死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

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印学入門

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 午後一時から二時半まである三時間目の授業は数学だった。内容は中学での数学の延長線上といった感じで特別忍術に関わる内容では無さそうだった。ただ数学の先生曰く、陣を書くときや研究で使う場合も多いから気を抜かないようにとのこと。

 そして午後三時からの四時間目。印学入門の授業が始まった。

「全員揃ってるなー。道具はいらない。とりあえずグラウンドに出るぞ」

 教室に入って来るや否や、そう言ったのは担当の成瀬先生だった。印学入門は選択科目とはいえほぼ全員が履修しているため、他の選択科目とは違って三クラスに分かれての授業らしい。そして丙組の印学入門の担当は担任でもある成瀬先生が受け持っていた。

 俺たち丙組の生徒は誰一人文句も質問もせずに先生の後をついてグラウンドに出る。初めの授業は昨日の演習と同じように合同ででもやるのだろうかとでも思っていたが、実際にグラウンドに出ると丙組しかいなかった。

「初めの半年は基礎である五行の術の授業となっている。ただし五行の術はほぼ全員使えるということもあり、その精度を高めることが従来の印学入門だった。しかし私はそんな精度なんかより実用性を重視した印学にしたいと考えている」

 成瀬先生がそう説明したところで大和は口元を緩めて嬉しそうに笑った。

「面白くなってきたじゃん。マジで成瀬先生の授業受けられてラッキーだったかも」

 大和は昨日、富士地下大迷宮の最奥まで行くことが夢だと言っていた。そんな大和だからこそ、実用性の高い忍術を学べることが嬉しいのだろう。かく言う俺も誰かを助けられるように強くなりたいと願っている。だからこそ成瀬先生の言う実用的な印学というものに惹かれている。芽依は言わずもがな、憧れだと言っていた成瀬先生の授業は真剣に聞くつもりで目を輝かせていた。

「ということで、今日は全員丙の術と丁の術を交互に使いながらグラウンドを走り続けろ。もちろん走るのは全力で」

 成瀬先生がそう言ったところで芽依を除くクラスメイト全員の顔色が一気に悪くなった。忍者学校でも普通の学校と同じように長距離走は嫌われているのか。

「ほら、走った走った。手を抜いたら直ぐに分かるからな」

 そう言う成瀬先生の言葉に渋々といった感じで走り出す生徒たち。俺も最後尾について走ろうとしたが、成瀬先生に引き止められた。

「神崎は一回両方の術ができるようになるまで練習してからだ。ほらやるぞ。覚えるまでにかかった時間は不平等が無いように後で居残りランニングだから安心しろ」

 確かに強くなるため、知識を得るためにはありがたくて安心もできるが、流石に九十分も走り続けることを嬉しいとは思えなかった。しかし、他の人と比べて忍術への理解が何周も遅れている俺に気遣ってくれていると思うと悪い気はしない。

「よ、よろしくお願いします」

「じゃあ、まず昨日教えた丙の術をやってみろ」

 丙の術――。印一つで簡単な火の玉を出す術。昨日の失敗が悔しくて、教科書に書いてあることだけは復習として勉強していた。実践したわけではないのでどれほどの効果があったかは分からないが、昨日よりはましになっているはずだ。

 知れば知るほど強くなる。学べば学ぶほど強くなるのが忍術――

 昨日成瀬先生が言っていたことが事実ならば、教科書を読んで理解することも確実に意味がある。それに命力を使う感覚は午前中の命力操作学入門のおかげで少しは養われたと思う。午前中は暴発したが、出力をもっと減らせば良いだけだ。

「火遁・丙の術!」

 俺がイメージしたのはコブシ大の火の玉。周囲の二酸化炭素を還元して炭素を発生、更に燃焼させ直して二酸化炭素を発生。それを繰り返す。しかし、実際に発動した丙の術は想像を超えるサイズとなった。

「流石にデカすぎるな。せめてこの十分の一に調整してくれ」

 人一人余裕で飲み込むほどのサイズの丙の術は俺の前髪をチリチリと焦がした。それから五回六回と練習をする内にようやくバスケットボールほどの大きさにまでコントロールすることができた。

「これも命漏症の症状の一つだ。放出する命力子の量が多くなる。それでもコントロールできるようになれば人一倍強力な術も使えるようになる可能性があるからな。よし、次は丁の術だ」

 それから俺は成瀬先生から丁寧に丁の術を教わった。簡単に言うと丁の術は熱運動を止めるという術で、命力子を仲立ちとして熱のエネルギーから光のエネルギーに変換するというものだった。しかし俺はそうして新しく教わった丁の術で何度となくグラウンドを凍てつかせて先に走っていた生徒たちを滑らせてしまった。だが授業開始から三十分ほどで丁の術もどうにか使えるようになり、遅くなったが皆に合流することができた。

 走る速度はやはり長らく運動することができていなかった俺が断トツで遅く、芽依が断トツで速かった。何でもできると思っていた大和は、意外と目立つほど速い訳ではなく、先頭集団の内の一人といった感じ。しかし印を結び、忍術が発動する速度は誰よりも早く、一人だけ火の玉を点滅させているようなレベルだった。

 九十分の授業が終わると、全員死んだように倒れて指のストレッチをしていた。俺はまだあと三十分走らなければならない。意識も飛びそうになり、指も攣りそうになっているところで隣に二人の人影が並んだ。

「俺たちも付き合ってやるよ」

「ヒーローは友達のために駆け付けるものよ」

 そう言って俺のペースに合わせて同じように丙の術と丁の術を交互に行う大和と芽依。二人は言も無しに印だけで術を発動させているが、俺は小声で言を唱えながら走る。

「あり……がとう……。二人とも」

 もはや歩いているのと変わらない速度となっているが、息も絶え絶えに礼を述べる。二人はそんな俺を見て笑うと、顔を合わせた。

「私も付き合おうか」

 気が付くと目の前でバック走をする成瀬先生がいた。ほぼ歩くようなペースだから後ろ向きに走っても問題ないのかもしれない。

「自らすすんで居残りをする二人にもせっかくだから特別講義だな。五行の術において一つの術を打ち消すのにはこうして同じ火遁の対照の術を使うのもアリだが、五行相克の原理によって打ち消すこともアリだ」

 そう言った成瀬先生は片手で印を結ぶ。

「火遁・丙の術。お前たちはまだ片手印をやるなよ。そして水遁・壬(みずのえ)の術」

 逆の手で違う印を結ぶと、火の玉が白い煙を上げて小さくなっていく。

「壬の術は水を出す術だな。窒素の核分裂による水素の形成から酸素との結合。五行の術の中でも金遁と水遁は原子核変化に関係するから難易度が高いが、慣れたら一番便利だ。古賀と加賀美はあと三十分この方法でやってみろ」

 ほぼ俺のための説明だったのだろうけど、大和と芽依も興味深げに聞いて実践を始めたのでもしかしたら二人も知らない情報が入っていたのかもしれない。それから三十分、成瀬先生は片手印という印の結び方で二つの術を発動させてはそれぞれ違う方法で消滅させるということをして走り続けた。もちろんバック走で。先生にとっては手遊びのようなものなのだろう。とても簡単そうに行っていた。大和と芽依は二時間走り続けているわけなので俺ほどではないが余裕もなく丙の術と壬の術を繰り返していた。そして……

「よーしお疲れ様。今日はゆっくり休めよー」

 その成瀬先生の言葉で俺と大和は崩れ落ちるようにグラウンドに倒れ込んだ。芽依だけは少し余裕を取り戻した様子でストレッチをしている。芽依にとっては俺に合流してからの三十分はクールダウンだったのかもしれない。

「し……死ぬかと思った」

 元気そうにしている芽依とは違い、俺は体中のエネルギーが枯渇したかと思うほどにへとへとになっていた。

「うん。これは……上達するわ……」

 そう言ったのは大和で、発言内容と同じく満足気な顔をしていた。

「今日の晩御飯は何かしらね。五時になったからもう食堂は開いてるわよ」

 芽依に至っては元気そうに夕飯の話をしている。なんともたくましいやつだ。

「俺は……風呂に入ってからにしたいな。疲れすぎてまだ食欲がわかない」

「そうね。乙女が汗臭いままご飯食べるのもね」

「ははは、芽依なら誰も気にしないんじゃないか?」

「ちょっとそれどういう意味?」

 そう言う二人のやり取りを聞きながら、俺は小さく笑って立ち上がった。もう足がパンパンだ。

「よっしゃ! じゃあ行くか」

 俺が立ち上がるのを待っていたのか、大和は飛び起きると校舎の方に向かって歩き出した。芽依は先程の発言にまだ物申したいのか、大和の隣で何か言っている。俺も半ば足を引きずるようにして付いて行こうとしたところを成瀬先生に呼び止められた。

「神崎。ちょっといいか」
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