死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

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ともだち

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「そして神崎探検隊は勇敢にも獰猛な獣の住む森の奥へと向かうのであった」

「やめろよ」

 重厚な正門を開けて樹海の中に足を踏み入れると、ビデオカメラをまわす大和がそう言って俺の後ろ姿を捉えた。完全に面白半分といった大和はそのテンションのまま周囲の木々や地面なんかを撮影している。

「ちょっと緊張してたけど、大鳥居ってとこまでの道はある程度歩きやすくなってるんだな」

 昨日落ちた森の中と比べ、地面は踏み固められており視界も悪くない。昨日いた場所のように地面が柔らかすぎて足をとられる心配もいらないみたいだった。相変わらず空気が綺麗で呼吸をしたそばから体中に酸素が行き渡るような感覚になる。木々の高さは様々で昨日駆け回った場所と大差ないが、密集具合が違って学校近くの方が広く感じた。

「あれが大鳥居よね?」

 芽依が指さした先には真っ赤な鳥居の先端が見える。遠くても視界に入るということは、その辺の木よりもはるかに大きいということ。どれだけの距離かは分からないが、目立ってくれているおかげで迷うようなことはなさそうだ。

「鳥居までは迷わず進めるな。レッツゴー!」

 ノリノリでそう叫ぶ大和は俺と芽依を先に歩かせて、ビデオ撮影をしながら後ろからついてくるつもりらしい。


「いいねーお二人さん。お似合いですねー。青木ヶ原には新婚旅行で?」

「大和うるさい。少しは黙って歩きなさいよ」

「えー。だってこうやって喋ってた方が面白いじゃん」

「ビデオに残ったらまた先生に罰則増やされるぞ……」

「それは困るけどやめる気は無い!」

 しばらく歩いているが、大和はずっとこの調子で話し続けている。芽依もこうして時々苛立ちを言葉にしていたりもするが、基本的にずっと周囲を警戒して歩いてくれている。俺も目と耳をフル稼働させているが、役に立てているかは分からない。正門から出て二十分ほど歩いただろうか、ようやく鳥居までの距離がはっきり分かるくらいに近付いてきた。あと二・三分歩けば大鳥居に着くだろう。それにしても……

「大鳥居って言ったはいいけど、デカすぎないか?」

 俺は首が痛くなるほどに見上げつつ芽依に言った。

「五十メートル……まではいかなくても四十メートルはありそうね」

「正確には高さ四十四メートル、幅四十八メートルらしいぞ。柱から柱の距離でも二十メートルちょいあるってさ」

 大和の説明を聞きながら歩き続けると鳥居の真下まで到着した。見上げた鳥居には継ぎ目もなく、まるで一つの大きな岩を削って作ったかのような代物だった。もちろん柱に触れてもびくともしない圧倒的な存在感。石材でできているかも謎だ。

「一説には迷宮を作った昔の忍者が土遁と金遁の術で作ったって言われてるんだ」

「なんでそんなに詳しいんだ? 芽依は知ってた?」

「ううん。私も全然知らなかったから初めて近くで見て感動してる」

 今まで大和にはいろいろなことを教えてもらってきたが、流石にこれは忍者の常識とは思えない。芽依は拳でコツコツと柱を叩きながら目を輝かせて観察していた。

「うーん。二人なら別に言っても馬鹿にしたりしないからいっかな」

 大和はそんな前置きをしながらビデオカメラの録画を中断して地面に置いた。成瀬先生にも知られたくない話なのだろうか。

「この富士地下大迷宮の最奥まで行くことが俺の夢なんだ。発見されてから千年以上、誰もその一番奥を見たことがない迷宮。こんな面白そうなものってないだろ?」

 今まで軽口を叩いてその場のノリで生きているだけの人間だと思っていた大和。しかし、夢と言って語ったその瞬間に強い決意の眼差しをした。それはヒーローになりたいと言った瞬間の芽依と似た目だった。

「何も知らなくて悪いんだけど、それって何か馬鹿にされるようなことなの?」

 相変わらず無知な俺は恥を忍んで大和に聞いた。大和はそれに対して嬉しそうに笑うと答えてくれた。

「忍者の中じゃ、夢は世界平和! って本気で言うくらいありえないこととされてるんだよ。最も深く潜ったとされるのが五年前。俺の兄貴とその友達二人の三人グループだそうだ。その時の一人は迷宮の中で帰らぬ人となったらしい。もう一人は迷宮の管理人としてこの学校に勤務してるとか。その人は獄炎の桜って言われる最強のくノ一らしい。それでも到達したのは地下五千メートルだった」

 最強と言われた人を含めた三人組で挑んで一人死亡。それでもマリアナ海溝より深いかもしれない迷宮の半分……。確かに馬鹿にされても可笑しくないような夢なのかもしれない。しかし、俺はそれより大和が言ったある単語が気になった。

「ちょっと待って。今獄炎の桜って言った?」

「それがどうかしたんだ?」

「獄炎の桜って成瀬先生のことだよな?」

「は?」

 俺の発言に大和は口を開けて固まっていた。俺の記憶が正しければ確かに昨日言っていたのだ。成瀬先生が自分で獄炎の桜だと。俺がその時の話を細かく説明すると、大和は口元を緩ませてぶつぶつと言い始めた。芽依は芽依で目を輝かせている。最強のくノ一として有名だったらしい。

「いやいや、まさか。そんな……。だとしたら……。うん、よし! これも運命かもと思って成瀬先生にこれからいろいろと教えてもらおう! そうしよう!」

「獄炎の桜って私の憧れってか伝説なのよ? なんでもっと早く教えてくれなかったの?」

 何故か二人そろって俺に詰め寄る形で声を上げていた。そんなことを言われたって俺は知らないし、出会って半日で伝えることができたのだから早く教えた方だろうとも思う。興奮状態だった二人だが、少し落ち着きを見せ始めると急いで戻ろうと言い出した。余程成瀬先生と話をしたくなったのだろう。しかし――

「何の音だ?」

 初めにそう言ったのは大和だった。続いて芽依が指をさす。

「あっちの方よ」

 二人が見ているのは大鳥居の向こう側。鳥居を挟んで学校とは逆側にある迷宮の入り口付近。祠のような迷宮の入り口。注意して見ているとその近くの茂みがわずかに震える。茂みの大きさからして、中に隠れているものは大きくても一メートルほどだと思われる。人がしゃがんで隠れているとも考えられるが……

「妖だとしたら捕獲、ないし駆除した方が良いかもしれない。さいわいサイズ的にも問題ないだろう。いくぞ芽依。蓮はここで待機」

 大和がそう言うと芽依は頷いてすぐに飛び出した。その横を大和も駆けていく。大和が言うとおり俺は戦力にならない可能性が高いので待機していた方がいいのだろう。悔しいとは思うがその感情を飲み込んで俺は二人の動きを観察していた。

「土遁・戊(つちのえ)の術」

 後ろからは見えなかったが、大和が何らかの印を結んで地面に手をつき言を唱える。すると茂みの背後と側面を囲うように高い壁が出現した。それと同時に茂みから何者かが飛び出す。それを芽依は目にも留まらぬ早業で組み伏せると、腕と頭を抑えつけた。

「猫……耳……?」

 組み伏せられたのは俺が知っている妖の姿ではなく、ほぼ人型の生き物だった。ほぼと言ったのは一か所明らかに人とは違うところがあったからだ。そう、それが猫耳。

「は、はなしてっ。ころさないでっ」

 少し舌足らずな喋り方で叫ぶその猫耳少女は抵抗虚しく芽依に捕まっている。彼女は抵抗が無駄だと分かってただただ泣き崩れていた。

「妖ってこういうのもいるのか?」

「俺は初めて見た」

「私も……。捕まえたのは良いけどどうしよう。とりあえず何か服着せてあげた方が良いよね?」

 芽依の提案に俺と大和はひとまず頷いた。芽依は懐から大きな薄手の風呂敷を取り出すと、猫耳少女を包む。テルテル坊主のような格好になった猫耳少女は相変わらず泣きながらしゃがみ込んでいる。

「えっと……君は……妖なのかな?」

 たどたどしく大和が尋ねると、少女はこくりと頷いた。しかしどう見ても危険な妖には見えない。何というか猫耳が生えただけのただの女の子だ。長く茶色い髪の毛と青い瞳は日本人らしくないが、ありえなくはない。身長も百二十センチほど。小学生くらいだろうか。

「この子のことはやっぱり成瀬先生に知らせた方が良いわよね?」

「妖っていうのがどれくらい脅威とされてるか分からないけど、先生に知らせて大丈夫かな?」

 大丈夫――その俺の言葉は、もちろん猫耳少女の身が大丈夫かという意味だ。小説や漫画、アニメなんかでは危険と判断された素性の分からない生物は研究材料にされたり厳重に隔離されたり、最悪即座に殺処分なんてのもある。

 俺の言葉の意図を理解したのか、大和は口元をおさえて考え込む。

「蓮の考えているとおり、この子の存在が露呈したらただじゃすまない可能性がある。俺の予想だと地下の研究室行きだな。とはいえ、どうすっかな」

「私はこんな可愛い子が痛い目を見るのは嫌よ! ヒーローはどんなものだって見捨てたりしないの!」

 芽依はそう言うと少女をきつく抱きしめる。その様子を見て大和は慌てて声を上げた。

「おい芽依! 痛い目! その子今現在進行形で痛い目見てる!」

 少女は芽依に抱きしめられながらも、苦しそうに腕をタップする。こんな得体の知れない女の子でもプロレスを見たりするのだろうか? 俺がそんなことを考えている内に芽依は腕の力を緩めた。

「ごめんごめん。ねえ、名前とか無いの?」

 そう言った芽依から少し距離を置いて俺の足下まで来た少女は小さな声で呟く。

「ベータ……」

「ベータちゃんね! よろしく!」

「よろしくって……。まあ幸運にもビデオはまわしてないし、記録には残ってないけど。うーん」

 ずっと面白いことを優先して行動していた大和が真剣に考え続けている。おそらく忍びの世界について最も詳しい大和がこんなに悩むのだから何か大きな懸念材料でもあるのだろう。

「やっぱり難しいのか?」

「うーん」

 悩み続けていた大和は諦めたかのように一度溜息をつくと、話し始めた。

「無理だ。ギブアップ」

「無理でもどうにかするの!」

「せっかくだからなんかもっと面白いことしようと思ったけど考える時間がない。普通に女子寮で匿って貰おう。女子寮は男子寮と違って全員一人部屋だし」

「え?」

 気の抜けた声と共に芽依は口を開ける。俺も大和がいったい何を言っているのか理解が追いつかない。

「四人だけの秘密基地を作るとかできたら面白いかなーって考えてたんだけど、立地とか諸々のことで難しいと思ってさ。だから普通に女子寮に匿う。……って二人ともどうした?」

「いや、何でもない」

「そうか、じゃあ簡単に説明な。兄貴から聞いたんだが、女子寮は裏の演習林側からバレずに忍び込めるらしいんだ。そこからベータを寮の中に引き入れて芽依の部屋に匿う」

 大和がそう説明してくれたが、俺はいまいち納得ができなかった。

「寮の裏って言っても校舎を超えて地下に続く入り口の横か寮と外壁の間を通らないと駄目だよな? それを誰にも見つからずに移動するのって無理じゃないのか?」

「隠形の術を使えば問題ない」

 隠形の術……文字通り隠れるための術なのだろう。

「ちょっと待って。学校内のいたるところに隠形破りの術が設置されてるって昨日説明あったんだけど。聞いてなかったの?」

 大和の説明に対して次は芽依が意見をぶつける。昨日の説明とやらを俺は聞いていないが、隠形の術とやらで忍び込んだりできないようにそれを何かしらの方法で見破る手段が講じられているということで間違いないだろう。しかし、大和はそれにも落ち着いて答えた。

「一年生の行動範囲で隠形破りが施されているのは学内でも少ないらしいんだ。兄貴から聞いた話から変わっていなければ、正門を除く外壁の上・医務室・寮の入り口・男子寮と女子寮の間・地下階段を抜けた先の警備室前。この周辺に行かなければ大丈夫」

「なんでそんなことまで知ってんのよ……」

 芽依は呆れるようにそう言うが、大和の情報が心強いことは確かだ。話が進んでいる間もベータは不安そうに俺の脚にしがみついていた。
「わたし……もりからでたくない。ともだちがさがしてくれてるかもだから……」

 大和の作戦で決まりかけていたところでベータは自信なさげにそう言った。しかし、大和は一切の反論は認めないといった雰囲気を出しながら毅然と言い放った。

「森にいると確実に明日には中忍学生以上の人に捕まる。俺たちレベルに見つかった上にこんな短時間で捕縛されたんだからな。それに、他の生徒や教員が俺たちみたいに優しくするなんて思わない方が良い」

「う……」

「ちょっと大和。そんなに脅さなくてもいいじゃない。ほーらベータちゃん。怖くないからね」

 芽依がそう言って大和をたしなめてベータに近寄るが、ベータは大和に厳しく言われたとき以上の恐怖を顔に浮かべて拒絶をした。

「やっ!」

「芽依が近付く方がよっぽど怖いらしいぞ」

「なんでよ……」

 おそらく先程の捕縛ときつい抱擁がベータの記憶に恐怖を刻み込んだのだろう。芽依がそう言ってがっくりと肩を落とすのを見て流石の俺も不憫に思って助け船を出す。

「ベータ。このお姉さんは強いけど怖い人じゃないよ? むしろベータを守ってくれる味方だからね」

「そうそう! なんてったって私はヒーローなんだから!」

 胸を張って言う芽依を怪しそうに眼を細めて見ながらベータはおそるおそる口を開いた。

「もういたいことしない?」

「しないしない!」

「じゃあ……」

 ベータはそう言うと俺の陰から体を出した。

「ともだち?」

 友達……。その言葉を聞いて俺は先程のベータの話を思い出した。大和も同じように考えていたのか、俺と目を合わせる。友達が会いに来てくれるから森から離れたくない……。つまりこの子にとって友達というのはとても大切な存在なのだ。おそらく親や家族なんかよりも。

「うん。友達だ。俺もこの怪力お姉ちゃんも隣に立ってるお兄ちゃんも」

 そう言ったのは大和だったが、芽依もすぐに自分が友達だよとアピールをした。大和、芽依、俺の順に顔を見たベータに俺も頷いて友達であることを認める。するとベータは俺たち全員に一人ずつ抱き着いて回ると満面の笑みで言ったのだった。

「ともだち!」
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