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スマイルなキマイルでレベルアップ

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「って……ここ立ち入り禁止の危険区域じゃない!!」

 俺はなかば引きずるようにして――リロは実際に引きずって――とあるダンジョンのある崖道へと入った。右を見ると誤って落ちれば奈落の底とも言うべき崖。左を見れば果てしなく高い絶壁。足元は乗用車が余裕で通れるほどの道幅があるが、マナは震えて俺の後ろに隠れている。震えるほどに怯えつつも叫ぶ元気があるようで安心だ。

「一気にレベルを最大まで上げるバグ技もあるんだけど、そうすると俺がスキルを覚えられなくなって結果的に弱くなるから今回は普通にレベリングする」

 とはいえレベルアップでスキルを覚えないマナとリロは関係ないんだけど。

「どう考えても普通じゃないって!」

「元気なのは良いけどうるさい。HP削れば大人しくなるか?」

 俺はそう言いながらHPと元気さが比例するのか検証するためにメニューウィンドウを開いた。味方への攻撃でマナのHPを削るには俺とウサプーでは攻撃力が高くて倒してしまうかもしれない。マナはHPだけは並だが、他のステータスが軒並み一しかないのだから。そこで俺はリロのステータスを確認する。原作通りであればリロのステータスはHPもレベルも何もかも一のはず。捕獲されることを想定していなかったのだろう。そのせいで成長によって上がるステータスも全て一ずつという適当さだ。メニューを操作してリロのステータスを見る。

「やっぱり全部一だな。リロに攻撃してもらおう」

「待って! やめて! HP減っても変わらないから! ウサプーに襲われてた時も変わらなかったでしょ!?」

「確かに。俺としたことが失念してた」

 マナは俺がメニューウィンドウをトップページに戻したことでほっと一息ついている。そんなに嫌だったのだろうか。

「絶対今も頭のおかしいこと考えてるでしょ」

「いや、いつも通りだけど?」

 マナは大きくため息をついている。息吐きっぱなしだな。この世界ではブレス系スキルも覚えさせられるかな?

「お、そんなこんなしてるうちに出たぞ」

 避けて通ることのできない一本道の真ん中に現れたのは、上級モンスターに分類されるフレアドラゴン。ステータスメニューで確認するとレベルは四十。一発でも攻撃をくらえば死亡だ。

「ちょっと! あんなの倒すの? 無理無理無理無理! 早く逃げよっ!」

「よし。逃げるぞ」

「うん逃げよ……って……え? 本当に逃げるの?」

「なんだ? 戦いたいのか?」

「逃げます!」

 どっちなんだよ。まあフレアドラゴンは目当てのモンスターではないし、今の俺たちでは全く勝ち目が無いから逃げるしかないんだけどな。
 俺たちはカンド近くまで撤退し、また同じところまで戻るというのを三度繰り返した。

「走ってるだけじゃない。本当にレベル上げるの? そろそろ説明してよ」

 フレアドラゴンと運悪く四連続でエンカウントしてしまい五度目の進軍中。ただ騒いでいただけのマナは遂に俺に説明を求めてきた。逆によく今まで何も聞かずについて来ていたと感心する。リロは相変わらずボーッと立て札に寝転んで空を見ている。……HPも一しかないリロが一番危険な状況だと理解してないのかな?

「この崖道は三種類のモンスターが出るんだが、その中の一体『キマイル』だけを狙って倒すんだ。他のフレアドラゴンとハイションは無視」

「そのキマイルってのは倒せるの?」

「キマイルは種族『植物』で炎属性スキルがバツグンに効くんだ。炎属性スキルの中で最強の煉獄火炎を使えば一確だから安心して狩れる」

「いつの間にそんなスキル覚えてたの? モノタウンにいた頃は使えなかったよね?」

 マナの記憶の中での俺はおそらく今の俺とは別物なのだろうけれど、俺自身が煉獄火炎を使えないのは間違いない。しかし――

「スキルでは覚えてなくても――」

「あはははははははははははははははは」

 俺がマナに説明しようとしたところで野太く巨大な笑い声が響いた。笑い声……否。キマイルの鳴き声だ。
 湾曲した崖道からひょっこり顔を出したそいつは間違いなくキマイルだった。公式では木と言い張っているが、その形状は松茸に近い。松茸で言うところの傘の部分に葉が生い茂っているようだが、紅葉しているので真っ赤だ。そして幹の部分には――

「めっちゃ笑顔のキモいやつ出てきたけどなに?! あれ?! あれ倒すの?! 戦いたくないんだけど!」

 めっちゃ笑顔だ。めっちゃ笑顔で野太い笑い声を上げて壁からひょっこりこちらを伺う巨大なち〇こだ。生い茂る紅葉がいい具合にモザイクになっている。

「あの見た目の奴らを狩りまくってレベリングする方法を攻略サイトでは通称『去勢フィーバー』という」

「あはははははははははははははははは」

 笑っているのはキマイルだ。マナは表情が死んでいる。ステータスを確認すると停止状態になっていた。
 しかし奇抜なデザインとは裏腹にキマイル自身はしっかりとレベル四十の強敵だ。攻撃をくらえば即死である。だが、メニュー画面の機能が原作と同じというのならメニューを通して行う動作も原作通りのはず。つまり、特殊イベントを除くアイテム使用の絶対先行。

「くらえ! 煉獄火炎!」

 俺はそう叫びながらアイテムボックスに九十九個ストックしてある「煉獄火炎の巻物」をタッチした。すると、俺の正面から道を全て飲み込んで更に崖下まで溢れる炎の渦がキマイルに襲いかかった。

「あははははは――――…………」

 死の間際まで笑顔を忘れない巨大なち〇こは跡形もなく消え去った。

「俺も奴のように死に際は笑っていたいもんだな」

「何馬鹿なこと言ってんのよ!」

 レベルが上がったことで状態異常が治ったのか、マナがそう言って俺にローキックをかました。レベルアップによって攻撃力が上がらないマナと違って、レベルアップで防御力の上がった俺にダメージはない。以前と比べて痛みもない。

「おお! 実際に自分のレベルが上がると凄いな!」

 まるで体が軽くなったかのような感覚になる。ステータス画面を見ると、一レベルだった俺のレベルは一気に十六レベルまで上がっていた。通常スキルはレベルアップごとに現在のレベルに最も近いレベルで覚える一つしか修得できない仕様のため、十五レベルで覚える正拳突きだけを覚えた。装備している武器種に関係なく使える技だ。ステータスも大幅に上昇。これだけでも本来ならバハムート戦前に出てくるボスすら余裕で倒せる強さだ。

「私は? 私は強くなったの?」

 メニュー画面を覗き込んだマナに俺は優しく説明をしてあげる。

「マナの元のレベルは十五。今のキマイルを倒したことで二十二レベルまで上がってる」

「うんうん!」

 マナは目をキラキラさせて俺の話を聞いている。

「ちなみにマナ、今の年齢は?」

「え? 十五歳だけど? なんで?」

 レベルイコール年齢となってしまうわけではないようで少しだけ安心だ。

「いや、何でもない。まずはHPから説明するぞ。ヒットポイント……つまりどれだけダメージを受けても死なないかってパラメータだけど、俺が二百四十五。マナは四百九十四。約二倍だな」

「ほっほーう! 私が! リョウの! 二倍! んん?」

 ドヤ顔で俺を見下すように無い胸を張るマナ。崖下に突き落としたくなるほどウザい。

「残りのステータスは全て一のままだ」

「残りのステータスは全て一のま……ま……マ?」

「マ」

 マナは膝から崩れ落ちた。

「ザマァ」

 マナは俺の言葉に反応をしない。

「ちなみに俺の攻撃力四十二でマナを攻撃すると、ダメージはおよそ千八百」

「千八百……」

 マナのステータスを確認すると絶望状態になっていた。
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