死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

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ベータちゃん

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 ベータの嬉しそうな言葉を聞いた後、俺たちは再びビデオをまわして不自然のないように学校へと戻った。大和が使った隠形の術というのは効果が絶大で、校門をくぐってからすれ違う生徒の誰もがベータの存在に気付かなかったのだ。

「俺にはちゃんと見えてるんだけど、隠形の術ってどういう術なの?」

 校門をくぐるまで録画をしていたせいで聞けなかったことを俺はこっそりと大和に尋ねる。大和は思い出したかのようにあーと空を見上げて言うと丁寧に説明してくれた。

「隠形の術にもランクがあるけど、俺が使ってるのは光学迷彩と認識阻害だな。基本的には誰からも見えることはない。俺たち三人には見えるように術を調整してある。認識阻害は音とか匂いとか振動とか、違和感が出ないように周囲に馴染ませる形で分散させてるんだ。だいたい一万倍くらいの分散率だな。優秀な人はゼロにまでできるらしいけど、先生とか上忍に直接近くで見られない限りはこれで大丈夫だと思う」

 説明を受けた俺は忍術ってなんでもできるんだ……と感想を抱くことしかできなかった。しかし隣を歩く芽依は不思議そうに首を傾げていた。

「演習の時とかさっきの道中とか見てて思ったんだけど、大和ってなんで丙組にいるの? 甲組にいてもおかしくないと思うんだけど」

 入試時の成績が悪かった人が集められているのが丙組……確か大和はそう言っていた。つまり何でも知っているような大和も、圧倒的な戦闘力を持っていそうな芽依も入試では成績が悪かったということだ。

「俺は……まあ……希望して丙組に入っただけだから。甲組には希望しても入れないけど丙組は希望すれば入れるんだよ」

「なんでわざわざ丙組に……って聞かなくても答えは分かってたな」

 俺は質問を途中で切り上げてそう言うと、芽依も頷いた。

「何だよお前ら。もしかしたら二人が思ってるのと違うかもしれないだろ?」

「じゃあ、せーので三人で理由を言ってみましょうか? せーの」

「「「面白そうだから」」」

 芽依の合図とともに発せられた言葉は三人とも一言一句同じもので、ついつい揃って笑ってしまった。一日でよくもまあこんなに分かり合えるようになったものだと少し嬉しく思う。

「でも芽依も何で丙組なの? 実技見てた感じだと明らかに丙組の実力じゃないと思うんだけど」

 大和の謎とは言えない謎が解けたところで次は芽依の方が気になった。俺はそう言って二人の顔を見たが、大和は答えるつもりは無さそうで、芽依はバツが悪そうに頭をポリポリと掻いていた。しばらく沈黙が続いたが、溜息と共に芽依が口を開く。

「入試はね。実技は忍術が使えるかどうかを判断するだけでほとんど配点はないの。まあ、つまり筆記がね……」

「絶望的だった訳だ」

「そこまで言ってないでしょ!」

 大和の言葉に芽依は大きく反発する。しかし完全に否定することはできないらしく、不機嫌そうに顔を背けるだけだった。だがそこで俺は一つの疑問が浮かんだ。

「それだと忍術の能力って分からないんじゃないの? 忍術の学校なのに」

 初日から実技演習があるくらいなのに、ガリ勉ばかりが優秀と言われるクラスに集まるのはおかしい気もする。

「いや、そういうわけでもないんだ。忍術ってのは基本的に理解とイメージで強度も精度も変わってくるものだから、一般的に筆記が優秀なら実技も優秀になるものなんだよ。こいつがむしろ例外。筆記が苦手なのにあそこまでの精度と速度で術が行使できるのが特殊なんだよ」

 知れば知るほど強くなる。学べば学ぶほど強くなる。それが忍術――。成瀬先生に言われた言葉が蘇る。

「ふふーん! 漫画のヒーローみたいでカッコいいでしょ!」

 完全に貶されているというわけでもないが、かと言って褒められているわけでもない。そんな大和の説明に芽依はなぜか胸を張っていた。筆記が苦手でも強いというのは一つのヒーロー像でもあるので、目標に対する努力が実っているという意味では良いのかもしれない。

「甲組に行ってたら初日からこんな面白いやつらとも仲良くできなかっただろうし、こんな面白いことにも出会えなかっただろうから俺の判断も間違ってなかったと思うぜ」

 そうやって話をしている内に職員室のある地下へと降りる入口に辿り着いた。

「俺たちが丙組に入った理由は話したけど、蓮のはまだだったな」

 俺が丙組に入った理由……。忍術学校に入った理由……。

「後でゆっくり聞きましょ。今はひとまずこっち」

 芽依はそう言って小さくベータの方を指さす。静かに俺たちの話を聞き続けてくれていたベータだったが、ようやく自分のことが話題に上がって目を丸くしていた。

「これから全員で忍び込むルートを探してベータを寮に入れる。場所まではだいたい教えてもらってるけど実際に行くのは初めてだしな。時間がかかるかもしれない」

 大和がそう言ったところで、俺はちらりと寮の入り口にかかっている時計に目を向けた。日はまだ完全に落ちていない六時前。確か先生は日が落ちるまでに帰ってこいと言っていたはず……。

「いや、ここは二手に分かれよう。俺が一人でビデオを持って行く。時間がかかって先生に怪しまれるとまずいでしょ? ビデオを届けるだけなら一人で良いはずだし、三人がちゃんと大鳥居まで行ったかはビデオを見れば分かる。もし一人ってことを指摘されたらじゃんけんで負けたとでも言えば良いし」

 俺のその提案に大和は少し考えると頷いた。

「よし、それでいこう。俺たちの方が早く終わったら俺一人で寮の入り口で待ってる」

「了解! それじゃ、また後で」

 そう言うと、俺たち三人は拳を合わせた。が、そこに小さな拳が遠慮がちに添えられる。

「ともだち」

 小さな声でベータは囁くとにっこりと笑う。釣られて俺たちも笑うとそれぞれの目的地に向かって歩き出したのだった。


「で、じゃんけんに負けた神崎が一人でビデオを持ってきた――と」

 想定していたとおりの質問に答え終わった俺は成瀬先生の目を真っ直ぐに見て、はいと返事をした。成瀬先生はそれ以上突っ込んで聞いてくることはなく、受け取ったビデオを早送りで再生し終えると机の上に置いた。

「特に異変はなかったみたいだな。途中録画を止めていた理由とその間に起こった内容については?」

 淡々と事務的な様子で聞いてくる先生に対して、俺は嘘を吐くことなく答えた。

「大和が夢のことについてあまり人に聞かれたくないとのことで録画を止めました。その間に問題は起きていません」

 ベータとの遭遇は問題ではない。嘘は言っていない。

「録画を止める直前に言っていた内容だな。うんよろしい。その夢とやらは神崎の目から見て学校や国、ひいては世界に害をなすことではなかったか? もしそうであった場合、その夢とやらにお前たちは協力させられるように言われたか?」

 成瀬先生はあくまでも真剣にそう訊ねてきた。まるで警察署で取調べを受けている時のようだ。朱莉の事件の後に受けた取調べを思い出す……

「立派な夢だと思います。心配はかけるかもしれませんが迷惑をかけるような夢ではありません」

 友達と言ってくれた人の夢。それを悪く思われることは嫌だった。だからこそ俺は語気を強めてそう言った。しかしそれを聞いた先生は吹き出すように笑うと先程までの真面目な雰囲気を崩した。

「その言葉を聞いて夢とやらが何か想像できたよ。兄弟そろって馬鹿野郎だ」

「お兄さんを知っているんですか?」

 反射的にそう聞いてしまった後に思い出す。大和のお兄さんと先生は一緒に富士地下大迷宮の奥まで潜ったのだったと。しかし成瀬先生から詳しく教えてくれることはなく簡単な返事をもらえただけだった。

「ああ、知りすぎてるほどにな。しかしそれについては秘密だ。忍びは情報を安売りしないのだよ。よし、今日は帰っていいぞ……っとその前に。寮の部屋が決まったからこれが部屋の鍵だ」

 俺は成瀬先生から木の札の付いた鍵を受け取った。鍵の形は今どきのマンションなどの鍵とは違い、一本の釘状の軸から枝のように様々な角度に様々な長さのピンが出ている形だった。古い宝箱の鍵でも渡されたかのようだ。木の札には二〇二〇と書かれている。

「古賀には神崎に部屋へ案内することが罰則だと伝えておけ。それで全てを理解するはずだ」

「は、はい」

 古賀への謎の信頼は何なのだろうと思いつつも、俺はそのまま職員室を後にした。想定していたより成瀬先生からの追及は少なく短い時間で終わったため、ベータを寮へ連れ込むのに合流できるのではと足早に寮へと向かう。

「おう暴発野郎。こんな時間に何してんだ? 入学早々下手な忍術の補講でもしてもらってたのか?」

 寮の入り口、そこで俺に声をかけてきたのは大和でも芽依でもなく演習の時に丙組の近くまで来て嫌味を言っていた大柄の男だった。演習の時とは違って今は一人のよう。名前は確か――

「東郷武司――」

「フルネームなんてよそよそしい名。東郷様って呼んでくれてもいいんだぜ? なあ、へ組の暴発野郎?」

 東郷はそう言うと下品な笑い声を上げていた。暴発野郎……演習での忍術を見て言ったのだろうが、その点に至っては何も言い返すことができない。先生にも北条という甲組の生徒にも迷惑をかけたのだから。しかし、流石にその態度には不快感を覚えた。

「普通に名字ででも呼ばせてもらうよ。待ち合わせがあるからじゃあ」

 そう言ってやり過ごして寮の裏手へと行こうとしたが、東郷の巨体で行く手を阻まれた。

「まあまあ、ちょっとくらい遊んでくれても良いんじゃないの……かっ!」

 東郷は俺の目の前でそう言うと素早く簡単な印を結ぶ。すると空中にこぶし大の土の塊が出現して俺の腹部に高速で飛んできた。避けることができなかった俺はその土の塊をまともに受けて後ずさった。内臓を直接殴られたかのような威力で、苦しさにそのまま腹をおさえてしゃがみ込む。その姿を見ておかしいのか、東郷は楽しそうに笑っている。抗議をしようにも苦しくて声も出せない。

「何やってる?」

 すると、東郷の体で見えない向こう側から聞き慣れた声がした。少し怒気を孕んだ声だったが間違いない。大和の声だ。

「いやー。この暴発くんが気分悪くて胃の中身を暴発させそうっていうから声をかけてたんだよ。そんなことよりお前はこんな時間に何してたんだ?」

 西村の言葉を聞いて大和は苦虫を噛み潰したような顔をする。そこで俺はようやく声が出るようになった。

「大和は何もしていないし、お前はここで俺に何もしていない。それでいいだろ?」

 俺の発言に感心したように東郷は口笛を吹くと頷いた。

「そうだなー。今日は何もなかった。それだけのことだ。じゃあな、落ちこぼれさん」

 東郷はそう言って寮の中へと入っていく。
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