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一カ月半前の記憶の海から目覚めた那由は跳ね上がるように立つ。すると、那由の顔を心配そうに覗き込んでいた真由と頭をぶつける。
「いったー!」
二人は声をそろえて叫ぶと、台所の床に転がる。
「これで那由と入れ替わってたら、めくるめく女子高生生活でモテモテの毎日に……」
「そんなバカなことあるわけないやん! てかそれどころやないって。急いで学校戻らんと。お姉ちゃん、私どんくらい寝てた?」
「えー。那由可愛いからモテモテやろ?」
「それはもうええけん!」
興奮状態の那由はそう言って真由の胸倉をつかんでガンガン揺さぶる。真由も頭を振り回されながら素直に答える。
「えっとー。一分も経ってないよ。それより大丈夫なの?」
「大丈夫!」
那由は話を聞き終えると投げ捨てるように真由を離して立ち上がると、玄関へ向けて走り出した。
「那由……。流石にお姉ちゃんの扱いが雑すぎる……」
那由に聞こえるかどうかの音量で言うと、ゆっくり立ち上がる。そこで台所から出た那由が一瞬引き返して真由に向かって一言声をかけた。
「私、お姉ちゃんのこと……。嫌いやないけんね!」
それだけ伝えると、那由は嵐のように去っていく。残された真由は台所で仰向けに寝転がると、照れ笑いを浮かべながら両手で顔を覆った。
「ほんっと、那由可愛い」
那由はぐしゃぐしゃになった髪の毛を気にもせずに家から飛び出して走る。追い風のおかげかスピードを落とすことなく片道徒歩五分の通学路を駆け抜ける。
「伝えんと……宗祇さんに伝えんと……」
そう口に出しながら学校への道を走り続ける那由。走りながらも那由は何度も何度も未来の自分が言っていた言葉を思い出していた。
「なんか勘違いしとる宗祇さんに未来の私の気持ち、ちゃんと伝えんと!」
未来から来た那由ははっきりと言っていた。
『私は短い時間しか一緒にいられなかったけど、宗祇さんと出会ったことも宗祇さんと結婚したことも後悔なんてしてないの。ただ一つ後悔していることは宗祇さんを助けられなかった無力な自分のことだけ。もし万が一私と同じように宗祇さんの幽霊が現れたらこう言ってあげて――』
未来から宗祇の霊が来ることを想定して言われた言葉。何度も何度も那由はその言葉を反芻する。そして最後に託された未来の那由からの記憶を辿る。日の入りと共に消えゆく未来の那由は、最後に額を合わせて記憶を渡したのだった。
『しばらく記憶が混濁してしまうかもしれないけど、どうか宗祇さんを助けてあげて』
そう言い残して消えていった自分の幽霊のことをはっきりと思い出して、那由は唇を硬く噛みしめる。
「やけん今まで未来の自分に会ったこと忘れとったんかな……。でもまだ間に合うはず!」
そう呟きながら学校の裏門をくぐって学校の敷地内に入った那由は、近くに立っている時計で時間を確認した。家への往復と家で泣いていた時間のせいで時刻は四時半をまわっている。生徒たちは簡単に文化祭の片付けして下校しているところだった。その人の流れに逆行して進むと、那由は自転車にまたがった勝也に声をかけられた。肩で息をして苦しそうな那由に勝也は心配そうな表情を向ける。
「那由、どしたん? なんかあったん?」
「ごめんかっちゃん! 片付けのこととかは後でちゃんと謝るけん!」
息も絶え絶えな中、大きく深呼吸した那由は力強くそう答える。しかし勝也はそんな那由の言葉にも関わらず心配げなまま言った。
「片付けとかそんなことどうでもええけど。焦ってどしたん? 大丈夫なん?」
「大丈夫にするために……がんばってくる!」
そう言ってまた走りだす那由。後ろ手にひらひらと勝也に手を振ると校舎に入ると階段を駆け上がる。もちろん目的地はいつもの渡り廊下。しかし息を切らせて辿り着いた那由が辺りを見回しても宗祇の姿はどこにもなかった。いないことを確認した那由は迷わずそのまま教室へと走る。宗祇がいる可能性のある場所をしらみつぶしに当たろうという作戦だ。教室に着くと中にはほとんど片付け終わったパネルと飾りつけなどのゴミがまとめられた袋、それと写真が詰まったダンボール箱があった。
「あれ? 那由どこ行っとったん? みんな心配しとったんよ?」
教室に残って話をしていたのか、愛が驚いた顔で那由に声をかける。
「ごめん……愛。片付けのこととか……後でちゃんと……みんなに謝るけん」
那由が走りっぱなしのせいで息を切らせながら言うと、愛と取り巻きの二人は怒ることもなく笑うだけだった。
「片付けとかそんなことどうでもええけど」
仕事のことよりも那由の那由自身の心配。口から出る言葉まで勝也と全く同じで、那由はつい笑みをこぼしてしまう。
「みんなおんなじこと言うんやね」
「そりゃ、今まで那由に仕事押し付けてばっかやったんやけん。ちょっとくらい片付けに参加せんかったくらいであーだこーだいうやつなんかおらんやろ。てかそんな奴おったら私が許さんし」
「はは……。ありがと。ほんとに嬉しい」
「良いって良いって。てか大丈夫? なんかあったん?」
安心した顔を見せる那由だったが、愛は先程の勝也同様に心配そうな顔で問いかける。
「大丈夫……。私の問題ってか、私にしかできない問題やけん……。あ! でもちょっと待って!」
那由は教室から出て行こうとしたところで何か思いついたかのように展示用に印刷された写真がまとめられているダンボール箱へと駆け寄った。そしておもむろに中を漁ると一枚の写真を近くの机に叩きつけるようにして愛に見せた。
「この写真の場所! 愛ちゃん! この場所! どこって言っとったっけ!」
那由が手に取ったのは、パソコン室で仕分けをしている時に宗祇が思い出深く見ていた写真。一面の海と空と水平線そして小さな駅。宗祇がプロポーズをしたという場所。未来の那由にプロポーズをした場所。未来の自分の記憶を受け取った那由はその瞬間のことをおぼろげながらに思い出すことができる。曖昧な夢のような、それでいて確かに存在した事実だと確信できるような記憶。
「あ、ああ、下灘駅よ」
「いったー!」
二人は声をそろえて叫ぶと、台所の床に転がる。
「これで那由と入れ替わってたら、めくるめく女子高生生活でモテモテの毎日に……」
「そんなバカなことあるわけないやん! てかそれどころやないって。急いで学校戻らんと。お姉ちゃん、私どんくらい寝てた?」
「えー。那由可愛いからモテモテやろ?」
「それはもうええけん!」
興奮状態の那由はそう言って真由の胸倉をつかんでガンガン揺さぶる。真由も頭を振り回されながら素直に答える。
「えっとー。一分も経ってないよ。それより大丈夫なの?」
「大丈夫!」
那由は話を聞き終えると投げ捨てるように真由を離して立ち上がると、玄関へ向けて走り出した。
「那由……。流石にお姉ちゃんの扱いが雑すぎる……」
那由に聞こえるかどうかの音量で言うと、ゆっくり立ち上がる。そこで台所から出た那由が一瞬引き返して真由に向かって一言声をかけた。
「私、お姉ちゃんのこと……。嫌いやないけんね!」
それだけ伝えると、那由は嵐のように去っていく。残された真由は台所で仰向けに寝転がると、照れ笑いを浮かべながら両手で顔を覆った。
「ほんっと、那由可愛い」
那由はぐしゃぐしゃになった髪の毛を気にもせずに家から飛び出して走る。追い風のおかげかスピードを落とすことなく片道徒歩五分の通学路を駆け抜ける。
「伝えんと……宗祇さんに伝えんと……」
そう口に出しながら学校への道を走り続ける那由。走りながらも那由は何度も何度も未来の自分が言っていた言葉を思い出していた。
「なんか勘違いしとる宗祇さんに未来の私の気持ち、ちゃんと伝えんと!」
未来から来た那由ははっきりと言っていた。
『私は短い時間しか一緒にいられなかったけど、宗祇さんと出会ったことも宗祇さんと結婚したことも後悔なんてしてないの。ただ一つ後悔していることは宗祇さんを助けられなかった無力な自分のことだけ。もし万が一私と同じように宗祇さんの幽霊が現れたらこう言ってあげて――』
未来から宗祇の霊が来ることを想定して言われた言葉。何度も何度も那由はその言葉を反芻する。そして最後に託された未来の那由からの記憶を辿る。日の入りと共に消えゆく未来の那由は、最後に額を合わせて記憶を渡したのだった。
『しばらく記憶が混濁してしまうかもしれないけど、どうか宗祇さんを助けてあげて』
そう言い残して消えていった自分の幽霊のことをはっきりと思い出して、那由は唇を硬く噛みしめる。
「やけん今まで未来の自分に会ったこと忘れとったんかな……。でもまだ間に合うはず!」
そう呟きながら学校の裏門をくぐって学校の敷地内に入った那由は、近くに立っている時計で時間を確認した。家への往復と家で泣いていた時間のせいで時刻は四時半をまわっている。生徒たちは簡単に文化祭の片付けして下校しているところだった。その人の流れに逆行して進むと、那由は自転車にまたがった勝也に声をかけられた。肩で息をして苦しそうな那由に勝也は心配そうな表情を向ける。
「那由、どしたん? なんかあったん?」
「ごめんかっちゃん! 片付けのこととかは後でちゃんと謝るけん!」
息も絶え絶えな中、大きく深呼吸した那由は力強くそう答える。しかし勝也はそんな那由の言葉にも関わらず心配げなまま言った。
「片付けとかそんなことどうでもええけど。焦ってどしたん? 大丈夫なん?」
「大丈夫にするために……がんばってくる!」
そう言ってまた走りだす那由。後ろ手にひらひらと勝也に手を振ると校舎に入ると階段を駆け上がる。もちろん目的地はいつもの渡り廊下。しかし息を切らせて辿り着いた那由が辺りを見回しても宗祇の姿はどこにもなかった。いないことを確認した那由は迷わずそのまま教室へと走る。宗祇がいる可能性のある場所をしらみつぶしに当たろうという作戦だ。教室に着くと中にはほとんど片付け終わったパネルと飾りつけなどのゴミがまとめられた袋、それと写真が詰まったダンボール箱があった。
「あれ? 那由どこ行っとったん? みんな心配しとったんよ?」
教室に残って話をしていたのか、愛が驚いた顔で那由に声をかける。
「ごめん……愛。片付けのこととか……後でちゃんと……みんなに謝るけん」
那由が走りっぱなしのせいで息を切らせながら言うと、愛と取り巻きの二人は怒ることもなく笑うだけだった。
「片付けとかそんなことどうでもええけど」
仕事のことよりも那由の那由自身の心配。口から出る言葉まで勝也と全く同じで、那由はつい笑みをこぼしてしまう。
「みんなおんなじこと言うんやね」
「そりゃ、今まで那由に仕事押し付けてばっかやったんやけん。ちょっとくらい片付けに参加せんかったくらいであーだこーだいうやつなんかおらんやろ。てかそんな奴おったら私が許さんし」
「はは……。ありがと。ほんとに嬉しい」
「良いって良いって。てか大丈夫? なんかあったん?」
安心した顔を見せる那由だったが、愛は先程の勝也同様に心配そうな顔で問いかける。
「大丈夫……。私の問題ってか、私にしかできない問題やけん……。あ! でもちょっと待って!」
那由は教室から出て行こうとしたところで何か思いついたかのように展示用に印刷された写真がまとめられているダンボール箱へと駆け寄った。そしておもむろに中を漁ると一枚の写真を近くの机に叩きつけるようにして愛に見せた。
「この写真の場所! 愛ちゃん! この場所! どこって言っとったっけ!」
那由が手に取ったのは、パソコン室で仕分けをしている時に宗祇が思い出深く見ていた写真。一面の海と空と水平線そして小さな駅。宗祇がプロポーズをしたという場所。未来の那由にプロポーズをした場所。未来の自分の記憶を受け取った那由はその瞬間のことをおぼろげながらに思い出すことができる。曖昧な夢のような、それでいて確かに存在した事実だと確信できるような記憶。
「あ、ああ、下灘駅よ」
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