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気持ちの重さはチョコレート一枚分

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「朝からテンション下がるもん見ちゃった」


 幼馴染の友人、輝久は朝のホームルームの前に俺の席まで来てうなだれるように机に顎を乗せた。喋る度に小刻みに揺れる机。その揺れを俺は突いた肘を通して感じる。


「そっか。気付いちゃったか」


「相変わらず察しが良いんだな元樹」


「ん、まあね」


「千弘ちゃん……野村先輩の下駄箱にチョコレート入れてたんだよ。しかもこんなデカいやつ」


 ガクンと机に額を打ち付けながら、手でサイズ感を示す。見た感じ下駄箱にギリギリ入りそうな大きさ。高さと奥行きは分からないけど横幅は三十センチほどなのだろう。ずいぶんな大きさだ。


「でさー」


「気持ちの重さは渡すチョコレートの重さと同じってやつ?」


「そうそれ。昨日のテレビで言っててさー。恋心の重さは板チョコ一枚分だとか」


 板チョコは今の日本のスタンダードでは約五十グラム。手造りにして何人かに分けるなら一人あたりは少なくなるけど、本命のみとなると五十グラムは意外と少ない。定番のトリュフを作るにも生クリームなんかを混ぜるから五十グラムの板チョコで六個か七個――義理チョコとして渡すなら二人分か三人分作れる。


「でも、本気になる前に分かって良かったじゃん」


「何言ってんだよ! 本気だったよ!」


「ほとんど話したことも無かったのに?」


「それは……あれだよ。あれ!」


「本気なんだったら、まだ諦めずに好きなままでいるの?」


「当たり前だろ! それにまだ先輩と付き合い始めたって訳じゃないし」


 口調は強かったが、机に額を付けたままため息交じりに言う姿は弱弱しかった。両手もだらりと下げている。力なく揺れる手のリズムがまたしても机越しに俺に伝わる。


「アプローチとかするの?」


「……しないけど。片思いのままでも十分幸せなんだよ」


「……輝久って何だか女の子みたいだよね」


「うるせー元樹! お前なんか田舎のおばあちゃんみたいじゃないか! いっつもいっつも悟り開いた年寄りかってんだよ」


「ははは。あんまり否定できないのが悔しいね」


「欠片も悔しいなんて思ってもねーくせによく言うぜ」


 顔を上げた輝久はやっといつも通りの元気な表情に戻っていた。


「でも、片思いしてるだけで幸せって気持ちは分からなくもないな」


「お? なんだ? 元樹も好きな人いたのか? もしかして女子に告られても全部断ってたのってそれが理由だったりして」


「片思いってさ。思いを伝えようとしなかったら傷つくこともないし、一緒にいるだけで幸せだとか思えて良いよね。ほら、ローリスクとハイリターンって感じ」


「いや、俺も片思いしてるけど現に朝一で傷ついちゃったし。あと、好きな子相手にリスクとか考えるのって狡くない?」


「ははは。幸せになれるならちょっとくらい狡くたって良いじゃん。輝久が朝一で傷ついたって言っても、それって相手の思いが自分に向いてない事のショックとか一番になれなかった事のショックとかだよね?」


「まあ……言われてみればそうかも。千弘ちゃんと付き合えないかも……とか、そんな感じ」


「俺はそのくらいのショックなら大したこと無いと思うんだよね」


「そうか? 結構辛かったぞ?」


「人間関係で一番辛いのって拒絶されることだと思うんだ」


 真っ直ぐに俺の事を見る輝久の顔を見ていられなくなって、俺は不自然の無いように窓の外に視線を逸らす。雲一つない空だけど、深夜に降り積もった雪でグラウンドは真っ白だ。照り返しで少し眩しい。


「本当は初めから千弘ちゃんと付き合えるようになるとか両想いになれるとか思ってなかったんじゃない?」


「そんなこと分かんねーだろ。もしかしたらってあるし」


「でも、自分の事を好きにならないって思うことで安心したりしてない? この関係が楽だなんて思ったりしてない?」


 今日は少し意地悪になってしまっているかもしれない。そう思いながらも輝久の本心を少し探りたくなった。おそらくこれは幼馴染だから突っ込んで聞けること。男同士だから深く聞けること。


「まあ、確かに楽……かもしれない。でもそんなこと考えたことも無かった」


「たまに話したら笑顔で応えてくれるし、少し助けてあげたら感謝だってしてくれる。そういう片思いの関係ってやっぱり楽だし不安もないし幸せなんだよね」


「聞けば聞くほど片思いって狡いな」


「そう? 良いこと尽くめで良いじゃない?」


 輝久の顔を見ると眉をひそめて悩んでいる様子だった。悩んでくれていた。


「別にこの考え方を輝久にもしろって訳じゃないから。寧ろ両想いになりたいっていうなら、それはそれは素敵なことだし。もちろん協力だってするよ」


「そっか。じゃあ、そん時は頼りにするよ。それより……」


「なに?」


 突然立ち上がった輝久は俺を指差す。まるで俺が何か悪いことでもしたかのような形相だ。


「元樹の片思いの相手って誰だよ! なんか誤魔化しただろ!」


 なんだそのことだったのか。


「片思いしてるだけで幸せって気持ちは分からなくもないとは言ったけど、片思いしてる相手がいるとは一度も言ってないよ?」


「くそっ! そういうことかよ! 今度こそ元樹の弱みを握れると思ってたのに」


「残念でした」


「で、いるの? いないの?」


「あ、まだ聞く感じ? じゃあ、ご想像におまかせしようかな」


「はいはい。何も言う気はないんですね。分かったよ」


「ははは。そう落ち込むなって。あ、そうだ」


 俺は思い出したかのように鞄の中を漁る。あくまで今思い出したかのように。


「はいこれ。毎年恒例のやつ」


「あー。いや美味しいから嬉しいことは嬉しいんだけどよ。千弘ちゃんから貰いたかった」


「残念でした。でも今年は今までとはちょこっと違ったチョコレートにしたんだよ」


「ん? 今開けていいの?」


「どうぞどうぞ」


 特に装飾の無いケース。リボンも無ければメッセージカードもない。ただ中にチョコレートが入っているだけ。


「お? トリュフでも生チョコでもないんだな。クッキー入り?」


「ううん。砕いたアーモンドだよ」


 今年は簡単なものにした。砕いたアーモンドを混ぜて丸めただけのチョコレート。昨日の夜に急遽予定を変更して作ったチョコレート。四個入りだからすぐに食べ終えることができる。


「おおー相変わらず美味しそうだな。とりあえずいただきまーす」


 放り込むようにチョコレートを口に入れる輝久。噛むごとに頬が緩んでいく。本当にチョコレートの渡し甲斐があるやつだ。


「ちょーうめー」


「それはどうも」


 輝久の笑顔を見て自然と俺も笑顔になる。


「今年もホワイトデーは何か考えないとなー」


 輝久はチョコレートを次々と食べながら軽く言った。


「来年からは模試とか増えるから鉛筆が欲しいかな」


「分かりやすい要求ありがとな」


 毎年の決まり。俺がチョコレートをあげて輝久が俺の欲しがってる物を買う。貸し借り無しとでも言うような対等な友人同士のプレゼント交換。


「でも、鉛筆一本じゃ流石に割に合わなさそうだよな」


「そんなに気にしなくて良いよ」


「でも、これ作るのにどのくらい材料費かかったかとかさー」


 毎年そう。輝久は律儀にも俺がかけた金額以上のお返しをしようとする。よくホワイトデーは三倍返しなんて言うけど、そこまでではなくても三割増しくらいで返してくれる。


「材料費って言ってもな……」


 絶対に実ることのない片思いは、狡いかもしれないけどそれだけで幸せで……。


「お父さんが酒のつまみに買ってたアーモンドと……」


 思いを伝えない覚悟があるからこそ、拒絶される不安も無いわけで……。


「板チョコ一枚だけだよ」


 気付かなくても良い。でもこれが俺の精一杯の告白。


「そっか。じゃあ鉛筆何本かセットで買ってやるよ」


 輝久の笑顔が眩しすぎて、照り返しの強いグラウンドへと目を背けてしまう。

 叶わないと分かっているからこそ、これからもずっとこのままで……。
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