死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

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いつも通りの日常を

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 目を覚ますとカーテンで仕切られた病室のベッドの上だった。柔らかすぎないベッドと固い枕。病院というよりも保健室といった感じの簡素なベッドだったが、消毒液の香りが治療を目的とした部屋であることを確信させる。忘れもしない。入学式の日に運び込まれた医務室だ。医務室……学校内に連れ戻されたということは……。

「ベータは!?」

 飛び起きた俺は乱暴にカーテンを開ける。そこには大和と芽依、そして成瀬先生がパイプ椅子に腰かけていた。

「ようやく起きたか。半期に二回も倒れて医務室に担ぎ込まれた生徒は……あー五年ぶりかな」

「五年前だったら兄貴も知ってるかもですね」

「その兄貴とやらだ馬鹿野郎」

「まじっすか?」

 俺の慌てようとは違い、そこは和やかな雰囲気が漂っていた。

「あの、ベータは?」

 三人の様子を見て落ち着くことができた俺は改めてベータのことについて聞く。それに答えてくれたのは成瀬先生だった。

「あの猫耳の妖のことか。彼女ならしっかりと処分が下されたぞ」

 そう淡白に語られた言葉に俺は頭の中が真っ白になり、気が付けば成瀬先生につかみかかっていた。しかし――

「蓮!」

 そう言って医務室の扉を開けて入って来たのは紛れもないベータ本人だった。混乱する俺の手を成瀬先生は笑いながら払いのけるとベッドに腰かけるように促した。

「どういうことなんですか?」

 やっと絞り出した言葉に成瀬先生は笑いながら答える。その間、ベータは俺のことを心配そうに見ながらも成瀬先生の隣に大人しく立っていた。

「ベータ及びそれに繋がる猫又二十体は妖大量発生時、有用な働きをしたことにより特例で処分が変更。中忍成瀬桜の使い魔として校外近辺の警備に就くこととする――。これが昨夜上忍理事会で決定されたことだ。さて伝えることも伝えたことだし、私は仕事に戻るぞ。昨日のあれこれでやることが山積みなんだ」

 成瀬先生はそう言って医務室の扉を開ける。しかしそのまま歩き去るのかと思ったが、一度止まって振り返ると俺に向かって笑顔で言った。

「神崎。強くなったな」

 そして俺の返事を聞こうともせずに手を振ると扉を閉めた。医務室の中には俺と大和と芽依、そしてベータの四人だけ。一瞬の静寂の後、大和が笑いと共に噴き出して話し始める。

「蓮が成瀬先生につかみかかった時はどうなることかと思ったぜ」

「ほんとほんと」

 今思うと早とちりをした自分が恥ずかしい。しかし、すぐに答えてくれなかったみんなも悪い。

「ベータが無事なんだったら早く言えよー」

 肩を落とした俺の背中を芽依が叩きながら答える。相変わらず笑ってはいるが……

「ごめんごめん。てか、無事じゃなかったらこんな呑気に喋ってないわよ」

「確かにそうだけど……」

 と、そこまで話したところで扉がノックされる。三人揃って反射的に返事をすると、ゆっくりと扉が開いて一人の女性が入って来る。

「失礼します」

 そこに立っていたのは他の誰でもない、甲組の担任である黒澤先生だった。監房からの脱走時に吹き飛ばしたことが脳裏に過って体が硬くなる。しかし、当の黒澤先生はそのことを咎めるでもなく淡々と話し始めた。

「成瀬先生から伺ったとは思いますが、その妖と仲間の処理は成瀬先生に一任されるという形になりました。しかし、あの子も馬鹿ですね……。せっかく最年少で上忍資格を得ていたというのにこんなことで失って」

 黒澤先生は少し寂し気にそう言うと窓の外に目をやった。

「どういう……ことですか?」

 まるで今回の騒動がきっかけで上忍資格を失ったかのような物言い。よく思い返してみれば、先ほど成瀬先生も自分で中忍と言っていた気がする。もしかして、ベータたちを保護するために何かしてくれたのだろうか?

「まあ、あの子は格好つけて言わないでしょうね。……これもちょっとした意趣返しです。話してあげましょう」

 黒澤先生はそう言うとゆっくりと歩きながら語り始めた。大和と芽依も何があったのか聞いていなかったのか、興味深げに黒澤先生の話に耳を傾ける。

「おそらくあなたが倒れた後なのでしょう。私たち上忍や中忍、そして中忍学生は古賀さんの情報によって巨大な妖をほぼ被害なく殲滅しました。その後、真っ直ぐに駆け出す猫型の妖を追ったのです。その先にいたのがあなたたちでした。私を含む何人かの上忍はその場でそこの妖を含む全ての妖の命を奪うことを提言しました。しかしそこであの子……成瀬先生が意識を失いながら大事そうに妖を抱きしめるあなたを庇うようにして立つと涙を流しながら言ったのです」

 そこは大和と芽依も現場にいたようで、少しバツが悪そうにしていた。おそらくそのときに取った行動が上忍資格を失った原因だったと直感したのだろう。

「こいつは母も唯一の友人も失ってここに来た。だからこそ、これからは大切なものを失うことのない人生を歩ませてやりたいんだ。失い続けた人間が、これからも失い続けなければいけないなんて……そんなことあっちゃいけない。――そう言って引き止めたわけです。もちろん私たちも情だけで生きていけるほど甘くないことは理解しています。なので、その後改めて上忍理事会を開き、成瀬先生が責任を持つことと今回の問題の責任をとることを条件に妖たちの処置が変更されたのです」

 責任をとるというのが上忍資格の剥奪だったというわけか……。上忍の資格がどれほど凄いものなのかは分からないが、黒澤先生の話からして簡単に無くしていいようなものではないのだろう。成瀬先生が俺のためにそんなことまでしてくれていたなんて……。命の恩人どころではない。返し切れない恩がどんどんと積もっていく。

「正直言って私はあの子のことが好きではありません。しかし、彼女は教師として尊敬すべきことをしたと思っています」

「はい。成瀬先生は俺たちの自慢の担任です」

 俺は迷わずそう言うと、黒澤先生を苦笑いさせた。

「それはそうと、私はこんな話をするためにここに来たのではないのです。無断で妖を連れ込んだこと、監房から逃げ出したこと、そして私に攻撃を加えたことに対する罰則を伝えに来たのです」

 咳払いをしてそう言った黒澤先生。俺たちは唐突に告げられた言葉に背筋を伸ばす。もちろんある程度の罰則を覚悟していたとはいえ、いざその時になると鼓動が早くなる。

「あなたたち三人は、今後下忍学校を卒業するまで……」

 残り二年半以上に渡る長期間の罰則……。少し気が重くなる。

「毎日放課後二時間、校外近辺の見回りをすることを命じる。これは私が決めたことです。異論は認めません。以上」

 毎日二時間……。そう考えると気が滅入るが、逆にその程度であの問題の数々が許されたかと思うと軽いもののような気もする。そう考えていたところで大和が何か思いついたかのように声を出す。

「校外近辺の見回り……? もしかして先生、それって」

「私の用事はこれだけです。忙しいのでこれで失礼します」

 黒澤先生は大和の話に耳を傾けることなく足早に医務室から姿を消した。またもや四人だけになった部屋で大和が言いかけていたことの続きを話す。

「二時間校外近辺の見回りってことは、実質二時間ベータと過ごせるってことだよな?」

 大和の言葉を聞いて俺と芽依、ベータはハッとした。一応罰則業務とはいえ、一日中警護の仕事を任されているベータと共にいることのできる時間となるのだ。罰則というより褒賞のようなもの。黒澤先生が何を思ってこの罰則に決めたのかは分からないが、ともかくベータと一緒にいられるということで……

「良かったなベータ。これから毎日遊べるぞ!」

「ちょっと大和。遊ぶわけじゃないのよ」

「分かってる分かってる」

 そうして俺たちはひとしきり笑い合ったのだった。不安が一通り解消したところで俺はベータの顔を見る。ベータは安心したような顔で俺のことを見かえした。そういえば俺は一日倒れていたのだから心配かけたのかもしれないな……。しかし俺は、俺自身のことよりもベータが無事だったことしか頭になかった。

「ベータ。怪我はなかった?」

「うん。友達も怪我してた子はいたけど、みんな無事だよ」

 なんだかんだで目を覚ましてからベータとちゃんと話すのはこれが初めてだ。ベータは元気な声でそう言うと俺の目の前まで来て俺の手を握った。

「まだ蓮には言えてなかったからちゃんと言わせて」

 何を言うつもりなのだろう? ベータはそこまで言うとゆっくりと息を吸って微笑むと、俺の目を真っ直ぐに見て言った。


「蓮。私のことを助けてくれてありがとう」


 何度も見た朱莉の夢。夢の中だが、助けられなかったことを咎める声。何度も何度も繰り返し自分に言い聞かせた言葉。俺は朱莉を――大切な幼馴染を助けることができなかった。動くことさえかなわなかった。何度も悔やみ、何度も自分を責め、いつしか毎日のようには夢に見なくなっていたが、今でも寝る前に思い出す。あの時の忘れられない風景。助けられなかった弱い自分。大切な幼馴染すら見殺しにしてしまった弱い人間が……俺みたいな人間が……


「助け……られたのかな?」


「うん。助けてくれたよ」


 俺はいつの間にか体を震わせて涙を流していた。強くなったなんて言えない。昨日だって大和に芽依に北条に成瀬先生に助けられてばかりだ。そんな俺でも、弱い俺でも大切な人を助けることができたらしい。

「ありがとう……」

 お礼を言ったのは俺の方だった。そう言ってベータを抱きしめるとベータも同じくありがとうと返してくれた。傲慢かもしれないけれど、自分勝手かもしれないけれど、ベータが無事ここにいてくれることで……助けられたと言ってくれたことで……俺は許されたような気がした。

 本当は、助けられたのは俺だったのだ。


   ***


 後日、放課後に言い渡された罰則を終えた俺たちはこっそりベータを連れていつもの屋根上にのぼっていた。いつもの星空。いつもの四人。そしていつもの――

「ほれ、今日も持ってきてやったぞ」

「また激甘カフェオレ? そろそろ違うのにしようぜー」

「そうよ。ベータだってたまには違うの飲みたいわよね?」

「ううん。私これが良い」

 いつものカフェオレ。

「なんで? 他にもおいしいジュースはいっぱいあるんだよ?」

「だって……」

 いつも揃って開ける缶の音。

「みんなでずっと変わらず同じもの飲んでると、ずっと変わらず一緒にいられるような気がするから」

 ずっと変わらず助け合える……そんな友達といつも通りの日常を……。
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