羊頭狗肉のベルゼブブ

人の心無いんか?

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双新星編

サブストーリー3 賢者と愚者

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 どうしてこうなった…
 私は仰向けに倒れながら、静かにそう思っていた。
 周りでは仲間のうめき声が聞こえる。
 敵兵が見回り、息のある女隊員を抱え込み持ち去っていく。

「やりましたねー。結構可愛い子いるじゃないすか!!今日は楽勝なうえにポイントも稼げて女まで手に入るなんて!いつもこうならいいんすけど。」

「ばーか!こんな出来すぎた偶然あるかよ。」

「え?じゃあ、なんなんです?」

「タレコミらしいぜ?あーあ・・・可愛いのにくたばっちまってるよ。」
 倒れてる女隊員を調べながら、お互い相手を見ずに話す敵兵たち。

「うっわ…じゃあ、こいつら仲間から相当恨み買うような奴らってことですかい?じゃあ何やってもいいっすね。」
 ラッキーと男がはしゃぐ。

「おい!女ばっかり漁ってねぇで男の方も処理していけ。」
「へーい」と気怠さそうに返事した敵兵が、男隊員を生きてようが、死んでようが槍を突き刺していく。
 そのうち私にも順番が回ってくるだろう。
(本当に馬鹿だったな…)
 人は死ぬ前に走馬灯を見るというが、これがそうなのだろうか?
 私の走馬灯は敬愛するあの人のことばかりだった。





 あれは私がこの世界にきて新人だった頃。
 私はとある小隊に配属となった。しかし、その小隊の隊長は賢い奴ではなかった。

「よし、これより山を超えて野営だ!おら!新人ども!立て!」

「待ってください。もう日が落ちてきます。先日見つかった迂回路は平地ですのでそちらを行くべきです。」

「あーん?俺はいつもこっちで行ってるんだよ!日が落ちかかっているのはお前らが遅いせい!これくらいの時間からの山越えも経験済みだし、黙ってついてこいや。」

 「しかし…」続けて意見を言おうとしたが「うるせぇ!」とさえぎられ無理やり行くこととなった。
 何故こんなに非効率なのか!何故あいつはあんなに馬鹿なのか!私は心底イライラしながら山越えをしぶしぶ付いて行った。
 結局その山越えでは遭難者を出すこととなった。

 その作戦から帰還した後「反省会な!」と部隊全員で食堂で食事を取ることとなった。
 しかし、中身はただのどんちゃん騒ぎ。私はイラっとして飲み物のグラスをテーブルに思いっきり打ち付け、
「何ですか、これ!!!!ただの飲み会じゃないですか!!!理由をつけて騒ぎたいだけでしょ?馬鹿みたいだ!!!」

 場がシーンとなり、次の瞬間、隊長に殴られ転倒した。
 そのまま殴られ続けるのかと思ったら、次が来ない。静かだ。何があったのかと目を開けてみると、隊長をずいっと上から見る蛇のような女がいた。

「さ、サディスティッククイーン…」
 隊長の声は震え、さながら蛇ににらまれたカエルのように完全に硬直していた。

「ちょっと…どいてくれるかしら?」
 隊長が何も言わず、すぐさま道を開ける。
 その蛇のような女性は私の前に立ち、今度はずいっと私を覗き込んだ!!

(こ、こわい!何だこの女!)

 その女性は『ニチャア!』と口裂け女のような笑みを浮かべると「立って」と言った。
 私は拒否することなく、いや拒否できるわけがない!そのような得も知れぬ威圧感があった。

 立つと、その女は息のかかるような距離で私をまじまじと見る。生暖かい息がかかり、それだけで私は恐怖に震えあがった。
 そして次の瞬間、
 首筋から顎、頬、目、額まで下から順に蛇のような長い舌で『べろ~~~~』っと舐められる。
 私も、それを見ていた周りも戦慄する。

「ふふふ…唾つけちゃった///」
 そう言うと音もなくスーッと去っていった。
 私は暫く動くことができなかった。

 近くで見ていた野次馬が私を小突き、
「あんちゃん、ご愁傷様だな!【嗜虐女王】に目付けられるなんて、奴隷生活の準備しとけよ。」
 どういうことなんだ?と隊長に目をやると、隊長は目を伏せ何も言わなかった。
 その後、バカ騒ぎはそこでお開きとなった。

 後日、同僚達に話を聞くと、この世界では貢献できたものは『なんでも』買える。貢献できなかったものは『全てを失う』ことを知った。
 私は焦りに焦っていた。何故なら、あの隊長だ。どうみても私の部隊は組織に貢献できている実感がなかったからだ。

 後日の作戦日、出発前のエントランス。私は資料を作り少しでも貢献できるよう、今日の作戦を変更してもらえるように隊長に直談判していた。
「…ですからこのようなエビデンスがあり、お手元の資料をご覧になっていただき、このメソッドを実践することによって…」

「あー…お前。」

「はい?」

「うぜぇわ。」
 そう言って隊長は資料を真っ二つに破いてしまった。

 そのとき私の中で何かが切れた。
「何なんですか…そっちこそ…」

「あん?」

「何なんだよ!!猿みたいな頭してるんだったら隊長なんてやるんじゃない!!!」

「てめぇ!!!」
 隊長の頭に青筋が経つ。
「いい度胸だこの野郎!!!」
 私は襟元を掴まれ締めあげられた。

「な…んど…でも…言って…やる…このさ…る。」

「こいつ…殺してやる!!!!!」
 殺される。そう思った時だった。

「なーに、やってんのよ~。」
 この剣呑とした場に似つかわしくない、明るい、ちょっと呆れたような女性の声がした。
 すると隊長の手は瞬時に弱まり、私はドサッと尻もちをついて地面に落下した。
 せき込みながら見上げると隊長より遥かに小柄な女性が立っていて、隊長はその女性に対し、ペコペコと恐縮しっぱなしだった。

「ヘ、ヘッドシューターさん!…これはその…」

「すごい剣幕だったね~。ちょっと前までケツの青い新人だったのに。」
 うりうり~と陽気なノリで隊長をいじる。

「いや…姉御、勘弁してくださいって。」
 いつの間にか隊長の怒りもどこかへ行き、笑っていた。

「で、何揉めてたのよ。」

「いや、こいつ。俺のとこに最近来た新人なんすけどね。とにかく生意気で、いつも突っかかってくるんすよ。」

「わ、私はただ効率の良い作戦実行のために提案をしていただけで…」

 「ふーん…」と言いながら、しゃがんで私と同じ目線になり『じっ』と瞳を覗いてくる。
 私は彼女の力強くあまりに美しい瞳に引き込まれてしまった。

 そしてそのまま視線を外さず、
「ねぇ。どうしてそんなに焦っているの?」

 上からばつの悪そうな声が降ってくる。
「いや…姉御…そいつ、サディスティッククイーンに目付けられてて…」

 ヘッドシューターと言われた人は首だけ動かして、隊長の方を見て、
「え!?大変じゃない。それ!」と言い、「それでか…」と、つぶやき何か考えている様子だった。

 ヘッドシューターさんはこちらを向き、私に優しく語りだした。
「ねえ、あなた。あなたはとても多くの事を知っているし、理解もしているんだと思う。でも賢くないわ。」

「わ、私のどこが…」
 反論しようとしたら唇に一指し指を当てられた。

「あなたは、とても優秀よ。でもね、皆があなたじゃないのよ。皆が皆、違っている。
 足の速い子、足の遅い子、手先が器用な子、不器用な子、計算が早い子、計算が遅い子。みんなバラバラだわ。
 あなたにはもっと他者に興味を持ってほしいの。
 この人はどんな人だろう?どんなことが出来るんだろう?どんなことが出来ないんだろう?何がしたいんだろう?何がしたくないんだろう?何が好きなんだろう?何が嫌いなんだろう?って。
 今のあなたは独りよがりだわ。
 あなたが他者を理解したとき、あなたはきっと最も適切な説明が出来るわ。
 その時あなたは賢者になる。」

「なんで私がそんなことを…」

「あら?出来ないの~?」

 挑戦的な目で言ってくる。
 ふざけるな、やってやるさ!!

「も、勿論できるさ!」

「そうよね。だってあなた…」

「優秀だもの。」
 悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。

 ヘッドシューターさんは立ち上がり隊長に対して「聞いてた?あなたもよ。この子を理解するよう努力しなさい!」と叱咤していた。私の言うことなんか全然聞かなかった隊長が小さくなり大人しく説教を聞いていた。

 そして最後私に、
「そうだ!あなた。もし良かったら私の部隊に来てよ。そしたら、私の軍司になって!」
 そう言い残して『ニコッ』と笑い去っていった。

 私はその後ろ姿に「必ず、必ず!そこまで行きます!」と誓いを宣言する。ヘッドシューターさんはそれに後ろ姿のまま手を挙げて答えた。

 私はその後、めきめきとポイントを稼ぎ、私は買われるのを拒否した。




 ザシュッ!!
 腹が熱い。見ると敵が私の腹部に槍を突き立てていた。

「カハッ!」血を吐く。

 敵が私に気づいたようで、
「おい!こいつライブラリーじゃね?大物首だ!」

「なに!?俺が止めを刺す!」

「俺が先に見つけたんだろうが!!!」
 人に槍を突き立てておいて喧嘩を始めるなんてな…
 でも、そのおかげで時間が出来た。懺悔の時間が…

「す…み…ま…s」
 もうほとんど声にならない声で虚空に謝罪する。
 あれほど言われていたのに…どうして私は今の今まで頭の片隅に追いやってしまっていたのだろう。

 他者に興味を持ちなさい。理解してあげなさい。

 いつから出来なくなっていたのだろう。
 あの人を追いかけて、努力して、念願の第一に入れて…いつ、この大事なものを置いてきてしまったのだろう?

 初めて部隊に配属されたとき、優しい笑顔で迎えてくれた日のことを思い出していた。
「いらっしゃい。賢者さん。やっぱり優秀ね。私の予想よりもずっと早かったわ。」

「もっと早く来る予定でした。」

 そう言うと「生意気~」と、いじられた。そんな幸せな想い出…
 大事なものは、こんなにも近くにあったのに…
 あの人が賢者と呼んでくれた私は、いつの間にか誰よりも愚者になっていた。

 すみません…すみません…

 最後が謝罪で終わるなんて…最後はあなたへの感謝で終わりたかった…

 もし、次があるなら、神様…いや、
 私はどこまで愚かなんだ。普段、神にも祈らないのに、都合のいい時だけ神に助けてほしい、と祈るなんて。愚か者のすることだ。また間違えるとこだった。

 この悔しさ、後悔、慚愧、それらは私に残された最後の所有物なのだ。

 意識が私の手から離れるその瞬間まで、ただただ、謝罪する。

 すみません・・・
 すみま・・・せん・・・
 す・・・・・せ・・・・
 ・・・・
 ・・・
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