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第9話 偽りの父と子

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 夕方からお腹に違和感を感じていた。

 痛みが治まったと思ったら、また痛み出す。
 それが繰り返すようになった。

 陣痛が始まったらしい。

 実際の出産予定日は過ぎていたので、いつ生まれてもおかしくはなかった。
 けれど事実を知っている者以外にとっては、早い出産と思われているだろう。

「くっ…うぅ…はぁはぁ…」

 苦しそうにうめく私の姿に、心配そうな顔でそばにいてくれるヴァリエ様。

「ヴァリエ様…そろそろご退出を。出産時、男性の立ち合いは禁止ですので、ここは妻に任せて下さい」

 叔父様がヴァリエ様に説明していた。

「…分かりました。ルクス…大丈夫、大丈夫だから」

 ヴァリエ様は私の手を握り、声をかけて下さった。

「ヴァ…エさ…」

 その言葉を…この手のぬくもりを…私はどこかで…知っている気がした。


 ◇◇◇◇


 夕方から始まった陣痛…気が付けば外は真っ暗になっていた。

「出産にこれくらい時間がかかるのは普通よ」と義叔母おば様は仰っていたけれど、
 まるで生まれる事を拒んでいるのではないかと思ってしまう。


 ……怖い……


 あの人に似ていたらどうしよう
 ヴァリエ様に気づかれてしまったらどうしよう!

 私に似ていて欲しいっ
 お願い…っ!!



「………っぎゃ…あ! おぎゃあ! おぎゃあ!」
 
 朦朧もうろうとする意識の中、元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

「元気な男の子よ」

 そう言うと義叔母おば様は、生まれたばかりの赤ちゃんを抱かせてくれた。

「かわいい…」

 一生懸命泣いている我が子に胸が熱くなり、視界がかすむ。

 私と同じ髪色…顔も私に似ているみたい…
 その時一瞬赤ちゃんの瞳が見え、息が止まった。

 美しい青い瞳だった…ティミド様と同じ色の…

「ルクス、伯爵様がお待ちなの。準備するわね」

「……は…い…」

 私は義叔母おば様に子供を預けた。

 ああ…先程までの幸せな気持ちから、一気に現実に引き戻された。

 そうよ…あの子はヴァリエ様のお子ではないのよ…っ

 ヴァリエ様…きっと変に思われるわ…ヴァリエ様はもちろん、私とも違う瞳の色に…

「ルクス! 大丈夫か!?」

 部屋に入るとすぐにそばに駆け寄って、私の心配をして下さったヴァリエ様。

「はい…ヴァリエ様」

 私は横になったままヴァリエ様に笑顔で答えた。

「お疲れ様、ルクス」

 ホッとしたように、ヴァリエ様の手が私の頬に優しく触れる。

「…伯爵様…男児でございます」

 遠慮がちに言いながら、おくるみに包まれた赤ちゃんを連れてきた義叔母おば様。
 
「おおっ 男の子か。…なんて小さいんだろう…どうやって抱けばよいかな?」

 ヴァリエ様が戸惑いながらも、義叔母おば様に言われるがまま赤ちゃんを腕の中に収める。

「軽いな…たくさん食べて大きくなるんだぞ」

 ヴァリエ様は優しい語り口で声をかけた。
 それにこたえるかのように、赤ちゃんが瞳を開いたらしい。

「青い目…」

 ヴァリエ様の言葉に、私の喉がひゅっと鳴った。
 鼓動が早鐘のように鳴り響く。
 義叔母おば様も固まっていた。

 そんな状況の中、ヴァリエ様がポツリと呟いた。

「母と同じだ…」

「………え?」 

「私の亡くなった母と目の色が同じなんだ。幼い頃に亡くなったから記憶にはないのだが、母の肖像画の目はこの子と同じ美しい青い瞳だった」

 嬉しそうに赤ちゃんを見ているヴァリエ様。

 そんな偶然が…
 ならこのまま気づかれる事はない…?

 ああっ 私という人間はどこまでも浅ましいっ
 気づかれなければいいという事ではないのに…っ!

 我が子が産まれた喜びと、ヴァリエ様に対する後ろめたさで心の中がぐちゃぐちゃだわ…!

「…アルバ」

 ふと窓に目をやったヴァリエ様が、聞きなれない言葉を発した。
 暗闇だった空が白み始めている。

「アルバ?」

 私は同じ言葉で聞き返した。

「“夜明け”って意味なんだ。暗闇の中に居続けても、明けない夜はないって意味を込めて…どうかな?」

 そう言いながら、赤ちゃんを抱きながら私のそばに座ったヴァリエ様。

「素敵な名前ですっ ……アルバ…素晴らしい名前を頂きましたね」

 私は赤ちゃんの方に向きながら声をかけた。

「お疲れ様、ルクス。ありがとう」

「……っ」

 微笑みながら私にかけて下さったヴァリエ様の言葉に涙が溢れた。

 暗闇の中にいるのは私だけでいい…
 罪があるのは私…どんな罰でも受けますっ

 だからどうか…っ
 どうかアルバは…この子は許して下さい…


 ◇◇◇◇


 ヴァリエ様はアルバをとても可愛がって下さった。
 けどそれは、ご自分の子と思っているから。
 別の男の子供と知ったら、この方はどれ程お怒りになる事か…

 優しい瞳は侮蔑へと変わり、気遣う言葉は怨嗟えんさの言葉に変わるだろう。


 ―――この幸せは続かない―――


 その現実を突き付けられたのは、アルバが生まれてから三週間ほど経った頃だ。
 一通の手紙が私の元に届いた。

 封蝋ふうろうはされておらず、不審に思いながら中身を読むと手が震えた。

 差出人は……


「……ティミド様!」


 それは、私を捨てた元婚約者からの手紙だった。

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