死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

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火遁・丙(ひのえ)の術

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 それから成瀬先生は、さてと言って話を切り換える。ホームルーム開始直後に呼び出しをくらった俺たち三人以外はどちらかというとやる気がないといった感じの雰囲気で、とても静かだ。そんな中で先生から放たれた言葉にクラスメイトたちはさらにテンションを下げた様子だった。

「今日はクラス交流を兼ねて、校庭で得意忍術の披露をしてもらうことになっている。我が丙組だけでなく、甲組と乙組も合同だ。定期考査で行う実技と同じ形式をとるので、その練習と思ってくれてもいい」

 合同という言葉で更にクラスの空気が重たくなる。何故かは分からないが、今その理由を誰かに聞くことはできない。次は凶弾が体に飛んでくるかもしれない。しかしそこで俺の後ろから大和が小さく囁いてくれた。

「丙組は入学試験で成績の悪かった人が集められてるんだ。だからみんな嫌がってるんだよ」

 なるほど。大和に返事をするわけにはいかないので黙って頷いた。どことなくやる気の感じられない雰囲気にも納得というものだ。やる気がないから成績が悪くて丙組なのか、丙組になったのでやる気が無くなっているのか。

「そろそろホームルームが終わるな。チャイムが鳴ったら速やかに校庭に移動。それと神崎」

「はい!」

 突然自分の名前を呼ばれることで驚いて声が若干上ずる。

「少し話があるから、この後隣の空き教室に来なさい」

「はい……」

 放課後の呼び出しだけではなく個人的な呼び出しまで受けることになった俺を不憫に思ったのか、背後から大和のうめき声のような励ましが聞こえてきた。

「うへえー。何か知らねーけど、蓮がんばれよー」


 それからチャイムが鳴るとみんなは重い足取りで校庭へと向かって行った。とはいえ、大和と芽依だけは重い足取りといった様子ではなかったが……。そしてクラスメイトを見送るようにして俺と成瀬先生は隣の空き教室に入る。机と椅子だけが並べられた教室は音一つたたない静かな空間で、まるで世界から切り離されたかのような気分になった。

「さて、そんなに硬くならなくて良い。わざわざ神崎を呼びだしたのは教えておかないといけないことがあるからだ。叱りつけるためというわけではない」

「それは、良かったです」

 何度も成瀬先生の破壊的な行動を目にしていたために構えてしまっていたが、その言葉で肩の力を抜いた。しかし、教えるというのは何のことだろうと疑問に思っていると成瀬先生は早口で喋りはじめた。

「さっきのホームルームでの応対を聞く限り勉強は苦手ではないのだろう? ということで」

 成瀬先生は手を開いて俺の方に向ける。

「五分だ。五分で理解しろ」

 そう言うと両手で一つの印を結んだ。今まで先生が見せてくれた忍術とは違い、何度も組み替えたりはしていない。

「火遁・丙(ひのえ)の術」

 成瀬先生の言葉と共に俺と先生の間に撫でるような風が集まるとバスケットボール大の火の玉が現れた。キャンプファイヤーで焚き木の目の前に立っているかのような熱を顔に感じる。しかしそれは三秒ほどで小さくなって消えた。

「この後の実習で全員一つは忍術を使わなくてはならない。落ちこぼれクラスと言われているはいえ、術の一つも使えないとなるといささか問題が出るのでな。最も簡単な丙(ひのえ)の術を覚えてもらう。……とその前に最低限、忍術の原理とイメージが必要なので説明をしておく」

 成瀬先生は教壇に飛び乗るとチョークを掴んで走り書きのように人体図を描いた。走り書きと言って良い速度で描かれたにもかかわらず、嘘のように綺麗に描き上がっている。しかし俺が驚く暇もなく先生は話し続けた。

「昨日話をした命力子は覚えているな? 忍術とは命力子を放出して触媒とし、様々なエネルギーを自在に変換することだ。その変換をイメージした上で、印・陣・言の三つの手段で結果を精密に構築し、発動させる。今の丙の術は印と言の二つを用いて発動させる最も簡単な忍術になる」

 成瀬先生はそう言いながら黒板に手早く絵を描き足していく。体の中に溜まった命力子が体から放出されて、周囲の物質にぶつかる絵だ。

「一般的に言われているエネルギーというのは、忍術物理学では特定の物質が特定の運動をした場合の結果と定義されている。その中でも熱エネルギーは熱原子……まあ物質の最小単位だが、それによるランダム運動という変換しやすい運動だ。つまり、なんでも激しく衝撃を加えれば熱エネルギーになるって思ってくれればいい。……ここまでは理解したか?」

 黒板に新たに描き足されたのはいくつもの丸い球とそれがぐちゃぐちゃに動き回る図だった。物理学の本で勉強した熱運動の図に似ている。そのおかげかなんとなく理解が追いついた。俺が返事と共に頷くと、成瀬先生は話を続ける。

「命力子を触媒としてイメージを伝えることによって運動を制御変換する。これにより粒子間の結合エネルギーもコントロールでき、理論上忍術はこの世界に存在できるものならどんなものも作り出せるしどんな現象も起こすことができるとされている。が、とり急ぎは神崎が丙の術を覚えることだ」

 そう言うと成瀬先生は先程見せてくれた印をもう一度結んでくれた。両の掌を組み、人差し指だけを立てて合わせる形。汚い言い方をすればカンチョウのような形だ。

「人差し指は火を司る印の基本だ。この形を丙という。この術は周囲の二酸化炭素を集めて還元して燃焼性の気体を作り、発火点にまで熱運動を加えるというものだ。昔は息を吹きかけるなんてことをしていた時代もあったらしいが……。火遁・丙の術」

 そう言うと先程より小さな炎が宙に浮かぶ。成瀬先生の丁寧な説明によって、起こった現象についてはある程度理解することができた。しかし俺は一つの疑問が浮かび、つい質問をしてしまった。

「安定した分子である二酸化炭素を還元するエネルギーがあるなら、そのまま熱エネルギーにしてしまった方が効率良いんじゃないですか?」

 植物は光合成によって二酸化炭素を還元してでんぷんを作ることができる。しかしそれには光エネルギーを消費しているのだ。つまり、熱を発生させるという目的のためだけならわざわざ二酸化炭素を還元するためにエネルギーを使わずに直接熱エネルギーを作ってしまった方が効率的ではないのかと。

 そう思って質問したところ、成瀬先生はにやりと口元を緩めて答えた。

「熱を維持しやすくするためや熱自体を目視できるためなど理由は付けられるが、神崎が言ったことも一つの考え方としてある。それは学びを深めて強くなっていくうちに使い分けていくといい」

「なるほど。分かりました」

 俺が納得の返事をしたところで、成瀬先生は話を戻すように一呼吸置くと説明を続けた。

「イメージと命力次第で術の大きさは自由自在。融通もある程度はきかせることができる。理屈とイメージの説明は以上だ。あとは命力を感じることが重要だが……時間もないのでぶっつけ本番にするしかない。おそらく問題ないと思うが、もし術が発動しなかったら……。考えたくないな……」

 成瀬先生はそう言って渋い顔をしながら教室の外へと歩き始めた。

「何か問題があるんですか?」

 今まで見たことのない成瀬先生の顔が気になった俺は付いて行きながら質問を投げかけた。すると先生は答えるかどうか悩む素振りを見せると、俺にギリギリ聞こえるかどうかといった声量でぼそりと答えた。

「なに、教師間のくだらない意地だよ」

 それから成瀬先生は頭を振ると気を取り直してと前置きをして話を続ける。

「忍びとして強くなるのに必要なのは知識と情報、想像力だ。知れば知るほど強くなる。学べば学ぶほど強くなる。それが忍術だ。これからしっかり勉学に勤しむんだぞ」

 知れば知るほど強くなる。学べば学ぶほど強くなる。その言葉に俺は胸が高鳴った。今までは体が弱いことを理由に家で勉強ばかりする生活だった。だからこそ勉強は得意だった。その勉強が、勉学が、学ぶということが強さにつながるという言葉は俺を大いに後押ししてくれたのだった。

「はい! 頑張ります!」
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