死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

文字の大きさ
上 下
11 / 23

屋根の上

しおりを挟む
「ごめん蓮。タイミング悪かったな」


「いや、良かったよ。ありがとう」

 大和は俺が忍術で痛めつけられたことを無かったことにさせてしまったことに対して謝ったのだろう。しかし、あのまま大和が来てくれていなかったらもっとひどい目に遭っていたのかもしれない。それほどに忍術の力の差が大きく、俺には抗うこともできそうになかった。

「そうだ。あいつなんかのことよりベータのことは?」

「ああ、問題なく芽依の部屋に匿うことができそうだ。一応今日の深夜零時に寮の屋根上に集まるように言ってある」

「そうか。問題なくて良かった。こっちも異常なしだ。あ……」

「どした?」

 異常なしと言ったところで俺は一つだけ思い出してポケットの中から寮の鍵を取り出す。

「俺を部屋まで案内することが大和へのもう一つの罰則らしい」

 大和は俺が差し出した鍵についている札を見ると直ぐに理解した様子であーと唸り声をあげた。

「そういうことね。分かったよ。でもまあ蓮で良かった」

「どういう意味?」

「ついて来たら分かる。案内するよ」

 大和のその言葉に俺は首を傾げながらも後に続いた。寮の入り口を通ってすぐの場所には寮監室と書かれた部屋があったが、俺たちが足を踏み入れても窓すら開かなかった。おそらく寮に入る人物を確認するために存在するであろう小窓は意味をなしていない。寮監室を素通りすると、真っ直ぐ続く廊下に出た。日中に歩いた校舎の廊下とは違って足を踏み出すたびに軋む音をあげる床板。木造校舎以上にいつ崩れてもおかしくない建物だった。それなのに不思議と隙間風もなく、違和感を覚えるほどに快適な気温を保っている。

「ここが蓮の部屋だ」

 珍しいものを観察するようにして歩いていた俺を大和がそう言って止める。二階のちょうど真ん中あたりに位置する部屋。入口の上には二〇二〇と書かれているその部屋に大和は自分が持っている鍵を使って入る。

「あれ?」

 大和が鍵を持っていることを不思議に思った俺は自分のポケットの中に手を入れる。するとそこには確かに成瀬先生から貰った鍵があった。

「なんで大和が鍵を持ってるの?」

 大和のことだからこっそりマスターキーを手に入れたなんて言われても納得してしまいそうだ。しかし大和は手招きをしただけだった。俺は首を傾げながら大和に続いて部屋に入る。

「成績が良かったからか、何人かは二人部屋を一人で使わせてもらえることになってたんだけど……。まあつまり蓮は俺と相部屋になったってことだ。よろしくなルームメイト」

「なるほどね。だから罰則なんだ」

 扉から入って左右の壁沿いにそれぞれベッドが置いてあり、右側のベッドの上には荷物が散乱していた。扉の反対側の壁には中央に大きな窓とベッドにくっつくようにして置かれたデスクとデスクチェア。勉強用だろう。

「すぐに荷物のけるから待ってて。ってか蓮の荷物は?」

 大和は右側のベッドの上にあった荷物をかき集めると逆側のベッドの足下に放り投げた。

「普通に高校に行くだけのつもりだったから何も持ってきてないんだ。着替えとかどうしよう……」

「忍び装束はいくらでも貰えるし学校生活は困らないだろうけど……。私服とかもあった方がいいな。明日にでも先生に相談してみたら? 多分通販で買うことになるか家に取りに戻るかだろうな」

「そ、そうだよな」

「その普通の高校に行くつもりだったのに忍術学校に入ることになった経緯とかは芽依もいる時にでも教えて貰おっかな」

 荷物を足で適当に押し固めながら言う大和に、俺は頷くことで答えた。それから食堂で夕食を食べ、大和に寮の中を案内してもらった。一階の共有スペースには談話室と洗面所、洗濯機が並ぶランドリー部屋などがあった。一階の共有スペースを越えると女子寮に繋がっており、その境には男子の寮長の部屋と女子の寮長の部屋が隣り合わせのようにある。なんでも男子が女子寮に入らないように下忍学生の三年で最も優秀な人が寮長として監視の任についているのだとか。

 三階建ての寮で俺たちの部屋は二階にあるが、各階にも談話室が設置されている。大和の案内で二階と三階の談話室に顔を出してみたが、二階では東郷たちが偉そうに巾を聞かせており三階は先輩たちしかおらず入り込めない雰囲気があったのでそのまま自分たちの部屋に帰ることとなった。

 そしてしばらく時間が経ち深夜の零時が近付く――

「さて、そろそろ芽依との約束の時間だ。行くぞ」

「屋根上だっけ?」

「そうそう」

 俺はそう言って部屋から出た大和の後ろについて歩く。廊下の明かりはすでに全て消えており、窓から入って来る月明かりだけを頼りに進む。それでも少し慣れれば足元まではっきり見えるほどに明るく、歩く速度も普段と変わらない。

「でもどうやって屋根の上なんかに上がるんだ?」

 不安というほどのものではないが、やはり何か少し悪いことをしている気分になって身構えてしまう。ベータのことがあったから今更と言えば今更だけど。

「三階にある共同トイレの窓から上にのぼろうかとね。二階の窓から出ても良いけど、のぼってる途中で三階の人に見つかると嫌だしな」

「嫌って……」

 寮の規則などを全く聞いていないからどの程度の問題なのか分からないが、言い回しからして大した問題ではないのかもしれない。そうこうしている内に三階のトイレに到着し、窓際まで移動する。窓は防犯対策なんて全く施されていない引き戸。人一人が十分に通ることができるサイズだ。

「さてと」

 大和はそう言って忍び装束の胸元から一本の長いロープを取り出した。それを使ってのぼるのだろうか?

「俺は強身の術使って屋根まで跳ぶけど、蓮はまだ無理だろうから上からロープ降ろすよ」

「つまり、俺はロープ一本で屋根までのぼれと」

 俺はそう言いつつ窓から下を見下ろす。高さは十メートルもないが……落ちると骨折では済まないかもしれない。そんな所を命綱無しでロープ一本使ってのぼると考えると一気に不安がつのる。

「いや、先端を輪っかにしてるからそこに足をかけて掴まってくれてたら上から引っ張り上げるよ」

「それこそ大和が大変じゃない?」

 もし俺がやれと言われてもそんなことできそうにない。

「人一人持ち上げるくらい簡単だって。ほら、俺だってちゃんと熊より強いから」

 今日職員室で話をしていたことを思い出す。

「そう言われると安心だな。てか、それを言うなら芽依は五歳の時点で俺のことを余裕で持ち上げたんだろうね」

「だろうな。よし、じゃあ先に行くぞ」

「あ、待って。やっぱり自分の力でロープを登ってみるよ」

 今は少し動いただけで過呼吸になるような体ではない。強くなると決めたのだから、やはり頼ってばかりではいけない。そう考えての発言だったのだが、大和は特に何を言うでもなく了承しただけだった。

「おっけー。じゃあ改めて……木遁・強身の術」

 大和は術を唱えると同時に二つの簡単な印を結ぶ。おそらく俺が教わった丙の術より少しだけ難しい程度の術なのだろう。術が発動した直後、大和は俊敏な動作で窓のサンに足をかけると真っ直ぐに飛びあがった。急いで上を見ると、瓦屋根の軒先にぶら下がる大和の姿があった。大和はそのまま体操選手の鉄棒のように体を大きく振ると屋根の上へと消える。そしてすぐにロープが目の前まで降りてきた。

 高所恐怖症でなくて良かった……

 そう思いながら先端の輪に足をかけてロープにしがみつく。いざロープに体を預けると思ったよりも不安定で恐怖心が出てくる。落ちると単純な骨折では済まない高さ。しかし、自分でのぼると決めたのだ――そう言い聞かせて腕に力を入れる。幸いなことに俺の体重は標準よりもかなり軽い。腕への負担は少ないはず。ゆっくりとしたペースでのぼるが、やはり運動不足のせいで辛くなってくる。そして頂上まであと少しというところ。そこで俺はどうにか屋根へと手を伸ばした。

「大丈夫か?」

 そう言って大和は俺の手首をつかんで引き上げた。正直なところ、助かった。

「どうにかね。これからは大和に助けて貰えなくても大丈夫なように鍛えとくよ」

「おう。頑張れ」

 大和は俺を引き上げたことに対する疲れも一切なく手際よくロープをしまった。確かに初めから引き揚げてもらっても大和にとっては問題なかったのだろう。

「遅い!」

 一仕事終えた気分で一息ついていると、音もなく駆け寄って来た芽依に小さな声で注意された。

「ごめんごめん。ちょっと手間取って。五分くらい大目にみてってば」

「まあいいけど。あ、そうそう。なんかこの子も来たいって言うから連れてきたわよ」

「きちゃった」

 芽依の後ろから少し嬉しそうに、それでいて俺たちの顔色を窺うようにして顔を出すベータがいた。

「ベータもロープで引っ張り上げたの?」

 芽依はともかく、こんな小さな子が大和のように術を使って屋根まで跳びあがるところは想像できない。しかし芽依は不思議そうに首を傾けると当然のように答えた。

「普通に抱えて窓から跳んで上ったけど?」

「まあ、こいつは剛身の術まで使いこなせるしな。そんくらい軽いもんだろう」

 大和の簡単な解説に俺は納得していた。剛身の術というのは演習で見せた術だろう。岩を軽々粉砕していた様子を思い出すと剛身の術というのを使えば確かに小さな女の子くらい重荷でもなんでもないのかもしれない。

「何言ってんの? このくらいだったら術を使わなくても十分じゃない」

 自慢するわけでもなく、本当に何を言ってるのか分からないといった様子の芽依。しかし何を言っているのか分からないというのは大和も同じようだった。

「蓮……これは忍者の中でも普通じゃないからな? 最低でも下忍学生でこんなやつは他にいないと思う」

「ははは、覚えとくよ」

 大和が俺にしか聞こえない小さな声で言ったせいで芽依は首を傾げていた。見た目は普通の女の子なのにな……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...