サイコミステリー

色部耀

文字の大きさ
上 下
20 / 65

19.感情

しおりを挟む
 先生に案内されるがままに校舎へと入る。下駄箱でスリッパを用意されて履き替えると俺と美波さんはパタパタと音を立てて階段を登った。美波さんが三年生の時に使っていた教室は四階建て校舎の一番上だったようで、今でも扉の上部に三年生のクラス札が取り付けられている。
 扉を開けて入った教室には誰もおらず、開け放たれた窓から涼しい風が吹き抜ける。

「美波さんは二学期になってから一度も学校に来られなかったけど、元気にまたこの教室に来られて先生も嬉しいわ」

 先生はそう言って教壇に上がった。俺と美波さんは教卓の前に立って教室を見渡す。一クラス二十人くらいだろうか。俺が通っていた中学は一クラス三十人もいないくらいだったので、それと比べると机が少なく広々として見える。
 美波さんが何を思っているのかは分からないけれど、特に感情を出すでもなくキョロキョロと視線を動かしていた。しっかりと何かを探すように……

「前にあった時と比べて見違えるほど顔色も良くて驚いたわ。病気は良くなっていってるの?」

 俺も詳細を聞いていない病気の話。問いかけられた本人である美波さんは困ったように視線を泳がせる。俺に聞かれたくないのか、はたまた病気の話自体をしたくないのか。

「中学の時の病気はもう大丈夫……です。普通に……生活できて……ます」

 少し歯切れの悪い話ぶりだが、先生は納得してくれたのかそれ以上聞くことはなかった。

「それなら安心ね。でもお母さんのこともあったし……何か辛かったらなんでも話してくれて良いからね」

 お母さんのこと……? そういえば美波さんのお母さんの話は聞いていない。お父さんの病気もあるので病院で顔を合わせていてもおかしくはないのに、そのようなこともなかった。

「まさか先月突然亡くなられるなんて思ってもいなかったから……。驚いたわ」

 先生はそう言って窓の外へと視線を向けた。美波さんのお母さんが亡くなってる? しかも先月? 俺に言わなかったのは単にあって間もないからなのか、それとも言いづらい、もしくは美波さんの中で整理がついていないのか。色々な可能性があるけれど、実の母が亡くなって平静でいられるはずがない。普通なら他人から言葉にされただけでも心を乱してもおかしくない。そう思った俺は純粋な心配から美波さんの表情を伺った。美波さんの様子次第では軽率に話題に出した先生に何か物申すくらいしてやろうかとも思っていた。しかし――

「突然亡くなるなんて……驚きますよね」

 美波さんはなんの感情の変化もなく、先程と同じようにたどたどしく答えるだけだった。その様子を見て俺は困惑する。美波さんが何を感じ、何を思っているか全く分からなかったからだ。亡くなった母の話題を出されて嫌だとか、思い出して辛いだとか悲しいだとか。そういった感情の全てが存在しないかのように見える。俺はどういうリアクションを取れば良いのか、どういう態度を見せれば普通なのか。それが全く分からなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

無職で何が悪い!

アタラクシア
ファンタジー
今いるこの世界の隣に『ネリオミア』という世界がある。魔法が一般的に使え、魔物と呼ばれる人間に仇をなす生物がそこら辺を歩いているような世界。これはそんな世界でのお話――。 消えた父親を追って世界を旅している少女「ヘキオン」は、いつものように魔物の素材を売ってお金を貯めていた。 ある日普通ならいないはずのウルフロードにヘキオンは襲われてしまう。そこに現れたのは木の棒を持った謎の男。熟練の冒険者でも倒すのに一苦労するほど強いウルフロードを一撃で倒したその男の名は「カエデ」という。 ひょんなことから一緒に冒険することになったヘキオンとカエデは、様々な所を冒険することになる。そしてヘキオンの父親への真相も徐々に明らかになってゆく――。 毎日8時半更新中!

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

戦車で行く、異世界奇譚

焼飯学生
ファンタジー
戦車の整備員、永山大翔は不慮の事故で命を落とした。目が覚めると彼の前に、とある世界を管理している女神が居た。女神は大翔に、世界の安定のために動いてくれるのであれば、特典付きで異世界転生させると提案し、そこで大翔は憧れだった10式戦車を転生特典で貰うことにした。 少し神の手が加わった10式戦車を手に入れた大翔は、神からの依頼を行いつつ、第二の人生を謳歌することした。

処理中です...