願い!運命を超えて

色部耀

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国士無双8

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 私の考えは見事に田中さんと一致していた。それは私にとっては嬉しいことで、表情に出てしまっていたようだった。

「山田さんも同じことを考えていたようだね。顔に書いてあるよ。とまあ、そんな感じで、能力が消える理由には――根源的な願いが叶うには『自らが弱者になっても、過去に受けたような理不尽な不利益を被らない』ということを身を持って知ることだろうと思ったわけだ」

「田中さんなら……戦わずに彼を無力化することができたでしょうか?」

 私は、強さの証明――という行為に真摯に向き合おうとして戦う手段をとったのだけれど……。しかし、時間制限ができなければ、戦いながら能力を失わせる方法を模索しようと思っていた。

「私なら――そうだね。時間制限が無ければあるいは……といった感じかな。それは、今まで願いを叶えたりすることで人の超能力を消すといった経験があったからなのだけれどね」

「その……旅をしている途中に――ですか?」

「そうそう。以前君にも話した、体が金属になる人みたいに先天的ではなく、後天的な能力者もたくさん見てきて、それらの幾人かは能力を消したがっていたりしたのでね。試行錯誤の末、どうにか消した……ということがあったのだよ」

 私と田中さんとの間には、こうした経験の差――というものが目に見える壁のように存在している。いくら私が他人の十倍時間があったとしても、自ら経験した物の少なさが、どうしても田中さんとの距離を離してしまう。瞬間移動の能力を持っているとは言え、歳も三つ程しか変わらないというのに――。

 経た時間は十倍近く私の方が長いはずなのに――。

 無駄に年をとったなんて言葉を、大人が使ったりするけど、今の私がその言葉を使いたいくらいだ。

「田中さんは、何でも経験されているのですね」

「ははっ! 経験したことしか話していないからそう聞こえるだけだよ」

 たしかに……言われる通りかもしれない。けれど、自分が知らないことを知っている。それだけで魅力的なことには変わりないのだ。

「私も……田中さんみたいに色々な経験をしてみたいです」

「君みたいな可愛い子が、そんなセリフを言うと勘違いしてしまう男がいるかもしれないから気をつけたほうがいいよ」

 田中さんは、いつものように飄々と言うが、私は二つの理由で赤面してしまった。

「では、私はこのへんで失礼するよ。また二週間後の日曜日に会おう」

「あ、はい。またお会いできる日を楽しみにしています」

 別れの挨拶を済ませると、田中さんは瞬間移動で立ち去った。前回までのように歩いて立ち去らなかったということは、何か急ぐ用事でもあったのかもしれない。

 そんなことに思考を巡らせるのは野暮というものかもしれないけれど……。

 時計を見ると、午後六時。

 夕飯の支度はほとんど済ませて出てきているので、帰ったら炒め物とサラダを作るだけ。五月二十七日、涼しい今日。野菜が瑞々しくて良い。

「さーて。帰りますか」

「あれ? 若菜さんじゃないですか。どうしたんですか? こんなところで?」

 公園を出て顔を合わせたのは、丸岡薫。隣人であり、彼の両親の海外転勤のこともあり、過去にウチが経営していた孤児院で共に過ごしていた。今は、一軒家に一人暮らしだけれど、たまに宮内家で夕飯を一緒に食べたりもする。

 そして、超能力集団に狙われている可能性の高い男の子だ。

「ぼんやりしながら散歩をね。薫くんの方こそどうしたの? バスケ部は三時で練習が終わりじゃなかったかしら?」

「もう若菜さんが何を知ってても驚かないですよ」

 別に驚かせたいわけじゃないんだけれど……。なんでこう薫くんといい、新田くんといい、私を超人扱いしたがるのかなー。

「今週末の金曜日がインハイ予選ですからね。雄介も怪我しちゃったし、俺も今以上に頑張らなきゃって」

 それでランニング……ってわけね。

「でも、体を休めることも大切よ? 薫くんまで怪我したら、それこそどうしようもなくなるんだから」

「若菜さんは、俺のお母さんみたいですね。まあ、俺は実際にお母さんがいないから丁度いいですけど」

 いないなんて表現をすると、薫くんのお母さんに失礼な気がするけれど――。確かに、海外転勤になってから十年もまともに顔を合わせていないんだから、いないようなものなのかもしれない。

 いつものように笑顔で話しているけれど、薫くんも両親に良い感情を持っていないのかもしれない。ここは、なにも言わないでおこう。

「昔、お姉ちゃんって呼んでたみたいにお母さんって呼んでもいいよ?」

「そんな冗談が俺の口から出ようものなら、春菜のドロップキックミサイルが飛んできますよ」

 本当に、春菜と薫くんは双子の兄弟みたいだ。

「じゃ、俺はこれからスーパーに行って帰るので、また」

 そう言って薫くんは、私が帰るのと逆方向に走っていこうとした。

「あ、ちょっと待って薫くん」

「なんですか?」

 その場駆け足をしながら振り返る薫くん」

「最近、薫くんの周りで変わったこととかない?」

 薫くんは、少し考えていた。薫くんの超人的な記憶力では、もし日常に些細な変化があっても見逃さないだろう。そして、その超人的な記憶力の正体は『ワールドメモリーを読み取る能力』である可能性が高い。自覚は無いと思うけれど。

「変わった奴なら周りに二人ほどいますけど」

「そう。何かあったらすぐに教えてね。力になるから」

「ありがとうございます。すぐに頼りますね」

 周りから見れば、それはそれでどうかと思うような返事のように思えるが、私としては嬉しい限りだった。私のこの異常は、誰か人の役にたっている瞬間だけは、救われているように思えるから――。

「あ、あと若菜さん」

 去り際に薫くんは付け足すように言った。

「雄介から、若菜さんが最近事件とか事故に巻き込まれすぎて心配って聞いたんですけど……」

 新田くんはそんなことを言っていたのか――。心配には及ばないんだけどな――。

「雄介が心配してもどうしようもないとは言っといたんですけど、俺も心配なんで、若菜さんに一言だけ」

「ん?」

 怒られるのかな……。

「若菜さんのせいじゃないですよ」

 え……なんで……。

「なんで、そんなことを?」

「いや、若菜さんのことだから、自分が不幸事を引き寄せてるとか言って責任を感じちゃってたりしないかなーと。そんなことないなら、忘れてください」

「いや、ううん。ありがとう」

「お礼を言われる筋合いは無いんですけど……。まあ、じゃこれで」

 走り去っていく薫くんの後ろ姿を見ながら思った……。みんな、私以上に私のこと知りすぎなんじゃないの? って。

 でも、理由は分からないけれど、心が温かくなったような気がした。

 夏が近付いてきているからかもしれない。そういうことにしておこう。
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