死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

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脱獄

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 監房の中は簡素な作りながらも寮の部屋と大差のない感じだった。しかし、部屋には窓はなく、扉も内側から開けることができない仕様だ。風呂場もなかったが、トイレだけはビジネスホテルのように個室として存在していたのはありがたかった。布団を四人分敷くと歩くスペースがほとんどないような広さの中、俺たちは処理や罰が決められるのを待っていた。

「命力子を外に放出してもすぐに何かに吸収されちまうな……」

 大和は何もない部屋の中で時間を持て余したかのように忍術を使おうと印を結んでは諦めていた。せめて忍術が使えたのなら壁を破ってベータだけでも逃がすことができたかもしれない。

「忍体工学的な命力での単純な身体強化はできるみたいだけど……」

 俺も大和に倣って忍術が使えないかと試していたら、命力による身体強化だけはできることを見つけた。しかし大和の言った通り、命力子を体外で扱おうとすると一秒とかからずにどこかへと吸収される。おそらく脱走防止のために組まれた陣でもあるのだろう。最も得意な丙の術でさえ、一秒では発動した瞬間に消えるほど。

 嘘のように長く感じる中、部屋に備え付けられている時計が十二時をさす。それと同時に扉が開くと見たことのない壮年の男性が昼食を運んできた。床に置かれたトレイの上には握り飯が六つ。三つの皿に二つずつ乗っているところからするに、一人二つずつでベータの分はないということなのだろう。ベータもそのことに気が付いたのか、すぐに俺たちに言った。

「私は食べなくていいよ。この後どうなるか分かんないし」

「芽依、六割る四は?」

 ベータの言葉を無視するようにして俺はそう言った。突然の問題に芽依は慌てていたが、一瞬間をおいて答える。

「えっと、一.五」

 元から答えは分かっていたが、俺は芽依の答えを聞いてから三つの握り飯を半分に割った。そして一人当たり一個半になるようにトレイの上で分ける。

「俺たちは友達だろ? 友達だったら平等に分けないとな」

「友達……」

 その言葉にベータは涙を流すと、握り飯を手に取ってかぶりついた。俺たちもベータに続いて握り飯を食べる。思い返してみればベータも含めて四人で食事をしたのは始めただ。いつも屋根上で口にしているのは大和が持ってくる甘いカフェオレだけ。

「おいしい……おいしいよ……」

 涙ながらにそう言うベータ。ただの握り飯のはずなのに俺も何故だかいつもよりおいしく感じる。大切な友人と食べる食事は本来の味より何倍も美味しくなるなんて聞いたことがあるが、正しくその通りだった。食堂を使って三人で食べている時も美味しかったが、こうして四人揃っていると更に美味しく感じる。ベータも芽依と一緒に食べる機会があったかもしれないが、基本的には今まで一人で食べていたのだろう。そう思うと、俺が感じているのとは比べ物にならないほどおいしいと思っているのかもしれない。

「また……絶対にまた一緒にご飯食べよう」

 俺の言葉にベータは目を丸くして聞き返す。

「また……一緒にご飯食べられるの?」

 確証はない。でもそうであって欲しい。俺はなかば祈るようにして答えた。

「大丈夫。大丈夫だから」

「そうだな。何かあってもどうにかしてベータに悪いことさせない。間違ったことに反抗するのもまた面白いさ」

 そう言って励ましたのは大和。

「孤独と戦う女の子を助けなくって何がヒーローよ。私に任せなさい!」

 そう言って励ましたのは芽依。

「うん……うん……」

 俺たちの言葉を聞いてベータは泣きながらも残りの握り飯を口に運んだ。

「おいしいけど……さっきよりしょっぱい」

 そう言ったベータは少しだけ笑顔を取り戻してくれていた。


 それから下忍学生の授業が終わる午後四時半まで俺たちは少し前向きな話をしていた。研究として連れていかれた時にどうやってベータが痛い思いも辛い思いもせずにいられるか、どうやって交渉をするかなど。希望のある話で終始作戦会議のようになっていた。

「失礼します」

 授業が終わった後に上忍理事会とやらがあったのか、夕方五時をまわったところで黒澤先生と成瀬先生が部屋に入って来た。俺たち三人は怯えるベータを背後に隠すようにして立ち上がる。

「ベータがどうなるかは決まったんですか?」

 大和はそう言って真っ直ぐに黒澤先生の目を見る。しかし、先に口を開いたのは成瀬先生の方だった。

「はー……。本当にお前たちはいつも問題を起こして……。そんな目をしてくれるな。話しにくいだろうが」

「では、私から話しましょうか?」

「いや、私の口から話す」

 話しにくい……? その言葉に嫌な汗が噴き出る。成瀬先生は

「神崎、古賀、加賀美の三名が学内に招き入れていた妖は、危険度未知数のため即日処分することとする。なお処分の後、その遺体は妖体研究科が引き取ることとする。以上」

 処分――。つまりベータを殺してしまうということ――。

「ちょっと待ってくださいよ! いきなり処分だなんて早すぎます! 危険度未知数なら危険性がないことを調べるべきなんじゃないですか?」

 頭が空っぽになった俺とは違い、大和が即座に反論をする。しかし成瀬先生は首を横に振って否定した。

「上忍理事会でも意見が分かれたんだ。それでも即日処分が妥当だという判断が下った」

 成瀬先生の顔は暗い。多分成瀬先生は反対派として意見をしてくれていたのだろう。それでも上忍理事会では処分することに決まったのだ。

「二か月……この二か月一緒に過ごして何の問題もなかったんです。ベータは……この子は見た目が違うだけの……普通の女の子です」

 俺の言葉に成瀬先生は唇を噛みしめて首を振った。

「母さんも、朱莉も、今度はベータまで……」

 俺の言葉に呼応するように成瀬先生が何かを言おうとしてくれていた。しかしその瞬間、しびれを切らした様子の黒澤先生が成瀬先生を押しのけて進み出てくる。そして俺たちを押しのけると強引にベータの手を掴んで引っ張った。

「成瀬先生はあとの三人の処遇について説明していてください。この妖のことは全て私に任せていただきます」

「痛い! 離して!」

 腕を引かれるベータが悲痛な声をあげる。そして監房の扉をくぐったところで俺の目を見て叫んだ。

「助けて! 蓮!」

 その言葉を聞いた瞬間、突然世界がスローモーションになった。その間に思い起こされたのはあの日の――中学の卒業式の帰り道。朱莉が車に連れ込まれる瞬間だった。あれから何度も夢に見た。あれから何度も自分の無力さを呪った。助けることができなかった自分を責めた。動けなかった自分を殺そうとさえ思った。

 そして今、あの時と同じような状態になっている。このまま何もしなければベータは連れていかれて殺されてしまう。俺はあの日と同じ過ちを繰り返してしまう。

 俺がそこで一歩ベータのもとへと足を踏み出した瞬間、地響きと共に成瀬先生と黒澤先生の懐から警報のような音が聞こえてきた。二人はすぐに懐に手を入れるとスマートフォンのような端末を取り出した。

「緊急警報レベル四? 大型の妖の大群が学校に向かって真っすぐ押し寄せているですって?」

 俺は端末を見て立ち止まった黒澤先生の隙をついてベータを引きはがす。そしてそのまま廊下に出て建物の出口側にまわった。

「神崎さん。何をするのです。直ぐにこちらに引き渡しなさい」

 そう言って近付いてくる黒澤先生だったが、俺は黒澤先生に手の平を向けて制止を促した。

「ここでは誰も忍術は使えません。逃げようとしても無駄です」

 確かに忍術を使おうとすれば一秒とかからずに命力がどこかに吸い取られてしまう。しかし今黒澤先生が言った言葉で少しの希望が見えた。

「俺は本気です。もうあの日の後悔は繰り返したくないんです」

 命力操作学入門の初日。俺が引き起こしてしまった暴発事故。体外に命力子を放出してそのままぶつけるだけの忍術とも言えないような荒業。あれならば今では一秒とかからずに引き起こすことができる。先生だけを飛ばすために使えばそれなりの威力が出せるだろう。たとえ上忍であり教師とはいえ、誰も忍術が使えない空間なのであれば防げるとは思えない。

「すみません!」

 俺はにじりよって来た黒澤先生に向かって力の限り命力をぶつける。するとまるで大砲でも直撃したかのように黒澤先生は廊下の端まで飛んで行った。無抵抗に飛んで行った黒澤先生が少し心配ではあったが、それよりも優先させなければいけないのはベータの安全だ。俺はそのままベータの手を取って建物から出て行く。監房がある建物から出ると直ぐに森との境界である外壁が見える。

「黒澤先生! 大丈夫ですか!」

 聞き慣れた成瀬先生の声がして振り返ると、成瀬先生は後ろ手に早く行けと手を振っていた。一瞬良いのだろうかとも考えたがそんな余裕もないのですぐに前に向き直った。

 この壁を越えればひとまずベータを逃がすことができる。できるだけ早くできるだけ遠くへ――。そう思って外壁を見上げる。二十メートルを超える高さの壁。それを超えるのに普通に跳びこえるには無理がある。いくつか忍術を使わないと――

「土遁・石階段の術」

「木遁・強身の術」

 背後から聞こえた声と共に目の前に巨大な石階段が出現する。それは外壁の上までせり上がり、簡単に駆け上がることができそうだった。振り返るとそこには聞き慣れた声の主たちが立っていた。

「何もせずに待ってるだけなんて面白くないだろ?」

「助けを求めてる女の子を放っておくなんて、そんなのヒーロー失格だわ」

「大和……芽依……」

 これは明確な学校への反抗。いや、忍術協会への犯行と取られてもおかしくない。そんなことにわざわざ付いて来てくれたことに申し訳なさと嬉しさが同時に湧き上がる。

「まあ、何より……俺たち友達だろ? なあベータ」

「ベータ……みんなの友達……。友達!」

 ベータは泣きながら大和に抱き着く。それに対して大和も頭を撫でて落ち着かせるようになだめる。

「はいはい。ベータは私の背中にしがみついてて。のんびりしてないで行くわよ」

 ベータは芽依の言葉に素直に従うと、振り落とされないようにしっかりとしがみついた。

「じゃあ、行くわよ。あんたたちもしっかり走るのよ」

「任せとけ。木遁・強身の術」

「木遁・強身の術」

 二人に比べて精度は落ちるが、俺も強身の術を使う。個人的に大和に教わっていた術だ。そうして俺たちは石階段を駆け上がって外の樹海へと飛び出した。
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