18 / 23
打ち上げ花火
しおりを挟む
それから二か月が経ち、俺は忍術のある世界にも学校生活にもだいぶ慣れてきた。忍体術と印学入門のマラソン以外では授業に付いて行くこともできてきて、少しは忍者らしくなってきたのではないかとも思える。印学入門で学んだ五行の術――木遁・火遁・土遁・金遁・水遁それぞれ呼応する二つずつの計十個の忍術も修得し、集中していれば術が暴発することもなくなった。月に一度、命力操作によって命漏症が緩和されていないかを検査しているがこちらは急激な変化はなく、数値がマイナス九十六からマイナス九十になった程度だった。正常値は十からマイナス十らしい。この調子だと正常値まで行くのに三年ほどかかりそうだ。
「そろそろ蓮もロープ無しで上れるかもな」
「いや、まだ安心できないよ」
六月初頭の涼しい初夏の深夜。俺は寮の屋上に上りながらも大和に手を引かれてそう答えた。忍体工学入門と忍体術の授業のおかげで随分と身のこなしが軽くなり、術も使わずに熊を倒せるとまでは言わないがそれなりに体も強くなったと実感できる。
「れーん! 待ってたよー!」
屋上に上るや否や、俺の胸に飛び込んできたのは猫耳を生やした少女だった。
「おまたせベータ。今日も芽依の部屋で一日寂しかった?」
「うん。でもやっと字が読めるようになったからって、昨日芽依がいっぱい漫画っていうのを持ってきてくれたから退屈じゃなかったよ? だからちゃんと大人しくしてたよ? 偉い?」
ベータもこんな調子ですっかり俺たち三人に心を開いてくれた。もはや俺たち三人の妹のような存在になっている。俺が偉い偉いと言って頭を撫でると、次は同じように大和に褒めてもらおうとアピールをする。見た目からまだ小学校にも入っていないような年だろうし、甘えたいのだろう。
「ほら、今日も持ってきてやったぞ」
「あんた、いい加減に他の物にしたらどう?」
芽依は文句を言いながらも大和から投げられたホットのカフェオレを受け取る。そして俺にもカフェオレが投げられた。
「ナイスキャッチ」
二か月もほぼ毎日投げられていると流石に片手でキャッチできるくらいには慣れてきた。初めて屋上に来たときと同じく棟に並んで座ると、四人揃ってプルタブを上げる。二か月毎日屋根上に集まっているが、最近ではもっぱら四人でトランプをしながら少し喋って解散となっている。授業で小テストが近付いてきたらテスト勉強をしたりもしたが、数学や社会学、言語学といった一般教養の分野はもっぱら俺が家庭教師状態で、逆に忍術系の科目に関しては俺一人が生徒状態だったりする。
「それにしても蓮は勉強に関しての呑み込みが早いよな。忍術科学に関しては俺らより良い点取り始めたし。あ! 革命かよ、タイミング悪いなー」
「そろそろ強い札残してる頃かと思ってたわよ。大和はまだ授業きかなくても付いていけてるみたいだから良いけど、私なんて今日の授業とか理解が追いつかなくって。うそ! なんでそんなに三持ってんのよ」
「今まで出してたカードからして芽依が革命しようとしてるのはバレてるよ。今日の授業ってこの世界には物体と運動しか存在しないってやつ? 物体の単位とその運動パターンによってエネルギーも物質の性質も決まるってのは忍術の仕組みからしたらそんなに難しい話じゃないんじゃないの?」
「革命返しー!」
「ナイス! 流石ベータ!」
「えへへ。大和に褒められた」
「もう私の勝ち目なくなったじゃない……。そこじゃなくて、質量保存の法則とエネルギー保存の法則って話。質量保存の法則は粒子数えたら良いけど、エネルギー保存の法則って何よあれ。頭がこんがらがるんだけど。あーもうパス……」
「粒子の運動速度はどんなものでも一定だから、直線運動をする光の運動量に当てはめて計算するだけだよ。電気の螺旋運動を光に変換すると、こう伸びた分だけ光エネルギーの方が移動距離も長くなって……。あ、あがり!」
「なんで蓮の方が先にあがるんだよ! 俺もあがりー」
「私もあがり! やったー芽依に勝ったー」
芽依が最下位になったところで俺と大和とベータがハイタッチをする。そんな調子で俺たちはいつものように学校での話をしたりしながらトランプで遊んでいた。
「あ、そうだ。大和って前に変な忍術作ってたよね? 俺もちょっと変わった忍術考えたんだけど見てくれない?」
「大和が前に作ってた忍術って屁の術でしょ? 参考になるの?」
「失礼な! あれは金遁で核変化までさせて硫化水素とインドールとスカトールを生成して土遁で空気の流れを作るっていう難しい技なんだからな」
「ほんっと才能の無駄遣いよね」
「ねえ、屁の術って何? 私も見たい!」
「ベータは経験しない方が良いよ。大和が前に一年生全員の前で使った忍術で、そこら一帯が臭くなる術だから」
「えー臭いの嫌ー。大和臭いー」
ベータはそう言って鼻をつまむと眉をひそめて大和を見る。それに便乗するように芽依も鼻をつまんで大和を指さす。
「大和臭いー」
「俺は臭くねー! 多分……」
「なんでそこで自信なさげなんだよ」
「いや、自分の匂いって分かんねーし」
大和がそう言うと、ベータが大和に近付いて匂いを嗅ぐ。鼻をヒクヒクさせると同時に猫耳もピコピコと動く。そしてぐっと親指を立てると笑顔で伝えた。
「大丈夫! 今は臭くないよ!」
「今はって! まあ、それはいいや……。で蓮が言ってた新しい忍術って?」
大和はそう言って話を元に戻した。言われなければ忘れてしまっていたかもしれない。
「丙の術で火の玉を安定させるために炭素を生成するってのが常識みたいだけど、もしかしたら簡単な元素を取り込むくらいならできるんじゃないかと思って」
「例えば?」
「リチウム、ナトリウム、カリウム、銅……」
俺がそこまで言ったところで大和はピンと来たのか、目を輝かせて答えた。
「炎色反応か!」
炎色反応――。それも先日忍術科学の中で習ったところだった。俺の意図を理解してくれた大和だったが、すぐに難しそうな顔をした。俺はその表情を見て不安になったが大和は俺の気持ちを察したのか、手を顔の前で振る。
「いやいや、それが無理とかそういうこと思ったんじゃないって。もし火の色を変えたいんだったら直接光の波長を変える術式を組んだ方が正確なんじゃないかと思って。それ以前に色つきの光を出したいなら初めから光を作るとか」
「まあ、それもそうなんだけど……。光のコントロールとか繊細で難しくってさ。教科書にも載ってないし」
今持っている印学の教科書には光を扱う術について細かいことが書かれていなかった。俺がそう伝えると、大和は唸りながら答えた。
「確かに細かい色を出すのは難しいし、炎色反応で出せる色くらいで良いならアリかもな。でもそうなると丙の術じゃなくて他の戊(つちのえ)の印とか庚(かのえ)辛(かのと)の印あたりも盛り込まないといけないだろうし……」
「いや、そうじゃなくて丙の術だけでイメージを変えてできないかなって」
「うーん……。俺は試したことがないから分からないけど……。とりあえずやってみるか! 物質の構造は頭に入ってる?」
「とりあえず原子構造は」
「十分だろ。よし、やってみるか。芽依もやるぞ」
「え? 私も? 原子構造とか分かんないわよ?」
「カルシウムと銅くらいなら分かるだろ?」
芽依の弱音に大和が突っ込む。忍体工学入門で人体の強化のために必要な知識は学んでいる。そこでカルシウムは必須の知識ではあった。そして銅・銀・金の構造は忍者をやっていて知らないものはいないとまで言われている。
「まあ、そのくらいは……」
「じゃあ、芽依もお願い。できるようになったら夏に忍術で打上花火作ってベータに見せてあげよう」
「お、それ面白そうじゃん。俺より先に面白そうなこと考えるとか流石蓮だな」
「いや、もともとそれが目的みたいな感じで提案したようなものだったし」
毎日芽依の部屋で軟禁状態にあるベータを少しでも楽しませてあげたい――。そう思って考えたことだった。外に出て、外だからこそ楽しめること。夜だからこそ楽しめること。そう考えたところで思いついたのが花火だったわけだ。
「打上花火って?」
俺の発言を聞き、首を傾げて顔を覗き込んでくるベータ。言葉の一つも聞き逃すまいと耳をピンと立てている。文字を読めるようになったのも最近だし、ベータはまだまだ知らないことは多い。
「夜の空に大きな火の玉でできたカラフルな花みたいなのを飛ばすことだよ。花みたいな火。だから花火」
「なにそれ! 面白そう!」
ベータは目を輝かせてそう言うと尻尾をピンと立てた。猫は機嫌のいい時に尻尾を立てる。ベータも同じように楽しいこと、嬉しいことがあるといつも尻尾をピンと立てる。そのおかげで表情や言葉で隠していても尻尾のおかげでどんな気持ちなのかが分かる。
「でも実際にできるかどうか分からないから今から実験。よし、火遁・丙の術!」
そう言って一番に術を唱えたのは大和だった。普段何気なく使う丙の術より若干赤色が濃い気がする。しかし、注意していなければ分からない程度。
「リチウム混ぜるつもりだったけど、やっぱり思ってたほどは綺麗にいかないな。もっと命力の力を上げて無理矢理伝えるイメージを増やすか」
大和は一度出した野球ボール大の炎を消すと、俺たちにも情報を共有するかのように呟いた。それに続くように俺と芽依も丙の術を使う。
「火遁・丙の術!」
「火遁・丙の術!」
大和が言っていたとおり、いつもの丙の術よりも強く命力を使うイメージで術を発動させる。俺が追加でイメージしたのはナトリウム。大和の話のおかげもあってか、鮮やかな黄色の火の玉が出現した。隣で術を唱えた芽依のところには緑色の火の玉が浮かんでいる。銅を混合した丙の術なのだろう。
「お! 二人とも一発で綺麗にできてるじゃん! 俺も負けてられないな。火遁・丙の術!」
大和はもう一度そう唱えると今度は深い紅色の火の玉が現れた。俺や芽依の丙の術より形も大きさも安定しているところを見ると、やはり印術においてはまだまだ大和が一番技術があるのだろう。
「凄い! 綺麗!」
俺たち三人が出した色とりどりの火を見て、ベータは飛び跳ねて喜んでいる。ベータの前で目に見える忍術を使ったのは出会った日以来なのでそれだけでも珍しくて楽しいのかもしれない。夜にする火遊びというのもそれはそれで少し悪いことをしているかのような気持ちにもなり、ベータだけでなく俺たち三人もテンションを上げて様々な火の玉を作っていた。しかしそんなことを始めてから数分後、寮の裏手から声が聞こえた。
「おいお前たち! そんなところで何をしている!」
「やべっ! 逃げるぞ!」
怒鳴るような男の声に大和が解散の合図を出す。すぐさま俺たちは二手に分かれて三階の窓から中に逃げ帰る。丙の術の明るさのせいでもしかしたら顔を見られたかもしれない。しかし今はとにかく自室まで戻るしかない。そうして何事もなかったかのように明日の授業に出席をするだけ。
「あの声、多分生徒の誰かだよな?」
部屋に戻ってベッドに潜ると、大和が小声でそう聞いてきた。
「多分……ね。聞いたことがあるような気がするし」
「ああ、なんか嫌な予感がするけど」
聞き覚えのある嫌な声……。その直感が外れることを祈りつつ、俺たちはどうにか眠りに就いた。
「そろそろ蓮もロープ無しで上れるかもな」
「いや、まだ安心できないよ」
六月初頭の涼しい初夏の深夜。俺は寮の屋上に上りながらも大和に手を引かれてそう答えた。忍体工学入門と忍体術の授業のおかげで随分と身のこなしが軽くなり、術も使わずに熊を倒せるとまでは言わないがそれなりに体も強くなったと実感できる。
「れーん! 待ってたよー!」
屋上に上るや否や、俺の胸に飛び込んできたのは猫耳を生やした少女だった。
「おまたせベータ。今日も芽依の部屋で一日寂しかった?」
「うん。でもやっと字が読めるようになったからって、昨日芽依がいっぱい漫画っていうのを持ってきてくれたから退屈じゃなかったよ? だからちゃんと大人しくしてたよ? 偉い?」
ベータもこんな調子ですっかり俺たち三人に心を開いてくれた。もはや俺たち三人の妹のような存在になっている。俺が偉い偉いと言って頭を撫でると、次は同じように大和に褒めてもらおうとアピールをする。見た目からまだ小学校にも入っていないような年だろうし、甘えたいのだろう。
「ほら、今日も持ってきてやったぞ」
「あんた、いい加減に他の物にしたらどう?」
芽依は文句を言いながらも大和から投げられたホットのカフェオレを受け取る。そして俺にもカフェオレが投げられた。
「ナイスキャッチ」
二か月もほぼ毎日投げられていると流石に片手でキャッチできるくらいには慣れてきた。初めて屋上に来たときと同じく棟に並んで座ると、四人揃ってプルタブを上げる。二か月毎日屋根上に集まっているが、最近ではもっぱら四人でトランプをしながら少し喋って解散となっている。授業で小テストが近付いてきたらテスト勉強をしたりもしたが、数学や社会学、言語学といった一般教養の分野はもっぱら俺が家庭教師状態で、逆に忍術系の科目に関しては俺一人が生徒状態だったりする。
「それにしても蓮は勉強に関しての呑み込みが早いよな。忍術科学に関しては俺らより良い点取り始めたし。あ! 革命かよ、タイミング悪いなー」
「そろそろ強い札残してる頃かと思ってたわよ。大和はまだ授業きかなくても付いていけてるみたいだから良いけど、私なんて今日の授業とか理解が追いつかなくって。うそ! なんでそんなに三持ってんのよ」
「今まで出してたカードからして芽依が革命しようとしてるのはバレてるよ。今日の授業ってこの世界には物体と運動しか存在しないってやつ? 物体の単位とその運動パターンによってエネルギーも物質の性質も決まるってのは忍術の仕組みからしたらそんなに難しい話じゃないんじゃないの?」
「革命返しー!」
「ナイス! 流石ベータ!」
「えへへ。大和に褒められた」
「もう私の勝ち目なくなったじゃない……。そこじゃなくて、質量保存の法則とエネルギー保存の法則って話。質量保存の法則は粒子数えたら良いけど、エネルギー保存の法則って何よあれ。頭がこんがらがるんだけど。あーもうパス……」
「粒子の運動速度はどんなものでも一定だから、直線運動をする光の運動量に当てはめて計算するだけだよ。電気の螺旋運動を光に変換すると、こう伸びた分だけ光エネルギーの方が移動距離も長くなって……。あ、あがり!」
「なんで蓮の方が先にあがるんだよ! 俺もあがりー」
「私もあがり! やったー芽依に勝ったー」
芽依が最下位になったところで俺と大和とベータがハイタッチをする。そんな調子で俺たちはいつものように学校での話をしたりしながらトランプで遊んでいた。
「あ、そうだ。大和って前に変な忍術作ってたよね? 俺もちょっと変わった忍術考えたんだけど見てくれない?」
「大和が前に作ってた忍術って屁の術でしょ? 参考になるの?」
「失礼な! あれは金遁で核変化までさせて硫化水素とインドールとスカトールを生成して土遁で空気の流れを作るっていう難しい技なんだからな」
「ほんっと才能の無駄遣いよね」
「ねえ、屁の術って何? 私も見たい!」
「ベータは経験しない方が良いよ。大和が前に一年生全員の前で使った忍術で、そこら一帯が臭くなる術だから」
「えー臭いの嫌ー。大和臭いー」
ベータはそう言って鼻をつまむと眉をひそめて大和を見る。それに便乗するように芽依も鼻をつまんで大和を指さす。
「大和臭いー」
「俺は臭くねー! 多分……」
「なんでそこで自信なさげなんだよ」
「いや、自分の匂いって分かんねーし」
大和がそう言うと、ベータが大和に近付いて匂いを嗅ぐ。鼻をヒクヒクさせると同時に猫耳もピコピコと動く。そしてぐっと親指を立てると笑顔で伝えた。
「大丈夫! 今は臭くないよ!」
「今はって! まあ、それはいいや……。で蓮が言ってた新しい忍術って?」
大和はそう言って話を元に戻した。言われなければ忘れてしまっていたかもしれない。
「丙の術で火の玉を安定させるために炭素を生成するってのが常識みたいだけど、もしかしたら簡単な元素を取り込むくらいならできるんじゃないかと思って」
「例えば?」
「リチウム、ナトリウム、カリウム、銅……」
俺がそこまで言ったところで大和はピンと来たのか、目を輝かせて答えた。
「炎色反応か!」
炎色反応――。それも先日忍術科学の中で習ったところだった。俺の意図を理解してくれた大和だったが、すぐに難しそうな顔をした。俺はその表情を見て不安になったが大和は俺の気持ちを察したのか、手を顔の前で振る。
「いやいや、それが無理とかそういうこと思ったんじゃないって。もし火の色を変えたいんだったら直接光の波長を変える術式を組んだ方が正確なんじゃないかと思って。それ以前に色つきの光を出したいなら初めから光を作るとか」
「まあ、それもそうなんだけど……。光のコントロールとか繊細で難しくってさ。教科書にも載ってないし」
今持っている印学の教科書には光を扱う術について細かいことが書かれていなかった。俺がそう伝えると、大和は唸りながら答えた。
「確かに細かい色を出すのは難しいし、炎色反応で出せる色くらいで良いならアリかもな。でもそうなると丙の術じゃなくて他の戊(つちのえ)の印とか庚(かのえ)辛(かのと)の印あたりも盛り込まないといけないだろうし……」
「いや、そうじゃなくて丙の術だけでイメージを変えてできないかなって」
「うーん……。俺は試したことがないから分からないけど……。とりあえずやってみるか! 物質の構造は頭に入ってる?」
「とりあえず原子構造は」
「十分だろ。よし、やってみるか。芽依もやるぞ」
「え? 私も? 原子構造とか分かんないわよ?」
「カルシウムと銅くらいなら分かるだろ?」
芽依の弱音に大和が突っ込む。忍体工学入門で人体の強化のために必要な知識は学んでいる。そこでカルシウムは必須の知識ではあった。そして銅・銀・金の構造は忍者をやっていて知らないものはいないとまで言われている。
「まあ、そのくらいは……」
「じゃあ、芽依もお願い。できるようになったら夏に忍術で打上花火作ってベータに見せてあげよう」
「お、それ面白そうじゃん。俺より先に面白そうなこと考えるとか流石蓮だな」
「いや、もともとそれが目的みたいな感じで提案したようなものだったし」
毎日芽依の部屋で軟禁状態にあるベータを少しでも楽しませてあげたい――。そう思って考えたことだった。外に出て、外だからこそ楽しめること。夜だからこそ楽しめること。そう考えたところで思いついたのが花火だったわけだ。
「打上花火って?」
俺の発言を聞き、首を傾げて顔を覗き込んでくるベータ。言葉の一つも聞き逃すまいと耳をピンと立てている。文字を読めるようになったのも最近だし、ベータはまだまだ知らないことは多い。
「夜の空に大きな火の玉でできたカラフルな花みたいなのを飛ばすことだよ。花みたいな火。だから花火」
「なにそれ! 面白そう!」
ベータは目を輝かせてそう言うと尻尾をピンと立てた。猫は機嫌のいい時に尻尾を立てる。ベータも同じように楽しいこと、嬉しいことがあるといつも尻尾をピンと立てる。そのおかげで表情や言葉で隠していても尻尾のおかげでどんな気持ちなのかが分かる。
「でも実際にできるかどうか分からないから今から実験。よし、火遁・丙の術!」
そう言って一番に術を唱えたのは大和だった。普段何気なく使う丙の術より若干赤色が濃い気がする。しかし、注意していなければ分からない程度。
「リチウム混ぜるつもりだったけど、やっぱり思ってたほどは綺麗にいかないな。もっと命力の力を上げて無理矢理伝えるイメージを増やすか」
大和は一度出した野球ボール大の炎を消すと、俺たちにも情報を共有するかのように呟いた。それに続くように俺と芽依も丙の術を使う。
「火遁・丙の術!」
「火遁・丙の術!」
大和が言っていたとおり、いつもの丙の術よりも強く命力を使うイメージで術を発動させる。俺が追加でイメージしたのはナトリウム。大和の話のおかげもあってか、鮮やかな黄色の火の玉が出現した。隣で術を唱えた芽依のところには緑色の火の玉が浮かんでいる。銅を混合した丙の術なのだろう。
「お! 二人とも一発で綺麗にできてるじゃん! 俺も負けてられないな。火遁・丙の術!」
大和はもう一度そう唱えると今度は深い紅色の火の玉が現れた。俺や芽依の丙の術より形も大きさも安定しているところを見ると、やはり印術においてはまだまだ大和が一番技術があるのだろう。
「凄い! 綺麗!」
俺たち三人が出した色とりどりの火を見て、ベータは飛び跳ねて喜んでいる。ベータの前で目に見える忍術を使ったのは出会った日以来なのでそれだけでも珍しくて楽しいのかもしれない。夜にする火遊びというのもそれはそれで少し悪いことをしているかのような気持ちにもなり、ベータだけでなく俺たち三人もテンションを上げて様々な火の玉を作っていた。しかしそんなことを始めてから数分後、寮の裏手から声が聞こえた。
「おいお前たち! そんなところで何をしている!」
「やべっ! 逃げるぞ!」
怒鳴るような男の声に大和が解散の合図を出す。すぐさま俺たちは二手に分かれて三階の窓から中に逃げ帰る。丙の術の明るさのせいでもしかしたら顔を見られたかもしれない。しかし今はとにかく自室まで戻るしかない。そうして何事もなかったかのように明日の授業に出席をするだけ。
「あの声、多分生徒の誰かだよな?」
部屋に戻ってベッドに潜ると、大和が小声でそう聞いてきた。
「多分……ね。聞いたことがあるような気がするし」
「ああ、なんか嫌な予感がするけど」
聞き覚えのある嫌な声……。その直感が外れることを祈りつつ、俺たちはどうにか眠りに就いた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~
石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる