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マナの心配

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 リロがお腹いっぱい食べて満足したところで俺たちは宿屋の二階にある寝室へと移動した。木造二階建ての宿屋でとても静かだ。俺たち以外に客がいなかったこともあり、二部屋借りられるかという申し出にも快く返事をくれた。部屋割りは俺が一人で一部屋。モンスター三人組で一部屋という具合だ。隣の部屋であれば九メートルの距離制限範囲内なので問題もない。

「あー。やっと一人でのんびりできるー」

 ベッドに飛び込むと、スプリングの弾力で体が跳ねる。部屋にエアコンもないのに快適な涼しさで、柔らかい布団が気持ちいい。この世界に季節というのがあるかは分からないけれど、ずっと今の気温が続けば良いと思ってしまう。
 そんなことを考えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。居留守を使おうと無視していたらゆっくりと扉が開けられた。

「いるなら返事くらいしてよ」

「……」

「返事しないからっていないってことにはならないからね?!」

 また騒がしいやつがやってきたみたいだ。

「何か用でも?」

「待って。言い方が冷たい! 酷くない?! まあ、そういうやつだって分かってたけど」

「俺を酷いやつ扱いするなんて酷くない?!」

「なんで? なんで? 私が悪いの?」

 俺の適当発言にも真面目に考えるマナは本当に困っている様子だった。

「頭が悪いのは間違いなさそうだな」

「酷くない?!」

「で……用件は?」

 マナは俺から再度訪ねてきた理由を聞かれてゆっくりと部屋の中に入って扉を閉めた。なにやら深刻そうな顔をしている。

「今日あったことがまだ理解しきれてなくて……。モンスターを捕まえることしかできないって言われてた服従の首輪をつけられたこともそうだし、女神様と会ったこととか捕まえたこととか、この世界が作られたものだってこととか……」

 なるほど……。俺の中ではゲームの世界が具現化されて、主人公として転移したって認識しか無かったけど、元からここに住んでいた者にとっては全く違った感覚にもなるのか。細かい説明は面倒と言えば面倒だけど、今後長く旅を共にするのであればちゃんと話をしておいた方がいいかもしれない。

「一つずつ説明しようか。まあそこの椅子にでも座れよ」

 マナは鏡台の前に置かれていた椅子を引いて俺の方に向け、神妙な顔つきで座った。

「まずこの世界のこと。俺が生まれ育った世界ではゲームっていう仮想の世界で遊ぶものがあったんだ。そのゲームってのが無数に存在してて、この世界を題材にしたゲームのその中の一つ。その名も『モンスターうぃず』」

「モンスターうぃず……。リョウはそのゲームってのを使って小さい頃からモノタウンで過ごしてたってこと?」

「いや、モンスターうぃずは主人公となる俺の立場をたくさんの人がプレイ……自分で操作して遊ぶんだ。ゲームの始まりは俺がモノタウンから旅立つ場面から。だからそれ以前はプレイできないんだ」

「つまり……どういうこと?」

 俺も話していて何を伝えようとしているのか、マナが何を知りたいのかがよく分からなくなってきた。

「俺がモンスターうぃずで遊んでたのは、モノタウンから旅立って邪神を倒すところまでのストーリーだけ。それ以外は知らないんだ」

 やり込み要素などの話はマナが聞きたいところではないだろうから、俺は簡単にそれだけを伝えた。するとマナは悩むようにしばらく唸り声をあげると更に質問をぶつけてきた。

「だからリョウは未来で起こることを知ってるみたいだったんだね」

「そういうこと。原作通りなら邪神を倒すまでにどんなイベントが起きて何をすれば解決できるか全部分かってる。でもマナはよく俺の言う事をずっと信じてたな」

「理由聞いても教えてくれなかったでしょ」

「そういえばそうだな」

「はぁ……」

 マナは大きなため息をついていた。今日はモノタウンを出てからというもの、効率重視で黙々とレベリングをしていた。マナも空気を読んで答えるのに時間がかかる質問をしてこなかったのだろう。マナなりに気を遣ってくれていたのか。

「リロがそのゲームっていうのを元にこの世界を作ったとか言ってたけど、あれもホント?」

「本当……だろうな。システムも町も家も俺が知ってるモンスターうぃずの世界と同じだ。これから先は俺が知ってる物語から変わってくるかもしれないみたいだけど」

 原作だと朝と夜などという時間の概念はあるものの、時間経過と共に物語が勝手に進むことはない。自分の行動によってフラグを回収することで物語は前へと動くのだ。リロは必然性と言っていたから、俺が動かずとも時間経過で物語が進むこともあるのだろう。例えば放っておけば近いうちにカンドの町長が病気で死んでしまうとか……。
 だからと言って負けイベントで素直に負けて死ぬ運命には従いたくない。

「そのことでちょっと気になったんだけどさ。リョウがいたとかいう世界のゲームを元にこの世界を作ったって言うなら、そのゲームに無かった頃のことってどうなってたの?」

「ん? どういうこと?」

「その……。私には小さい頃に幼馴染としてリョウと過ごした記憶があるけど、それってなんなのかなって」

 言われてみれば不思議ではある。

「確かなことはリロにでも聞いてみないと分からないな」

「そう……だよね……」

 マナに幼い頃の記憶があるように俺にも幼い頃の記憶がある。それはもちろんこの世界での記憶ではなくて元の世界での記憶だ。必然性とやらに引っ張られて記憶が改ざんされているということもない。生まれたときからの記憶が間違いなく存在していたことはリロ自身が十万年も宇宙を管理していたという話から間違いなさそうだと言える俺とは違い、マナは記憶自体が作られたものの可能性が高いわけだ。
 アイデンティティの確立を思えば辛いことかもしれない。

「これからのことだけ考えてれば良いんじゃないか? 俺だってこの世界ではいなかったはずの存在なわけだし、今までのことを気にしてても仕方ない」

「それって辛くないの? 知らない人の人生を途中から代わりに過ごすようなものでしょ?」

「うーん……」

 全く気にしたこともなかった点を指摘されて考えてしまう。しかし少し考えたところですぐに答えが出た。

「元の世界に未練もないし、この世界の方が面白いからどうでもいい」

「待って。本当にどうでもいいの? 元の世界での十五年が無かったことになるのよ?」

「厳密に言うと元の世界では十八年だけど……どうでもいいね」

「はぁー……」

 はっきりと告げると、マナは肺の中の空気を全て吐き出すかのような長いため息をついた。そんなに呆れるようなことか?

「心配して損した」

「心配してたのか? てっきり自分自身が作られた存在なのかもしれないってところに不安を覚えてるのかと」

「うーん……そう言われればそうかもしれないけど……。私はどっちかと言うと楽しみな気持ちの方が強いかな。一生モノタウンから出られないと思ってたのがこうして冒険みたいなことができるようになったんだから。運命が動き出したって感じ? ワクワクしない?」

「ワクワク……」

 マナが明るい笑顔で嬉しそうに言い放った言葉が妙に心にストンと収まった。好きなゲームの世界で生きることができるようになって、ゲームではできなかったことまでできるかもしれない。それは間違いなく――

「ワクワクしないわけないよな!」

「うん。うん! それ聞いて安心した。じゃあ私部屋に戻るね」

「ああ」

 元より不安も不満もほとんど無かったけれど、マナとの会話でより一層この世界を楽しもうと心に決めることができた。

「おやすみ。リョウ」

「おやすみ」

 俺はマナが自分の部屋に帰っていった後にメニュー画面を開いてパーティのステータスを確認した。リロが言う悠々自適な生活を送るだけであれば十分なステータス。しかしここの町長の病気やサトリの壊滅をどうにかするにはこのステータスだけでは足りない。全てを犠牲にする覚悟が必要だ。

「やってやるか」

 そうしてステータス画面を閉じようとした時、俺は一つの表示が目に入った。リロの状態異常パラメータ。そこにははっきりと睡眠と書かれていた。

「あいつ寝てばっかりだな」

 その事実に俺は安心して眠ることができたのだった。
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