死んだと思ったら忍術学校に転移してました。

色部耀

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三馬鹿トリオ

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 気が付くと、俺はまたしても森の中にいた。木陰に隠れて怪物をやり過ごそうと息をひそめる。しかし大木の裏側から怪物が動く気配がない。それどころか何かを咀嚼するような音が聞こえてくる。食事中なのであればその隙に逃げてしまえる――。そう思ってこっそりと様子を伺う。するとそこには俺なんかに興味を持っていなさそうな怪物とそれに食べられている何か。怪物は俺のことを見もしない。しかし俺は目が合ってしまった。怪物に食べられているそれと目が合ってしまった。

「朱莉……?」

 体の半分をかじり取られた俺の幼馴染は生気の無い顔を俺に向ける。そして妙にはっきり聞こえる声で俺に言った。呪いが込められているかのように言った。

「なんで助けてくれなかったの? 蓮……」


 そこで口から心臓を吐き出すかと思うほどに脈を上げて俺は上体を起こした。

「また、朱莉の夢か……」

 どこで寝ていても朱莉の夢を見るのか――。俺は右手で胸を強くおさえながら窓越しに朝日が昇って明るくなった外を見る。朱莉を失ったことの恐怖はまだ尾を引いている。しかし、ほんの少しだけ、助けることができなかった罪を忘れないでいられていることに安心してしまっている自分もいた。


 それから俺は医務室で成瀬先生に渡された忍び装束に着替える。準備をしてもらっていた肩掛け鞄を持つと、新入生の教室である木造校舎の一室へと成瀬先生に連れられて向かった。廊下は木造ながらも軋む音一つ立たず、見た目以上に頑丈な作りなのだと分かる。一学年は甲(きのえ)組・乙(きのと)組・丙(ひのえ)組の三クラスに分かれているらしく、俺は成瀬先生が担任を務める丙組に入ることとなった。到着した教室入口のクラス札には一年丙組と書かれており成瀬先生と共に扉をくぐる。

 中には男女それぞれ二十人ほどがおり、入学直後独特のぎこちない雰囲気があった。何人かが小さなグループを作っていたりしたが、誰と何を話したら良いのかと様子を伺っているものが多い。そんな中で一人目立って色んな人に話しかけてまわっている男子がいた。そんな彼は俺が教室に入ったことを確認するや否や机を飛び越えて傍へとやって来た。

「昨日の入学式にいなかったやつだよな? 俺は古賀大和(こがやまと)。気軽に大和って呼んでくれ。お前の名前は?」

 体を反らしていなければ顔が当たっていたのではないかと思うほどに近付いてくる大和。その圧力に負けるように俺は自分の名前だけを告げた。

「神崎……神崎蓮」

「入学式に参加してないことといい、先生と一緒に教室に入ってくることといい、なんか面白そうなやつだな。あ、俺も蓮って呼んでいい?」

「え、あ、うん」

 早口でまくしたてられて、俺は反射的にそう答えていた。満足そうに何度も頷く大和は俺の手を取って引っ張る。改めて大和のことを見ると、身長は俺と同じ百七十センチメートルくらい。しかし、俺とは違い鍛えられて引き締まった体をしている。いがぐり頭も相まって、体育会系の雰囲気が出ていた。

「丁度いい。神崎は古賀の前の席だ。仲良くするといい」

 成瀬先生は大和に手を引かれる俺にそう言うと教壇へとのぼる。その言葉を聞いた大和は真っ白な歯を見せて笑うと俺の背中を二度ほど軽く叩いて言った。

「だってよ。よろしくな」

「よろしく」

 体が弱くなってからはこうして積極的に話しかけてくれる人はほとんどいなかった。だから少し嬉しくなってしまったのかもしれない。新しい環境で早くも受け入れられたことに安心したというのもある。その感覚は、ほんのわずかだが朱莉と過ごした時間を思い出させた。それと共に朱莉を助けられなかった俺がこんな平凡で幸せな所にいて良いのかと思い、胸がチクリと痛む。

「大丈夫か? なんか俺変なこと言ったか?」

「いや、大丈夫。ちょっと思い出すことがあっただけ」

「そっか。ならいいや」

 大和に連れられて自分の席につく。窓際の後ろから二番目。後ろの席から話し掛けてくる大和に顔を向けるため椅子に横向きで座る。ちょうど全員の姿が見える位置だが、教室からはなんとなく暗いというか大人しい雰囲気を感じた。

「それじゃあ、ホームルーム始めるぞ。全員自分の席に座れー。まずは出席確認から――」

 成瀬先生がそう言うと生徒たちは全員大人しく自分の席についた。しかし、俺の隣の席が一つ空いている。男女交互に列ができているので空いている席に座るはずの生徒はおそらく女子だろう。

「ええと、いないやつは……」

 成瀬先生がそう言った瞬間、教室の扉が勢いよく開けられて大きな音をたてる。続いて入って来たのは一本に束ねられた真っ直ぐな黒髪をなびかせる女子だった。なびかせたというよりは駆け込んだ勢いで暴れていると表現した方が適切かもしれない。そのくらい彼女は激しく駆け込んできた。

「私の名は加賀美! 加賀美芽依(かがみめい)! 孤独と戦う君の心を! 救い出すためやって来た!」

 ビシッと俺たちの方を指さしてポーズをとると、教室中に冷めた空気が流れる。

「加賀美……。自己紹介は良いから席につけ……」

 加賀美という女子は成瀬先生から呆れたように言われてとぼとぼと席まで歩いてきた。小さな声で誰も知らないのか……とつぶやいていたのでなにかの台詞だったのだろう。少し落ち込んだ様子はあったが、欠片も恥ずかしいといった気持ちはなさそうだった。肝が据わっているのか何なのかは分からないが、変わり者なことには間違いないだろう。俺の隣の席に腰をおろした瞬間、俺の背後から身を乗り出した大和が小声で彼女に話しかける。

「なあ、さっきのって昔やってたゴケンジャーに出てくるケンジャーレッドの台詞だよな?」

 大和がそう言った瞬間、加賀美芽依は目を輝かせて振り返った。

「そう! 五人の賢者が独身怪人コドックーと戦うアラフォーヒーローゴケンジャー。そのリーダーのケンジャーレッド! 戦隊ものの中で一番好きなヒーローなの! 誰にも気付かれないような場所で泣いてる人も絶対に助けてくれるヒーロー! 超カッコいいの!」

 早口でまくし立てるように言った加賀美さん。大和はそれをうんうんと頷きながら聞いている。俺はその戦隊ヒーローを知らないので話についていくことができないが、加賀美さんがどれだけそのヒーローが好きなのかということだけはよく分かった。

「うんうん。俺も好きだった。加賀美芽依さん、面白い人だな。良かったら仲良くしてよ」

 大和はそう言うと握手をしようと手を伸ばす。加賀美さんも嬉しそうに手を握り返すと改めて名乗った。

「こちらこそよろしく。仲良くできそうな人がいて良かったわ。私のことは気軽に芽依って呼んで」

「よろしく。俺は古賀大和。大和って呼んでくれ。で、こっちが神崎蓮。こいつも面白いやつだから仲良くしてくれ」

「よろしく、蓮」

 大和に紹介された俺に向けて芽依は握手をしようと手を伸ばす。悪意のかけらもないような彼女の笑顔に俺も自然と笑顔で返す。しかし手を握ると肩が外れるんじゃないかと思うくらいにぶんぶんと振られ、自然な笑顔が引きつってしまった気がした。

「おーい。お前たちー。そろそろいいかー?」

「はーい」

 成瀬先生の問いかけに答えたのは大和だったが、俺と芽依は慌てて佇まいを直した。

「言っておくが、私の前で今みたいに行儀の悪い態度をしたやつは厳しく罰するつもりだから覚えておくように」

 そう言うと、成瀬先生は黒板に置いてあるチョークを一本指ではじいて頭上に飛ばすと、何もない空中を力強く握った。すると頭上高く舞っていたチョークが一瞬にして粉々に砕け散って白い煙になる。

「返事は?」

 成瀬先生のドスの効いた声で、昨日のペットボトルを思い出した俺だけでなく大和と芽依も姿勢を正して返事をした。

「「「はい!」」」


 芽依が遅れて席に座ったことでクラスメイト全員が揃う。成瀬先生は名簿も見ずにひとりひとりの顔を見て名前を読み上げて出席の確認を取った。入学初日から生徒の顔と名前を一致させている教師というものには出会ったことがないが、この忍術学校では当たり前なのかもしれない。それとも成瀬先生が特別なのだろうか。

「あーっと。初めのホームルームでは校則の徹底と忍術協会の禁足事項について徹底するように言われてるんだが……。まあ全員大丈夫だろ。とりあえず一番問題ありそうなやつ。古賀! 忍術協会の禁足事項を言ってみろ」

「俺っすか?」

「文句を言うな。それともまさか分からないのか?」

 成瀬先生に煽られて大和は渋々といった感じで立ち上がると迷うことなくすらすらと答えた。

「一、存在公表の禁止。二、軍事介入の禁止。三、資源流通の禁止」

「よろしい。では、なぜそのような規則があるかは分かっているか? 加賀美!」

 続いて当てられた芽依は大和の時のように抵抗することもなくスッと立ち上がると堂々と答えた。

「分かりません!」

 あまりに堂々と答えたものだから大和は笑いを堪えられずに吹き出す。それに釣られるようにして何人かが肩を震わせて笑いを堪えていた。俺はその間の答えを考えていたので笑うことはなかったが……。頭を抱えた成瀬先生はその後何故か俺を見て指名する。

「神崎。間違っていても良いから何か答えてくれ」

 そう言われて立ち上がった俺はゆっくりと考えを口にする。

「存在公表の禁止は……混乱や利用されることを防ぐため。軍事介入の禁止は国家間のバランス保持のため? 資源流通の禁止は……存在公表に繋がりやすいため?」

 自信なんて無い。だから答え方も尻すぼみだった。しかし、成瀬先生は満足げに頷くと黒板にチョークで三つの禁足事項を書きながら説明を始めた。

「一つ目についてはおおむね間違ってはいない。我々忍者は一般人と比べて持っている情報量、行使できる力が圧倒的に多い。その結果、利用されることや混乱を招くことがある。しかし実際は、少数だった忍者が迫害されたという過去によるものだ。忍者狩り――江戸時代初期に行われたそれによって、忍者は表舞台から隠れることとなったわけだ」

 成瀬先生は簡単な年表のようなものを黒板に書くと、江戸時代初期の一六〇〇年あたりに忍者狩りと記した。そしてそのまま年表を伸ばす。

「二つ目の軍事介入だが、これは第二次世界大戦後に追加されたものだ。日清戦争から一部の忍びの里の者が日本軍に協力、その結果として日本は戦争を有利に進めていた。しかし、第二次世界大戦終戦と共に日本の忍術協会は国際魔術協会、通称IMCと協定を結ぶことになる。そこで取り決められたことが軍事介入の禁止だったわけだ。資源流通の禁止は元々IMCで決まっており、忍術協会も同意したという形だな。何といっても忍術を使えば希少金属も石油資源も作り放題だからな」

 俺は黒板に書かれた年表を見ながら成瀬先生の話に聞き入っていた。体が弱く、長い間勉強と本の虫のような生活をしてきた俺にも知らない話ばかり。忍術や怪物の存在を見ていなければ到底信じることのできない話。自分の認知していた世界が音をたてて組み代わっていくような感覚。一分やそこらの説明が楽しくて仕方なかった。しかし周りの生徒はみんな退屈そうにしており、忍術と無関係な世界から来たのが自分だけだと思い知らされることでもあった。するとそこで大和が後ろから俺をつついてこっそり話しかけてきた。

「おい、もしかして蓮ってゾクモノ?」

「ゾクモノ?」

 大和の口から出た聞き慣れない単語に俺は首を傾げた。そんな俺の反応を見てか、大和は嬉しそうに口角を上げると続けて説明をした。

「俗世の俗に忍者の者で俗者。忍びの世界を知らない一般人の呼び名だよ。まあ、蔑称として使うやつもいるけど。あ、俺はそんなつもりないからな」

 大和は慌てるように両手を振って否定する。俺は何のことかいまいち理解していないので、忍術を知らない人たちを見下すような人もいるのかと納得するだけだった。考えてみれば自分たちの知っていることを知らない相手を馬鹿にする人間は存在して当然のように思える。

「えーと……。ちょっと事情があってね」

「やっぱ蓮って面白いやつだな。友達になって正解だった」

 そう言って話していると、横から身を乗り出して芽依が割って入って来た。

「なに話してんの? 私にも教えて」

 しかし芽依に話す時間はなく、教壇からチョークが飛んできて俺と芽依の席の間の床に刺さる。

「教壇から凶弾ってか?」

「大和、面白くない」

 冷や汗を垂らしながらも冗談を言う大和にそう言って成瀬先生の方を見ると、目だけが笑っていない笑顔をこちらに向けていた。

「さっき言っていたとおり、お前たち三人には罰則だ。放課後職員室に来るように」

「「「はい……」」」

 俺たち三人は成瀬先生の呼び出しに息の合った返事をするのだった。
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