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第3話 リュシュエンヌの想い①

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 私は揺れる馬車の中で、初めてオスカー様と言葉を交わした日の事を思い返していました。

 あれは高等部3年になった頃でしょうか。

 私は2年生から毎朝少し早く学校に来て、花壇の手入れをする事が日課になっていました。当初、学内の片隅で全く手入れをされず、荒れ放題の小さな花壇を見た時、そのままにしておけないと思ったのがきっかけです。

 誰にも見向きもされず、そのまま枯れて朽ちていくだけの植物たちに自分の境遇を重ねたのかもしれません。


 ―――私も両親や他の誰からも見向きもされなかったから―――


 政略結婚だった両親との間に恋愛感情はありませんでした。

 そして、男子ではなく私が生まれてから父は愛妾のところで過ごす事が多くなり、愛妾が男子を生むと家に帰るのは年に数える程度になりました。

 お互いに愛情はなかったけれど、自分を蔑ろにする事は母のプライドが許さなかったのでしょう。

 父への怒りは女に生まれた私に向けられるようになっていきました。とは言っても暴言や暴力を振るわれるという事はなく、ただ、私に対して無関心になっただけ。

 決して私を見ず、私の言葉には耳を傾けず、私には関わらず、まるで私は存在しないかのように。
 ただただ…無関心になっていっただけです…

 そうなると使用人たちも私に対しては、必要最低限の対応しかしなくなりました。
 私が無表情になったのは、そんな家庭環境が原因かもしれません。
 私を気にかけてくれる人は誰もいなかったのですから。

 この見捨てられた花壇のように…

 それでもいつかは私も家のために誰かのもとに嫁がねばなりません。
 今年で18歳になります。そろそろ縁談の話が出てもおかしくない年齢です。

 貴族として生まれたのであれば、政略結婚は当然の義務と理解しております。
 けれど両親のように冷え切った関係にはなりたくなかった。
 たとえ恋愛感情はなくても、お互いを敬い、穏やかな家庭を作っていけたら…と。
 
  その前に【鉄仮面の伯爵令嬢】の異名を持つ私と結婚しても良いというお方が現れればのお話ですが…

 そんな事を考えながら花壇の手入れをしていると「トルディ伯爵家のリュシュエンヌ嬢だよね。いつも一人でやってるの?」と声をかけて下さったのが、誰もがあこがれる【白銀の薔薇貴公子】ことオスカー・ノルマンディ様でした。

 学院内で有名人な彼をもちろん存じておりましたが、言葉を交わしたのはこの時が初めて。

 オスカー様とは意味は違えど、異名を持つ私の名前をご存じだったとは…っ
 あわてて立ち上がった私は、緊張しすぎて無言・無表情で一生懸命うなずく事しかできませんでした。

「あ、ごめんね。いきなり話しかけて。僕は…」

「ぞっ…存じ上げております。オ…オスカー・ノルマンディ様!」

 吃る私に、オスカー様は優しく笑いかけて下さりました。

 …美しい方の笑顔って、本当に眩しいのですね。

「きれいに花を咲かせているよね。全部君が一人でしたのかい?」

「は、はい。せ…ん生に許可をいただ…って、…しておりますっ」
 
  あぁ…吃りすぎだわっ。もともと人と話す事が苦手な私。
 緊張しているから口下手に拍車がかかる。

 恥ずかしすぎて、耳が熱い…っ。
 心の中はこんなにも動揺しているのに、顔は無表情。
 オスカー様、ご不快に思われていらっしゃらないかしら。

「…僕も手伝うよ。何かする事はないかい?」
 そう言うと上着を脱ぎ、シャツの袖を捲り上げたオスカー様。

「え!? い、いえ、お召し物が汚れてしまいますっ」

「いいから、いいから。今、この枯れた葉を取っていたよね。他のも枯れた葉を取って行けばいい?」

「あ、は、はい。ではこの手袋をお使い下さい」

「ありがとう」

 オスカー様が土いじりをするイメージがなかったもので、あの時は少し驚きました。

 美しいお顔に土がついてもかまわず草を取るオスカー様は、いつもの【白銀の薔薇貴公子】という遠い存在ではなく、急に身近な男性に感じてしまい、気恥しいようなくすぐったい気持ちになった事を覚えています。

 思えばあの時にオスカー様への気持ちが、あこがれから恋心に変わったのかもしれません。

 それからオスカー様は毎朝花壇の手入れを手伝いに来て下さるようになりました。

 けれど私は元来口下手な人間。

 人様を楽しませるような話術というモノは持ち合わせておりませんので、オスカー様に退屈な思いをさせてしまうのでは…といつも冷や冷やしておりましたが、オスカー様は変わらず毎朝来て下さいました。

 なぜオスカー様が手伝って下さるようになったのかは分かりませんが、私にとってはとても大切な時間でした。
 そして一緒に花壇の手入れをしながら、時にはお互いの話しをするようにもなりました。

 異名を持つ二人ではなく、ただの同級生として過ごせる夢のような一時ひととき

 けれど、夢はいつか必ず覚めるものです。
 そして、その日は突然やってきました。

「あなた、勘違いしないでよね! オスカーはいつもひとりぼっちでいるあなたに同情しているだけよっ 少し優しくされたからってうぬぼれない方がいいわっ オスカーが一番大切に思っているのはこの私なんだから!」

 リトルティ・ナルデア様でした。
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