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第1話 婚約者の裏切り
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「う…そ……っ!」
今私の目の前で、裸の男女が寝所で抱き合っている。
女性は私の従姉カレリア、男性は……私の婚約者であるレナード様!
私に気が付くと二人はあわてて身体を離したが、すでに意味はない。
「ごめんなさい、ブロンシュ。私たち愛し合っているの」
「…すまない」
レナード様は私の方を見る事もなく、謝罪の言葉を呟いた。
「……っ!」
私は何も言えずに、その場を立ち去る事しかできなかった。
私は何を見せられたの!?
どうして!?
なんで!?
いつから二人は!!!
私はどこへ行くともなく走った。
そして涙で霞んだ視界は、足元の階段に気づく事が出来ず…
「ああぁあっ!」
ドンドンガンダダダン!!!
「…っっ!」
「…!!」
ざわめく喧騒
響き渡る声
視界が、光から闇に変わる……
―――― たった15年の人生が終わった瞬間だった ――――
真っ暗な空間の中で、私の周りには15年の人生が切り取った絵のようにバラバラに散らばっていた。
ヴェリタス伯爵家の嫡女である私ブロンシュとグリジオン伯爵家の次男であるレナード様とは幼馴染だった。
お互いの両親が友人同士だったので、よく両家で食事会を開いたり互いの屋敷を行き来していた。すると子供同士である私たちも仲良くなる。
淡い初恋が始まるまでの流れはごく自然だった。
私が13歳でレナード様が15歳に婚約が決まった時は、二人で見ていた未来がひとつ叶った瞬間でもあった。そして私が高等学院を卒業したら結婚し、将来はレナード様にヴェリタス家を継いでもらう予定となっていた。
しかし私が15歳の時に、3つ年上の従姉であるカレリアを家に引き取った事から状況は変わっていった。
彼女の両親…お父様にとっては弟夫婦…が馬車の事故で亡くなった。
最初は祖父母が引き取ると言っていたが、我が家が引き取る事にした。
華やかなで社交的なカレリア。
情熱的な赤い髪とガーネットの瞳は彼女の美しさを引き立たせ、誰もが魅了された。
そして、そんな彼女が我が家の生活に溶け込むのは容易い事だった。
カレリアは両親には可愛がられ、使用人たちとは親しくなっていった。
そんな中、彼女は私の物を強請るようになる。
最初は私のアクセサリー。
次は私の洋服。
次は靴、バッグ…私のお気に入りの物は次々と取られていく。
何度か両親に不満をぶつけたけれど、二人はカレリアの味方だった。
「カレリアは両親を亡くしているのよ? 優しくしてあげなさい」
「お前には何でも買い与えているだろ。少しぐらいカレリアに譲りなさい」
「「思いやりのない子」」
私の言葉はただのわがままに取られてしまい、両親からは失望された。
そんな様子を見ていた使用人たちも、私よりカレリアの味方になっていった。
そしてレナード様とカレリアが出会った日の事は、昨日のように思い出せる。
カレリアを迎えに行ったお父様が一緒に屋敷に戻った時に、レナード様がいらした。
彼女と出会った瞬間、レナード様が見惚れていた事にすぐ気がついた。
私はあんなに熱い眼差しでレナード様に見つめられた事はない。
それからカレリアはレナード様が訪ねて来ると、狙ったように顔を出すようになった。
「私もお邪魔していいかしら? こっちに来たばかりでお友達もいないし暇なの」
そう言いながら、私とレナード様がお茶をしていると必ず現れた。
「もちろんいいよ。ね、ブロンシュ」
嬉しそうなレナード様の笑顔。
「…ええ」
そんな風に言われたら、拒否できるはずがない。
いつも私はひきつった笑顔で答えるしかなかった。
そしてお話するのはレナード様とカレリア。
私は専ら聞き役になっていた。
そのうち彼は私との約束を破るようになり、我が家に来る事が減っていった。
「ごめんね。急な用事ができてしまって…」
申し訳なさそうに言う彼を責める事はできない。
一月の内、会った日より約束を反故にされた日の方が遥かに多かったとしても…
その後レナード様がカレリアと一緒にいたところを見たと、知人から聞くようになった。
「仲良さそうに腕を組んで歩いていましたよ」
「私はとある庭園でレナード様にしなだれかかっているカレリア様を見ましたわ」
同情と嘲笑が入り混じった知人たちの目。
二人の醜聞を聞く事が日を追うごとに増えていく。
それでも私は愚かにもレナード様を信じていた。
彼とはカレリアよりもたくさんの思い出があり、たくさんの時間を共にしてきた。
そんな彼が私たちの思い出を壊すはずがないと。
きっと以前のように戻れると…
けれど…その願いを簡単に打ち砕く出来事が起こった。
あの夜は両親がパーティーに出かけており、屋敷にいるのは私とカレリアと使用人たちだった。
私は図書室から部屋に戻ると、ドアの隙間にメモが差し込まれている事に気づいた。
『今夜9時に私の部屋に来て 大事な話があるの カレリア』
そう書かれていた。
使用人たちはすでに休んでおり、部屋の外に人気はない。
きっとレナード様の話だろう…と思った。
レナード様を信じたい気持ちと疑う気持ちが交差する中、カレリアからのメモは不安しかなかった。
私は心許ない足取りで部屋を訪ね、寝所での二人の姿を目の当たりにする事となる。
彼が来ていた事さえ知らなかった。
もしかして、今までもこのように忍び込んで逢瀬を繰り返していたの?
信じていたのに…こんな残酷な現実を突きつけられるなんて…!
今まで二人で積み重ねてきた時間はなんだったの!?
彼への想いが粉々に砕け散った瞬間だった。
そして私は婚約者を奪われ、命までも失った――――…
今私の目の前で、裸の男女が寝所で抱き合っている。
女性は私の従姉カレリア、男性は……私の婚約者であるレナード様!
私に気が付くと二人はあわてて身体を離したが、すでに意味はない。
「ごめんなさい、ブロンシュ。私たち愛し合っているの」
「…すまない」
レナード様は私の方を見る事もなく、謝罪の言葉を呟いた。
「……っ!」
私は何も言えずに、その場を立ち去る事しかできなかった。
私は何を見せられたの!?
どうして!?
なんで!?
いつから二人は!!!
私はどこへ行くともなく走った。
そして涙で霞んだ視界は、足元の階段に気づく事が出来ず…
「ああぁあっ!」
ドンドンガンダダダン!!!
「…っっ!」
「…!!」
ざわめく喧騒
響き渡る声
視界が、光から闇に変わる……
―――― たった15年の人生が終わった瞬間だった ――――
真っ暗な空間の中で、私の周りには15年の人生が切り取った絵のようにバラバラに散らばっていた。
ヴェリタス伯爵家の嫡女である私ブロンシュとグリジオン伯爵家の次男であるレナード様とは幼馴染だった。
お互いの両親が友人同士だったので、よく両家で食事会を開いたり互いの屋敷を行き来していた。すると子供同士である私たちも仲良くなる。
淡い初恋が始まるまでの流れはごく自然だった。
私が13歳でレナード様が15歳に婚約が決まった時は、二人で見ていた未来がひとつ叶った瞬間でもあった。そして私が高等学院を卒業したら結婚し、将来はレナード様にヴェリタス家を継いでもらう予定となっていた。
しかし私が15歳の時に、3つ年上の従姉であるカレリアを家に引き取った事から状況は変わっていった。
彼女の両親…お父様にとっては弟夫婦…が馬車の事故で亡くなった。
最初は祖父母が引き取ると言っていたが、我が家が引き取る事にした。
華やかなで社交的なカレリア。
情熱的な赤い髪とガーネットの瞳は彼女の美しさを引き立たせ、誰もが魅了された。
そして、そんな彼女が我が家の生活に溶け込むのは容易い事だった。
カレリアは両親には可愛がられ、使用人たちとは親しくなっていった。
そんな中、彼女は私の物を強請るようになる。
最初は私のアクセサリー。
次は私の洋服。
次は靴、バッグ…私のお気に入りの物は次々と取られていく。
何度か両親に不満をぶつけたけれど、二人はカレリアの味方だった。
「カレリアは両親を亡くしているのよ? 優しくしてあげなさい」
「お前には何でも買い与えているだろ。少しぐらいカレリアに譲りなさい」
「「思いやりのない子」」
私の言葉はただのわがままに取られてしまい、両親からは失望された。
そんな様子を見ていた使用人たちも、私よりカレリアの味方になっていった。
そしてレナード様とカレリアが出会った日の事は、昨日のように思い出せる。
カレリアを迎えに行ったお父様が一緒に屋敷に戻った時に、レナード様がいらした。
彼女と出会った瞬間、レナード様が見惚れていた事にすぐ気がついた。
私はあんなに熱い眼差しでレナード様に見つめられた事はない。
それからカレリアはレナード様が訪ねて来ると、狙ったように顔を出すようになった。
「私もお邪魔していいかしら? こっちに来たばかりでお友達もいないし暇なの」
そう言いながら、私とレナード様がお茶をしていると必ず現れた。
「もちろんいいよ。ね、ブロンシュ」
嬉しそうなレナード様の笑顔。
「…ええ」
そんな風に言われたら、拒否できるはずがない。
いつも私はひきつった笑顔で答えるしかなかった。
そしてお話するのはレナード様とカレリア。
私は専ら聞き役になっていた。
そのうち彼は私との約束を破るようになり、我が家に来る事が減っていった。
「ごめんね。急な用事ができてしまって…」
申し訳なさそうに言う彼を責める事はできない。
一月の内、会った日より約束を反故にされた日の方が遥かに多かったとしても…
その後レナード様がカレリアと一緒にいたところを見たと、知人から聞くようになった。
「仲良さそうに腕を組んで歩いていましたよ」
「私はとある庭園でレナード様にしなだれかかっているカレリア様を見ましたわ」
同情と嘲笑が入り混じった知人たちの目。
二人の醜聞を聞く事が日を追うごとに増えていく。
それでも私は愚かにもレナード様を信じていた。
彼とはカレリアよりもたくさんの思い出があり、たくさんの時間を共にしてきた。
そんな彼が私たちの思い出を壊すはずがないと。
きっと以前のように戻れると…
けれど…その願いを簡単に打ち砕く出来事が起こった。
あの夜は両親がパーティーに出かけており、屋敷にいるのは私とカレリアと使用人たちだった。
私は図書室から部屋に戻ると、ドアの隙間にメモが差し込まれている事に気づいた。
『今夜9時に私の部屋に来て 大事な話があるの カレリア』
そう書かれていた。
使用人たちはすでに休んでおり、部屋の外に人気はない。
きっとレナード様の話だろう…と思った。
レナード様を信じたい気持ちと疑う気持ちが交差する中、カレリアからのメモは不安しかなかった。
私は心許ない足取りで部屋を訪ね、寝所での二人の姿を目の当たりにする事となる。
彼が来ていた事さえ知らなかった。
もしかして、今までもこのように忍び込んで逢瀬を繰り返していたの?
信じていたのに…こんな残酷な現実を突きつけられるなんて…!
今まで二人で積み重ねてきた時間はなんだったの!?
彼への想いが粉々に砕け散った瞬間だった。
そして私は婚約者を奪われ、命までも失った――――…
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