いかけていた。
それから数日後。会社の給湯室。
「犯人捕まって良かったね」
「……うん」
「そのネックレス似合ってるじゃん。また新しく彼氏でもできた?」
「あ、これ……」
紗英は給湯室の窓から空を見上げるとネックレスを外す。そしてネックレスについた小さなエメラルドグリーンのガラスを陽にかざした。
「運命の相手からの大切なプレゼントなの」
エメラルドグリーンのガラス片は、まるで返事をするかのように煌めいた。
「あれ? 紗英。今日は彼氏に貰ったネックレスしてないの?」
「別れたから燃やしたわ。人工ダイヤもちゃんと燃えてなくなるのね」
紗英はスッキリした顔で言う。別れに未練はこれっぽっちも無いと言わんがばかりだ。
「もったいない。売れば少しは値段付くのに」
「売ったお金を使うことすら嫌。そんなことより聞いてよ麻美。最近仲良くなった近所のカラスがいるんだけど」
「何そのパワーワード。どうしてカラスと仲良くなんてなるのよ」
麻美は呆れたようにため息をつく。それでいて馬鹿にしたような風でないのは互いに信頼関係があるからだろう。紗英もため息をつかれて嫌な顔はしていない。それどころかもっと話をしたいといった様子で表情を明るく輝かせる。
「毎朝挨拶してたら仲良くなった。それでさ! 最近毎朝色んなもの持ってきて渡してくれるの! 可愛くない? 今日なんか菜の花くれたの」
「それで鞄に菜の花刺さってたのね」
「良いでしょ。なんか今日は何持ってきてくれるんだろうって毎日楽しみで」
紗英はカラスの話を始めてから終始笑顔で楽しげだ。そんな紗英を見る麻美はニヤニヤと口元を緩めて言った。
「紗英知ってる? 鳥って人間にガチ恋するらしいよ」
「そんなわけないじゃん」
紗英は麻美の話を鼻で笑った。しかし麻美は追い討ちをかけるように話を続ける。
「いや、恋するってのはマジだから。それと紗英」
「ん?」
紗英は首を傾げて麻美の言葉を待つ。
「毎日何持ってきてくれるか楽しみにしてるって、それも恋だよ」
「なわけないじゃん」
今度は二人揃って同じように笑い声を上げる。
「こりゃ本格的な両思いだね。運命の相手だよ。そのカラス」
「ちょっとやめてよー」
じゃれ合うようにして笑う二人。その時テレビには近所でひったくり事件が頻発しているとのニュースが流れていた。
「最近流行ってるね」
「麻美も気をつけな」
紗英がそう言ってテレビを消すと二人は揃って会社を後にした。
翌朝アパートの前。駐輪場の誰とも知らない自転車の荷台に乗ったカラスに紗英は挨拶をしていた。
「おはようカラスちゃん」
カラスはチャッチャッと足音を立てて地面を歩くと紗英の近くまでやってくる。クチバシには古びた針金ハンガーが咥えられている。
「ハンガーはいらないかなー。でもありがたく貰っとくよ」
紗英は笑いながら受け取ると腕に下げている鞄にしまった。鞄の口からハンガーの端がはみ出す。
「あんたホントに私に恋してるの? 私も好きだけど残念ながら結ばれない運命なのよ? だって人間とカラスだもん。分かる? 分かんないよねー」
カラスは可愛らしく首を傾げながらも、紗英の言葉に答えるように短くカァと鳴いた。
「じゃ、お仕事いってきます」
カラスは駐輪場のルーフの上に登ると、紗英が見えなくなるまで見つめ続けていた。
また更に翌朝、アパートの前。その日も誰とも知らない自転車の上で紗英を待つカラス。おかげで紗英は朝から笑顔で家を出る。
「おはようカラスちゃん。何これ綺麗」
カラスは紗英に小さな緑色のガラスの欠片を渡した。器用にクチバシの先に咥えたガラスのカケラはまるでエメラルドの結晶のよう。紗英はその三センチほどのガラスを受け取るとカラスに顔を近付けた。
「大事にするね。じゃ、お仕事いってきます」
紗英はそうお礼を言うと、ガラスを手に持ったまま歩きだした。いつもの出勤ルート。紗英は太陽の光にガラスをかざしながら嬉しそうに微笑む。カラスもいつもと同じく紗英の姿が見えなくなるまでルーフの上で見送りをする。
だがそこでいつもと違う人影が紗英に駆け寄った。フードを被りながらも走りやすそうなジャージ。その男は紗英が持っている鞄を無理矢理奪って走り去ろうとした。しかし――
「はな、離して!」
紗英は引きずられて倒れそうになりながらも、必死に鞄を取られないように両手で抱える。しかし男は諦めずに鞄を引っ張りながら紗英に蹴りを入れた。紗英が怯んだ隙を逃さず、男は鞄をひったくって走り出す。その瞬間。
紗英の出勤を見守っていたカラスが犯人に襲い掛かった。大声で鳴きながら男の顔に飛びつく。
紗英は助けを呼ぶために叫び声を上げる。
カラスは男に飛びかかり続けていたが、ついに叩き落とされ地面に横たわる。しかし足止めをしたおかげで駆け寄ってきた複数の男性がひったくり犯を取り押さえた。
「カラスちゃん! カラスちゃん!」
紗英はぐったりしたカラスを抱きかかえる。カラスは真っ直ぐに紗英の顔を見続けているが、呼吸は浅く、身体には力が入っていない。
「動物病院! この近くの動物病院教えてください!」
紗英は必死の形相で犯人を取り押さえる男性に問いかけていた。
それから数日後。会社の給湯室。
「犯人捕まって良かったね」
「……うん」
「そのネックレス似合ってるじゃん。また新しく彼氏でもできた?」
「あ、これ……」
紗英は給湯室の窓から空を見上げるとネックレスを外す。そしてネックレスについた小さなエメラルドグリーンのガラスを陽にかざした。
「運命の相手からの大切なプレゼントなの」
エメラルドグリーンのガラス片は、まるで返事をするかのように煌めいた。
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