上 下
6 / 9

第6話 お飾りの妻でいい

しおりを挟む
 
 コンコン

 「…マリトニー…入っていい?」

 扉の向こうから心配そうなお母様の声が聞こえる。
 きっと侍女から私の様子がおかしいと聞いて来られたのね。

 「……」
 
 私は返事もせず、布団を被ったままでいた。

 ガチャリ

 扉が開く。
 お母様が入って来たのね。

 ギシリとベッドが沈む。
 ベッドの脇に腰を下ろした事が分かる。

「…マリトニー…今日はノックス様の誕生日プレゼントを買いに出かけたのでしょ? 何かあったの?」

「……」

 言えるわけがないっ

 ノックス様に恋人がいるなんて…っ
 その女性かたひとつの部屋アパートメントに入って行ったなんて!

 もし言ったら婚約破棄になるのよね…

 私は被っている布団をぎゅっと握り締める。
 ノックス様には他に愛する方がいるのに…それでも私は婚約を破棄したくないと思っている。

 みじめだけど
 悲しいけど
 情けないけど…

 それでもノックス様のそばにいたいという気持ちがまさっていた。

 15歳の頃から見続けてきたノックス様。
 そんなノックス様の婚約者になれて、来世までの幸せを手にした気持ちになったわ。
 
 二人でお出かけした時に見せてくれるノックス様のお顔が目に浮かぶ。

 私の髪に触れた時に見せてくれたやわらかな表情
 馬車から下りる時に差し出される手
 私のたわいもない話を笑顔で聞いて下さる優しいひとみ

 婚約破棄したらノックス様と過ごす時間はなくなってしまう。

 例え、私への愛情きもちがなくても…夫婦として家族として一緒にいられれば…それでいい…
 そして…できれば…

「…お父様やお母様のような仲の良い夫婦になりたいです…」

「え?」

「それにノックス様のご両親のような…素敵な夫婦になりたいです…でも…そうなれるか自信がないです…不安でたまりません…」

「……貴族同士の結婚って…どうしても家同士の利益優先のところがあるから個人の感情は後回しになるけれど、お母様はお父様と結婚出来て幸せよ。でも…夫婦としての関係を構築していく事は一朝一夕ではできないわ。おだやかであたたかい日もあれば、荒れ狂う嵐が起こる事もある…そんな状況を乗り越えて夫婦となり家族となっていくものだと思うの…」

「…お父様とお母様の間にも嵐が起こった事があるのですか…?」

「逆に一度も波風の立たない夫婦なんているのかしらね? リオニー…ノックス様のお母様も昔はかなり苦労されたのよ。伯爵様がかなり…その…恋愛に対して自由な方だったから…」

「え! 伯爵夫妻がですか!? あんなに仲が良く見えたのに!」

 私は思わず布団をめくり、お母様の顔を見た。

「マリトニー…っ」

「あっ!」

 泣き腫らした目を見られてしまった!
 あわててまた布団を被ろうとした時、お母様がそっと私の頬に触れた。

「…不安な事があるのなら、ノックス様と一度お話してみてはどうかしら? 彼ならしっかりと向き合ってくれると思うわよ? とにかく一人で抱えてしまうのはよくないわ。ますますすれ違ってしまうから、ね?」

「……はい…っ」

 お母様のやさしい手に安心し、また涙が零れて来た。
 その後お母様は、私が眠るまでそばにいて下さった。


◇◇◇◇


 今日は週に1度のノックス様との交流日。

 大事な話がある事を伝えて、ウィーター家でお会いしたい旨を事前に伝えていた。
 なので今は、ウィーター家の応接間でノックス様と対峙した状態で座っている。

 私は自分の気持ちを言おうと決めて来た。

 ノックス様はきっとあの女性と別れるおつもりはないはず。
 だって私に紹介しようとしていたのだもの。

 ならば私が出せる答えはただ一つ…


「ノックス様っ どうぞあ、愛する人を迎え入れて下さいっ わ、私は…二番目でも…っ お飾りの妻で構いません!」

「………え!?」 

「長い美しい黒髪の女性の方…ですよね?」

 ノックス様は、私の言葉に驚かれた。

 貴族では夫が愛人を持つ事はよくある話。
 (お父様はお母様一筋だけど……と思う)

 大好きな大好きなノックス様。

 他に愛する方がいることはわかっています。

 だから私は形だけでもいいですっ

 他人ひとは、愚かな決断だと笑うでしょう。
 あきれるでしょう。

 それでも私は、あなたのそばにいたいのです!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

〖完結〗いつ私があなたの婚約者を好きだと言いました?

藍川みいな
恋愛
「メーガン様は、私の婚約者のグレン様がお好きみたいですね。どういうおつもりなんですか!? 」 伯爵令嬢のシルビア様から話があると呼び出され、身に覚えのないことを言われた。 誤解だと何度言っても信じてもらえず、偶然その場にメーガンの婚約者ダリルが現れ、 「メーガン、お前との婚約は破棄する! 浮気する女など、妻に迎えることは出来ない!」 と、婚約を破棄されてしまう。だがそれは、仕組まれた罠だった。 設定ゆるゆるの架空の世界のお話です。 全10話で完結になります。

初めまして婚約者様

まる
恋愛
「まあ!貴方が私の婚約者でしたのね!」 緊迫する場での明るいのんびりとした声。 その言葉を聞いてある一点に非難の視線が集中する。 ○○○○○○○○○○ ※物語の背景はふんわりしています。スルッと読んでいただければ幸いです。 目を止めて読んで下さった方、お気に入り、しおりの登録ありがとう御座いました!少しでも楽しんで読んでいただけたなら幸いです(^人^)

〖完結〗では、婚約解消いたしましょう。

藍川みいな
恋愛
三年婚約しているオリバー殿下は、最近別の女性とばかり一緒にいる。 学園で行われる年に一度のダンスパーティーにも、私ではなくセシリー様を誘っていた。まるで二人が婚約者同士のように思える。 そのダンスパーティーで、オリバー殿下は私を責め、婚約を考え直すと言い出した。 それなら、婚約を解消いたしましょう。 そしてすぐに、婚約者に立候補したいという人が現れて……!? 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話しです。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

【完】塩対応の彼と距離を取ったら気づかなくていい事に気づいてしまいました

咲貴
恋愛
とくに好きでもない婚約者に塩対応され、いい加減うんざりしているので、距離を取ることにしました。

【完結】好きにすればいいと仰るのであれば、私は貴方を思う気持ちを捨てます

高瀬船
恋愛
「結婚はするが、お互い交友関係に口出しは無用だ。僕は僕で好きな女性を、君は君で好きな男性と過ごせばいい」 政略結婚。 貴族に生まれたからにはそれは当たり前の事だと、諦めていた。 だが、婚約期間を経て結婚し、信頼関係を築ければいいと思っていたが、婚約者から冷たく言い放たれた言葉にウルミリアは唖然とする。 公爵家の嫡男であるテオドロンはウルミリアとの顔合わせの際に開口一番そう言い放ち、そして何の興味もないとでも言うように部屋から立ち去った。 そう言い放ったテオドロンは有言実行とばかりに、学園生活を好きな女性と仲睦まじく過ごしている。 周囲からの嘲笑も、哀れみの視線も今では慣れた物だ。 好きにすればいいと言うのであれば、その通り好きにさせて頂きましょう。

〖完結〗私との婚約を破棄?私達は婚約していませんよ?

藍川みいな
恋愛
「エリーサ、すまないが君との婚約を破棄させてもらう!」 とあるパーティー会場で突然、ラルフ様から告げられたのですが、 「ラルフ様……私とラルフ様は、婚約なんてしていませんよ?」 確かに昔、婚約をしていましたが、三年前に同じセリフで婚約破棄したじゃないですか。 設定はゆるゆるです。 本編7話+番外編1話です。

処理中です...