死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

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蓮の過去

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「さて、芽依のことは置いておいて。話するならもうちょい上の方に行こうぜ!」

 大和は瓦屋根の棟の部分を指さして歩き始める。俺と芽依は黙ってそれに付いて行くが、ベータは芽依の後ろからこっそり俺の後ろに移動して服の背中の部分をつまんで付いてきた。やはり第一印象のせいで芽依のことはまだ少し苦手なのかもしれない。

「ほれ、二人の分も貰って来たぞ」

 棟に腰を掛けた大和は俺と芽依に向かって何かを投げてきた。反射的に片手でキャッチした芽依とは違い、俺はどうにか両手で捕まえる。

「缶コーヒー?」

 掴んだ両手をひんやりと冷たくする缶コーヒー。よく見ると加糖のカフェオレで、コーヒーと言えばコーヒーだがかなり甘いものだ。

「そ、食堂の自販機は無料だから三人分取って来た。俺、これ好きなんだ。二人はカフェオレダメだった?」

「いや、俺は大丈夫。久しぶりに飲むなー」

「私も大丈夫だけどこれは飲んだこと無いわね」

 忍者学校の自販機ではあるものの、売っているものは俺が住んでいた東京と変わらないようだった。俺も最近は飲んだことはないけれど、小さい頃に好きだった記憶がある。

「本当は俺用に二本だったんだけど、ベータちゃんにも一本あげるよ」

 そう言うと大和はベータに手渡しでカフェオレを渡した。

「ベータには手渡しなんだ」

「そりゃ落とされるとこの下の住人に怒られるかもだし」

 そんな他愛のないことを言いながらも、俺たちは棟に横並びで座るとカフェオレのプルタブを上げる。ベータは缶ジュースが初めてだったのか、俺たちの開け方を真似しては楽しそうに笑っていた。

「さて、学校生活二日目お疲れさまでしたー。カンパーイ」

 大和の乾杯の音頭に合わせて四人でカフェオレの缶を合わせた。端に座っていた芽依とベータは目一杯手を伸ばしている。コツコツと地味な音を立ておえると揃って口に運んだ。

「久しぶりに飲んだけどあっまいなこれ」

「それが良いんじゃん」

「ダイエットの敵って感じの飲み物ね」

「芽依は動くんだからダイエットなんて気にしなくて良いでしょ?」

「それはそうだけど、大和はそれ他の女の子に言わない方が良いわよ……。これ慣れたら癖になるわね」

「でしょでしょ? またここに集まる時は用意しとくよ!」

 三人でそんな話をしていると、俺の隣に座っていたベータが俺の膝をバンバンと音を立てて叩く。

「これ! おいしい! はじめてのんだ!」

「そっか。これからも美味しいものいっぱい食べたり飲んだりできたらいいね」

「うん!」

 ベータはそう答えるとちびちびと少しずつカフェオレを口に入れる。

「ベータちゃんのために食堂で貰える菓子パンとか持って帰ってたんだけど、流石に毎日大量に持って帰ってると不自然だから二人も協力してよね」

「パン! おいしかった!」

 芽依の話を聞いて、ベータはまたしても嬉しそうに言った。

「確かに芽依が大食いの印象になるのも悪いしな。よし、おにぎりとかパンとかは俺たち二人で貰って毎日夜にここで芽依に渡そう」

「そうだね。男の俺たちなら大量に食べ物取って帰っても目立たないかもしれないしね」

「いろんなものたべられる……?」

 俺の隣にいたベータは俺たちの顔を見ながらそう言う。やはりベータは今までまともな食事を経験していないのだろう。そう思うと、いつか食堂で食べるような料理も食べさせてあげられたらと考えてしまう。

「そうだね。ベータちゃんのためにいろんなもの持ってきてあげるよ! お兄さんに任せとけ!」

 大和の言葉にベータはやったーと言って両手を上げていた。これが昨日俺を襲ったのと同じ妖……なのか? どんなによく見ても全く同じとは思えない。本当にただの無垢な少女でしかない。

「ベータちゃんのことは夏休みくらいまでにはちゃんとどうするか考えないとな。森で不自由なく暮らせるようにするか、こっそり里に連れ帰るか。まあそんな所だろうな。ずっと芽依の部屋に置いておくわけにはいかないだろうし」

「確かに……。俺も一軒家だから匿うことはできるだろうけど、妖も忍者も関係ない東京の住宅街だしな」

「流石に蓮の家にはお世話になれねーだろうな。家族に説明しきれそうにないし」

 家族……。せっかくだしそろそろこの学校に来た経緯を話すタイミングか……。

「実は俺、今家族ってのがいないような状態なんだ。父さんは俺の物心がついたときから単身赴任で一度も会ったことが無いし、母さんは小三の春に死んじゃってて今は家に一人だから」

「やっぱり蓮って変わった家庭環境だったんだな」

「ちょっと大和! 今の話聞いて感想がそれ? 蓮ごめん、なんか辛い話させちゃって」

 納得するように言っただけの大和と違い、芽依は心配げな顔をしてそう言ってくれた。

「いや、母さんが死んだのは昔の話だしそんなに気を遣ってくれなくても大丈夫だよ。ありがとう」

「ほら、蓮も気にしてないってよ」

「結果論でしょ!」

 飄々とした大和とそんな彼を窘める芽依を見ていると、何だかおかしくなってつい笑いが零れる。

「なあ蓮。せっかくだし学校に入ることになった経緯とかも話してくれよ。ベータちゃんのことは今話したってすぐに答えが出る問題じゃないしよ」

「あ、確かに私もそれ気になってた」

 大和の言葉に芽依はころっと表情を変えた。前かがみになって二つ隣に座る俺の顔を覗き込む様からどれほど気になっていたかが分かる。

「えっと、どこから話せば良いかな……」

 この二日間、刺激的なことが多すぎて昨日の出来事がはるか昔のことのように感じてしまう。

「えっと、まずこの森に転移してきたところから……」

 そうして俺は昨日のことを話し始めた。線路に落ちそうだった女の子を助けようとしたこと、妖に襲われたこと、成瀬先生に助けられたこと、命漏症という病気がこの学校で学ぶことで治る可能性があると知らされたこと、誰かを助けられるくらい強くなりたいと思ったこと、昨日一日の出来事を覚えている限り話した。

「うーん……。森の中に転移した件だけど……。もしかしたらその女の子ってここの上級生か入学予定者かもしれないな。転移地点って普通は里の決まった場所にあるもんだけど、その電車のホームを転移地点に指定していたのだとしたら……」

 俺の話を聞き終わったところで大和はそう言って考え込んだ。するとそこで芽依が口を開く。

「転移してきたって言うならこういう転移の巻物とか持ってない?」

 芽依は胸元からネックレスのようなものを引っ張り出した。その先には筒状のペンダントが付いている。サイズこそ違うが、それはまさしく線路に落ちる時に女の子が俺に向けて投げたものだった。忍び装束のポケットに手を入れて中からそのネックレスを取り出す。

「これ、線路に落ちる時に投げられたんだ」

「ああ、これは間違いなく転移の巻物だな」

 大和がそう言うと芽依も頷く。芽依の物と見比べると俺が持っている物の方が少し小さいが、表面に見える小さな模様は全く同じだった。

「えっと巻物ってのは、陣を使った忍術なんだ。紙とかに陣を書いて命力を使って術を発動させるって感じ」

「つまりこれは転移の術の陣が書かれた紙が巻いてあるってこと?」

「そうそう。だから転移にしか使えない」

 今の言い方だと、陣による忍術は融通が利かないというデメリットがあるのだろう。その分複雑な術を即座に発動できるというメリットがあるといったところか。しかしそうなると……

「その巻物の持ち主は困ってるかもな。でもこの学校にいればいつか持ち主も見つかるだろう」

 もしその人に会ったら何を話せば良いのだろう。勘違いして飛び出したことへの謝罪? 助けて貰ったことへのお礼? 勝手に人を助けた気持ちになっていた面もあったので大和の話を聞いて恥ずかしくなってしまった。

「どうしたの? いきなり頭抱えて」

 そう言ってきたのは芽依だった。確かに突然溜息と共に頭を抱え出したら気になるだろう。

「いや、どんな顔して会えば良いのかなって」

「え? 自分の身を犠牲にしてまで見ず知らずの人を助けたんだよ? ヒーローみたいじゃん! それなら第一声は決まってるでしょ」

 芽依は立ち上がると俺の前まで移動してきて言い放った。

「君が無事でよかった。……たったこれだけのことでしょ?」

 なるほど。ヒーローに憧れる芽依らしい言葉だ。助けようとした相手と互いに無事再会できる。単純にそのことを喜べばいいということか。

「ありがとう芽依。参考にするよ」

「ううん。それより私、蓮のこと尊敬しちゃった。とっさに他人を助けようと体を動かすことができるなんてヒーローの鑑だよ。私ももっと頑張らなきゃ」

「ははは、もし芽依がその場にいたら線路に落ちることなく颯爽と救って見せたんだろうね」

「ヒーローとは力のことではない。心のことだ」

 芽依は俺の言葉にそう返すと自らの胸に拳を当てた。

「あ! それ知ってる! 初代覆面グライダーの台詞!」

「お? 流石大和。話せるねー!」

 芽依の台詞に食いついた大和。そんな大和を見て芽依もいっそう目を輝かせて話を始めた。覆面グライダーの話に花を咲かせた二人を横目に、俺はベータと顔を合わせて笑っていた。話が分からない者同士にこそ理解し合えるものというのもあるらしい。二人の話が一区切りついたところで大和は星を見上げて言った。

「そうだ。落ち着いて話せることになったんだし、ベータちゃんのことも色々聞いといた方が良いよな。情報は忍びの命だ」
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