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能力発動!
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「並行世界は無いわ。それについて専門的に調べて、行こうとした人から聞いたから。その人が辿り着いた統一世界論については、後々教えることになるわ」
その茜ちゃんの言葉を最後に、その日俺達は解散した。俺と春菜は帰宅道が一緒なわけだが、一言も口を利くこともなく家に着いた。言えなかった夢の件もあるのだろうが、記憶違いとそれに関わる夢についての考察が意外すぎるものだったからなのかもしれない。お互いにしゃべる余裕を失ったのだ。茜ちゃんの考察は的を射ていたのだ。的を得ている人の的を射ていると言っても良いくらい、鋭い推察だったのだ。
「不思議な事に関わった経験があなた達より多いから、分かってしまうのよ。その点では、新田くんが鋭くてもおかしくないと思うけど」
茜ちゃんはそんな事も言っていた。雄介は、どこまで知っているのか分からない茜ちゃんに対して、苦笑いを浮かべるしかしなかったようだ。しかし直後に言った、あれは違う。という言葉は俺の頭に引っ掛かってしまった。俺は着替えもせずにベッドに潜り込み、こうやって今日の会話を反芻していた。もしかしたら、この会話とかも皆の記憶から消えてしまうのではないかと思いながら……。
翌日、いつも通りなにも変わることなく学校が始まった。今日は水曜日なので、授業は少しだけ早めに終わる日だ。まあ、その理由は教員が早く帰れる日を確保するために日教組が影で動いている結果なのだろう。だが、実際は教員達も書類仕事で残らされるのだから可愛そうなものだ。どんなにシステムを作ろうが、現実は仕事が終わらなければ帰れない。俺は教員にだけはなりたくないな。恵まれてないよ。
そんな事はさておいて、今日もホームルームに春菜の姿はない。いつもなら、朝練でもしてるのだろうと思って気にもしないところだが、昨日の今日だ。あんな事があれば心配もしてしまう。
俺は心配になりながら窓からボンヤリと外を眺めていた。すると視界に入ってきたのは、全力疾走で校舎へ向かってくる女の子だった。いや、全力疾走にしても速い。走った後に、グラウンドの土煙が渦を巻いて舞い上がっている。あんなのはアニメの世界だけだと思っていたが、どうやら現実に起きてしまったらしい。その二次元から飛び出したようなスポーツ少女は俺の視線に気付くと一瞬止まり、口パクで寝坊した。とだけ言って校舎に入った。
「おい丸岡。今日も宮内は遅刻か?」
タイミング良く先生が俺に訪ねてくる。家が隣だからってそんな事を聞いてくるのはお門違いだとは思う。しかし、今回に限ってはしっかりした答えを返すことができた。
「今校舎が揺れてるのは、春菜が走って教室に向かっているからです」
「おお、そうか」
先生も一発で納得し、足音が近付くと同時に扉を開けて春菜を招き入れた。
「やけに部活に熱心なようだな。遅刻した罰としてもう少し走ってくるか? うん?」
あっ。今のところテストにでるかな。
「喜んで!」
「どこの居酒屋だよ!」
ついつい突っ込んでしまった俺を無視して、春菜は直ぐに走って外へ出ていった。冗談で言った先生も呆気に取られている。春菜……。今日のお前はいつも以上にイカれてる。
「宮内さんは今日も相変わらずね。まあ、しばらくは過去が変えられることも無いと思うし、慌てる必要はないわよ」
茜ちゃんは、席から振り返ってそう言う。今の言葉から分かる通り、俺の記憶違いの理由は過去が変えられている事が原因だと結論付けられたのだ。だからこれからは過去違いと言おうか……。
「なんでそんな事を言えるんだ? もしかしたら、明日過去が変えられるかもしれないじゃないか。下手したら、今日だって変わってる可能性だってある」
確かに、今までの経験上突然過去が変わっているんだ。そんな悠長に構えていられない。まあ、構えたところで俺達にどうにかできるって物でも無いけどな。確かな昨日が無くなるかもしれない不安は大きいけど、それを多少なりと分かち合える友達ができて気が楽にはなっている。
「私の予想が正しければ、次の過去変えは週末のyouエッチの時ね」
「分かりづらい噛み方をするな。遊園地だろ。俺はクオリティーの低いボケには突っ込みたくないんだ。そんな低俗な事、一体どの口が吐いてるんだ」
「残念ながら、下の口は吐くことに特化してないの。必然的に上の口になるわね。むしろ、下の口は吐くことよりも「それ以上言うな! 口を閉じろ」
誰が下ネタのクオリティーを上げろと言った! 余計突っ込みづらいよ!
「ちゃんと下の口は閉じてるわよ。と言うより、そんなこと言わせないでよ。普通なら口が裂けても言えないことよ。あ、でも膜が裂けたら「それ以上言うな! 後悔するぞ!」
閑話休題。
「話を戻すけど、なんで遊園地なんだ」
昨日話した時の感じから、茜ちゃんが並外れた洞察力を持っていることは確かだ。何らかの理由があってそう言う答えを出してきたのだろう。
「何の不思議でもない簡単な事よ。だって、あなたと宮内さんが遊園地なんていう楽しげなイベントに参加するのに『あの子』はそこに呼ばれていないのだから」
ああ。言われてみれば簡単な理屈だった。過去が変えられる理由ってのが、その可能性が高いんだ。必然と言えば必然だな。
「でも、どうやって確かめようか? メモとか取っても根こそぎ変えられるしな……」
「まずは、宮内さんが夢を見たかどうかを確かめてからじゃどう? 過去が変わる前に夢に見れるかどうかって言うのはかなり重要になってくると思わない?」
茜ちゃんの言うことは理にかなっている。ここまで順序だてて論理的に話を進められるのは茜ちゃんをおいて他にいないだろう。……いや、若菜さんがいた。あの人ならもっと凄まじいだろう。
「じゃあ、また今日の夜に教室に集合で良いかしら? 宮内さんにも伝えておいてね」
時間は流れ、現在は午後八時。部活が終わって雄介と教室へ向かっている。完全に日は落ち、涼しい風が吹く中で歩く誰もいない廊下は、少しだけ落ち着く。
「ところで、今日は何の目的で集まるんだ? 昨日集まったばっかりじゃん」
雄介は、俺からあまり詳しく話を聞かされずに連れてこさせられた形なので、そんな事を聞いてきたのだ。
「次に起こりそうな過去変えについて、確めたいことができてね」
教室のドアを開けると、春菜と茜ちゃんは既に椅子に座って待っていた。先に教室にいたのに、別段なにか話をしていたと言う感じはない。夜だが電気をつけることはせずに、明かりは月の光でまかなっていた。
「とりあえず、座ってくれるかしら?」
俺と雄介は、茜ちゃんに促されるまま席に着いた。昨日と同じ席だ。
「春菜は今日、いつもより早いんだな」
「速さを競う部活だもの。部のスローガンは、昨日の自分の前を行く。なのよ」
あまり関係がない気がするけど、良いスローガンだな。
「早速だけど、宮内さんに聞きたいことがあるんだけど良いかしら?」
「なんとなく、聞きたいことは分かってるわ。何でも聞いてちょうだい」
「じゃあ、遠慮なく。スリーサイズはいくらかしら?」
その瞬間、茜ちゃんの頭が鮮やかに吹き飛んだ。いや、これはあくまでも例えだが……。春菜がどこからか取り出したスリッパで茜ちゃんの頭をぶっ叩いたのだ。スリッパが巻き起こす風と共に、茜ちゃんの髪の毛もなびいた。その姿が『吹き飛んだ』という表現にピタリと合致したのだ。
「今のは茜ちゃんが悪い」
「だって……。何でも聞いて良いって言ったから」
頬を膨らませても、悪いのは茜ちゃんだ。俺なら可愛いから許すと言うところだが、春菜はそうはいかないだろう。
「可愛いから今の一発で許す! 早く本題を言ってちょうだい」
残念ながら、春菜も許してしまうみたいだ。本当に、春菜は俺にだけ厳しいぜ。
「宮内さんはせっかちね。そんなに急がなくても良いのに」
「速さを競う部活だもの。部のスローガンは、昨日の自分の前を行く。なのよ」
春菜はこのスローガンがお気に入りのようだ。あと何回使うかが見物だな。
「面白くないわね。じゃあ、真面目に聞くわ。宮内さんの好きな体位はな
スパーンと素晴らしい炸裂音が響く。話を中断させたそれは、先程よりタイミングもスイングスピードも速かった。速さが追及されていた。
「部のスローガンは、昨日の自分の前を行く。なのよ」
出ました! 名言! 現在爆笑中の雄介は放っておいて、今後の展開に注目だ!
「ちなみにこのスローガンは、今日あたしが作ったものよ」
「一気に価値が下がった気がしたのは、俺の気のせいかな?」
「むしろプレミアがついて価値が上がったんじゃないのかしら?」
「私買います!」
「茜ちゃんは絶対に卑猥な事を考えてる! 言わなくても決まってる! 悪いけど、二人の友人として止めさせてもらう!」
「カオスだ……。もうやめてくれ」
雄介が腹筋を押さえて絞り出した言葉で、ひとまず落ち着きを取り戻すことになった。
「じゃあ、改めて聞かせてもらうわ。宮内さん、あなた
スパーーーン!!! …………もうヤだ。
「はい! もう話が進まないから、俺が話す! 春菜、お前最近は変な夢を見てないか?」
「多分、明後日の遊園地は一人増員で行くことになるわ。以上」
「報告ご苦労。……じゃねぇ!! どう言うことだ? 心当たりがあったんならさっさと言っててくれよ」
「その夢を見たのは、先週の金曜日だし、確信がなかったもの。今のタイミングで集合をかけられたから、少し言ってみる気になっただけよ」
確かに、変なことを言葉にするのは勇気がいる。俺も経験していることだし、共感こそしても、非難することはない。
「夢の構成は前と同じで、一緒に行きたかった! って願いで終わるの」
それを聞いた雄介は身を乗り出して質問をした。
「前みたいに俺たちが直接その夢を見ることはできないのか?」
「さあどうかしら? 前と同じシチュエーションで試してみたら分かるかも……」
そう言ったところで、とりあえずみんな立ってみた。
「宮内さんのどこに触れてもいいの?」
「はいはい。茜ちゃんはお手々を握ろうね」
茜ちゃんは春菜にそう言われて、あからさまに舌打ちをして残念がった。ざまーみろ。
「じゃあ、せっかくだし茜ちゃんから試してみようかしら」
何がせっかくなのか分からないが、春菜は茜ちゃんから試すことを提案した。そして、二人は手を握りあった。しかし、何も起こらない。
「やっぱり駄目なのかしら?」
そう言って春菜は次に俺の手を握った。その瞬間、またしてもあの感覚に陥った。
……どこかの公園で今より少し年をとった俺は、嬉しそうに語っている。しかし、その内容はやはり聞き取れない。一通り話し終わった俺は、左手の薬指に付けられた指輪を見せて微笑んだ。その時、一緒に遊園地に行く約束ができてたら! という願いと共に夢から覚めた。
目が覚めると、倒れかけていた俺と春菜を雄介と茜ちゃんが支えていた。
「また俺にも見えたぞ」
「私も見えたわ」
前回も少しだけ感じていたが、俺と春菜だけ疲れを感じているみたいだ。支えてくれた二人は、疲れなど全く無いみたいである。
「……ワールドメモリーシンパシー」
茜ちゃんは突然そんな事を呟く。
「世界の記憶に関する能力を持っている人同士は、簡単な条件で記憶を共有させる事ができる。まさか、宮内さんまでワールドメモリーの能力だとは思わなかったわ」
「ワールドメモリー……」
雄介は、小さく言葉を漏らした。ワールドメモリーなんて初めて聞いた言葉だ。茜ちゃん以外の三人は、同じ考えだろう。そう。なんだよそれって感じだ。
「ワールドメモリーについては、あまり深く話せないわ。けど、簡単に他人に話せる内容じゃなくなった事は確かね。この事は、四人だけの秘密よ」
「ああ、絶対に内緒だ」
始めに返事をしたのは雄介だった。その真剣な眼差しに、なぜか俺と春菜も同意をするしかなかった。
「話を戻すけど、さっきの願いからして『約束をする』と言う過去が変えられると考えられるわ。それによる他の変更はあまり無いとは思うけど……」
茜ちゃんはそう言って口を閉ざした。しかし、そこで俺は気が付いた。それは、実際に経験した俺だからこそ気付いたのかもしれない。
「記憶を共有させる事ができるって話は、根こそぎ無かったことになる」
俺は、椅子にどかっと座り込み話を始めた。
「茜ちゃんが、遊園地に行くメンバーに疑問を持っていなければ、今日集まったりはしていない。もしかしたら、もっと違うタイミングで話をして試してるかもしれないけど、試さなかった可能性がある」
今日の出来事が全て無かったことになってしまう不安は、常に考えている。そのあたり、みんなとは感覚が違うのかもしれない。
「何気ない会話だって内容は変わってしまうだろうし……」
俺は、自分で思ったより寂しげな声を溢してしまっていた。四人の空気が、少し沈んでいく。しかし、その空気を壊したのは春菜だった。
「それは困るわ!」
「みんなは記憶ごと変わるから、困ることは無いかもしれないぞ?」
「そんな事はない! だってあたしの考えたスローガンを二人が忘れてしまうことになってしまうじゃない」
ああ、さすがの春菜クオリティだった。
「お前は、俺の予想の斜め前を行く。だな」
「問題は、どうやって薫の記憶と俺達の記憶の違いを確認するのかだよな。今後もあるかもしれないし……。まあ、俺達側の記憶が事実になっちゃうんだから気にしなくて良いっちゃ気にしなくて良いんだが」
「いや、そこは気にしてくれよ。俺一人だけみんなと違う記憶があるって言うのは結構精神的にキツいんだ」
「その問題の事なんだけど、二つ程考えがあるの」
茜ちゃんはそう言って二本指を立てた。
「一つはワールドメモリーを利用した共有よ。さっき体験したアレを、今度は丸岡くん側からやってみようってわけ。おそらく発動条件は『簡単な説明の後に直接体に触れる』ことだと思うわ」
おそらくと言うか、それで間違いないんじゃないだろうか。しかしそれは、あくまでも俺サイドから記憶を共有させる事ができると言うのが前提な訳だが……。
「できるわ。あたしと薫だもの。あたしの座右の銘は、信じる先に道ができる。なのよ」
一体、どこからそんな自信が出てきたのだろう。俺には全くもって理解ができない。ついでに言わせてもらうと、相変わらず頭の中を読むのは控えていただきたい。
「もう一つの案も言って良いかしら? これは私が以前ある人から聞いたおまじないだから、確実性は少しだけ減るかも知れないけど……」
茜ちゃんはそう言って俺達の顔色を伺うように視線を泳がせた。
「おまじないでも何でも、希望があるならやってみるよ」
俺のその言葉に続くように、茜ちゃんは口を開いた。
「写真を撮るの。丸岡くんを中心にして、能力を共有したい人を一緒に写す。そして、その写真を常に身近に置いておけば良いわ。ただし、共有する人は丸岡くんを信頼している事と、写真を撮る瞬間に丸岡くんが能力を共有したいって願う事が条件よ」
何だか難しいオカルト現象だな。こうやって聞くと、こっくりさんを思い出させる。そういえば昔こっくりさんをした時に、何故か春菜が一緒だと答えがパンナコッタになってたな。どうでも良い話は置いておいて。そこで俺はまたしても気が付いた。
「ちょっと待った。過去が変えられる事で、写真が消滅する可能性があるんじゃないのか? そうなると、このおまじないが根底から成り立たないと思うんだけど」
「そこは私の能力を使うわ。実は結構レアな能力を持ってたりするのよ。まあ、ワールドメモリーに関する能力に比べたらちっぽけだけど」
「能力って……超能力的なやつなのか?」
「まあ、簡単に言ったらそんなとこね」
ただでさえワールドメモリーとか言う変な能力の話が出てきたところで、また新しい超能力か……。頭が痛くなりそうだ。でも、話を進めないわけにはいかない。
「で、一体どういう能力なんだ?」
頭を抱えながら聞き直す俺に対して茜ちゃんは、さも当たり前の事を話すように抑揚無く続けた。不思議な事に関わった経験があなた達より多いからと言っていたのはこういうところでも感覚の違いとして現れているのかもしれない。
「干渉させなくする能力よ。対象さえ特定できれば、ワールドメモリーに関する能力にも対抗できるわ」
「ん? 干渉させなくする能力……って要するに何ができんだ?」
いまいち具体的に分からなかった事を雄介が茜ちゃんに質問をする。干渉させないってくらいだから何かと何かを関わらせないとかなんだろうけど……。
「並んでるところを順番に名前を呼ばれる時に私だけ無意識に飛ばしてしまうなんて言う認識的な事、殴られた時に衝撃が私に伝わらないようにするなんて言う物理的な事、他にも色々あるけど大まかに分けると認識的な干渉と物理的な干渉をさせなくする能力ね。もちろん超能力的な力に対しても干渉させなくすることもできるわ」
なるほど。今までの学校生活で茜ちゃんが誰からも話し掛けられなかった理由がここにあったのか。認識的に干渉させなくする能力と言うのを使って。
「普段の生活でも使ってたからあまり他人と関わりを持ってなかったって事か?」
「バレちゃった? だって便利なんだもん。丸岡くん相手にも使ってあげようかしら? 避妊具要らずになんてのもできるわよ?」
「下ネタも程々にしときなさい」
魅力的な提案だがな!
「薫……。まともなこと言ってるけど、変な想像をしてる顔になってるわよ。ほんと最低。今の記憶は共有したくないわね」
本当にごめんなさい。でもそんな共有、こっちから願い下げです。
「誰か今カメラ持ってない? 実践しましょ、能力を注いであげるわ。いやらしく注いであげるわ」
わざわざ言い直した茜ちゃんが手を叩いてそう言うと、雄介は鞄からデジカメを取り出した。無駄に一眼レフの高級カメラだ。一体なぜそんなものを買ったのだろう。第一、俺すら雄介がそんなデジカメを持っていることを知らなかった。
「あー。電池切れてんな。今から写真を撮るのは無理だ」
「別に、今撮らなくても大丈夫よ。能力だけ込めるから後で三人で撮ってらっしゃい」
「茜ちゃんは一緒に写らないのか?」
俺はそんな当たり前のことを問う。
「丸岡くんを信用してる人間で、変わった後の過去の記憶を持っている人が必要でしょ? だから、私は一緒に写らないわ」
その茜ちゃんの言葉を最後に、その日俺達は解散した。俺と春菜は帰宅道が一緒なわけだが、一言も口を利くこともなく家に着いた。言えなかった夢の件もあるのだろうが、記憶違いとそれに関わる夢についての考察が意外すぎるものだったからなのかもしれない。お互いにしゃべる余裕を失ったのだ。茜ちゃんの考察は的を射ていたのだ。的を得ている人の的を射ていると言っても良いくらい、鋭い推察だったのだ。
「不思議な事に関わった経験があなた達より多いから、分かってしまうのよ。その点では、新田くんが鋭くてもおかしくないと思うけど」
茜ちゃんはそんな事も言っていた。雄介は、どこまで知っているのか分からない茜ちゃんに対して、苦笑いを浮かべるしかしなかったようだ。しかし直後に言った、あれは違う。という言葉は俺の頭に引っ掛かってしまった。俺は着替えもせずにベッドに潜り込み、こうやって今日の会話を反芻していた。もしかしたら、この会話とかも皆の記憶から消えてしまうのではないかと思いながら……。
翌日、いつも通りなにも変わることなく学校が始まった。今日は水曜日なので、授業は少しだけ早めに終わる日だ。まあ、その理由は教員が早く帰れる日を確保するために日教組が影で動いている結果なのだろう。だが、実際は教員達も書類仕事で残らされるのだから可愛そうなものだ。どんなにシステムを作ろうが、現実は仕事が終わらなければ帰れない。俺は教員にだけはなりたくないな。恵まれてないよ。
そんな事はさておいて、今日もホームルームに春菜の姿はない。いつもなら、朝練でもしてるのだろうと思って気にもしないところだが、昨日の今日だ。あんな事があれば心配もしてしまう。
俺は心配になりながら窓からボンヤリと外を眺めていた。すると視界に入ってきたのは、全力疾走で校舎へ向かってくる女の子だった。いや、全力疾走にしても速い。走った後に、グラウンドの土煙が渦を巻いて舞い上がっている。あんなのはアニメの世界だけだと思っていたが、どうやら現実に起きてしまったらしい。その二次元から飛び出したようなスポーツ少女は俺の視線に気付くと一瞬止まり、口パクで寝坊した。とだけ言って校舎に入った。
「おい丸岡。今日も宮内は遅刻か?」
タイミング良く先生が俺に訪ねてくる。家が隣だからってそんな事を聞いてくるのはお門違いだとは思う。しかし、今回に限ってはしっかりした答えを返すことができた。
「今校舎が揺れてるのは、春菜が走って教室に向かっているからです」
「おお、そうか」
先生も一発で納得し、足音が近付くと同時に扉を開けて春菜を招き入れた。
「やけに部活に熱心なようだな。遅刻した罰としてもう少し走ってくるか? うん?」
あっ。今のところテストにでるかな。
「喜んで!」
「どこの居酒屋だよ!」
ついつい突っ込んでしまった俺を無視して、春菜は直ぐに走って外へ出ていった。冗談で言った先生も呆気に取られている。春菜……。今日のお前はいつも以上にイカれてる。
「宮内さんは今日も相変わらずね。まあ、しばらくは過去が変えられることも無いと思うし、慌てる必要はないわよ」
茜ちゃんは、席から振り返ってそう言う。今の言葉から分かる通り、俺の記憶違いの理由は過去が変えられている事が原因だと結論付けられたのだ。だからこれからは過去違いと言おうか……。
「なんでそんな事を言えるんだ? もしかしたら、明日過去が変えられるかもしれないじゃないか。下手したら、今日だって変わってる可能性だってある」
確かに、今までの経験上突然過去が変わっているんだ。そんな悠長に構えていられない。まあ、構えたところで俺達にどうにかできるって物でも無いけどな。確かな昨日が無くなるかもしれない不安は大きいけど、それを多少なりと分かち合える友達ができて気が楽にはなっている。
「私の予想が正しければ、次の過去変えは週末のyouエッチの時ね」
「分かりづらい噛み方をするな。遊園地だろ。俺はクオリティーの低いボケには突っ込みたくないんだ。そんな低俗な事、一体どの口が吐いてるんだ」
「残念ながら、下の口は吐くことに特化してないの。必然的に上の口になるわね。むしろ、下の口は吐くことよりも「それ以上言うな! 口を閉じろ」
誰が下ネタのクオリティーを上げろと言った! 余計突っ込みづらいよ!
「ちゃんと下の口は閉じてるわよ。と言うより、そんなこと言わせないでよ。普通なら口が裂けても言えないことよ。あ、でも膜が裂けたら「それ以上言うな! 後悔するぞ!」
閑話休題。
「話を戻すけど、なんで遊園地なんだ」
昨日話した時の感じから、茜ちゃんが並外れた洞察力を持っていることは確かだ。何らかの理由があってそう言う答えを出してきたのだろう。
「何の不思議でもない簡単な事よ。だって、あなたと宮内さんが遊園地なんていう楽しげなイベントに参加するのに『あの子』はそこに呼ばれていないのだから」
ああ。言われてみれば簡単な理屈だった。過去が変えられる理由ってのが、その可能性が高いんだ。必然と言えば必然だな。
「でも、どうやって確かめようか? メモとか取っても根こそぎ変えられるしな……」
「まずは、宮内さんが夢を見たかどうかを確かめてからじゃどう? 過去が変わる前に夢に見れるかどうかって言うのはかなり重要になってくると思わない?」
茜ちゃんの言うことは理にかなっている。ここまで順序だてて論理的に話を進められるのは茜ちゃんをおいて他にいないだろう。……いや、若菜さんがいた。あの人ならもっと凄まじいだろう。
「じゃあ、また今日の夜に教室に集合で良いかしら? 宮内さんにも伝えておいてね」
時間は流れ、現在は午後八時。部活が終わって雄介と教室へ向かっている。完全に日は落ち、涼しい風が吹く中で歩く誰もいない廊下は、少しだけ落ち着く。
「ところで、今日は何の目的で集まるんだ? 昨日集まったばっかりじゃん」
雄介は、俺からあまり詳しく話を聞かされずに連れてこさせられた形なので、そんな事を聞いてきたのだ。
「次に起こりそうな過去変えについて、確めたいことができてね」
教室のドアを開けると、春菜と茜ちゃんは既に椅子に座って待っていた。先に教室にいたのに、別段なにか話をしていたと言う感じはない。夜だが電気をつけることはせずに、明かりは月の光でまかなっていた。
「とりあえず、座ってくれるかしら?」
俺と雄介は、茜ちゃんに促されるまま席に着いた。昨日と同じ席だ。
「春菜は今日、いつもより早いんだな」
「速さを競う部活だもの。部のスローガンは、昨日の自分の前を行く。なのよ」
あまり関係がない気がするけど、良いスローガンだな。
「早速だけど、宮内さんに聞きたいことがあるんだけど良いかしら?」
「なんとなく、聞きたいことは分かってるわ。何でも聞いてちょうだい」
「じゃあ、遠慮なく。スリーサイズはいくらかしら?」
その瞬間、茜ちゃんの頭が鮮やかに吹き飛んだ。いや、これはあくまでも例えだが……。春菜がどこからか取り出したスリッパで茜ちゃんの頭をぶっ叩いたのだ。スリッパが巻き起こす風と共に、茜ちゃんの髪の毛もなびいた。その姿が『吹き飛んだ』という表現にピタリと合致したのだ。
「今のは茜ちゃんが悪い」
「だって……。何でも聞いて良いって言ったから」
頬を膨らませても、悪いのは茜ちゃんだ。俺なら可愛いから許すと言うところだが、春菜はそうはいかないだろう。
「可愛いから今の一発で許す! 早く本題を言ってちょうだい」
残念ながら、春菜も許してしまうみたいだ。本当に、春菜は俺にだけ厳しいぜ。
「宮内さんはせっかちね。そんなに急がなくても良いのに」
「速さを競う部活だもの。部のスローガンは、昨日の自分の前を行く。なのよ」
春菜はこのスローガンがお気に入りのようだ。あと何回使うかが見物だな。
「面白くないわね。じゃあ、真面目に聞くわ。宮内さんの好きな体位はな
スパーンと素晴らしい炸裂音が響く。話を中断させたそれは、先程よりタイミングもスイングスピードも速かった。速さが追及されていた。
「部のスローガンは、昨日の自分の前を行く。なのよ」
出ました! 名言! 現在爆笑中の雄介は放っておいて、今後の展開に注目だ!
「ちなみにこのスローガンは、今日あたしが作ったものよ」
「一気に価値が下がった気がしたのは、俺の気のせいかな?」
「むしろプレミアがついて価値が上がったんじゃないのかしら?」
「私買います!」
「茜ちゃんは絶対に卑猥な事を考えてる! 言わなくても決まってる! 悪いけど、二人の友人として止めさせてもらう!」
「カオスだ……。もうやめてくれ」
雄介が腹筋を押さえて絞り出した言葉で、ひとまず落ち着きを取り戻すことになった。
「じゃあ、改めて聞かせてもらうわ。宮内さん、あなた
スパーーーン!!! …………もうヤだ。
「はい! もう話が進まないから、俺が話す! 春菜、お前最近は変な夢を見てないか?」
「多分、明後日の遊園地は一人増員で行くことになるわ。以上」
「報告ご苦労。……じゃねぇ!! どう言うことだ? 心当たりがあったんならさっさと言っててくれよ」
「その夢を見たのは、先週の金曜日だし、確信がなかったもの。今のタイミングで集合をかけられたから、少し言ってみる気になっただけよ」
確かに、変なことを言葉にするのは勇気がいる。俺も経験していることだし、共感こそしても、非難することはない。
「夢の構成は前と同じで、一緒に行きたかった! って願いで終わるの」
それを聞いた雄介は身を乗り出して質問をした。
「前みたいに俺たちが直接その夢を見ることはできないのか?」
「さあどうかしら? 前と同じシチュエーションで試してみたら分かるかも……」
そう言ったところで、とりあえずみんな立ってみた。
「宮内さんのどこに触れてもいいの?」
「はいはい。茜ちゃんはお手々を握ろうね」
茜ちゃんは春菜にそう言われて、あからさまに舌打ちをして残念がった。ざまーみろ。
「じゃあ、せっかくだし茜ちゃんから試してみようかしら」
何がせっかくなのか分からないが、春菜は茜ちゃんから試すことを提案した。そして、二人は手を握りあった。しかし、何も起こらない。
「やっぱり駄目なのかしら?」
そう言って春菜は次に俺の手を握った。その瞬間、またしてもあの感覚に陥った。
……どこかの公園で今より少し年をとった俺は、嬉しそうに語っている。しかし、その内容はやはり聞き取れない。一通り話し終わった俺は、左手の薬指に付けられた指輪を見せて微笑んだ。その時、一緒に遊園地に行く約束ができてたら! という願いと共に夢から覚めた。
目が覚めると、倒れかけていた俺と春菜を雄介と茜ちゃんが支えていた。
「また俺にも見えたぞ」
「私も見えたわ」
前回も少しだけ感じていたが、俺と春菜だけ疲れを感じているみたいだ。支えてくれた二人は、疲れなど全く無いみたいである。
「……ワールドメモリーシンパシー」
茜ちゃんは突然そんな事を呟く。
「世界の記憶に関する能力を持っている人同士は、簡単な条件で記憶を共有させる事ができる。まさか、宮内さんまでワールドメモリーの能力だとは思わなかったわ」
「ワールドメモリー……」
雄介は、小さく言葉を漏らした。ワールドメモリーなんて初めて聞いた言葉だ。茜ちゃん以外の三人は、同じ考えだろう。そう。なんだよそれって感じだ。
「ワールドメモリーについては、あまり深く話せないわ。けど、簡単に他人に話せる内容じゃなくなった事は確かね。この事は、四人だけの秘密よ」
「ああ、絶対に内緒だ」
始めに返事をしたのは雄介だった。その真剣な眼差しに、なぜか俺と春菜も同意をするしかなかった。
「話を戻すけど、さっきの願いからして『約束をする』と言う過去が変えられると考えられるわ。それによる他の変更はあまり無いとは思うけど……」
茜ちゃんはそう言って口を閉ざした。しかし、そこで俺は気が付いた。それは、実際に経験した俺だからこそ気付いたのかもしれない。
「記憶を共有させる事ができるって話は、根こそぎ無かったことになる」
俺は、椅子にどかっと座り込み話を始めた。
「茜ちゃんが、遊園地に行くメンバーに疑問を持っていなければ、今日集まったりはしていない。もしかしたら、もっと違うタイミングで話をして試してるかもしれないけど、試さなかった可能性がある」
今日の出来事が全て無かったことになってしまう不安は、常に考えている。そのあたり、みんなとは感覚が違うのかもしれない。
「何気ない会話だって内容は変わってしまうだろうし……」
俺は、自分で思ったより寂しげな声を溢してしまっていた。四人の空気が、少し沈んでいく。しかし、その空気を壊したのは春菜だった。
「それは困るわ!」
「みんなは記憶ごと変わるから、困ることは無いかもしれないぞ?」
「そんな事はない! だってあたしの考えたスローガンを二人が忘れてしまうことになってしまうじゃない」
ああ、さすがの春菜クオリティだった。
「お前は、俺の予想の斜め前を行く。だな」
「問題は、どうやって薫の記憶と俺達の記憶の違いを確認するのかだよな。今後もあるかもしれないし……。まあ、俺達側の記憶が事実になっちゃうんだから気にしなくて良いっちゃ気にしなくて良いんだが」
「いや、そこは気にしてくれよ。俺一人だけみんなと違う記憶があるって言うのは結構精神的にキツいんだ」
「その問題の事なんだけど、二つ程考えがあるの」
茜ちゃんはそう言って二本指を立てた。
「一つはワールドメモリーを利用した共有よ。さっき体験したアレを、今度は丸岡くん側からやってみようってわけ。おそらく発動条件は『簡単な説明の後に直接体に触れる』ことだと思うわ」
おそらくと言うか、それで間違いないんじゃないだろうか。しかしそれは、あくまでも俺サイドから記憶を共有させる事ができると言うのが前提な訳だが……。
「できるわ。あたしと薫だもの。あたしの座右の銘は、信じる先に道ができる。なのよ」
一体、どこからそんな自信が出てきたのだろう。俺には全くもって理解ができない。ついでに言わせてもらうと、相変わらず頭の中を読むのは控えていただきたい。
「もう一つの案も言って良いかしら? これは私が以前ある人から聞いたおまじないだから、確実性は少しだけ減るかも知れないけど……」
茜ちゃんはそう言って俺達の顔色を伺うように視線を泳がせた。
「おまじないでも何でも、希望があるならやってみるよ」
俺のその言葉に続くように、茜ちゃんは口を開いた。
「写真を撮るの。丸岡くんを中心にして、能力を共有したい人を一緒に写す。そして、その写真を常に身近に置いておけば良いわ。ただし、共有する人は丸岡くんを信頼している事と、写真を撮る瞬間に丸岡くんが能力を共有したいって願う事が条件よ」
何だか難しいオカルト現象だな。こうやって聞くと、こっくりさんを思い出させる。そういえば昔こっくりさんをした時に、何故か春菜が一緒だと答えがパンナコッタになってたな。どうでも良い話は置いておいて。そこで俺はまたしても気が付いた。
「ちょっと待った。過去が変えられる事で、写真が消滅する可能性があるんじゃないのか? そうなると、このおまじないが根底から成り立たないと思うんだけど」
「そこは私の能力を使うわ。実は結構レアな能力を持ってたりするのよ。まあ、ワールドメモリーに関する能力に比べたらちっぽけだけど」
「能力って……超能力的なやつなのか?」
「まあ、簡単に言ったらそんなとこね」
ただでさえワールドメモリーとか言う変な能力の話が出てきたところで、また新しい超能力か……。頭が痛くなりそうだ。でも、話を進めないわけにはいかない。
「で、一体どういう能力なんだ?」
頭を抱えながら聞き直す俺に対して茜ちゃんは、さも当たり前の事を話すように抑揚無く続けた。不思議な事に関わった経験があなた達より多いからと言っていたのはこういうところでも感覚の違いとして現れているのかもしれない。
「干渉させなくする能力よ。対象さえ特定できれば、ワールドメモリーに関する能力にも対抗できるわ」
「ん? 干渉させなくする能力……って要するに何ができんだ?」
いまいち具体的に分からなかった事を雄介が茜ちゃんに質問をする。干渉させないってくらいだから何かと何かを関わらせないとかなんだろうけど……。
「並んでるところを順番に名前を呼ばれる時に私だけ無意識に飛ばしてしまうなんて言う認識的な事、殴られた時に衝撃が私に伝わらないようにするなんて言う物理的な事、他にも色々あるけど大まかに分けると認識的な干渉と物理的な干渉をさせなくする能力ね。もちろん超能力的な力に対しても干渉させなくすることもできるわ」
なるほど。今までの学校生活で茜ちゃんが誰からも話し掛けられなかった理由がここにあったのか。認識的に干渉させなくする能力と言うのを使って。
「普段の生活でも使ってたからあまり他人と関わりを持ってなかったって事か?」
「バレちゃった? だって便利なんだもん。丸岡くん相手にも使ってあげようかしら? 避妊具要らずになんてのもできるわよ?」
「下ネタも程々にしときなさい」
魅力的な提案だがな!
「薫……。まともなこと言ってるけど、変な想像をしてる顔になってるわよ。ほんと最低。今の記憶は共有したくないわね」
本当にごめんなさい。でもそんな共有、こっちから願い下げです。
「誰か今カメラ持ってない? 実践しましょ、能力を注いであげるわ。いやらしく注いであげるわ」
わざわざ言い直した茜ちゃんが手を叩いてそう言うと、雄介は鞄からデジカメを取り出した。無駄に一眼レフの高級カメラだ。一体なぜそんなものを買ったのだろう。第一、俺すら雄介がそんなデジカメを持っていることを知らなかった。
「あー。電池切れてんな。今から写真を撮るのは無理だ」
「別に、今撮らなくても大丈夫よ。能力だけ込めるから後で三人で撮ってらっしゃい」
「茜ちゃんは一緒に写らないのか?」
俺はそんな当たり前のことを問う。
「丸岡くんを信用してる人間で、変わった後の過去の記憶を持っている人が必要でしょ? だから、私は一緒に写らないわ」
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