私と結婚したいなら、側室を迎えて下さい!

Kouei

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【side アルディアス】

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「第一に私たちは『白い結婚』である事、第二に側室を迎える事。この二つがアルディアス様と結婚する条件です」

「なんだって!?」

  予想だにしなかったメリンダからの提案に、僕の頭の中は真っ白になった…。

  ルキシロン王国 アルディアス・エルサトーレ・ルキシロン王太子である僕が、メリンダ・シュプリーティス公爵令嬢である彼女と婚約を交わしたのは10歳の時だった。

  王族として政略結婚をしなければならない事は分かっていた。

  それは先祖代々続いてきた習わし。けれど、初めてメリンダと会った時、僕は一目で彼女に恋をした。 

 太陽のように輝くブロンド。 
 新緑の美しさを現したエメラルドグリーンの瞳。
 思わず触れてしまいたくなるようなピンク色の唇。

 彼女は出会うべくして出会った、僕の運命の相手だと思った。

 あれから8年。成婚式は今年僕が18を迎える春の季節と決まった。

 その日まであと1か月を切った頃、突然原因不明の高熱で昏睡状態に陥ってしまったメリンダ。

 このまま熱が下がらずに彼女が死んでしまったらどうすればいいのだろう…

 そんな不安に苛まれながら過ごしていた日々。

 5日目に熱が下がり、彼女が目を覚ました時はどれだけ安堵したことか。

 泣きながらメリンダの手を握り、心から神に感謝した。

 なのに…なのにメリンダは「手を放して下さい。アルディアス様」と今まで聞いた事もないような冷たい声で僕を拒絶し、手を払いのけた。

 なぜ、そんな目で僕を見るのだ。
 なぜ、そのような態度を取るのだ。

 僕は部屋を出るしかなかった…。

 しかし、この時は目覚めたばかりで体調が思わしくなかったのだと思った。
 5日間も高熱で苦しんでいたのだから…。

 元気になれば、また元のメリンダに戻るだろう…。
 僕はそう思っていた。

 ところが、メリンダは僕と一切会わなくなってしまったのだ。
 会いに行っても、いつも「体調が悪い」の一点張り。

 最初は、まだ本調子ではないのだろう。それも仕方がないと思っていたが、3週間も続けばさすがにおかしい。

 部屋の前まで行くが扉には鍵がかけられており、

「気分が悪いのです。申し訳ありませんがお帰りいただけますか」

 返ってくるのはメリンダの冷たい声だけだった。

 何があったんだ。
 どうして僕に会おうとしてくれない。

 成婚式は延期に延期を重ね、もうこれ以上引き延ばすことはできない状況だというのに…

 まさか…僕と結婚したくないのか?そんなバカな!そんな事あるわけがない。
 ならば、どうして彼女は頑なに僕と会ってくれようとしないのだ?

 メリンダのご両親である公爵夫妻に話を聞いたところ、何度も僕との婚約を破棄したいと言っていたとか。

 すでに成婚式の準備は整っている。メリンダが体調を崩したので多少の延期は可能だが、婚約破棄となるとそれ相応の理由がなければできる訳がない。ましてや、相手は王族だ。そう説得したが、メリンダはただただ泣いて嫌がっていたらしい。


 婚約破棄…


 僕は知らぬ間に彼女に何かしてしまったのだろうか?
 それが原因で高熱を出してしまったのだろうか?
 しかし、どう考えても心当たりがなかった。

 彼女が倒れる前の日は一緒に舞台を見に行き、一日中楽しそうだったし、僕も楽しかった。

 けれど、目を覚ましてからの彼女はすっかり変わってしまった。
 そこまで私との結婚を嫌がる理由は何なのだ?

 メリンダと話しがしたくても、会うことすらできない状況だった。

 そしてやっと彼女から『話しがしたい』という内容の書簡が届いた。
 結婚前だから情緒不安定になっていたのだろう。女性にはよく起こると言われている。

 きっとそうだ。僕との結婚を拒む理由などないのだから。
 そう思い飛んできてみれば、メリンダは信じられない事を言い出した。

「第一に私たちは『白い結婚』である事、第二に側室を迎える事。この二つがアルディアス様と結婚する条件です」

「なんだって!?」

「私はアルディアス様と寝所を共にするつもりも、お世継ぎをもうけるつもりもございません」

「な、何で? ど、どういう事? 結婚したら子供を作る事は王族の義務だし…」

「なので、側室をお持ち下さい」

「はぁ!?」

「側室が懐妊しましたら、私は即離縁し、王宮を出ていきますのでご安心下さいませ」

「し…白い結婚? そ…側室? 離縁? な、何を言っているんだメリンダ! 側室を持つ気など毛頭ない。僕はそなたとの子供が欲しいのだ!」

「白い結婚ではそれは叶いません。ですので側室をお持ち下さいと申しております」

「い、いやだから何で白い結婚が前提なんだ? 何でそんな事を…」

「何度も申しますが、私はアルディアス様と寝所を共にしたくないんです! 子作りなんて以ての外です!」

 メリンダは僕を睨みつけ、全身で僕を拒んでいた。
 どうしてこんな話になっているんだ?

 幼い頃から王太子妃としての厳しい教育を受け、努力し続けてきたメリンダ。彼女ほど将来の王妃にふさわし女性はいない。結婚したら彼女との時間を大事にし、子供をもうけ、この国を守りながら、ともに生きてゆきたい。それはメリンダも同じ気持ちを持ってくれていると思っていた。

 だけど、メリンダはそうではなかった。
 …そうではなくなってしまったのだ。

「メリンダ…なぜそんなにも変わってしまったのだ…まるで別人のようだ…」

「申し訳ありません。熱が引くとともにアルディアス様への気持ちも消えてしまったのです。ですので、父に婚約破棄をしたいと申し出たのですが却下されてしまい、それならば…とこの条件を思いつきました。できましたら、アルディアス様から婚約破棄を申し出て下されば一番よろしいのですが」

「そんな事できる訳がないだろう! 僕は君を愛しているんだ! 君と結婚し、子をもうけ、この国を守って行く事が僕の理想であり、王族としての義務なのだから!」

「けれど、私はアルディアス様を愛してはおりません」

「メリンダ…なぜそんな事を…僕たちは今まで仲良くやってきたじゃないか。熱が引いたから僕への気持ちもなくなったなんて…そんな言葉、信じられる訳がないだろう!?」

「そう言われましても、気持ちが変わってしまったのですから仕方ありません。どうか側室をお迎え下さい」

「やめてくれ! そもそも我が国は側室制度を設けていない!」

「ただし、例外があります。2年以内に懐妊しなければ側室を迎えるべき…と。王室典範第1条第2項に記されております。ですから…」

「いい加減にしてくれ! 側室を持つつもりも、君と婚約破棄するつもりもない!」

「私もアルディアス様と寝所を共にするつもりも、子をもうけるつもりもございません!」


 …話にならなかった。


 成婚式は一旦中止となった。
 今、強引に式を挙げても、メリンダの心は遠のくばかりだ。
 時間を置き、メリンダの気持ちが落ち着くのを待つしかない。

 その後、ひとつの変化があった。

 部屋に閉じ籠っていたメリンダがディクトール公爵家の長女であるテレーゼ嬢と親しくなったらしい。

 毎日のように互いの家を行き来していると聞いた。
 新しい友人との時間を過ごす事で、少しでもメリンダの気分転換になってくれればいいのだが…

 しばらくするとメリンダの態度に変化が現れた。
 僕と会うようになってくれたのだ。

 まだ少し心の距離を感じたが、僕との時間を作るようになってくれただけでも大進歩だ。

 徐々に僕への態度も柔らかくなり、笑顔を見せてくれるようになった。
 これならまた昔のように戻れる日も近いのではないか…そんな雰囲気になってきていた。

 そんな時、メリンダから招待状が届いた。

『友人たちと独身最後のパーティーを催す事になりましたので、ぜひアルディアス様もご友人をお誘いのうえ、ご出席していただけたらと存じます』
 そんな内容だった。

 ああ、やっとメリンダの気持ちが固まってくれたのだ。
 すぐにでも成婚式の準備に取り掛かろう。

 僕の心は喜びで満ち溢れていた。

 
  * * * * * *
 

 独身最後のパーティーは大いに盛り上がった。
 親しい友人たちと、酌み交わし、語り合った。

 そして、このパーティーが終われば、次はメリンダとの成婚式だ。
 準備も着々と進んでいる。

 そう思うと心が弾み、ワインを飲むペースが自然と早くなっていった。

「アルディアス様、もう一杯いかがですか?」

「ありがとう。メリンダ」

 メリンダに勧められたワインを飲んだ途端、視界がゆがみ、身体が熱くなってきた。
 やはり飲みすぎたようだ…

「大丈夫ですか?アルディアス様」

 ふらつく僕を気遣うメリンダの声が聞こえた。

「だい…」

 『大丈夫だ』そう言おうとしたが言葉が出ず、次の瞬間、目の前が真っ暗になった。

 気が付くと僕は寝所の上に横たわっていた。
 部屋の中は薄暗く、明かりはカーテンの隙間から差し込んでくる月の光だけ。

 喉が渇いた。頭がクラクラする。身体がやけに熱い。
 特に下半身に熱が集中しているような…
 何なんだ、これは…っ

「誰か…おらぬか…水を…」

 暗闇の中、自分の声だけが響いていた。
 その時、白く柔らかい手が私の頬に触れ、唇に誰かの唇が触れた。
 そして口の中に冷たい液体が流れ込んできた。

「…メリンダ?」

「……」

 返事の代わりに、彼女は僕にもう一度口づけをした。
 月明りに映し出された金髪は確かにメリンダだった。

 ああ、やっと僕のモノになる決心をしてくれたんだね。
 成婚式の前だが…予定より早くなっただけだ。問題はない。
 僕はメリンダを抱き寄せた。

 彼女のかぐわしい香りが、僕を甘い夢へと誘った…

 
  * * * * * *


 トントン

 扉を叩く音で、目が覚めた。部屋の中には明るい陽射しが差し込んでいた。

 『もう朝か…』やけに頭が重いな…
 気怠い身体を起こして隣を見ると、こちらに背を向けたメリンダが眠っていた。

 夢ではなかった。僕の心は歓喜に満たされたいた。
 
「入れ」
 扉に向かって言葉をかけた。

「失礼致します」

「!!」

 入ってきたのは………メリンダだった!!

「な…なぜ君がそこに…」

 どういう事だ!? メリンダは隣で眠っているのに、なぜあそこにメリンダがいるのだ!?
 その時、僕に背を向けていた身体がこちらを向いた。

「!!テ…テレーゼ嬢!!」

 なぜここにテレーゼ嬢が!! 僕が一晩中抱いていたのは…テレーゼ嬢だったのか!?
 血の気が引くとはこの事か! なぜ、こんな事に! どうすればいいんだ!!

「メ…メリンダ…こ、これは…」

 言い訳など見つからない。
 しどろもどろしている僕を後目に、メリンダは冷静な口調でメイドたちへ指示を出し始めた。

「あなたはアルディアス様を、あなたはテレーゼ様を浴室へ。あなたとあなたはこの部屋を片付けてちょうだい」

 どうしてそんなに冷静でいられるのだ。呆然とするしかない僕を他所に、メイドたちはせわしなく動き始めた。

「王太子殿下、どうぞこちらへ」

 メイドにうながされ、床を出る時かすかに見えた赤い印。昨夜の出来事が夢ではない事を物語っていた。


  * * * * * *


「私と婚約破棄して、テレーゼ嬢を王太子妃にお迎え下さい。アルディアス様」

 エメラルドグリーンの瞳が、僕を射抜くように見据えながらそう言ったメリンダ。
 今、部屋にいるのは僕とメリンダの二人だけだ。テレーゼ嬢は別室にいる。

「お相手は公爵令嬢です。一晩の過ちで済む問題ではございません。テレーゼ嬢のお父上であられるディクトール公爵様はもちろんの事、私の両親、そして国王王妃両陛下もお許しにならないでしょう」

「す…すまない。本当にすまない…メリンダ。だ、だけど僕は君だと思って…」

 言い訳にもならないが、昨夜愛しいと思い、この腕に抱いたのはメリンダだった…。

「もう起きてしまった事です。私の事はお気になさらないで下さい。どうかテレーゼ様とお幸せに」

 そう言うとメリンダは席を立ち、美しいカーテシーを見せ、部屋を後にした。

 やっとメリンダが僕との結婚を前向きに考えてくれたのに、僕は…なんて事を!

 どれだけ後悔しても取り返しがつかない。

 僕は頭をかかえながら、しばらくその場から動けなかった…

 その後、メリンダとの婚約を解消し、テレーゼ嬢を王太子妃として迎えた。
 そして、テレーゼ嬢との盛大な成婚式が行われた。
 翌年には、王子を出産。

 生まれたばかりの我が子を抱きながら

『もしかしたら僕とメリンダの子供だったのかもしれない…』

 僕はふとそんな事を思いながら、窓から高い空を見上げていた。
 いや…これ以上最低な男にならないためにもメリンダの事は忘れて、テレーゼと王子を大切にしよう。
 
 
 …さようなら、メリンダ。君の幸せを心から祈っているよ…
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