死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

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忍術科学

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「今日からやっと学校生活って感じだな」

 朝食を終えて朝八時。ホームルームで成瀬先生が出欠をとった後に大和が俺の背中をつついて言った。成瀬先生は出欠確認をすると他に興味がないのか、特に話すこともなくさっさと教室から出て行った。

「最初の授業って八時半からだろ? 教室は……」

 俺は鞄の中から昨日配られたプリントを取り出すと時間割を確認する。覚えているつもりだが念のため確認をといったところ。水曜日の一時間目、それはクラス単位で行う必修授業である忍術科学入門。科学というのだから中学まで習っていたような理科系の科目なのだろう。

「年齢的に高校だから化学とか物理みたいな授業なの?」

 俺は椅子に横向きに座り直すと後ろの席で腕を組んで椅子を傾けている大和に聞いた。すると大和はうーんと唸った後に口を開く。

「俺も座学は普通の中学校までの内容と里で教わったことしか知らないんだけど、多分一般的に知られてるものとは違うと思っといた方が良いかも」

「一般的に知られていることと違う……?」

「そう。なんていうか、昔は天動説が当たり前だったけど今は地動説が当たり前みたいな感じ。なんでもかんでも違うって訳じゃないけど、最低でも中学校で習ってたことは違うことも多かったかな」

 大和の話を聞いて一気に不安になる。俺は小学校の頃に体が弱くなってからずっと勉強ばかりしているような人間だった。高校の内容もさわりだけは勉強しているくらいで、勉強ができることに関してだけは自信がある。しかし、それらの内容が全く意味をなさないとなるとゼロから学ぶ必要が出てくる。……付いていけるだろうか。

「まあそんなに心配しなくても大丈夫だって。兄貴から聞いた限りだと、一年の前半は里で勉強してる連中は寝ててもテストで満点取れるとか。だから普通に中学で勉強してたってレベルでも問題ないんじゃないかな? 多分」

 大和にしてはやけに曖昧な言い方だった。それだけ自分と忍びの世界を知らなかった人間の常識の違いが分からないのだろう。それにいくらお兄さんから聞いたとはいえ、実際の授業を聞いた訳ではないのだから当然といえば当然かもしれない。

「ねえ、里での勉強ってどんなこと教えてもらったの? 私家で簡単な術と興味ある術しか教えてもらってないんだけど?」

 そう言って俺たちの話に入って来たのは芽依だった。

「私の育ったとこって里って言うより田舎のはずれって感じで自分の家以外に忍びの家庭って無かったから」

「昨日話を聞いて回ってた感じ、このクラスの奴らは大体そんなところみたいだな。俺がいた里は、週に一回里長の屋敷に集められて二時間くらい術に必要な知識を教えてもらってたよ。なんていうか塾みたいなもんだな。中学の同級生には塾って言って誤魔化してたし」

「へー。なんか小学受験してるエリートみたい」

「そんな感じかもな。まあ、北条のところなんかは全く違うんだろうけど」

「そんなに違うの?」

「なんていうか、噂だけど風魔の里って一般の小学校にも中学校にも通わずにずっと忍びとして修業させられるんだとか。下手したら中忍学生と比べても遜色ないレベルなんじゃないのか?」

「え、なんかそれはそれで不憫ね」

 芽依の感想にも納得だった。一般の学校に通ってないのだとしたら友達を作ることも遊ぶこともあまりなかったのかもしれない。体が弱くてあまり遊べなかっただけの俺とは違い、遊ぶ機会自体が少なかったのだとしたら確かに不憫でもある。しかし――

「不憫だったかどうかは本人がどう思ってるかだし、俺たちが勝手なレッテルを貼るのも変な話かもね」

「蓮の言うとおりだな。不幸かどうかは本人が決めるものだ」

「でも……」

 芽依は俺たちの話を聞いても何だかまだ腑に落ちていない様子だった。しかしちょうど授業開始のチャイムが鳴り、忍術科学入門の先生が教室に入って来た。メガネをかけた痩せた壮年の男性教諭。真面目そうな雰囲気が出ており、授業自体も淡々と進むのではないかと思ってしまう。

「えー、それでは授業を始めます。忍術科学入門、担当の速川です」

 中学までとは違い、授業開始の号令がかかることもない。そのことに少しだけ慣れないが、授業の雰囲気自体は中学までのそれとあまり変わらないように思えた。黒板を使い、配られた教科書とノートで進んでいく。

「えー、忍術科学というのは忍術を扱うに当たって必要な基本的な知識の勉強になります。命力子と命力運動、エネルギー物質とエネルギー運動、物質の結合からその形状。そんなものを勉強していってもらいます」

 命力子と命力運動? エネルギー物質とエネルギー運動? 漠然とした言葉に教科書を開いて例題を見る。するとそこには様々なエネルギーの形状が描かれていた。初めの例題には昨日成瀬先生に教えてもらった熱エネルギーの図が。

「えー、まずは基本の命力から始めましょう。教科書の四ページを開いてください。基本的に命力とは命力子(めいりょくし)が生物の細胞内で核を中心に円運動をしているものです。忍術ではそれを意志の力で体外に放出し、別エネルギーに変換することで発動します。この学校の周辺は命力が溢れているなんて表現をする人もいますが、正確には運動をせずにエネルギー状態ではない命力子が多く存在するというのが正しいです」

 教科書には命力の動きが図として書かれていた。中学で習った細胞、その核の更に内側で命力子が円運動している様子が載っている。図の横には先程先生が言った内容と似たようなことが書かれている。

「えー、忍術ではこの命力を知覚することとコントロールすることが重要ですが、それは違う授業で教わってください。えー、この授業では初めの二か月で基本的なエネルギー物質とエネルギー運動について学んでもらいますので頑張ってくださいね」

 どことなくやる気のない速川先生。教室を見渡すと、半数以上が退屈そうにしている。おそらく退屈そうにしている人たちにとっては簡単な内容なのだろう。しかし教科書を眺めているだけでも今まで自分が勉強してきた常識と違っていることもあって、俺は不安から期待へと気持ちが変わっていた。元より勉強が好きだったということもあるが、知識を得ることの楽しみが湧いてくる。

「えー、今日は命力子と命力エネルギーについてと熱原子と熱エネルギーについて終わらせます。まず命力子は……」

 そうして九十分にわたる授業を俺は終始楽しんで受けることができた。ただ、やはり理解しきれないこともあり、俺は授業終了後に急いで速川先生のもとに向かって質問をした。熱心に授業を聞く生徒が珍しいのか、速川先生は授業後の三十分休憩のほぼ全てを使って俺の質問に答えてくれたのだった。

「蓮って真面目なんだな」

 次の授業開始五分前。次は選択科目のため教室からクラスメイトがぞろぞろと出てくる。そんな中で俺に声をかけてきたのは大和だった。

「真面目っていうか知らないことばっかりで面白くて。エネルギー保存の法則は同様に存在するけど、命力っていうエネルギーと意志の力が触媒となってエネルギー自由因子に働きかけて静状態の因子が動状態になって……。それをまた厳密に操作するために印やら言やら陣が必要で……」

「喋ってた方が考えをまとめやすいってなら喋ってても良いけど、次の授業に間に合わないといけないからとりあえず動こうぜ。ほいこれ、次の授業の道具」

「あ、ありがとう」

 大和に教科書類を渡されると俺はやっと自分が熱中して周りが見えていなかったと気付く。恥ずかしくなってそこで口を閉ざしたが、大和は何ら気にしている様子は無く話しかけてくれた。

「蓮って天才肌なのかもな。好きなことになると集中して周りが見えなくなるのって才能だと思う。羨ましい」

「そんなことないって。むしろ気を遣わせちゃってごめん」

「いや、マジで言ってるから。芽依なんてさっきの授業中ずっと寝てたしな。気付いた?」

「ぜんぜん見てなかった」

「やっぱ蓮の集中力すげーわ。で、さっき芽依に寝てたこと指摘したらなんて言ったと思う?『少年漫画のヒーローは授業中に居眠りするものよ』だってさ」

 妙にそっくりな声真似をした大和を見てついつい先程までの勉強モードが切り替わって吹き出してしまう。ちょうどそこで教室から出てきた芽依が合流した。自分の名前が聞こえて不思議に思っているのか、少し首を傾げていた。
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