霊と恋する四十九日

色部耀

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「違う。そうじゃなくって……なんで来たんだ?」

 宗祇は相変わらず困惑した様子で問いかける。別れ際に顔も見たくないと言って去った那由がなぜ会いに来たのか。経過はともあれ、今後会わないと那由が決断してくれたのは宗祇の望み通りの結果だったはず。それなのに会いに来たという事実が宗祇を混乱させていた。

「ねえ宗祇さん。聞きたくないなんて言って飛び出しちゃったけど、やっぱり聞かせてくれん? なんで宗祇さんが私と会ったことを後悔したんか」

「今更言う必要は無いと思ったんだけどな。那由が俺のことを嫌いになったならそれでも十分だったし」

 宗祇は誤魔化すように笑ったが、那由はまったく引く様子が無かった。

「あの時はごめん。宗祇さんに嫌われてたんやと勝手に思い込んで逃げた私が悪い。でも宗祇さんの言葉、ちゃんと全部聞いとかんと絶対に後悔するって思って」

 那由は膝のあたりまで消えた宗祇の足下を見て言った。宗祇は小さく唸り声を出して悩むと、一息ついて話し始めた。

「後悔してるのは多分俺だけじゃなくて未来の那由もだと思うから」

 そう言って宗祇はまた夕日の方へと視線を向けた。

「俺は二十八歳で死んだ淺間宗祇の幽霊って言ったけど、死んで直ぐに今の那由の所に来たわけじゃないんだ。今から数えてだいたい七十年後の未来。那由がおばあちゃんになって死んでしまった後にこの時代に飛んできたんだ」

「七十年後……?」

 それは未来から那由の幽霊が来たという時代と一致する。そう那由は考えながら宗祇の話を聞き続けた。

「そう。俺は死んでから約六十年間、ずっと一人にしてしまった那由のことを見続けてきたんだ」

 未来の自分の記憶をいくらか引き継いだ那由も全く知らない話に驚きを隠せなかった。那由自身、未来を知っているということでどんなことを聞かされたとしても動揺しないと思っていただけに、思ってもいなかったことに虚を突かれてしまっていた。

「俺が二十八の時に事故で死んだあと、那由は一年近く毎晩泣きながら過ごしていた。那由は実家に帰ってはいたけど、見るからにやつれてたんだ。もちろんそんな辛い思いをさせてしまったことも後悔してはいる。けど、それ以上にその後の那由の六十年を俺は後悔してるんだ」

「その後の六十年……?」

 那由は宗祇の言葉をオウム返ししながら未来の自分から受け取った断片的な記憶を思い出していた。産まれてから死ぬまでの全ての記憶を引き継いだわけではない那由は、宗祇が何のことを言っているのか分からなかった。

「結婚して子供ができる前に俺は死んでしまって、那由は一人ぼっちになった。那由はどんな良い人からアプローチがあっても頑なに交際もせず、結婚だってしなかった。アプローチを受けるたびに死んだ旦那に申し訳ないから、死んだ旦那を忘れられないからって……。だからもし俺と出会っていなければ申し訳なく感じることもなかったはずだし、もちろん知らないんだから忘れられないなんてこともない。俺と結婚なんてしなければ那由は長い時間寂しく過ごすことはなかったんだ」

「な……」

 那由は宗祇の話を聞いて口を大きく開けていた。そして少しプルプルと震えたかと思うと機敏な動きで宗祇を指さして言った。

「勝手すぎる!」

「勝手なのは分かってる。それでも那由の前に俺が現れなければ那由がもっと幸せに生きることができたのは間違いないんだ」

「私が幸せかどうかは私が決めるんよ!」

「そんなこと……。実際に六十年間毎日俺の仏壇に手を合わせ続ける那由を見てないからそんなこと言えるんだよ。あれが幸せな人生だったはずがない」

「でも!」

 反論しようと声を上げた那由は、宗祇の悲痛な表情を見て口をつぐんだ。

「那由は、毎日……本当に毎日俺のために手を合わせ続けてたんだ。毎日仏壇の前で一日のことを話して聞かせてくれたんだ。俺の姿も見えないし俺の声も聞こえないっていうのに。俺が……俺が那由と出会って那由のことを好きになってしまったから……」

 そう語る宗祇の頬には涙がつたっていた。まるで今まで誰にも言えなかった罪を告白するかのように。那由は勝手に自分の幸せのためにと行動していた宗祇に苛立ちを覚えていたはずなのに、宗祇の気持ちを考えると怒ることができなくなっていた。ただ遠く夕日を見つめる宗祇の隣に立つだけしかできなかった。

「だから俺のことは忘れて誰か他の人と幸せになってほしい。俺と会わない未来を選んでほしい」

 涙を流しながらも宗祇は那由の顔を見て笑った。その笑顔はこの一か月の間何度も那由に向けられた優しい微笑み。何度も那由を安心させてきた笑顔。那由はそこでようやく落ち着いて当初の目的を思い出した。宗祇に伝えようと必死になって走った理由。

「宗祇さんは未来の私が後悔しとったって思っとん?」

「俺と会わなければ、あんな大きな後悔はなかったのは間違いないと思ってる」

「じゃあ宗祇さんに未来の私からの伝言」
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