私の夫が未亡人に懸想しているので、離婚してあげようと思います

Kouei

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第4話 義姉の懇願

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 その連絡は夕食を済ませ、ケルネス様と居間シッティングルームでチェスをしていた時にやってきた。

 ヒヒーン!

 馬のいななきを耳にした私は、窓から外の様子をうかがった。

「…こんな時間に早馬? 何かあったのでしょうか」

 妙な胸騒ぎを覚えた。

「様子を見てこよう」

 ケルネス様が立ち上がると同時に、いつもは冷静な執事がノックもせずに部屋に飛び込んできた。

「だ、旦那様!!」

「何があった!?」

「い、今早馬が来て…フ、フランク様が……フランク様が突然倒れられて…お、お亡くなりに…っ!」

「あ、兄上が…なんだって…!?」

 執事から聞かされた言葉は、思いもかけない訃報だった。
 ケルネス様と私は取るものも取り敢えず、本邸へと向かった。


 ◇◇◇◇


 本邸の中は静まり返っており、あちこちですすり泣く声が聞こえてくる。

 寝室で横たわっているお義兄様は、本当に寝ているような安らかなお顔をされていた。

「兄上…」

 ケルネス様の肩が震えている。
 私は静かに部屋を出て、二人きりにした。

 お義兄様は夕食を始める前に突然胸を押さえて倒れられ、そのまま一度も目を覚まさずに亡くなられてしまったらしい…

 お義父様とお義母様は部屋に閉じ籠り、お義姉様はショックのあまり倒れられた。
 ユトレヒト様は母親の部屋の前で、膝をかかえて座っていらした…

「ユトレヒト様…私を覚えていらっしゃいますか?」

 私は彼の前に膝を突き、声をかけた。

「…クラティスお姉様」

 泣き腫らしたであろう真っ赤になった目が痛々しい。
 夕食も摂れず、ずっと何も口にしていないはず…

「お腹空いていませんか? 何か召し上がりますか?」

 ふるふると小さな頭を振られた。

「…いらないです…お母様も食べていません…」

「…お母様は今眠っていらっしゃいますから、目が覚めたらお食事をして頂きましょう。だからユトレヒト様は召し上がって下さい。ユトレヒト様がお食事もしないで元気をなくされたら、皆さん心配しますわ」

「……ク…クラ…スおね…さ…お…おと…さ…が…お父…様が…うぇっ…」

 大きな瞳からボロボロと涙が零れ落ちてきた。

「ユトレヒト様…」

 私の腕の中にすっぽり入ってしまう小さな存在。
 こんな小さな子とお義姉様を残してどれほど心残りだったろう…
 …お義兄様…


『我が愚弟と結婚してくれて、本当に…本当にありがとう!』


 結婚式の日、泣き笑いながら喜んで下さったお義兄様のお顔が浮かんだ。
 私はユトレヒト様を抱きしめながら、一緒に泣く事しかできなかった…


  ◇◇◇◇


 葬儀を終えて、一か月。

 お義姉様は少しずつだがお食事を摂れるようになられたけど、まだとこから出る事が難しいらしい。
 ユトレヒト様は夜中に起き出しては、泣くようになってしまったとか。

 お二人を心配してケルネス様は毎日のように本邸に赴き、そのまま泊まる事もしばしばあった。
 ご自分もお辛いでしょうに…

 そんなケルネス様の行動に心無い噂をし始める人が出てきた。

『いくら心配とはいえ、毎日のように行く必要があるのでしょうか?』
『家族といってもフランク様の奥様で、血のつながりはありませんし…』
『しばしば外泊されるのは如何いかがなものなんでしょう…』

 ケルネス様は噂の事はご存じなのでしょうか。
 けれどフランク様を亡くされて、心身ともに弱ってしまったお義姉様をケルネス様が放っておけるはずがない。

 私は今日も本邸へ向かうケルネス様と同行し、お見舞いに伺う事にした。


「義姉上は先程休まれたばかりらしい」

「では起こすのは忍びないです。今回はお花だけ侍女に渡しておきますわ。ユトレヒト様の様子を見てきてもよろしいでしょうか?」

「ああ。僕は義姉上の主治医に話を聞いてきてから、ユトレヒトのところに行くから」

「はい」

 私は侍女の案内で、ユトレヒト様のお部屋へ向かった。
 義両親はこことは反対の東側の棟にお住まいなのよね。

 同じ敷地内だけど、それぞれ独立して建てられているから、お義父様と顔を合わせなくてすむけど、お義母様はどうしているかしら。ケルネス様の話では、毎日何をするでもなく過ごしているらしい…

「クラティスお姉様!」

「ごきげんよう、ユトレヒト様」

 小さな体が私に飛びついてきた。

 まだ表情が暗いし夜中に起きてしまわれるらしいが、お食事は摂っていらっしゃるみたい。それだけでも安心した。

 その後絵本を読んで差し上げたり、ゲームをしていたらいつの間にか眠ってしまったユトレヒト様。

 少しでも気分転換になっていればいいのだけれど…
 そっとベッドに運んで、部屋を後にした。

「ケルネス様どうされたのかしら」

 私はなかなかいらっしゃらないケルネス様を探して廻廊を歩いていた。

「あっ」

 お義姉様の部屋の前にケルネス様がいらっしゃった。
 声をかけようとしたら、彼は部屋の中に入ってしまわれた。

『お義姉様、お目覚めになったのかしら?』

 お義姉様の部屋の近くまで行くと、少し開いていた扉の隙間からお二人の会話が聞こえてきた。
 盗み聞きは良くないけれど、私は思わず耳を澄まし、覗き見ていた。

 お義姉様はベッドの上で身体を起こされていて、そのかたわらにケルネス様が椅子に座って話しかけていた。

「…医師せんせいが少しずつ身体を動かして体力をつけるようにと仰っていたよ。少しでも食事を摂るようになってくれて安心した」

「……ええ」

 力ない暗い声…お義姉様。  

「何か必要な物とかあったら何でも言ってくれ。すぐに用意するから」

「……ケルネス」

「何?」

「今朝…お義父様に言われたわ」

「何を?」

「…そ…れが…っ」

 黙って俯いてしまったお義姉様。
 何だか言いにくそうな様子。

「義姉上?」

「…あ…あなたと…あなたと結婚しろって…!」

「は!?」

「あなたを次の当主にするから、あなたと結婚しろって…でなければユトレヒトを置いて出ていけって…!」

 お義姉様は泣きながら両手で顔を覆った。

 あのク〇親父! 
 何て非常識な事を言ってんのよ!!

「な、何を考えているんだっ あの人はっ!」

「ケルネス!」

 お義姉様がケルネス様に抱きついた。

「お願いっ 私と結婚して! そうしないとユトレヒトと引き離されてしまう!」

「あ…義姉上…」

 お声からかなり戸惑っている様子が伝わってきた。

「フランクを失って、ユトレヒトまで失くしたら私…私…お願いよ…ケルネス…!」

「…義姉上…」

 泣きながら懇願するお義姉様に、思いまどうケルネス様。

 彼はお義姉様の背中にそっと手を回した。

「……」

 私は扉を静かに閉じ、その場から離れるしかなかった。


 本邸の執事にケルネス様への伝言をお願いし、私は先に屋敷へ戻った。
 馬車の中で、義父の意図を考えていた。

 お義兄様が亡くなった事で次期当主の座が空席になる。
 本来ならユトレヒト様が当主になるはずだが、まだ幼い。

 そうなると当然、次男であるケルネス様に権利が回ってくる。

 問題は妻。あの義父の事だ。

 子爵家の私よりは伯爵家の義姉の方が良いと考えるだろう。
 長男が亡くなった場合、次男が家督を継ぎ、長男の嫁を娶る事は確かに珍しい事ではない。

 例えお義姉様が拒否しても、ユトレヒト様を理由に推し進めるつもりだろう。

 ケルネス様は私と結婚してしまっているがあの性悪じじぃの事、何が何でも別れさせる気満々でしょうね。

 でも……話を聞いた時は非常識な提案に怒り心頭だったけれど、冷静になって考えてみればケルネス様にとっては望ましい事なのではないかしら?

 お義兄様…不謹慎な考えで申し訳ありません。

 けど、先の事を考えるとお義姉様を任せられるのはケルネス様しかいらっしゃらないのではありませんか?
 ユトレヒト様も懐かれていますし、何よりケルネス様の想いが実る機会でもあるわけで…

 私は元々結婚願望はありませんでしたから、また独身に戻ればいいだけの話。

 
 …まぁ…少しはこの人とならいいかな…とは思い始めていましたけどね。

 ほんの少しだけ…ですけど…


 私が先に帰宅してからも、ケルネス様が戻る様子はなかった。


 ◇◇◇◇ 


 コンコン


「どうぞ」

「失礼致します。お茶をお持ちしました」

 侍女がティーセットを持って入ってきた。

「今日も旦那様は帰りが遅いのかしら?」

 私は侍女に尋ねた。

「あ、あの…旦那様から本日はお戻りにはならないと…その…先程伝言が…」

 言い淀む侍女。

 本邸に外泊をするようになった旦那様の行動は、使用人たちの間では周知の事実。

「彼女のところね。分かりました。あなたももう休んで頂戴」

「…お休みなさいませ。奥様」

 侍女は一礼して部屋を出て行った。

 私はティーカップを手にしながら窓際に行き、真っ暗な外を眺めてながら呟いた。

 「…離婚してあげなきゃね」 

 お義姉様にあんな風に懇願された日に外泊か…
 それがケルネス様が出した答えなのかもしれないわね。
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