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最終話 ブーゲンビリアが咲く丘で
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「今日は隣町まで行ってみるか」
そう馬に話しかけ、その背に跨った。
ゆっくりと歩かせながら、リサーリアとの結婚式の日の事を思い出していた。
もともとリサーリアとの結婚は、家同士の利益のために父が決めた事だった。
父と伯爵夫人の関係を見ていれば分かるが、夫婦の間に愛情など存在しない。
母との事も父からしてみれば、一時の火遊び。
夫婦なんて、そんなくだらない関係でしかなかった。
けどその時の僕は、父と伯爵夫人を辺境地へ追い出すために当主になれれば他はどうでもよかった。
結婚相手も、他の令嬢のように驕り高ぶった人間なのだろうと覚悟をしていた。
しかし、リサーリアは他の貴族令嬢とは違った。
荒れ果てた両手 ―――…
毎日毎日働きづめだった母の手を思い出した。
伯爵令嬢の手ではない。
いったい実家ではどんな暮らしだったのか気になり、調べさせた。
だから調査結果が分かるまで、一線を越えるべきではないと思った。
数日後に届いた結果を見て愕然とした。
実父には結婚前から愛妾と子供がおり、リサーリアと実母は離れに追い出され、ろくな扱いを受けていなかった。
さらに驚いた事にリサーリアは小物を作り、それをお店に買い取ってもらい、そのお金で生計を立てていたという。
その当時、リサーリアはまだ10歳になったばかりだったそうだ…
父親を恨み自暴自棄になるのではなく、自分にできる事を模索し母親を助けてきたリサーリア。
あの夜僕は『君とは良い夫婦関係を築いていけると思っている』とそんな風に言ったけど、すでに君に魅かれていたんだよ…
「ぶわっっ!」
突然、一枚の布切れが視界を塞いだ。
「なんだこれ?」
手に取り広げて、目を見張った。
「ごめんなさ――いっ それ、私ので――すっ」
一人の女性が、僕に向かって走ってきた。
僕は急いで馬から降り、あわててその女性に駆け寄った。
「すみません! このハンカチはどこで手にいれたんですか!?」
僕が手にしているハンカチには、ブーゲンビリアの刺繍が施されていた。
突然問われた女性は、戸惑いながらも答えてくれた。
「あ、それは隣町のレウニオンにある雑貨店で売っていて…」
「それはどこら辺にある雑貨店?」
「えっと…確か郵便取扱所の横にあったはず…緑色の屋根の…」
「どうもありがとう!」
僕は急いで馬のところに戻り、飛び乗ると駆け出した。
◇◇◇◇
カランカラン
ドアベルが鳴り響く。
「いらっしゃいませ―っ」
女店主の明るい声が客を出迎えた。
男一人で入るにはかわいらしすぎる店だな。
「!!」
入口近くの棚に、ブーゲンビリアの刺繍が施された商品が並んでいた。
「す、すみません! あの…ブーゲンビリアのデザインがされている商品を作っている女性はどこにいますか!?」
僕は商品を指差しながら店主に詰め寄った。
「…………っ」
店主が訝しそうに眼を細めながら僕を見た。
あ、聞き方を間違えた。
ものすごく怪しまれている。
「ち、ちがうんです。実はこの品を作っているのは僕の妻で、僕はいなくなった妻をずっと探してて…」
「……………いなくなった妻って…旦那のあんたから逃げ出したって事…?」
まずい、これも違った。
ますます怪しまれているっ ど、どうすれば…あ!
「そ、そうじゃなくてっ いや、そうかもしれないけど違うんです! これ! 妻が…リサーリアが作ってくれたハンカチなんです!」
僕は慌ててハンカチを取り出して、店主に見せた。
「…確かにリサーリアの刺繍だわ…」
「彼女、ここに来たんですか!?」
僕は店主にさらに詰め寄って聞いた。
「あんた…」
店主が少し驚いたように僕の顔を凝視する。
「え?」
僕は一瞬身を引いた。
何かに気づいたようにふっと笑う店主。
「彼女…いつもブーゲンビリアのデザインの商品を作るのよ。一度、なんでブーゲンビリアなのか聞いた事があって。その時彼女、“大切な人の瞳と同じ色だから”って嬉しそうに話していたわ」
「……っ」
僕はハンカチを握り締めた。
「彼女、さっきまで来ていたのよ。帰りに夕日を見るって、裏にある小さな丘に登って行ったわ」
そういうと右手の親指で後ろを差すしぐさをした。
「そこはブーゲンビリアがたくさん咲く場所なのよ」
「ありがとうございます!」
僕は店を飛び出して、急いで裏の丘を駆け上った。
◇◇◇◇
登った丘の先には、朱と黄色が織りなす美しい世界が広がっていた。
そこに…探し求めていた僕の大切な……
「リサーリア!」
「…っ!!」
僕の声に振り返ったリサーリア。
僕は彼女に駆け寄り、抱きしめた。
「リサーリア! 無事でよかった…っ どれだけ会いたかったか…!」
「モ…モートン…? ほ…ほんと…に…? 本当にあなた…なの…?」
「リサーリア…」
話さなければならない事がたくさんあるけれど、今は彼女のぬくもりを感じていたい。
「モ…ートン…わ…私…あなた…に…はな…した…事が…るの…っ」
「え…?」
そういって涙をぼろぼろ流しながら彼女が僕に囁いた言葉は…
「!!」
リサーリア…!
僕の人生で、君にめぐり会えた幸せ以上の喜びがあるなんて思いもしなかったよ。
次にブーゲンビリアが満開に咲く頃は、三人で ――――――…
<完>
そう馬に話しかけ、その背に跨った。
ゆっくりと歩かせながら、リサーリアとの結婚式の日の事を思い出していた。
もともとリサーリアとの結婚は、家同士の利益のために父が決めた事だった。
父と伯爵夫人の関係を見ていれば分かるが、夫婦の間に愛情など存在しない。
母との事も父からしてみれば、一時の火遊び。
夫婦なんて、そんなくだらない関係でしかなかった。
けどその時の僕は、父と伯爵夫人を辺境地へ追い出すために当主になれれば他はどうでもよかった。
結婚相手も、他の令嬢のように驕り高ぶった人間なのだろうと覚悟をしていた。
しかし、リサーリアは他の貴族令嬢とは違った。
荒れ果てた両手 ―――…
毎日毎日働きづめだった母の手を思い出した。
伯爵令嬢の手ではない。
いったい実家ではどんな暮らしだったのか気になり、調べさせた。
だから調査結果が分かるまで、一線を越えるべきではないと思った。
数日後に届いた結果を見て愕然とした。
実父には結婚前から愛妾と子供がおり、リサーリアと実母は離れに追い出され、ろくな扱いを受けていなかった。
さらに驚いた事にリサーリアは小物を作り、それをお店に買い取ってもらい、そのお金で生計を立てていたという。
その当時、リサーリアはまだ10歳になったばかりだったそうだ…
父親を恨み自暴自棄になるのではなく、自分にできる事を模索し母親を助けてきたリサーリア。
あの夜僕は『君とは良い夫婦関係を築いていけると思っている』とそんな風に言ったけど、すでに君に魅かれていたんだよ…
「ぶわっっ!」
突然、一枚の布切れが視界を塞いだ。
「なんだこれ?」
手に取り広げて、目を見張った。
「ごめんなさ――いっ それ、私ので――すっ」
一人の女性が、僕に向かって走ってきた。
僕は急いで馬から降り、あわててその女性に駆け寄った。
「すみません! このハンカチはどこで手にいれたんですか!?」
僕が手にしているハンカチには、ブーゲンビリアの刺繍が施されていた。
突然問われた女性は、戸惑いながらも答えてくれた。
「あ、それは隣町のレウニオンにある雑貨店で売っていて…」
「それはどこら辺にある雑貨店?」
「えっと…確か郵便取扱所の横にあったはず…緑色の屋根の…」
「どうもありがとう!」
僕は急いで馬のところに戻り、飛び乗ると駆け出した。
◇◇◇◇
カランカラン
ドアベルが鳴り響く。
「いらっしゃいませ―っ」
女店主の明るい声が客を出迎えた。
男一人で入るにはかわいらしすぎる店だな。
「!!」
入口近くの棚に、ブーゲンビリアの刺繍が施された商品が並んでいた。
「す、すみません! あの…ブーゲンビリアのデザインがされている商品を作っている女性はどこにいますか!?」
僕は商品を指差しながら店主に詰め寄った。
「…………っ」
店主が訝しそうに眼を細めながら僕を見た。
あ、聞き方を間違えた。
ものすごく怪しまれている。
「ち、ちがうんです。実はこの品を作っているのは僕の妻で、僕はいなくなった妻をずっと探してて…」
「……………いなくなった妻って…旦那のあんたから逃げ出したって事…?」
まずい、これも違った。
ますます怪しまれているっ ど、どうすれば…あ!
「そ、そうじゃなくてっ いや、そうかもしれないけど違うんです! これ! 妻が…リサーリアが作ってくれたハンカチなんです!」
僕は慌ててハンカチを取り出して、店主に見せた。
「…確かにリサーリアの刺繍だわ…」
「彼女、ここに来たんですか!?」
僕は店主にさらに詰め寄って聞いた。
「あんた…」
店主が少し驚いたように僕の顔を凝視する。
「え?」
僕は一瞬身を引いた。
何かに気づいたようにふっと笑う店主。
「彼女…いつもブーゲンビリアのデザインの商品を作るのよ。一度、なんでブーゲンビリアなのか聞いた事があって。その時彼女、“大切な人の瞳と同じ色だから”って嬉しそうに話していたわ」
「……っ」
僕はハンカチを握り締めた。
「彼女、さっきまで来ていたのよ。帰りに夕日を見るって、裏にある小さな丘に登って行ったわ」
そういうと右手の親指で後ろを差すしぐさをした。
「そこはブーゲンビリアがたくさん咲く場所なのよ」
「ありがとうございます!」
僕は店を飛び出して、急いで裏の丘を駆け上った。
◇◇◇◇
登った丘の先には、朱と黄色が織りなす美しい世界が広がっていた。
そこに…探し求めていた僕の大切な……
「リサーリア!」
「…っ!!」
僕の声に振り返ったリサーリア。
僕は彼女に駆け寄り、抱きしめた。
「リサーリア! 無事でよかった…っ どれだけ会いたかったか…!」
「モ…モートン…? ほ…ほんと…に…? 本当にあなた…なの…?」
「リサーリア…」
話さなければならない事がたくさんあるけれど、今は彼女のぬくもりを感じていたい。
「モ…ートン…わ…私…あなた…に…はな…した…事が…るの…っ」
「え…?」
そういって涙をぼろぼろ流しながら彼女が僕に囁いた言葉は…
「!!」
リサーリア…!
僕の人生で、君にめぐり会えた幸せ以上の喜びがあるなんて思いもしなかったよ。
次にブーゲンビリアが満開に咲く頃は、三人で ――――――…
<完>
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