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バハムート
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「さて、ここからが問題のイベントだ」
俺は話を切り替えながら玄武のいた場所の奥――更に明かりが強くなっている小道を見据える。その先にいるのはレジェンドモンスターバハムート――原作では負けイベントのある場所だ。
「ん? 問題のイベントって何?」
俺の言葉にベリルちゃんが首をかしげる。色々と秘密のままここに来たため訳がわからないのだろう。当然だ。ベリルちゃんはこの奥でカンド苔を入手するだけだと思っているのだから。
「ベリルちゃん。落ち着いて聞いてね」
そう前置きをしてベリルちゃんに説明を始める。
「この奥にカンド苔の生えている場所がある。けど、そこはレジェンドモンスターの一体であるバハムートが寝ぐらにしてるんだ。そこで俺たちはバハムートと戦わないといけない」
「バハムート? 嘘でしょ? そんなの街一つ壊滅させちゃうようなモンスターじゃない! 二年前にフォンの街に現れた時も手練れのアドベンチャー達でどうにか追い返すのが精一杯だったのよ?」
「そうらしいな」
「そうらしいなって……」
原作でもフォンで怪我を負ったバハムートがカンドの洞窟で苔を食べて休息をとっているという話だった。
「だが、今回はそのバハムートを討伐する」
「うそ……でしょ?」
ベリルちゃんは信じられないといった表情で後ずさる。街一つ滅ぼせるモンスターだ。何も知らないこの世界の住人なら正しいリアクションだろう。
「で、でも本当にいるかはまだ分かんないし……」
「まあ、確かにな。でも実際に遭遇したらもちろんベリルちゃんは戦闘に参加しなくて良い。俺たちだけでどうにかする」
俺の話を聞いていたベリルちゃんは顔を伏せてしばらく考え込んでいた。何を考えているのかは分からないがベリルちゃんは可愛い。
「私も戦う」
「え?」
「もし本当にバハムートがいたらリョウのこと手伝うって言ったの。協力し合うのがアドベンチャー……よね?」
驚いた。原作ならベリルちゃんはセーフエリアでモンスターバトルを仕掛けてきて邪魔をしてくる。しかしこの世界のベリルちゃんは俺への協力を惜しむ様子すらない。食い込みヒップキャット捕獲がそこまでベリルちゃんの行動に影響を与えたのか……。
「ありがとう。頼れる時には頼りにさせてもらうよ」
俺の予定通りなら手を借りることにはならないだろうけれど……
「うん! なんでも言ってね!」
「今なんでもって言った?」
「ん? なんでそこに食いつくの?」
「なんでだろうな」
仕方ないだろう。男の性だ。
「よし。行くぞ」
俺はそう言うと奥へと足を進める。天井の裂け目から光が漏れていた程度だった玄武の広間とは違って、小道でも外のような明るさがある。それもそのはずで、バハムートの広間は完全に吹き抜けになっているのだから。カンド苔が生えているのはバハムートのいる場所でも暗がりの一部分。
小道を抜けるとそこは陽の光が燦々と差し込む広間に出る。見上げると広間の面積分を真っ直ぐ空までくり抜いたかのよう。上から見れば深い縦穴なのだろう。
絶景――。その一言に尽きる。その中でも陽だまりに横たわるバハムートの存在は絶景の一部として美しくもあった。
「ほ、本当にいた」
「え、え、待って。あれと戦うの?」
尻込みするベリルちゃんとマナ。大きさだけで言うなら玄武に尻尾と翼を足した感じ。セスナ機が丸くなって寝てる状態だろうか。黒く光る硬そうな鱗に全身を覆われ、チラリと見える爪も鋭く恐怖心を駆り立てる。口を閉じていても巨大な牙が見え、凶暴さを物語っている。
落ち着け……。準備ならできてる……。
「奥にあるカンド苔を取って帰る時に目を覚ますはず。それまでは念のため慎重に動くぞ」
ベリルちゃんとマナは無言で何度も頷く。バハムートは目を覚ます気配もないので大丈夫だろう。
俺たちは音を消してゆっくりとカンド苔の生えている場所へと移動を始める。広間の入り口から見て反対側。できる限りバハムートから離れた場所を通りながら歩く。抜き足差し足忍び足で進むモンスター三匹が新鮮で可愛らしい。この世界でモンスターは言葉を理解し空気を読むようだ。
大丈夫だと思いつつもバハムートに近付くにつれて緊張する。この世界に来て始めにベヒーモスの隣を通過した時を思い出した。あの時は今以上にゲーム感というものがあったし、VRの世界だと信じていた分緊張も軽かった。しかし今は実在する世界だと分かっているため、ベヒーモスの時とは比べ物にならない緊張感がある。
「あれ?」
バハムートに最も接近した時。俺は気が付いてしまった。バハムートの目がしっかりと俺たちの存在を捉えていたことを。
「全員俺の後ろに隠れろ!」
俺がそう言った瞬間、バハムートは翼を広げて宙に巨体を持ち上げる。想定とタイミングが違う。だが戦うことは同じ。今ここで仕留める!
そう思ってメニューウィンドウを開いたのだが、拍子抜けすることにバハムートはそのまま上空へと飛び去ってしまった。
「なんで襲ってこないんだ……?」
原作とは違う展開。つまり負けイベントは回避されたということ。
「はー……緊張して損したー」
ベリルちゃんはそう言って座り込む。マナも力を抜いて壁にもたれていた。
「倒す準備までしてきたっていうのに」
「でも戦わなくて済んだなら良かったじゃん。ほら、苔むしってカンドに戻ろ」
マナもすっかり緊張が解けた様子でそう言う。確かにバハムートと戦わなくて済むのは良いことだ。後々サトリ山で捕獲することも可能になるわけだし。
「ん? でもバハムートはどこに飛んで行ったの?」
俺はその言葉を耳にした瞬間全身から一気に嫌な汗が噴き出した。答えようとしても何度か口を開いては閉じて混乱を見せてしまうほどに――。ベリルちゃんの素朴な疑問。当然の疑問。しかし、もっと早く持つべき疑問だった。
「サトリ山だ。その前にサトリに降り立つことになる」
「え、え、待って。どういうこと?」
「俺たちを無視した理由は分からない。けど、サトリ山へ移動する道中にサトリの町を襲う可能性は十分に考えられる」
モンスター辞典で確認するとバハムートの説明文には目につく街を滅ぼすと書かれている。つまり、街を襲うことは習性として存在しているということ。
「待って。サトリの町にはおじいちゃんとおばあちゃんがいるのよ!」
「分かってる」
「分かってるならどうにかしてよ! 私の……私のおじいちゃんとおばあちゃんを助けてよ!」
「分かってるから静かにしてくれ!」
パニックで声を荒らげるマナに対して俺も怒鳴ってしまった。俺もどうしたらいいか分からない。サトリの町に行くにはカンドの洞窟を抜けてカンドの森を東に進み、更にサトリ街道を通らなくてはならない。ここから真っ直ぐに飛び立ったバハムートに追いつけるとはとてもじゃないが思えない。追いついた頃には手遅れだ。
「リョウ……リョウ……。どうにかならないの? おじいちゃんが……おばあちゃんが……」
涙を浮かべて小さな声ですがりつくマナ。
「アウスト! そうだアウストなら!」
解決策を教えてくれるかもしれない。俺はそう思ってすぐさまヘルプウィンドウを開いてアウストを呼び出す。
「アウスト! 聞きたいことがある!」
「どうしたのですか? 大丈夫ですか?」
前回と違ってアウストは俺の呼びかけにすぐ答えてくれた。
「大丈夫じゃないから呼んだんだ。今すぐサトリの町に行きたい。もしくはバハムートを止めたい。どうすればいい?」
俺の質問に対してアウストはウィンドウを開いて何かを調べ始めた。そうして数秒後――
「この世界にはワープスキルがありますね。昔私が魔法世界として作った際に転移魔法として機能していたものの流用という形ですが。それを使えばあるいは……」
「ワープスキルはまだ使えない。カンドの町長に秘伝書を貰ってない」
カンドの町長を助けることによってもらえる報酬。それがワープの書だ。今からカンドに戻ってワープをしたとしても直接サトリの町に行くのとあまり時間は変わらない。それにワープは一度行ったことのある場所にしか行けない。
「アウストの力でどうにかできないか?」
「すみません。データの取得と解析はできても変更などはできないのです」
アウストは本当に申し訳なさそうな顔でそう言った。
「じゃあ別の質問。ワープを使えるって言ってたけど……ワープバグならどうだ?」
マップ移動の際に特定の行動をする事で別の場所に飛んでしまうバグだ。これが可能ならサトリの町に飛ぶこともできる。しかし原作ではマップの切り替えがあるためにできるバグだ。この世界にはそもそもマップ切り替えがない。
「ちょっと待ってください」
「急いでくれ」
アウストは先ほどよりも時間をかけて調べてくれている。元々がバグのため調べるのにも時間がかかるのだろう。それでも数十秒。一分もしないうちに回答してくれた。
「可能です」
「ありがとう! これでどうにかできそうだ!」
「お役に立てて良かったです」
「行くぞ! マナ! サトリの町を守りに!」
マナは涙を拭ったがキョトンとした顔で目が泳いでいる。まだよく理解できていないのだろう。まあ、マナが理解していようが理解してなかろうが関係ないけど。
「大丈夫なの? 本当におじいちゃんとおばあちゃんを助けられる?」
マナが震えながらもようやく口を開いたかと思うと、発した言葉はそんなくだらないことだった。答えなんて決まっている。俺がこの世界でどれだけ遊んだと思っている。どれだけ努力を繰り返したと思っている。
「ゲームは努力を絶対に裏切らない! 安心しろ! 必ず守る!」
ギュッと口を結んだマナは俺の言葉に安心したのか、力強く頭を縦に振った。
「私も行くわ!」
俺が足を踏み出した瞬間。ベリルちゃんがそう言って駆け寄ってきた。しかし……
「いや、多分ベリルちゃんは一緒にワープできない。アウスト、どうだ?」
「できないです」
アウストはすぐに答える。ベリルちゃんはガッカリしつつも強い眼差しを俺に向ける。
「他に協力出来ることある?」
「じゃあ……」
俺は広間の暗がりを指差して伝える。
「カンド苔を持って町長のところへ向かってほしい。これはベリルちゃんにしか頼めない」
「分かった。任せといて。でもカンドの町で用事が終わったらすぐにそっちに行くから。怪我とかしないでよね」
「ああ、ベリルちゃんも気を付けて」
力強くも寂しげな眼差しをする可愛いベリルちゃんの願い。聞くに決まってるじゃないか。
「よし、ワープバグの準備だ。アウスト、また連絡する」
「待ってますね」
俺はそうしてヘルプウィンドウを閉じるとアイテムボックスを開く。選択したのは毎度恒例、バグの火付け役「炎の封印石」。
この炎の封印石を上から三番目に移動させて三回捨てる。もちろん捨てることはできない。
三という数字。これがサトリの町の入り口に設定されている位置フラグと一致する事で、どのマップ移動でもサトリの町に移動してしまうのだ。
そして、ここから最も近いマップ移動場所はセーフエリアとカンドの洞窟ダンジョンの境。そこを通過することでサトリの町へワープができる。
「マナ。走るぞ! もうすでにバハムートがサトリの町に着いていてもおかしくない」
「うん! って、え? え? なんで? なんで?」
俺は返事をしたマナを抱きかかえた。
「なんでって、素早さ一のマナは走るのも遅いからな。クモマンから逃げたあとに検証するって言ってたのも含めてだ」
カンドの洞窟で走ったときのように足手まといになられても困る。
「リロは?」
「走る」
「こんな時だけ?!」
リロは台車に足を乗せて格好つけながら言う。マナの慌てている姿を見るのが楽しいのだろう。しかしそんなことを気にしている場合ではない。俺は話をしながらも走り出していた。幸運なことに素早さの低いマナを抱えていても俺自身の走る速度には関係ないようだった。
そしてマップ移動ポイントであるセーフエリアの出口に飛び込んだ瞬間。俺たちは何の抵抗もなく初めて見る町の入口に移動していた。
俺は話を切り替えながら玄武のいた場所の奥――更に明かりが強くなっている小道を見据える。その先にいるのはレジェンドモンスターバハムート――原作では負けイベントのある場所だ。
「ん? 問題のイベントって何?」
俺の言葉にベリルちゃんが首をかしげる。色々と秘密のままここに来たため訳がわからないのだろう。当然だ。ベリルちゃんはこの奥でカンド苔を入手するだけだと思っているのだから。
「ベリルちゃん。落ち着いて聞いてね」
そう前置きをしてベリルちゃんに説明を始める。
「この奥にカンド苔の生えている場所がある。けど、そこはレジェンドモンスターの一体であるバハムートが寝ぐらにしてるんだ。そこで俺たちはバハムートと戦わないといけない」
「バハムート? 嘘でしょ? そんなの街一つ壊滅させちゃうようなモンスターじゃない! 二年前にフォンの街に現れた時も手練れのアドベンチャー達でどうにか追い返すのが精一杯だったのよ?」
「そうらしいな」
「そうらしいなって……」
原作でもフォンで怪我を負ったバハムートがカンドの洞窟で苔を食べて休息をとっているという話だった。
「だが、今回はそのバハムートを討伐する」
「うそ……でしょ?」
ベリルちゃんは信じられないといった表情で後ずさる。街一つ滅ぼせるモンスターだ。何も知らないこの世界の住人なら正しいリアクションだろう。
「で、でも本当にいるかはまだ分かんないし……」
「まあ、確かにな。でも実際に遭遇したらもちろんベリルちゃんは戦闘に参加しなくて良い。俺たちだけでどうにかする」
俺の話を聞いていたベリルちゃんは顔を伏せてしばらく考え込んでいた。何を考えているのかは分からないがベリルちゃんは可愛い。
「私も戦う」
「え?」
「もし本当にバハムートがいたらリョウのこと手伝うって言ったの。協力し合うのがアドベンチャー……よね?」
驚いた。原作ならベリルちゃんはセーフエリアでモンスターバトルを仕掛けてきて邪魔をしてくる。しかしこの世界のベリルちゃんは俺への協力を惜しむ様子すらない。食い込みヒップキャット捕獲がそこまでベリルちゃんの行動に影響を与えたのか……。
「ありがとう。頼れる時には頼りにさせてもらうよ」
俺の予定通りなら手を借りることにはならないだろうけれど……
「うん! なんでも言ってね!」
「今なんでもって言った?」
「ん? なんでそこに食いつくの?」
「なんでだろうな」
仕方ないだろう。男の性だ。
「よし。行くぞ」
俺はそう言うと奥へと足を進める。天井の裂け目から光が漏れていた程度だった玄武の広間とは違って、小道でも外のような明るさがある。それもそのはずで、バハムートの広間は完全に吹き抜けになっているのだから。カンド苔が生えているのはバハムートのいる場所でも暗がりの一部分。
小道を抜けるとそこは陽の光が燦々と差し込む広間に出る。見上げると広間の面積分を真っ直ぐ空までくり抜いたかのよう。上から見れば深い縦穴なのだろう。
絶景――。その一言に尽きる。その中でも陽だまりに横たわるバハムートの存在は絶景の一部として美しくもあった。
「ほ、本当にいた」
「え、え、待って。あれと戦うの?」
尻込みするベリルちゃんとマナ。大きさだけで言うなら玄武に尻尾と翼を足した感じ。セスナ機が丸くなって寝てる状態だろうか。黒く光る硬そうな鱗に全身を覆われ、チラリと見える爪も鋭く恐怖心を駆り立てる。口を閉じていても巨大な牙が見え、凶暴さを物語っている。
落ち着け……。準備ならできてる……。
「奥にあるカンド苔を取って帰る時に目を覚ますはず。それまでは念のため慎重に動くぞ」
ベリルちゃんとマナは無言で何度も頷く。バハムートは目を覚ます気配もないので大丈夫だろう。
俺たちは音を消してゆっくりとカンド苔の生えている場所へと移動を始める。広間の入り口から見て反対側。できる限りバハムートから離れた場所を通りながら歩く。抜き足差し足忍び足で進むモンスター三匹が新鮮で可愛らしい。この世界でモンスターは言葉を理解し空気を読むようだ。
大丈夫だと思いつつもバハムートに近付くにつれて緊張する。この世界に来て始めにベヒーモスの隣を通過した時を思い出した。あの時は今以上にゲーム感というものがあったし、VRの世界だと信じていた分緊張も軽かった。しかし今は実在する世界だと分かっているため、ベヒーモスの時とは比べ物にならない緊張感がある。
「あれ?」
バハムートに最も接近した時。俺は気が付いてしまった。バハムートの目がしっかりと俺たちの存在を捉えていたことを。
「全員俺の後ろに隠れろ!」
俺がそう言った瞬間、バハムートは翼を広げて宙に巨体を持ち上げる。想定とタイミングが違う。だが戦うことは同じ。今ここで仕留める!
そう思ってメニューウィンドウを開いたのだが、拍子抜けすることにバハムートはそのまま上空へと飛び去ってしまった。
「なんで襲ってこないんだ……?」
原作とは違う展開。つまり負けイベントは回避されたということ。
「はー……緊張して損したー」
ベリルちゃんはそう言って座り込む。マナも力を抜いて壁にもたれていた。
「倒す準備までしてきたっていうのに」
「でも戦わなくて済んだなら良かったじゃん。ほら、苔むしってカンドに戻ろ」
マナもすっかり緊張が解けた様子でそう言う。確かにバハムートと戦わなくて済むのは良いことだ。後々サトリ山で捕獲することも可能になるわけだし。
「ん? でもバハムートはどこに飛んで行ったの?」
俺はその言葉を耳にした瞬間全身から一気に嫌な汗が噴き出した。答えようとしても何度か口を開いては閉じて混乱を見せてしまうほどに――。ベリルちゃんの素朴な疑問。当然の疑問。しかし、もっと早く持つべき疑問だった。
「サトリ山だ。その前にサトリに降り立つことになる」
「え、え、待って。どういうこと?」
「俺たちを無視した理由は分からない。けど、サトリ山へ移動する道中にサトリの町を襲う可能性は十分に考えられる」
モンスター辞典で確認するとバハムートの説明文には目につく街を滅ぼすと書かれている。つまり、街を襲うことは習性として存在しているということ。
「待って。サトリの町にはおじいちゃんとおばあちゃんがいるのよ!」
「分かってる」
「分かってるならどうにかしてよ! 私の……私のおじいちゃんとおばあちゃんを助けてよ!」
「分かってるから静かにしてくれ!」
パニックで声を荒らげるマナに対して俺も怒鳴ってしまった。俺もどうしたらいいか分からない。サトリの町に行くにはカンドの洞窟を抜けてカンドの森を東に進み、更にサトリ街道を通らなくてはならない。ここから真っ直ぐに飛び立ったバハムートに追いつけるとはとてもじゃないが思えない。追いついた頃には手遅れだ。
「リョウ……リョウ……。どうにかならないの? おじいちゃんが……おばあちゃんが……」
涙を浮かべて小さな声ですがりつくマナ。
「アウスト! そうだアウストなら!」
解決策を教えてくれるかもしれない。俺はそう思ってすぐさまヘルプウィンドウを開いてアウストを呼び出す。
「アウスト! 聞きたいことがある!」
「どうしたのですか? 大丈夫ですか?」
前回と違ってアウストは俺の呼びかけにすぐ答えてくれた。
「大丈夫じゃないから呼んだんだ。今すぐサトリの町に行きたい。もしくはバハムートを止めたい。どうすればいい?」
俺の質問に対してアウストはウィンドウを開いて何かを調べ始めた。そうして数秒後――
「この世界にはワープスキルがありますね。昔私が魔法世界として作った際に転移魔法として機能していたものの流用という形ですが。それを使えばあるいは……」
「ワープスキルはまだ使えない。カンドの町長に秘伝書を貰ってない」
カンドの町長を助けることによってもらえる報酬。それがワープの書だ。今からカンドに戻ってワープをしたとしても直接サトリの町に行くのとあまり時間は変わらない。それにワープは一度行ったことのある場所にしか行けない。
「アウストの力でどうにかできないか?」
「すみません。データの取得と解析はできても変更などはできないのです」
アウストは本当に申し訳なさそうな顔でそう言った。
「じゃあ別の質問。ワープを使えるって言ってたけど……ワープバグならどうだ?」
マップ移動の際に特定の行動をする事で別の場所に飛んでしまうバグだ。これが可能ならサトリの町に飛ぶこともできる。しかし原作ではマップの切り替えがあるためにできるバグだ。この世界にはそもそもマップ切り替えがない。
「ちょっと待ってください」
「急いでくれ」
アウストは先ほどよりも時間をかけて調べてくれている。元々がバグのため調べるのにも時間がかかるのだろう。それでも数十秒。一分もしないうちに回答してくれた。
「可能です」
「ありがとう! これでどうにかできそうだ!」
「お役に立てて良かったです」
「行くぞ! マナ! サトリの町を守りに!」
マナは涙を拭ったがキョトンとした顔で目が泳いでいる。まだよく理解できていないのだろう。まあ、マナが理解していようが理解してなかろうが関係ないけど。
「大丈夫なの? 本当におじいちゃんとおばあちゃんを助けられる?」
マナが震えながらもようやく口を開いたかと思うと、発した言葉はそんなくだらないことだった。答えなんて決まっている。俺がこの世界でどれだけ遊んだと思っている。どれだけ努力を繰り返したと思っている。
「ゲームは努力を絶対に裏切らない! 安心しろ! 必ず守る!」
ギュッと口を結んだマナは俺の言葉に安心したのか、力強く頭を縦に振った。
「私も行くわ!」
俺が足を踏み出した瞬間。ベリルちゃんがそう言って駆け寄ってきた。しかし……
「いや、多分ベリルちゃんは一緒にワープできない。アウスト、どうだ?」
「できないです」
アウストはすぐに答える。ベリルちゃんはガッカリしつつも強い眼差しを俺に向ける。
「他に協力出来ることある?」
「じゃあ……」
俺は広間の暗がりを指差して伝える。
「カンド苔を持って町長のところへ向かってほしい。これはベリルちゃんにしか頼めない」
「分かった。任せといて。でもカンドの町で用事が終わったらすぐにそっちに行くから。怪我とかしないでよね」
「ああ、ベリルちゃんも気を付けて」
力強くも寂しげな眼差しをする可愛いベリルちゃんの願い。聞くに決まってるじゃないか。
「よし、ワープバグの準備だ。アウスト、また連絡する」
「待ってますね」
俺はそうしてヘルプウィンドウを閉じるとアイテムボックスを開く。選択したのは毎度恒例、バグの火付け役「炎の封印石」。
この炎の封印石を上から三番目に移動させて三回捨てる。もちろん捨てることはできない。
三という数字。これがサトリの町の入り口に設定されている位置フラグと一致する事で、どのマップ移動でもサトリの町に移動してしまうのだ。
そして、ここから最も近いマップ移動場所はセーフエリアとカンドの洞窟ダンジョンの境。そこを通過することでサトリの町へワープができる。
「マナ。走るぞ! もうすでにバハムートがサトリの町に着いていてもおかしくない」
「うん! って、え? え? なんで? なんで?」
俺は返事をしたマナを抱きかかえた。
「なんでって、素早さ一のマナは走るのも遅いからな。クモマンから逃げたあとに検証するって言ってたのも含めてだ」
カンドの洞窟で走ったときのように足手まといになられても困る。
「リロは?」
「走る」
「こんな時だけ?!」
リロは台車に足を乗せて格好つけながら言う。マナの慌てている姿を見るのが楽しいのだろう。しかしそんなことを気にしている場合ではない。俺は話をしながらも走り出していた。幸運なことに素早さの低いマナを抱えていても俺自身の走る速度には関係ないようだった。
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