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命力操作学入門
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それから大和に先導される形で次の授業――命力操作学入門のある教室へと向かった。選択科目の教室は丙組の教室に比べて倍以上の広さがあるようで、前後の扉の間隔がとても広くなっていた。
「おいおい。誰かと思えば初日から罰則なんて快挙を果たした三人組じゃないか。午前中から変なものを見ちまったな。なあ瑛斗」
「お目汚ししてすみませんくらい言ってもいいもんだよな。なあ武司」
教室の後ろ側に当たる扉から入ってすぐ、甲組の二人組――東郷と西村が絡んできた。よほど俺たちのことを馬鹿にしたいのだろうが、俺と大和と芽依は無視するようにして空いている席に座った。後ろではビビって声が出ないだのなんだのと言っているのが聞こえる。
「あんたらね!」
「芽依! 気にしない方がいいって」
最後の言葉に反応して立ち上がった芽依をなだめると、なんとか悔しそうな態度を取りつつも席に座ってくれた。東郷と西村は怖い怖いとわざとらしく身震いをして見せると周りの甲組の連中を笑わせていた。ただ、そんな中でも北条颯真はただ一人一番前の席に座って真剣な表情で本を読んでいた。
「甲組の連中も全員あの北条って人くらい真面目だったらいいんだけどな……」
「でも甲組がみんなああだから、あいつも心の中では何思ってるか分かったもんじゃないわよね。てか、最悪指示出してるんじゃないかとも思えてくるわ」
苛立ちを隠すこともなくそんなことを言う芽依だったが、俺には彼が少し違うような感じがしていた。まるで受験当日の学生のように余裕のない様子に見える。
「ま、相手にしなくて良いんじゃね? あいつらと話しても面白くねーし」
そう言ったのは大和だった。はっきりと言い切った言葉のおかげで俺と芽依は気が抜けて納得の声を出した。しかし東郷と西村にもその言葉が聞こえていたようで、明らかに不機嫌な様子を見せていた。
「はい! それじゃあ授業を始めるね!」
教室の端と端でいがみ合う俺たちを気にもとめずに先生が大きな声で授業開始を告げた。教卓から頭だけが見えるほどに小さな体躯。身長百四十センチメートルほどで顔を見てもとうてい先生には見えないほど幼い女性だった。しかし幼い印象とは関係なく、彼女は印も言も使わずに自らの体を宙に浮かせると黒板にチョークで名前を書いた。
「すげー」
そうつぶやいたのは大和だったが、俺にはまだどれほど凄いことなのかいまいち理解できていなかった。ただ教室内の生徒がどよめきを上げるほどには凄いことだと感じる。
「なあ大和。あれってそんなに凄いの?」
「おそらくあれは命力を操作することで無理矢理自分の体を浮かせてるんだ。昨日成瀬先生がプリントを浮かせて配ったみたいな感じで。でも小さいとはいえ自分の体をあの精度で浮かせるなんて」
「そこ! 今私のこと小さいって言ったでしょ!」
大和が小声で説明してくれていると小さいという言葉に反応したのか、大和でも避けられないほどの速度でチョークが飛んできた。大和はそれを額で受けて叫び声をあげると、もだえ苦しんでいる。
「はい、てことで私の名前は花咲胡桃(はなさきくるみ)。こう見えてちゃんとそろそろ三十歳になる大人なんだから舐めた態度取ってるとチョーク飛ばすからね!」
「すみませんでした……」
黒板に自分の名前を書き終わった花咲先生に大和は涙ながらに謝罪の言葉を述べると授業が再開された。甲組のメンバーが集まっている辺りからは失笑が聞こえてくる。
「はい。命力操作学入門では、まず物を動かすことから始めるからね。理論とかの座学は来年の総論から。はい。じゃあみんな机の上に教科書立ててー」
先生の指示を聞いて教室中の生徒が困惑しながらも広辞苑のような分厚さの教科書を机の上に立てる。俺もそれが正しい行動なのか分からないまま同じように教科書を立てた。
「教科書ってこうやって使うんだ……」
教室にいる全員が机の上に立てる様子は少し滑稽でもあったが、先生はその様子を見て頷くと話を続けた。
「今日はみんなの実力を測るのが目的だから、まずは教科書に手をかざして触れずに倒してみて。はい! どーん!」
花咲先生の言葉に戸惑いを覚える生徒も多い中、次々と教科書が倒れていく。だいたい八割くらいの生徒が倒しただろうか。もちろん俺は倒せないが、大和は簡単に倒していた。意外だったのは芽依も俺と同じく倒せなかったことだ。
「芽依はこういうの苦手なの?」
「命力で察知するとかはまあまあできるんだけど、こういう超能力的な使い方はしたことなくって。むむむー!」
目と指先に力が入っているが教科書は微妙に揺れるだけで倒れそうにない。俺も集中して倒そうとするが揺れすらもしない。
「倒せた人は教科書開いてー。五ページに書かれてるやつをどこまでできるか試しててねー。手をかざさず倒すとか離れた場所から倒すとか。私はとりあえず倒すことができなかった人のところ回っていくから待っててね」
花咲先生はそう言うと甲組の生徒の方から回り始めた。甲組では倒すことができなかった生徒自体が少なく、倒せなかった生徒も先生のアドバイスですぐに倒せるようになっていた。乙組も似たようなもので、片手で数えられるくらいの人数が花咲先生の指導で成果を上げ始めていた。丙組のクラスメイトたちも乙組の人たちと比べてペースは遅いが着実にパタパタと教科書を倒している。
「さて、最後はあなたたちね」
俺たちは教室の端に座っていたため花咲先生の巡回も最後だった。花咲先生は腰に手を当てて頷きながら俺と芽依の様子をじっくり観察する。芽依の方は今にも倒れそうなほどに教科書が揺れているが、俺の方は依然変わらず。
「加賀美さん。あなたはもう少し動かそうとする位置をピンポイントにしたら簡単に倒れると思うわ」
花咲先生はそう言うと持っていた付箋を教科書の一番上に貼り付けた。すると次の瞬間、嘘のようにパタリと教科書が倒れた。
「え? すごい。ほとんど何も変わってないのに」
芽依は驚いていたが、花咲先生は当たり前だとでも言うようにふんっと鼻を鳴らした。
「なにも出力を上げれば良いという問題ではないからね。命力操作の肝は効率と精度よ」
「はい!」
芽依は元気よく返事をすると嬉しそうに教科書を開いて次のステップを確認し始めた。その間も俺の命力操作は一向に良くなる気配がしない。手をかざしてイメージするが全く教科書は動かない。
「ふむふむ。君ね。噂の子は。自分で掴んでもらった方が良いかな? それとも手っ取り早い方法の方が……」
花咲先生は腕を組んで頭を捻っている。いくつかの手段があるのだろう。俺としては手っ取り早い方が良いけれど、ゆっくり理論的なものも知ることができるならそちらも知っておきたい。そう先生に伝えようとした瞬間、俺の目の前に甲組の西村が現れた。怪しげな笑みを浮かべて机の上に立てられた教科書越しに俺の顔を見る。
「流石へ組の中の落ちこぼれ。まさかピクリとも動かないなんてな」
「ちょっと君。ちょっかいを出さない。うーん。今日は時間もないし手っ取り早い方のやり方で教えよっかな」
花咲先生はそう言うと座っている俺の後ろから背中に手を添えた。すると体の中の何か分からないエネルギーのようなものが動き回ることを感じる。
「君の中の命力子を私の力で無理矢理動かしているのが分かる?」
そう言いつつも花咲先生は俺の中のエネルギーを凄い勢いでかき回す。そしてそれだけに留まらず、俺の手の平からそのエネルギーが放出されていくのが分かる。
「なんか、手から出てます。大丈夫なんですか? これ」
成瀬先生に教えてもらった命漏症。それは確か体から命力子が漏れ出す病。この調子で手の平から命力子が出てしまうと以前何度も経験した過呼吸になって倒れてしまうのではと心配になる。
「出ているように感じるのはほとんど命力子じゃなくて命力エネルギーだから大丈夫。例えるなら命力子はドミノ倒しのドミノ、命力エネルギーは倒れていく現象そのもの。物質とエネルギーは違うんだよ。まあ自分が操作できる命力が周囲に無いと体の外で忍術も命力操作もできないからそれに必要な分は放出しないといけないけどね」
ドミノ倒しのドミノと倒れる現象の違い……。つまり教科書に向けてその間にある自分が操作できる命力子を押すイメージをすればエネルギーが伝わって教科書が倒れるということなのだろうか。
「ただ、君は命力子の放出量も与えるイメージも慣れてないからこうして感覚で分かる程に私が君の命力子に力を加えたって感じね」
「え? 他人の命力子に影響を与えるなんてできるんですか?」
花咲先生の言葉に質問を投げかけたのは芽依だった。俺はただ素直にそうなのかと思っていたのだが、簡単な話ではないようだ。
「イメージ力の優先順位みたいなものね。今神崎君は自分の命力子にイメージを与えていないから私の力で動かせているんだよ。でもこの学校の先生クラスが本気を出せば下忍学生の命力を押さえつけるくらい訳ないかもね。こんな風に」
花咲先生はそう言うと芽依の体に手を触れて軽く押す。するとあの怪力の芽依がいとも簡単に後ろへとふらついた。花咲先生は全く力を入れている様子もなかったのに……。
「まあ、私はこれでも命力操作学の担当だからね。命力操作学で上忍になったくらいだし。さて、じゃあ実際に自分の力で操作して教科書を倒してみよっか」
花咲先生はそう言って俺の背中から手を離す。すると一気に体中の命力が穏やかになったように感じるが、まだ命力が動いていた感覚が残っている。しかし俺が体中を巡っていた命力に意識を集中させようとしているところでまたもや西村が教科書越しに話しかけてきた。
「ほれ、さっさと倒してみろよ。でも上忍に手取り足取り教えてもらってできませんなんてことになったら笑い者じゃすまないだろうなぁ。俺なら自殺もんだよ。なあ? お前らもそう思うだろ?」
西村がそう周りに同意を求めるように視線を這わせるが、近くには丙組の人間が集まっている。簡単に頷くわけではないが、困惑の表情をしていた。甲組の生徒の発言におびえているようにも見える。しかしそこで声を上げたのは大和だった。
「そんなことはない。それに蓮なら絶対にできる」
続いて芽依が口を開く。
「そうよ。だから黙って見てなさいよ」
二人の思わぬ反論に西村は舌打ちをすると机に肘をついて俺のことを真っ直ぐに睨み付けた。
「西村君。危ないから正面から移動しなさい」
更に花咲先生の注意を受けて機嫌を損ねた西村は意地になってそこから動こうとしなかった。
「大丈夫ですよ先生。教科書が倒れてきたって、こいつの命力操作なんて鼻息で押し返してやりますよ」
そう言ってその場に居座る西村だったが、俺は気にすることもなく集中力を高めていた。西村の言うとおりというわけではないが、先生から手取り足取り指導されてできないなんて申し訳ない。大和と芽依の期待にも応えたい。そして何より――
強くなると決めたのにこんなところで足踏みなんてしたくない。
俺は目を閉じて先生に言われたことを思い出しながら教科書に手をかざす。まずは命力子を教科書が動くほどに周囲へ展開するイメージ。ゆっくりとだが確実に命力子が周りに充満していくのを感じる。遅いとはいえ昨日の演習の時よりも確実に早くなっている。これも花咲先生のおかげだろう。自分でも正確に把握ができないので念のため広い範囲に放出する。そして花咲先生に言われたイメージ……。ドミノを倒すように衝撃を伝える。
そこで俺は目を開く。教科書の位置。そこに向けて前へと押す力を伝える!
「倒れろ!」
教科書を倒す。その目的の為に力は確かに放たれた。結果的に教科書は倒れたと言っても良いだろう。しかし、実際に起きたのは俺より前方――教科書だけではなく、机も前に座っていた生徒やその机までもが衝撃で吹き飛んだ。目の前にいた西村は俺に近かったせいか、誰よりも勢いよく黒板に向かって吹き飛んだ。
まるで教室の中で台風でも発生したかのような状態。しかし、吹き飛んだ生徒たちは空中で動きを遅くしてゆっくりと着地する。振り返ると花咲先生が真剣な顔つきで両手を前に突き出していた。
「予想はしてたけど、ちょっと焦ったかな。こんなに本気で命力操作に意識を使ったのは久しぶりね」
ふーと息を吐いた先生は俺の背中をポンポンと叩く。
「誰しも失敗は付き物よ。ま、他の生徒には謝っといた方が良いと思うけどね。しかし、忠告を聞かなかった西村君には痛い目を見てもらおうと放置したんだけど、あの子もクラスメイトに恵まれたね」
少し怖い発言が聞こえたけど、花咲先生の視線の先を見ると空中で黒板ギリギリに体を止める西村の姿があった。西村は背中につきそうな黒板の方に一度目を向けるとまた違う方向を見た。
「あ、ありがとう。颯真」
「怪我をしていないなら良かった」
そう言った北条は西村に向けていた手を降ろす。それと共に西村はゆっくりと地面に足をつけた。おそらく北条が花咲先生と同じように命力操作で西村の体を支えたのだろう。西村は額に汗を垂らしながら俺を睨むと大声を上げて怒鳴りつけた。
「てめー! 暴発野郎! 舐めた真似してくれたな! 今回のこと絶対に忘れないからな!」
そう言う西村に対して俺の後ろにいた大和が楽しそうに笑いながら言い返す。
「俺も覚えといてやるよ。蓮の命力操作に鼻息で対抗しようとして吹っ飛んだってな」
「古賀ぁー!!」
掴みかかる勢いで足を踏み出した西村だったが、そこでちょうど就業のチャイムが鳴る。それと同時に西村と大和の間に花咲先生が割り込んだ。
「はいはい。授業は終わり。いがみ合ってないでお昼ご飯食べに行ってきな。ほら、お腹がすいてるとイライラしちゃうし。私もそうだから気持ちわかるよー」
「先生どいてください。一発ぶん殴ってやらないと気が済まないんです!」
そう言って花咲先生を見下ろして凄む西村。しかし、先生はため息をついて言い返した。
「はー……。だから、言ってるじゃない。お腹がすいてるとイライラするって。私もお腹がすいてるとイライラする気持ち分かるって」
「は? だから何だって言うんで」
「あー! 腹減ったなー!」
口調が変わった花咲先生はそう言って西村を睨み付ける。そこで睨まれた西村はピクリとも動かなくなった。口は酸素を求める魚のようにパクパクと音もなく開閉をし、顔色も蒼くなっている。よく見れば西村の足は地面から浮いており、花咲先生が力を使っていることが分かった。
「さ、お昼ご飯お昼ご飯」
そして花咲先生は満足した様子で鼻歌を歌いながら扉に向かって歩き出した。それに大和が笑いながら付いて行く。
「花咲先生! 俺花咲先生のこと好きになりました!」
「あらら。生徒に告白されるなんて初めてで照れちゃうー」
「あ、そういう意味じゃないです。って痛って!」
花咲先生に脇腹を突かれた大和は体をくの字に曲げる。俺と芽依はそれに付いて行っていたので真後ろで見ていて笑ってしまった。しかし、花咲先生はそれからも楽しく話をしてくれながら食堂で昼食も一緒に食べてくれたのだった。
「おいおい。誰かと思えば初日から罰則なんて快挙を果たした三人組じゃないか。午前中から変なものを見ちまったな。なあ瑛斗」
「お目汚ししてすみませんくらい言ってもいいもんだよな。なあ武司」
教室の後ろ側に当たる扉から入ってすぐ、甲組の二人組――東郷と西村が絡んできた。よほど俺たちのことを馬鹿にしたいのだろうが、俺と大和と芽依は無視するようにして空いている席に座った。後ろではビビって声が出ないだのなんだのと言っているのが聞こえる。
「あんたらね!」
「芽依! 気にしない方がいいって」
最後の言葉に反応して立ち上がった芽依をなだめると、なんとか悔しそうな態度を取りつつも席に座ってくれた。東郷と西村は怖い怖いとわざとらしく身震いをして見せると周りの甲組の連中を笑わせていた。ただ、そんな中でも北条颯真はただ一人一番前の席に座って真剣な表情で本を読んでいた。
「甲組の連中も全員あの北条って人くらい真面目だったらいいんだけどな……」
「でも甲組がみんなああだから、あいつも心の中では何思ってるか分かったもんじゃないわよね。てか、最悪指示出してるんじゃないかとも思えてくるわ」
苛立ちを隠すこともなくそんなことを言う芽依だったが、俺には彼が少し違うような感じがしていた。まるで受験当日の学生のように余裕のない様子に見える。
「ま、相手にしなくて良いんじゃね? あいつらと話しても面白くねーし」
そう言ったのは大和だった。はっきりと言い切った言葉のおかげで俺と芽依は気が抜けて納得の声を出した。しかし東郷と西村にもその言葉が聞こえていたようで、明らかに不機嫌な様子を見せていた。
「はい! それじゃあ授業を始めるね!」
教室の端と端でいがみ合う俺たちを気にもとめずに先生が大きな声で授業開始を告げた。教卓から頭だけが見えるほどに小さな体躯。身長百四十センチメートルほどで顔を見てもとうてい先生には見えないほど幼い女性だった。しかし幼い印象とは関係なく、彼女は印も言も使わずに自らの体を宙に浮かせると黒板にチョークで名前を書いた。
「すげー」
そうつぶやいたのは大和だったが、俺にはまだどれほど凄いことなのかいまいち理解できていなかった。ただ教室内の生徒がどよめきを上げるほどには凄いことだと感じる。
「なあ大和。あれってそんなに凄いの?」
「おそらくあれは命力を操作することで無理矢理自分の体を浮かせてるんだ。昨日成瀬先生がプリントを浮かせて配ったみたいな感じで。でも小さいとはいえ自分の体をあの精度で浮かせるなんて」
「そこ! 今私のこと小さいって言ったでしょ!」
大和が小声で説明してくれていると小さいという言葉に反応したのか、大和でも避けられないほどの速度でチョークが飛んできた。大和はそれを額で受けて叫び声をあげると、もだえ苦しんでいる。
「はい、てことで私の名前は花咲胡桃(はなさきくるみ)。こう見えてちゃんとそろそろ三十歳になる大人なんだから舐めた態度取ってるとチョーク飛ばすからね!」
「すみませんでした……」
黒板に自分の名前を書き終わった花咲先生に大和は涙ながらに謝罪の言葉を述べると授業が再開された。甲組のメンバーが集まっている辺りからは失笑が聞こえてくる。
「はい。命力操作学入門では、まず物を動かすことから始めるからね。理論とかの座学は来年の総論から。はい。じゃあみんな机の上に教科書立ててー」
先生の指示を聞いて教室中の生徒が困惑しながらも広辞苑のような分厚さの教科書を机の上に立てる。俺もそれが正しい行動なのか分からないまま同じように教科書を立てた。
「教科書ってこうやって使うんだ……」
教室にいる全員が机の上に立てる様子は少し滑稽でもあったが、先生はその様子を見て頷くと話を続けた。
「今日はみんなの実力を測るのが目的だから、まずは教科書に手をかざして触れずに倒してみて。はい! どーん!」
花咲先生の言葉に戸惑いを覚える生徒も多い中、次々と教科書が倒れていく。だいたい八割くらいの生徒が倒しただろうか。もちろん俺は倒せないが、大和は簡単に倒していた。意外だったのは芽依も俺と同じく倒せなかったことだ。
「芽依はこういうの苦手なの?」
「命力で察知するとかはまあまあできるんだけど、こういう超能力的な使い方はしたことなくって。むむむー!」
目と指先に力が入っているが教科書は微妙に揺れるだけで倒れそうにない。俺も集中して倒そうとするが揺れすらもしない。
「倒せた人は教科書開いてー。五ページに書かれてるやつをどこまでできるか試しててねー。手をかざさず倒すとか離れた場所から倒すとか。私はとりあえず倒すことができなかった人のところ回っていくから待っててね」
花咲先生はそう言うと甲組の生徒の方から回り始めた。甲組では倒すことができなかった生徒自体が少なく、倒せなかった生徒も先生のアドバイスですぐに倒せるようになっていた。乙組も似たようなもので、片手で数えられるくらいの人数が花咲先生の指導で成果を上げ始めていた。丙組のクラスメイトたちも乙組の人たちと比べてペースは遅いが着実にパタパタと教科書を倒している。
「さて、最後はあなたたちね」
俺たちは教室の端に座っていたため花咲先生の巡回も最後だった。花咲先生は腰に手を当てて頷きながら俺と芽依の様子をじっくり観察する。芽依の方は今にも倒れそうなほどに教科書が揺れているが、俺の方は依然変わらず。
「加賀美さん。あなたはもう少し動かそうとする位置をピンポイントにしたら簡単に倒れると思うわ」
花咲先生はそう言うと持っていた付箋を教科書の一番上に貼り付けた。すると次の瞬間、嘘のようにパタリと教科書が倒れた。
「え? すごい。ほとんど何も変わってないのに」
芽依は驚いていたが、花咲先生は当たり前だとでも言うようにふんっと鼻を鳴らした。
「なにも出力を上げれば良いという問題ではないからね。命力操作の肝は効率と精度よ」
「はい!」
芽依は元気よく返事をすると嬉しそうに教科書を開いて次のステップを確認し始めた。その間も俺の命力操作は一向に良くなる気配がしない。手をかざしてイメージするが全く教科書は動かない。
「ふむふむ。君ね。噂の子は。自分で掴んでもらった方が良いかな? それとも手っ取り早い方法の方が……」
花咲先生は腕を組んで頭を捻っている。いくつかの手段があるのだろう。俺としては手っ取り早い方が良いけれど、ゆっくり理論的なものも知ることができるならそちらも知っておきたい。そう先生に伝えようとした瞬間、俺の目の前に甲組の西村が現れた。怪しげな笑みを浮かべて机の上に立てられた教科書越しに俺の顔を見る。
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「ちょっと君。ちょっかいを出さない。うーん。今日は時間もないし手っ取り早い方のやり方で教えよっかな」
花咲先生はそう言うと座っている俺の後ろから背中に手を添えた。すると体の中の何か分からないエネルギーのようなものが動き回ることを感じる。
「君の中の命力子を私の力で無理矢理動かしているのが分かる?」
そう言いつつも花咲先生は俺の中のエネルギーを凄い勢いでかき回す。そしてそれだけに留まらず、俺の手の平からそのエネルギーが放出されていくのが分かる。
「なんか、手から出てます。大丈夫なんですか? これ」
成瀬先生に教えてもらった命漏症。それは確か体から命力子が漏れ出す病。この調子で手の平から命力子が出てしまうと以前何度も経験した過呼吸になって倒れてしまうのではと心配になる。
「出ているように感じるのはほとんど命力子じゃなくて命力エネルギーだから大丈夫。例えるなら命力子はドミノ倒しのドミノ、命力エネルギーは倒れていく現象そのもの。物質とエネルギーは違うんだよ。まあ自分が操作できる命力が周囲に無いと体の外で忍術も命力操作もできないからそれに必要な分は放出しないといけないけどね」
ドミノ倒しのドミノと倒れる現象の違い……。つまり教科書に向けてその間にある自分が操作できる命力子を押すイメージをすればエネルギーが伝わって教科書が倒れるということなのだろうか。
「ただ、君は命力子の放出量も与えるイメージも慣れてないからこうして感覚で分かる程に私が君の命力子に力を加えたって感じね」
「え? 他人の命力子に影響を与えるなんてできるんですか?」
花咲先生の言葉に質問を投げかけたのは芽依だった。俺はただ素直にそうなのかと思っていたのだが、簡単な話ではないようだ。
「イメージ力の優先順位みたいなものね。今神崎君は自分の命力子にイメージを与えていないから私の力で動かせているんだよ。でもこの学校の先生クラスが本気を出せば下忍学生の命力を押さえつけるくらい訳ないかもね。こんな風に」
花咲先生はそう言うと芽依の体に手を触れて軽く押す。するとあの怪力の芽依がいとも簡単に後ろへとふらついた。花咲先生は全く力を入れている様子もなかったのに……。
「まあ、私はこれでも命力操作学の担当だからね。命力操作学で上忍になったくらいだし。さて、じゃあ実際に自分の力で操作して教科書を倒してみよっか」
花咲先生はそう言って俺の背中から手を離す。すると一気に体中の命力が穏やかになったように感じるが、まだ命力が動いていた感覚が残っている。しかし俺が体中を巡っていた命力に意識を集中させようとしているところでまたもや西村が教科書越しに話しかけてきた。
「ほれ、さっさと倒してみろよ。でも上忍に手取り足取り教えてもらってできませんなんてことになったら笑い者じゃすまないだろうなぁ。俺なら自殺もんだよ。なあ? お前らもそう思うだろ?」
西村がそう周りに同意を求めるように視線を這わせるが、近くには丙組の人間が集まっている。簡単に頷くわけではないが、困惑の表情をしていた。甲組の生徒の発言におびえているようにも見える。しかしそこで声を上げたのは大和だった。
「そんなことはない。それに蓮なら絶対にできる」
続いて芽依が口を開く。
「そうよ。だから黙って見てなさいよ」
二人の思わぬ反論に西村は舌打ちをすると机に肘をついて俺のことを真っ直ぐに睨み付けた。
「西村君。危ないから正面から移動しなさい」
更に花咲先生の注意を受けて機嫌を損ねた西村は意地になってそこから動こうとしなかった。
「大丈夫ですよ先生。教科書が倒れてきたって、こいつの命力操作なんて鼻息で押し返してやりますよ」
そう言ってその場に居座る西村だったが、俺は気にすることもなく集中力を高めていた。西村の言うとおりというわけではないが、先生から手取り足取り指導されてできないなんて申し訳ない。大和と芽依の期待にも応えたい。そして何より――
強くなると決めたのにこんなところで足踏みなんてしたくない。
俺は目を閉じて先生に言われたことを思い出しながら教科書に手をかざす。まずは命力子を教科書が動くほどに周囲へ展開するイメージ。ゆっくりとだが確実に命力子が周りに充満していくのを感じる。遅いとはいえ昨日の演習の時よりも確実に早くなっている。これも花咲先生のおかげだろう。自分でも正確に把握ができないので念のため広い範囲に放出する。そして花咲先生に言われたイメージ……。ドミノを倒すように衝撃を伝える。
そこで俺は目を開く。教科書の位置。そこに向けて前へと押す力を伝える!
「倒れろ!」
教科書を倒す。その目的の為に力は確かに放たれた。結果的に教科書は倒れたと言っても良いだろう。しかし、実際に起きたのは俺より前方――教科書だけではなく、机も前に座っていた生徒やその机までもが衝撃で吹き飛んだ。目の前にいた西村は俺に近かったせいか、誰よりも勢いよく黒板に向かって吹き飛んだ。
まるで教室の中で台風でも発生したかのような状態。しかし、吹き飛んだ生徒たちは空中で動きを遅くしてゆっくりと着地する。振り返ると花咲先生が真剣な顔つきで両手を前に突き出していた。
「予想はしてたけど、ちょっと焦ったかな。こんなに本気で命力操作に意識を使ったのは久しぶりね」
ふーと息を吐いた先生は俺の背中をポンポンと叩く。
「誰しも失敗は付き物よ。ま、他の生徒には謝っといた方が良いと思うけどね。しかし、忠告を聞かなかった西村君には痛い目を見てもらおうと放置したんだけど、あの子もクラスメイトに恵まれたね」
少し怖い発言が聞こえたけど、花咲先生の視線の先を見ると空中で黒板ギリギリに体を止める西村の姿があった。西村は背中につきそうな黒板の方に一度目を向けるとまた違う方向を見た。
「あ、ありがとう。颯真」
「怪我をしていないなら良かった」
そう言った北条は西村に向けていた手を降ろす。それと共に西村はゆっくりと地面に足をつけた。おそらく北条が花咲先生と同じように命力操作で西村の体を支えたのだろう。西村は額に汗を垂らしながら俺を睨むと大声を上げて怒鳴りつけた。
「てめー! 暴発野郎! 舐めた真似してくれたな! 今回のこと絶対に忘れないからな!」
そう言う西村に対して俺の後ろにいた大和が楽しそうに笑いながら言い返す。
「俺も覚えといてやるよ。蓮の命力操作に鼻息で対抗しようとして吹っ飛んだってな」
「古賀ぁー!!」
掴みかかる勢いで足を踏み出した西村だったが、そこでちょうど就業のチャイムが鳴る。それと同時に西村と大和の間に花咲先生が割り込んだ。
「はいはい。授業は終わり。いがみ合ってないでお昼ご飯食べに行ってきな。ほら、お腹がすいてるとイライラしちゃうし。私もそうだから気持ちわかるよー」
「先生どいてください。一発ぶん殴ってやらないと気が済まないんです!」
そう言って花咲先生を見下ろして凄む西村。しかし、先生はため息をついて言い返した。
「はー……。だから、言ってるじゃない。お腹がすいてるとイライラするって。私もお腹がすいてるとイライラする気持ち分かるって」
「は? だから何だって言うんで」
「あー! 腹減ったなー!」
口調が変わった花咲先生はそう言って西村を睨み付ける。そこで睨まれた西村はピクリとも動かなくなった。口は酸素を求める魚のようにパクパクと音もなく開閉をし、顔色も蒼くなっている。よく見れば西村の足は地面から浮いており、花咲先生が力を使っていることが分かった。
「さ、お昼ご飯お昼ご飯」
そして花咲先生は満足した様子で鼻歌を歌いながら扉に向かって歩き出した。それに大和が笑いながら付いて行く。
「花咲先生! 俺花咲先生のこと好きになりました!」
「あらら。生徒に告白されるなんて初めてで照れちゃうー」
「あ、そういう意味じゃないです。って痛って!」
花咲先生に脇腹を突かれた大和は体をくの字に曲げる。俺と芽依はそれに付いて行っていたので真後ろで見ていて笑ってしまった。しかし、花咲先生はそれからも楽しく話をしてくれながら食堂で昼食も一緒に食べてくれたのだった。
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一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
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彼女の名は才村 友郁
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●●●●●●●●●●●●●●●
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