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晴天の霹靂3
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「ほーら。今君は見えてしまっている。私の手品は失敗したんだ。悔しいねー。ショックだよ」
「そんなこと無いですよ凄かったです」
握り込む直前。右手にあったコインが勢いよく左手にはじき出された。数センチしかない隙間を一瞬で移動したものだから、私の目でも少ししか追えなかった。
「今君の目はコインの移動とともに私の左手に移動した。さっき子供たちに手品を披露した時も、君は常に種のある場所に視線が向いていたんだ。それだけじゃない。種を仕込むために動く手も、身体の後ろをゴムで飛ばしている道具さえも目で追っていた」
「……すみません」
「勘違いしないでほしい。謝るべきは私なんだ。手品師がお客さんを不思議がらせることができなかった。それは、料理屋で料理を出さないようなもの。美味しい料理かどうかではなく、それ以前の論外なんだ」
「でも、楽しかったです」
「いいや、君は純粋にマジックを楽しんでからその台詞を使うべきだ。今の言葉は、料理屋で『椅子が柔らかくて良かったです』と言っているようなものなんだよ」
やけに料理屋を引き合いに出すが、確かにそうなのかもしれない。手品師のプライド……と言ったものなのだろう。
「まあ、私は趣味で手品をしていただけだし、楽しんでもらえたなら何でもいいんだけれどね」
何でもいいんかい! そう心の中でツッコミを入れてしまった。
「でも、君にはこの世界にはまだまだ分からないものがたくさんあることを知っていてほしくてね。その何でも見えてしまう目と、何でも理解してしまう聡明さではこの表の世界は退屈だろう」
「表の世界?」
「だから、分からないことがあってもいいんだよって話だ」
そう言って両の手のひらを開く。そこには……。
「なんで……」
右の手の中にコインが握られていた。
「やっと驚いてくれた。分からなくてもいいんだよ。それが普通だ」
「普通……。でも……それでもやっぱり私は知りたいです。どうやったのかを」
確かに左手にコインが飛んだのを見た。半そでだから隠しようもないし、細い糸なんかもない。視線誘導なんか以ての外だ。
「種も仕掛けもございません」
そうして優しく微笑んだ。
「私は満足したし、もう行くよ」
赤髪のマジシャンは荷物をまとめ始める。
「待ってください。その……またいつか手品を見せてくれますか?」
「うーん。私は旅の途中だから、もうここに顔を出すつもりは無かったのだけれど……。君が望むなら、あと一か月ほどは留まっても良い。とは言え、会うとしても日曜日だけ公園で」
旅の途中……。学生さんじゃなかったのかな。
「なら、近くにもう一つ公園があるのをご存知ですか? 来週はそこに来てください。時間は……夕方五時くらいで」
もう一つの公園――。そこはブランコとベンチがあるだけの小さな公園で、子供はもちろん、人がほとんど来ない。私がよく一人になりたいときに行く公園だ。
「はあ……君も強引だなぁ。分かった。日曜五時だね」
「待ってますから。あ、そうだ。お名前……何というのですか?」
私の質問が意外だったのか、赤髪のマジシャンは一瞬口ごもった。そして――。
「田中太郎だ。君は?」
分かりやすい誤魔化し方……。つい笑いがこぼれてしまう。
「私は山田花子です」
美幸ちゃんたちに『わかねーちゃん』なんて呼ばれていたのに山田花子なんて名前のはずがない。そんなことは田中太郎さんも分かっているはずだ。
「そうかい。なら、これからは山田さん――とでも呼ばせてもらうよ」
「はい。私も田中さんと呼ばせてもらいますね」
「ああ、好きに呼んでくれて構わない。では、また来週。種は……教えられないけれどね」
「ええ、自分で暴きますので安心してください」
「ははっ! 強気なお嬢さんだ」
その言葉を最後に、田中さんは公園から去って行った。
私はその後ろ姿をずっと見送りながら今日のマジックショーを反芻していた。
――次に会うのは来週か……。
不思議と次に会える日が楽しみになり、頭の中では来週会った時に話したい事をシミュレートしていた。家までそう遠くないが、何パターンも頭の中で会話を想像しながら帰った。
「ただいまー」
家に帰ると、恒例のように下の妹、玲菜が玄関まで出迎えに来てくれる。
「おかえりなさーい! 若菜お姉ちゃん! 今日の晩御飯はなあに?」
私の袖をぎゅっと掴む玲菜。最近は、手伝える料理は手伝ってもらう約束だったのだ。
「ごめん。買い出しまだだ……」
「そんなこと無いですよ凄かったです」
握り込む直前。右手にあったコインが勢いよく左手にはじき出された。数センチしかない隙間を一瞬で移動したものだから、私の目でも少ししか追えなかった。
「今君の目はコインの移動とともに私の左手に移動した。さっき子供たちに手品を披露した時も、君は常に種のある場所に視線が向いていたんだ。それだけじゃない。種を仕込むために動く手も、身体の後ろをゴムで飛ばしている道具さえも目で追っていた」
「……すみません」
「勘違いしないでほしい。謝るべきは私なんだ。手品師がお客さんを不思議がらせることができなかった。それは、料理屋で料理を出さないようなもの。美味しい料理かどうかではなく、それ以前の論外なんだ」
「でも、楽しかったです」
「いいや、君は純粋にマジックを楽しんでからその台詞を使うべきだ。今の言葉は、料理屋で『椅子が柔らかくて良かったです』と言っているようなものなんだよ」
やけに料理屋を引き合いに出すが、確かにそうなのかもしれない。手品師のプライド……と言ったものなのだろう。
「まあ、私は趣味で手品をしていただけだし、楽しんでもらえたなら何でもいいんだけれどね」
何でもいいんかい! そう心の中でツッコミを入れてしまった。
「でも、君にはこの世界にはまだまだ分からないものがたくさんあることを知っていてほしくてね。その何でも見えてしまう目と、何でも理解してしまう聡明さではこの表の世界は退屈だろう」
「表の世界?」
「だから、分からないことがあってもいいんだよって話だ」
そう言って両の手のひらを開く。そこには……。
「なんで……」
右の手の中にコインが握られていた。
「やっと驚いてくれた。分からなくてもいいんだよ。それが普通だ」
「普通……。でも……それでもやっぱり私は知りたいです。どうやったのかを」
確かに左手にコインが飛んだのを見た。半そでだから隠しようもないし、細い糸なんかもない。視線誘導なんか以ての外だ。
「種も仕掛けもございません」
そうして優しく微笑んだ。
「私は満足したし、もう行くよ」
赤髪のマジシャンは荷物をまとめ始める。
「待ってください。その……またいつか手品を見せてくれますか?」
「うーん。私は旅の途中だから、もうここに顔を出すつもりは無かったのだけれど……。君が望むなら、あと一か月ほどは留まっても良い。とは言え、会うとしても日曜日だけ公園で」
旅の途中……。学生さんじゃなかったのかな。
「なら、近くにもう一つ公園があるのをご存知ですか? 来週はそこに来てください。時間は……夕方五時くらいで」
もう一つの公園――。そこはブランコとベンチがあるだけの小さな公園で、子供はもちろん、人がほとんど来ない。私がよく一人になりたいときに行く公園だ。
「はあ……君も強引だなぁ。分かった。日曜五時だね」
「待ってますから。あ、そうだ。お名前……何というのですか?」
私の質問が意外だったのか、赤髪のマジシャンは一瞬口ごもった。そして――。
「田中太郎だ。君は?」
分かりやすい誤魔化し方……。つい笑いがこぼれてしまう。
「私は山田花子です」
美幸ちゃんたちに『わかねーちゃん』なんて呼ばれていたのに山田花子なんて名前のはずがない。そんなことは田中太郎さんも分かっているはずだ。
「そうかい。なら、これからは山田さん――とでも呼ばせてもらうよ」
「はい。私も田中さんと呼ばせてもらいますね」
「ああ、好きに呼んでくれて構わない。では、また来週。種は……教えられないけれどね」
「ええ、自分で暴きますので安心してください」
「ははっ! 強気なお嬢さんだ」
その言葉を最後に、田中さんは公園から去って行った。
私はその後ろ姿をずっと見送りながら今日のマジックショーを反芻していた。
――次に会うのは来週か……。
不思議と次に会える日が楽しみになり、頭の中では来週会った時に話したい事をシミュレートしていた。家までそう遠くないが、何パターンも頭の中で会話を想像しながら帰った。
「ただいまー」
家に帰ると、恒例のように下の妹、玲菜が玄関まで出迎えに来てくれる。
「おかえりなさーい! 若菜お姉ちゃん! 今日の晩御飯はなあに?」
私の袖をぎゅっと掴む玲菜。最近は、手伝える料理は手伝ってもらう約束だったのだ。
「ごめん。買い出しまだだ……」
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