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その後、最後の一人だった北条颯真が得意の忍術を披露することなく演習は終わった。校庭の多くを溶岩に変えられてしまったのだから仕方ないだろう。しかし、そうは言っても北条が何もしなかったというわけではなかった。
「次は俺の番ですね」
名前を呼ばれるでもなく進み出た北条颯真は溶岩帯の前で一つの印を結ぶと術名を唱えた。
「火遁・丁(ひのと)の術」
すると、溶岩がまばゆい光を放ちながら固まり始めた。一気に全てというわけではないが、徐々に元の茶色い地面へと戻っていく。しかしそれにも時間がかかると判断したのか、黒澤先生と成瀬先生、それに乙組の先生が加勢することで校庭は元の姿に戻った。
「北条、感謝する」
そう言ったのは成瀬先生だったが、黒澤先生もねぎらいの言葉をかけていた。術によって溶岩を固める速度は先生たちと北条とに差はなく、俺の目から見ても熟練した技量を持っていることは明らかだった。
「北条さん。あまり時間もありませんが、今から得意忍術の披露をしますか?」
黒澤先生は時計を確認しながら北条にそう訊ねるが、北条は首を横に振って断った。
「今の忍術が俺の得意忍術ということで。先生方の役に立てたのならそれで俺は満足です」
「そうですか。申し訳ありませんね」
「いえ」
そう言って甲組の集団に戻った北条。そんな彼を迎えたのはクラスの女子からの黄色い歓声だった。十五年生きてきてあんな黄色い歓声はアイドルに向けられたものしか聞いたことがない。しかし、歓迎されている北条本人は嬉しそうな顔もせずにちらりと俺のことを睨んだのだった。
「悪いことしたな……」
俺は北条にお辞儀をして視線を逸らすとこっそり大和にそう言った。しかし大和は興奮気味に声を荒らげて俺の肩を叩く。
「そんなことねーって! 凄かったぞ! 丙の術かと思いきや溶岩を作る術だったとはびっくりしたぜ!」
「いや、あれは……」
術の失敗だと言って大和の勘違いを正そうと口を開いたところで、今度は後ろから軽く背中を叩かれた。
「神崎。やってくれたな」
振り返るとそこには真顔で俺を見下ろす成瀬先生の姿があった。教員三人と北条で溶岩状態になった校庭を元に戻すなんていう手間をとらせてしまったのだからこっぴどく叱られても可笑しくない。そう思って俺は目を強く瞑って頭を下げた。
「すみませんでした!」
「いや、よく甲組の連中をビビらせてやったと褒めている。だが、少しは手加減できるようにならないとな」
顔を上げると成瀬先生は満足げな笑顔を見せていた。機嫌のいい成瀬先生を見て、大和が俺の背後から頭を出す。そしていたずらな笑みを浮かべて提案をしたのだった。
「甲組に一泡吹かせた記念に、ひとつ罰則を減らすなんてどうでしょう?」
「それとこれとは話が違う。三人は放課後にちゃんと職員室に来なさい」
そうして午前いっぱいを使った忍術学校最初の授業は大和の苦しそうな顔と共に終わりを迎えた。
***
食堂での昼食を終えて午後に教室へと戻ると、俺たち生徒より先に成瀬先生が待っていた。教卓の上には大量の参考書が積まれている。生徒たちは口々に積まれた参考書が何なのかを話しているが、成瀬先生は授業が始まるまで説明をするつもりがないらしく、腕を組んだまま黒板にもたれかかって眠っているかのように目を瞑っていた。
そして教室に全員揃ってチャイムが鳴ったと同時に成瀬先生は目を開ける。
「よし、全員揃っているな。説明するぞ。これに目を通せ」
チャイムが鳴り終わるまでにそう言った先生は、A4サイズの上質紙を空中に放り投げる。その紙はまるで自らの意思を持っているかのように全員の机の上に二枚ずつ飛んで移動した。印も何も使わなくてもこのような忍術は使えるのか――と思ったが、思い起こせばペットボトルを潰したりチョークを粉砕したりしていたので今更の感想だと気付いた。
手元に届いた紙を見ると一枚は授業と単位の説明、もう一枚は記入用紙のようだった。
「知ってのとおり青木ヶ原は単位制の学校だ。必修科目は固定だが選択科目も多い。各自あいているコマと受けたい授業を照らし合わせて紙に記入できたものから持ってこい。教科書を渡す。質問はないな?」
質問をするなという圧力のようなものを出しながら成瀬先生はまたしても腕を組んで黒板にもたれかかった。目を瞑って我関せずという態度を取る先生を見て、クラス中がざわめきながらどの授業を取ろうかと相談を始めた。するとやはり後ろの席の大和が俺の背中をつついて話しかけてきた。
「おい蓮。おんなじ授業取ろうぜ。蓮は俗者なんだし、分からないことがあったら教えてやるからさ!」
正直なところ分からないことはかなり多いだろう。だからこそ大和の提案はとてもありがたかった。
「それはすごい助かる」
「じゃあ、これが受講する授業の候補な。兄貴から面白い授業と楽な授業教えてもらってたから」
「大和ってお兄さんがいたんだ」
「七個離れた兄貴がね。下忍教育で辞めて海外に飛んじゃったけど……。あ、下忍教育ってのは最初の三年間で、その後の四年間が中忍教育って言われてるから。まあ高校と大学みたいなもん」
大和は下忍と聞いて眉をひそめた俺のために細かく説明を加えてくれた。そして自分の机からチェックの入った紙を掴んで俺に見せる。見せてくれた紙には印が書き込まれており、印学入門には丸印、陣学入門には三角印、命力操作学入門・忍体工学入門にはバツ印がつけてあった。配られた紙によるとこの四つの入門のうち最低二つを履修する必要があり、入門の単位を修得後に総論、各論と上位の単位が履修できるようになるらしい。
「丸が簡単。三角は楽だけど面白くない。バツは面白いけど難しいってやつ。一年は言語学・数学・社会学・忍術科学・忍体術が必修だから選べるのも四つだけなんだけどな」
大和の説明は分かりやすく参考になる。つまり、楽に卒業するだけなら印学と陣学を履修すればいいということだ。しかし、内容も知らずに決めるのはわざわざこの学校で学ぶ意味がない。
「ちなみにどんなことを教えてもらえるかって分かる?」
俺の質問に大和は、任せとけと言って胸を叩いた。実習で変な術を使われたときは友達になったことを後悔もしたが、やはり大和は頼りになる。
「印学はその名のとおり印の結び方や効果の勉強。一番実用的でもあるからほぼ全員履修する。陣学は文字や図を使った忍術の勉強だな。一般生活では使うこともほぼ無いから興味のある人は少ないけど、単位は簡単に出してくれるらしい。命力操作学は印も言も陣も使わない術についてだな。成瀬先生がチョーク粉砕したりしてただろ? ああいうやつ。忍体工学は命力が人体にどう作用するとかいうのを学ぶらしい。命力操作が体外で忍体工学が体内ってイメージで良いと思う。とまあ、こんなとこかな。ちなみに俺のおススメは命力操作学と忍体工学!」
長々と説明してくれた割に大和が最後に勧めてきたのはバツ印が付いた二つだった。てっきり大和は楽なものを選ぶとばかり思っていたので意外だった。
「なんでその二つなんだ? 難しいんだろ?」
俺の質問に大和はけろっとした顔で答える。逆に俺の抱える疑問が意外だったのだろう。
「だってそっちの方が面白そうじゃん」
面白そう……。その発言だけでまだ出会って一日と経っていない大和の考えに納得してしまった。俺に話しかけたのも、芽依に話しかけたのも面白そうだったからという理由だった。大和の行動原理はそれだけで十分なのかもしれない。
「あ! その二つとるんだったら私と一緒!」
俺たちの会話を聞いていたらしい芽依はそう言うと話に混ざって来た。まだ決めたわけではないが、この二人と同じ授業を受けるのであれば安心できる。しかし、面白そうだからという理由で難しい授業を取ろうとする大和は分かるが、芽依が同じものを受けようとしている理由までは分からなかった。
「芽依はなんでこの二つ?」
「私は正義のヒーローになりたいから!」
迷うことなくはっきりとそう言った芽依を大和はニヤニヤしながら見ていた。俺は面食らってどういうリアクションをとれば良いのか分からず、さらに聞くことしかできなかった。
「えっと……ヒーローと関係あるの?」
「おい蓮、普通はヒーローを目指すことに疑問を感じる場面だぞ」
相変わらずニヤニヤしたままの大和だったが、芽依はお構いなしに俺の質問に答えた。
「ヒーローはその身一つで強くないといけないのよ。背後からの攻撃を避ける超感覚、銃弾すら跳ね返すフィジカル! それこそヒーローのヒーローたるカッコ良さなの! 最強だからこそどんな人でも助けることができる! そのために一番手っ取り早いのが命力を極めることなの!」
芽依は熱く語ると立ち上がって強く握りこぶしを握っていた。その姿にクラスメイトたちはおーと言って拍手をしていた。成瀬先生はため息を吐いただけで特に咎めることもなく黒板にもたれたまま。
クラスメイトは芽依の熱さに反応して拍手をしてしまったといった感じだったが、俺は別で感銘を受けていた。どんな人でも助けることができる――。その言葉が心を打った。俺が忍術学校で学ぶことを決めた理由の一つ。誰かを守れるくらい強くなりたいという理念。芽依のようにどんな人でも助けるとまでは言わないが、目の前にいる人……目の前で助けを求めている人の力にはなりたい。目の前にいたのに助けることができなかった……。あんな思いはもうしたくないし、あんな思いをする人はいちゃいけない。それなら……
「俺もこの二つを履修するよ」
「よし! じゃあ二人ともこれからもよろしくな!」
大和はそう言いながら俺と芽依と握手を交わした。そして俺は記入用紙の空きコマに命力操作学入門と忍体工学入門を記入し――
「あれ? これだったら印学入門も履修できる?」
よく見ると授業時間が被っているのは陣学入門と忍体工学入門だけだったので印学入門は同時に履修することができる。俺の発言を聞いた大和は頭を掻き毟りながら答えた。
「印学入門は履修できるっちゃできるけど、やっぱ空きコマってあった方が良いかなって。それに印学だけは入門を履修しなくても総論から取れるようになってるし」
大和に言われて確認すると確かに但し書きにそう記されていた。それぞれの里で入門程度なら学んでいることが当たり前のようだ。しかし、それならむしろ俺は履修しておいた方が良いのではと思い、俺は迷わず記入用紙に印学入門を書き入れた。
「あー! もう! 仕方ねーなー」
俺が書き足したのを見た大和は、そう言いながら自分の用紙にも同じように書き足した。
「同じ授業の方が面白いしな。よし、俺が持って行っといてやるよ。芽依も紙貸せって」
「ありがと」
大和はそう言うと俺と芽依の記入用紙を持って先生のもとへと行った。そして代わりに持って帰って来たのは三セットの同じ教科書。
「ちょっと待って、なんで私にも印学入門の教科書が入ってるわけ?」
「なにって、さっき俺が書き足しといてやったからだけど?」
「はー!? 私印学とかやりたくないんだけど! あのちまちましたやつ苦手なんだって!」
芽依はそう言って大和に抗議する。しかし大和は素知らぬ顔で答える。
「それならむしろ履修しといた方が良いじゃん。あ、取り消しはできないらしいぞ。それと履修登録した入門授業は単位が取れるまで放棄できないから」
「う……そ……でしょ?」
芽依はがっくりと肩を落として静かに席に座った。そんなに印学をやりたくなかったのだろうか。正義のヒーローにも苦手なものはあるらしい。
「ねえ大和。なんで芽依にも印学受けさせたの?」
机に額を押し付けて魂を吐き出している芽依をよそ眼に、俺はこっそり大和に聞いた。すると大和からはとても簡潔な予想どおりの答えが返って来た。
「だってその方が面白そうじゃん」
「そんなことだろうと思ったよ」
「次は俺の番ですね」
名前を呼ばれるでもなく進み出た北条颯真は溶岩帯の前で一つの印を結ぶと術名を唱えた。
「火遁・丁(ひのと)の術」
すると、溶岩がまばゆい光を放ちながら固まり始めた。一気に全てというわけではないが、徐々に元の茶色い地面へと戻っていく。しかしそれにも時間がかかると判断したのか、黒澤先生と成瀬先生、それに乙組の先生が加勢することで校庭は元の姿に戻った。
「北条、感謝する」
そう言ったのは成瀬先生だったが、黒澤先生もねぎらいの言葉をかけていた。術によって溶岩を固める速度は先生たちと北条とに差はなく、俺の目から見ても熟練した技量を持っていることは明らかだった。
「北条さん。あまり時間もありませんが、今から得意忍術の披露をしますか?」
黒澤先生は時計を確認しながら北条にそう訊ねるが、北条は首を横に振って断った。
「今の忍術が俺の得意忍術ということで。先生方の役に立てたのならそれで俺は満足です」
「そうですか。申し訳ありませんね」
「いえ」
そう言って甲組の集団に戻った北条。そんな彼を迎えたのはクラスの女子からの黄色い歓声だった。十五年生きてきてあんな黄色い歓声はアイドルに向けられたものしか聞いたことがない。しかし、歓迎されている北条本人は嬉しそうな顔もせずにちらりと俺のことを睨んだのだった。
「悪いことしたな……」
俺は北条にお辞儀をして視線を逸らすとこっそり大和にそう言った。しかし大和は興奮気味に声を荒らげて俺の肩を叩く。
「そんなことねーって! 凄かったぞ! 丙の術かと思いきや溶岩を作る術だったとはびっくりしたぜ!」
「いや、あれは……」
術の失敗だと言って大和の勘違いを正そうと口を開いたところで、今度は後ろから軽く背中を叩かれた。
「神崎。やってくれたな」
振り返るとそこには真顔で俺を見下ろす成瀬先生の姿があった。教員三人と北条で溶岩状態になった校庭を元に戻すなんていう手間をとらせてしまったのだからこっぴどく叱られても可笑しくない。そう思って俺は目を強く瞑って頭を下げた。
「すみませんでした!」
「いや、よく甲組の連中をビビらせてやったと褒めている。だが、少しは手加減できるようにならないとな」
顔を上げると成瀬先生は満足げな笑顔を見せていた。機嫌のいい成瀬先生を見て、大和が俺の背後から頭を出す。そしていたずらな笑みを浮かべて提案をしたのだった。
「甲組に一泡吹かせた記念に、ひとつ罰則を減らすなんてどうでしょう?」
「それとこれとは話が違う。三人は放課後にちゃんと職員室に来なさい」
そうして午前いっぱいを使った忍術学校最初の授業は大和の苦しそうな顔と共に終わりを迎えた。
***
食堂での昼食を終えて午後に教室へと戻ると、俺たち生徒より先に成瀬先生が待っていた。教卓の上には大量の参考書が積まれている。生徒たちは口々に積まれた参考書が何なのかを話しているが、成瀬先生は授業が始まるまで説明をするつもりがないらしく、腕を組んだまま黒板にもたれかかって眠っているかのように目を瞑っていた。
そして教室に全員揃ってチャイムが鳴ったと同時に成瀬先生は目を開ける。
「よし、全員揃っているな。説明するぞ。これに目を通せ」
チャイムが鳴り終わるまでにそう言った先生は、A4サイズの上質紙を空中に放り投げる。その紙はまるで自らの意思を持っているかのように全員の机の上に二枚ずつ飛んで移動した。印も何も使わなくてもこのような忍術は使えるのか――と思ったが、思い起こせばペットボトルを潰したりチョークを粉砕したりしていたので今更の感想だと気付いた。
手元に届いた紙を見ると一枚は授業と単位の説明、もう一枚は記入用紙のようだった。
「知ってのとおり青木ヶ原は単位制の学校だ。必修科目は固定だが選択科目も多い。各自あいているコマと受けたい授業を照らし合わせて紙に記入できたものから持ってこい。教科書を渡す。質問はないな?」
質問をするなという圧力のようなものを出しながら成瀬先生はまたしても腕を組んで黒板にもたれかかった。目を瞑って我関せずという態度を取る先生を見て、クラス中がざわめきながらどの授業を取ろうかと相談を始めた。するとやはり後ろの席の大和が俺の背中をつついて話しかけてきた。
「おい蓮。おんなじ授業取ろうぜ。蓮は俗者なんだし、分からないことがあったら教えてやるからさ!」
正直なところ分からないことはかなり多いだろう。だからこそ大和の提案はとてもありがたかった。
「それはすごい助かる」
「じゃあ、これが受講する授業の候補な。兄貴から面白い授業と楽な授業教えてもらってたから」
「大和ってお兄さんがいたんだ」
「七個離れた兄貴がね。下忍教育で辞めて海外に飛んじゃったけど……。あ、下忍教育ってのは最初の三年間で、その後の四年間が中忍教育って言われてるから。まあ高校と大学みたいなもん」
大和は下忍と聞いて眉をひそめた俺のために細かく説明を加えてくれた。そして自分の机からチェックの入った紙を掴んで俺に見せる。見せてくれた紙には印が書き込まれており、印学入門には丸印、陣学入門には三角印、命力操作学入門・忍体工学入門にはバツ印がつけてあった。配られた紙によるとこの四つの入門のうち最低二つを履修する必要があり、入門の単位を修得後に総論、各論と上位の単位が履修できるようになるらしい。
「丸が簡単。三角は楽だけど面白くない。バツは面白いけど難しいってやつ。一年は言語学・数学・社会学・忍術科学・忍体術が必修だから選べるのも四つだけなんだけどな」
大和の説明は分かりやすく参考になる。つまり、楽に卒業するだけなら印学と陣学を履修すればいいということだ。しかし、内容も知らずに決めるのはわざわざこの学校で学ぶ意味がない。
「ちなみにどんなことを教えてもらえるかって分かる?」
俺の質問に大和は、任せとけと言って胸を叩いた。実習で変な術を使われたときは友達になったことを後悔もしたが、やはり大和は頼りになる。
「印学はその名のとおり印の結び方や効果の勉強。一番実用的でもあるからほぼ全員履修する。陣学は文字や図を使った忍術の勉強だな。一般生活では使うこともほぼ無いから興味のある人は少ないけど、単位は簡単に出してくれるらしい。命力操作学は印も言も陣も使わない術についてだな。成瀬先生がチョーク粉砕したりしてただろ? ああいうやつ。忍体工学は命力が人体にどう作用するとかいうのを学ぶらしい。命力操作が体外で忍体工学が体内ってイメージで良いと思う。とまあ、こんなとこかな。ちなみに俺のおススメは命力操作学と忍体工学!」
長々と説明してくれた割に大和が最後に勧めてきたのはバツ印が付いた二つだった。てっきり大和は楽なものを選ぶとばかり思っていたので意外だった。
「なんでその二つなんだ? 難しいんだろ?」
俺の質問に大和はけろっとした顔で答える。逆に俺の抱える疑問が意外だったのだろう。
「だってそっちの方が面白そうじゃん」
面白そう……。その発言だけでまだ出会って一日と経っていない大和の考えに納得してしまった。俺に話しかけたのも、芽依に話しかけたのも面白そうだったからという理由だった。大和の行動原理はそれだけで十分なのかもしれない。
「あ! その二つとるんだったら私と一緒!」
俺たちの会話を聞いていたらしい芽依はそう言うと話に混ざって来た。まだ決めたわけではないが、この二人と同じ授業を受けるのであれば安心できる。しかし、面白そうだからという理由で難しい授業を取ろうとする大和は分かるが、芽依が同じものを受けようとしている理由までは分からなかった。
「芽依はなんでこの二つ?」
「私は正義のヒーローになりたいから!」
迷うことなくはっきりとそう言った芽依を大和はニヤニヤしながら見ていた。俺は面食らってどういうリアクションをとれば良いのか分からず、さらに聞くことしかできなかった。
「えっと……ヒーローと関係あるの?」
「おい蓮、普通はヒーローを目指すことに疑問を感じる場面だぞ」
相変わらずニヤニヤしたままの大和だったが、芽依はお構いなしに俺の質問に答えた。
「ヒーローはその身一つで強くないといけないのよ。背後からの攻撃を避ける超感覚、銃弾すら跳ね返すフィジカル! それこそヒーローのヒーローたるカッコ良さなの! 最強だからこそどんな人でも助けることができる! そのために一番手っ取り早いのが命力を極めることなの!」
芽依は熱く語ると立ち上がって強く握りこぶしを握っていた。その姿にクラスメイトたちはおーと言って拍手をしていた。成瀬先生はため息を吐いただけで特に咎めることもなく黒板にもたれたまま。
クラスメイトは芽依の熱さに反応して拍手をしてしまったといった感じだったが、俺は別で感銘を受けていた。どんな人でも助けることができる――。その言葉が心を打った。俺が忍術学校で学ぶことを決めた理由の一つ。誰かを守れるくらい強くなりたいという理念。芽依のようにどんな人でも助けるとまでは言わないが、目の前にいる人……目の前で助けを求めている人の力にはなりたい。目の前にいたのに助けることができなかった……。あんな思いはもうしたくないし、あんな思いをする人はいちゃいけない。それなら……
「俺もこの二つを履修するよ」
「よし! じゃあ二人ともこれからもよろしくな!」
大和はそう言いながら俺と芽依と握手を交わした。そして俺は記入用紙の空きコマに命力操作学入門と忍体工学入門を記入し――
「あれ? これだったら印学入門も履修できる?」
よく見ると授業時間が被っているのは陣学入門と忍体工学入門だけだったので印学入門は同時に履修することができる。俺の発言を聞いた大和は頭を掻き毟りながら答えた。
「印学入門は履修できるっちゃできるけど、やっぱ空きコマってあった方が良いかなって。それに印学だけは入門を履修しなくても総論から取れるようになってるし」
大和に言われて確認すると確かに但し書きにそう記されていた。それぞれの里で入門程度なら学んでいることが当たり前のようだ。しかし、それならむしろ俺は履修しておいた方が良いのではと思い、俺は迷わず記入用紙に印学入門を書き入れた。
「あー! もう! 仕方ねーなー」
俺が書き足したのを見た大和は、そう言いながら自分の用紙にも同じように書き足した。
「同じ授業の方が面白いしな。よし、俺が持って行っといてやるよ。芽依も紙貸せって」
「ありがと」
大和はそう言うと俺と芽依の記入用紙を持って先生のもとへと行った。そして代わりに持って帰って来たのは三セットの同じ教科書。
「ちょっと待って、なんで私にも印学入門の教科書が入ってるわけ?」
「なにって、さっき俺が書き足しといてやったからだけど?」
「はー!? 私印学とかやりたくないんだけど! あのちまちましたやつ苦手なんだって!」
芽依はそう言って大和に抗議する。しかし大和は素知らぬ顔で答える。
「それならむしろ履修しといた方が良いじゃん。あ、取り消しはできないらしいぞ。それと履修登録した入門授業は単位が取れるまで放棄できないから」
「う……そ……でしょ?」
芽依はがっくりと肩を落として静かに席に座った。そんなに印学をやりたくなかったのだろうか。正義のヒーローにも苦手なものはあるらしい。
「ねえ大和。なんで芽依にも印学受けさせたの?」
机に額を押し付けて魂を吐き出している芽依をよそ眼に、俺はこっそり大和に聞いた。すると大和からはとても簡潔な予想どおりの答えが返って来た。
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◇ ◇ ◇
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