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討伐バハムート

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 初めて見るとは言っても町の構造は大体分かっている。しかし、原作では崩壊した後の町並みしか見たことがないだけに人気のあるサトリの町は新鮮だった。全くと言っていいほどに知らない場所でもある。どこに誰が住んでいるのかも、どんなイベントがあるのかも知らない場所。
 つい先ほどまで抱えていた焦りや不安がみるみるうちに期待のワクワク感で上書きされていく。人として間違った感性なのかもしれないが、その気持ちを否定することはできない。

「リョウ! あれ!」

 サトリの町を眺めていた俺にマナが声を張り上げて言う。指をさした先からは土煙が見え、戦闘音も聞こえてくる。

「急ごう」

 ワープバグを使っても先に飛び立ったバハムートの方が早かったか……。犠牲者が出ていなければ良いが……。


 戦闘の繰り広げられていた場所は町の中心にある噴水広場だった。俺たちが到着した時にはすでに何人かのアドベンチャーと思しき人たちが倒れ、それを庇うようにして二人の老人が前線を支えていた。

「おじいちゃん! おばあちゃん!」

 マナは最前線で戦う二人を視界に収めると声を上げる。しかし二人はよそ見をする余裕もなくモンスターに指示を出していた。使役されていたのは高位モンスターであるブラックロックドラゴン二体とハイション二体。そして倒れたアドベンチャーたちを守るようにしてレッツゴーレムとレディゴーレム。
 さすがマナの祖父母と言うべき強力なモンスターだ。しかし……

「完全にジリ貧だな」

 原作ではバハムートはラスボスである邪神を倒した後に捕獲することのできるモンスター。そのレベルは七十。それを超えるレベルのモンスターは俺の知る限りウィズおじさんのパーティとフォンの闘技大会の最上位ランクのパーティくらいだ。その上、あろうことか雑魚モンスターまで大量に湧いている。
 マナの祖父母が使役するモンスターのステータスウィンドウを開いてみたところ五十前後。長く耐えることはできない。戦い方を見ていても回復スキルと防御スキル、バフ・デバフスキルで時間を稼いでいるだけの状態。

「マナは二人を説得して雑魚モンスターの殲滅に専念させてくれ。バハムートは俺一人で追い込む」

「え、一人で倒せるの? うそ?!」

「任せろ。俺が誰一人死ぬことなくこの町を守ってやる」

 そしてまだ知らないイベントを遊ぶんだ!

「わ、分かった!」

「マナの力が必要になったら呼ぶよ」

 さて。モンスターうぃずを隅から隅まで遊び尽くしたゲーム廃人の力を見せてやろう。


 広場の中央に行くにはまず雑魚モンスターをかき分けて進まなくてはいけない。集まっているのはサトリ街道に出現するモンスター。レベル帯は六から九。倒すのに苦労はしないが数が多い。大きなネズミ型モンスター「オナチュウ」と「アルチュウ」。見た目ではほとんど分からないが、飛びつき攻撃を主体とするファイターがオナチュウ。水魔法を飛ばしてくるキャスターがアルチュウだ。

「リロ。前方のモンスターを手当たり次第倒してくれ。煉獄火炎だと町人にも被害が出る」

「もう。今日は働きすぎた」

「これが終わればしばらく休んでて良いから! あと町が滅んだらここでしか食べられない料理が食べられなくなるぞ」

 俺がそう言った瞬間、前方に道が拓けた。リロの横薙ぎの遠距離連続通常攻撃がモンスターの群れに炸裂。数十匹といたモンスターが弾き飛ばされた。

「そういうことは早く言う」

「流石元女神様。頼りになる。ウサプー! 俺たちが走って行く途中で襲いかかってくるモンスターを頼む」

「ぷー!」

「『アタックバイン』『ガードバイン』」

 ウサプーにも指示を出して強化スキルをかけると、俺は真っ直ぐに広場の中央へと走った。


「おじいちゃん! おばあちゃん!」

 どうにかモンスターの群れをかき分けて広場の中央に着くとマナが二人の側に駆け寄る。流石の二人も気がついたようで目を丸くして言った。

「マナ? なんでこんなところに? 危ないからワシらが抑えている間に早く逃げなさい!」

「大丈夫! リョウが、私の幼馴染が倒してくれるから! だから二人は下がって」

「あんな化け物、フォンのSランクパーティくらいじゃなきゃ無理じゃ!」

「ダウンフレア」

 俺はバハムートの注意がブラックロックドラゴンに向いている隙に炎属性耐性ダウンスキルをかける。

「ここからは邪魔なので雑魚モンスターたちの方を頼みます!」

「そんなことをしたらっ!」

「時忘れの巻物」

「なっ! その巻物はこの世に一つしかないと言われる?!」

 俺はなかなか下がってくれない二人を半ば無視してアイテムを使う。――時忘れの巻物。マナの祖母が言う通り、ラストダンジョンで手に入れた世界に一つしか存在しないアイテム。その効果は使用ターンを含めて二ターン相手の行動を止める。要するに二ターン連続で行動することができるようになるアイテムだ。フレイバーテキストには「一時的に使われたものの時が止まる」と書かれている。

「煉獄火炎」

「なっ! その技は全てを極めし魔道士の?!」

 マナの祖父が言う通り、杖装備状態でレベル百に上げると覚えることのできるスキルでもある。しかしもちろん煉獄火炎の巻物を使っただけだ。炎耐性さえなければ高レベルモンスターにも確実にダメージを与えることのできるアイテムだ。低空飛行していたバハムートを巨大な火柱が包む。

「ね? リョウなら大丈夫だから」

 実際に攻撃をした方が話が早いと思っての行動だったが、思いのほか効いたようでマナの祖父母は素早く切り替えて雑魚モンスター退治に専念してくれた。ここからが正念場だ。
 バハムートのステータスを見ると減ったHPは一パーセント程度。それもそのはず。バハムートのHPは約一万。耐性がなくなってダメージを与えられるとはいえ、アイテムの煉獄火炎で入るダメージは約百。つまり百回ほど使わなくてはならない。運が悪ければ百回で足りない。そこは祈るしかない。

「時忘れの巻物!」

 その上、こっちは一度でもバハムートの攻撃をくらえば即死。行動させるわけにはいかない。

「煉獄火炎!」

 ターン制バトルだった原作だと交互に使うことで理論上無限に攻撃し続けることのできるハメ技。

「時忘れの巻物!」

 もちろん時忘れの巻物も増殖バグで九十九個に増やしてある。

「煉獄火炎!」

 空中で停止するバハムートを巨大な爆炎の柱が包み続ける。手元のコントローラーで交互にアイテムを使い続ける。


 そんな戦いが続くこと約一時間――。俺がバハムートを張り付けにしていることによって手が空いたマナの祖父母は恐るべき速度で雑魚モンスターを殲滅してくれていた。
 町の人たちは固唾を飲んで俺を見守っていたが、俺は立ち疲れて座りながらアイテムを使い続ける作業をしているだけ。アイテム名を口にするのも早々にやめている。もはや緊張感もなくなってきていた。
 そしてバハムートのHPも時忘れの巻物もそろそろ尽きる。そこで――

「ダメージ入らなくなったな」

 バハムートの特性。それはHP一での食いしばりからのタメ技のカウンター。カウンター技を発動するまで全ての耐性が百パーセントになる。そのカウンター技が強力で、特殊な防御スキルを使う以外で耐えることができないほど。
 原作のエフェクトからすると、そこら一帯が攻撃範囲……下手したらそのスキルで町が崩壊してもおかしくない。

「ねえリョウ。ダメージ入ってないよね?」

 マナも気付いたようで俺の隣で小さく問いかけてくる。

「ああ、ここで終わりだな」

「え、待って。うそ?!」

 時忘れの巻物も尽きた俺はそう言ってアイテムボックスを閉じる。時忘れの巻物が最後までもってくれてよかった。時間停止が切れたところでバハムートは高く飛び上がる。そして口を大きく開くと光の玉を溜め始めた。タメ技のカウンタースキル「終焉の光」だ。

「もう終わりじゃ……」

「最後に孫の顔が見られて幸せじゃった……」

 マナの祖父母はマナを逃がすことすら諦めて手を合わせると祈った。確かにあの攻撃を受けると誰も生きてはいられないだろう。しかし――

「マナ。今のバハムートの状態は全属性完全耐性での遠距離退避。残りのHPは一だ」

「え、え、なんで今のそんなことを?」

「察しが悪いな。どんな耐性を持っていてもどれだけ離れたところにいても確実にダメージを与えることのできるスキル……。マナはそれを知ってるはずだ」

「え、え、待って。もしかして今? 今あれやるの?」

「それしかこの町が助かる方法は無い。やってくれるな?」

 俺の問いかけにマナは一時的な混乱状態になる。

「キュア」

 しかしキュアによって落ち着いたマナは諦めに満ちた表情で答えた。

「や……やってやるわよ!」

 祈りを捧げる何十人もの町人の前に出たマナはバハムートを睨みつける。

「行くぞマナ」

「うん。やっちゃって」

「パイ毛……」

「待って! 待って! その名前叫ばなくてよくない?! いや、マジで、本当に! 頭おかしいんじゃ」

「ビーーーーム!!!!」

 マナは文句を言いつつも十字架に貼り付けられたかのように硬直すると数メートル浮上し、真っ直ぐ天に向かってパイ毛ビームを放った。黒い四重螺旋のうねりが雲を弾き、バハムートの体を貫く。
 町人に祈りを捧げられながら宙に浮かぶマナはまるで天使のようでもあった。
 天使の放つパイ毛ビームはバハムートにトドメをさすと黒い煙となって消えていく。はるか上空ではバハムートも光の粒となって消滅した。

「おおー!!」

「うおー!!」

「ひゃっはー!!」

「うぇーい!!」

「まんまみーや!!」

 町の人々は思い思いに喜びの声を上げるとマナに駆け寄った。やはりバハムートにトドメをさしたマナは救世主であり、英雄のような存在なのだろう。
 瞬く間に担ぎ上げられたマナは胴上げをされて、またもや宙に舞うのだった。
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