肝胆相照のティーシポネー

人の心無いんか?

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プロローグ 鼠体実験

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 嫌に明るい、ごみごみとした表通りを外れ、薄暗い裏路地を行く。
 ここには表通りの喧噪も明かりも届かない。ごみが散乱する細い道を大股で跨いで通る。
 半分ぶっ壊れて点滅している、発光する掛看板。
 その下には地下に続く階段があり、降りていくと仰々しいグラサンに黒服の男がドアの前に立っている。

「よお。ご苦労さん。」
 
 俺はグラサン男に声をかけると、相手は俺に気づき軽く会釈した。俺はその脇を顔パス通り抜け中に入っていく。

 中は煙臭く、五月蝿いBGM。野郎やメス豚の叫ぶ声が聞こえる。
 いつものカウンターの席はぽっかり空いていて俺はそこにドカッと腰かけた。
 注文せずとも酒が運ばれてくる。
 俺のお気に入りのアムリタのカクテルだ。
 グイっと喉に流しこんでから、モニターを見る。そこには俺が力を与えてやったモルモット達の成績が載っている。

 (今月の俺の取り分もまぁまぁだな。まぁ、せいぜい頑張って稼がせてくれよ、俺の可愛いモルモットちゃん達。)

 モニターに映っている情報は美味い酒が余計に美味くなるものだった。
 
「はぁ~い。獣!」

 驚いた。俺の顔を知ってる奴は、声なんてかけてこないし、ここに来るやつで俺の顔を知らない奴は居ない。どこのどいつだ?と思ったら、同じ運営側の美の神だった。

「なんだよ、美の神。珍しいじゃねぇか。俺に声かけるなんて。抱いて欲しいのか?」
 挨拶代わりに挑発する。

「え~。あなたが抱きたいんじゃないの~。」
 そう言って自慢のボディを見せびらかす美の神。

「あんたは身体は最高だが、加齢臭がきついぜ。」
 鼻で笑って返す。

「まぁ、失礼しちゃうわ!」
 言葉とは裏腹にたいして気にも留めないような様子だ。

「で、何の用だよ。」
 俺は本題を切り出す。さっきも言ったが話しかけてくるなんて滅多に無いことなんだ。

「実はあんたを紹介して欲しいって神がいてね~。ちょっと顔貸してくれない?」

「誰だよ。その物好き。」

「まー、いいから会ってみてよ。」
 
 そう言う美の神の目が泳いでるのが気になったが、俺は席を立ち、美の神に付いて行く。
 店の端っこ、二人掛けのテーブル席に奴が居た。

「おい、美の神。まさかこいつじゃねぇだろうな・・・」
 俺は横に立つ美の神を睨みつける。

「えーっと・・・」
 あからさまに視線を逸らす美の神。

「まじかよ・・・お前ら友達って噂は聞いたことあったが・・・。つーか、頼まれたからって紹介するか?普通?しねぇよな?こいつがなんて言われてるか知らねえわけねえだろ?」

 目の前には天秤を所持した女がジョッキで安酒を飲んでいる。
 こいつを知らない奴なんて居ねぇ。それくらいの有名人だ、悪い意味でな。
 運営側回ってる奴らは皆かなりの古株だ。なのにこの天秤女に関しては皆、詳しく知らねぇ。
 いつから居るのか?どれほどの実力者なのか?全くの不明だ。
 いや・・・そもそも深く知ろうとも思わねぇ。
 なにせこいつと深い付き合いをしたいと思うやつなんてイカれてるとしか思えねぇからな。
 それだけに、まともな美の神がこいつと付き合ってるのは謎でしかなかった。

「あはははは・・・」
 ばつが悪そうに笑って誤魔化す美の神。

「ちょっとちょっと!あんまりの言い草じゃな~い?」
 目の前の天秤女が不満を漏らす。

「うるせぇ!”疫病神”!お前はもうちょっと周りからなんて思われてるか自分を客観視しろ!」

「酷いわね~。ビジネスの話を持ってきたのに。」

「帰る。」
 疫病神がビジネスだぁ!ふざけんな!俺の財布まで素寒貧すかんぴんにする気か、こいつ!
 俺は自分の席に帰ろうときびすを返した。

「まぁ、待ってよ。話だけでも聞いて行きなさい。それで興味が湧かなかったら行っていいわ。もっとも、あなたは必ず話に乗る。必ずね・・・。」

 聞く必要なんてなかった。だがこいつの話。口調。なんでこんなに無視できないんだ!

「そうそう、いい子ね、坊や。単刀直入に言うとね。私とあなたで一人の子に能力を与えてみないか?って話。」

「はっ!何を言い出すかと思えば!授けられるのは一人につき一つだけだ!以前、同時に二つの異なる能力を持たせることが出来るのか?その実験もなされた。結果は失敗だ。有名な話だぜ!」

「私たちはどこに能力を与えているのかしら?身体かしら?」

「それは・・・魂的なものにじゃね?そうじゃなきゃ転移はまだしも転生に対して説明がつかねぇ!」

「じゃあ、魂って何?」

「そりゃ・・・精神とか、人格とか・・・心とかじゃねーの?」

「では、魂は一つ?」

「そりゃあな。一つだな。」

 そう答えると疫病神は自分の天秤をテーブルに置き、

「これは何かしら?」
 そう言って天秤を指さして聞いてきた。

「バカにしてんのか?天秤だ。」

 俺がそう答えると、疫病神はおもむろに自分の天秤を分解していく。
 パーツごとに綺麗に並べて、順番に指さしてさっきと同じく、「これは何かしら?」と質問をしてきた。

「皿、鎖、うで、支柱・・・てか、なんだよ!何が言いたいんだ?」
 俺はバラバラになったパーツの名称を答えながらイライラして突っかかる。

「じゃあ、さっき言った天秤はどれ?」
 疫病神がニンマリしてそう問う。

「どれって・・・どれでもない・・・」
 俺はしどろもどろに答える。

「じゃあ、天秤はどこに行っちゃったのかしらぁ~?」
 ニヤニヤとバカにしたように言ってくる。

「く、組み立てれば天秤だろ!?」
 
「そうよ。天秤としての材料はここにみ~んな揃っている。でもこの状態では天秤とは言わない。じゃあ天秤って何?」

「何が言いたいんだよ!」

「つまりね。この世のものは何でもパーツの集合体だってことよ。パーツ同士が干渉しあって、関係しあって、名称になってる。あらゆるものは関係性でのみ発現しているの。だから魂も実は何かのパーツの集合体。一にして多よ。」

「だから、それと一人に対して二つの能力を付与するのと何の関係があるんだよ!」

「私たちは”一つの魂”という考えに囚われている。分解も何も出来ず、絶対普遍の一にして個だと捕らえている。そう考えるから一つしか付与出来ないのだとしたら?私たちのイメージの問題なのよ。魂のパーツを感じて、そのパーツに能力を付与してみる。きっと成功するわ。」

「おいおい!そう言われても、イメージ出来ねぇよ!あんたのパーツの関係性理論を聞いても魂が複数あるなんて思えねぇよ。」

「まぁ、そう言うと思ったわ。だからこの子よ。」
 そう言って天秤の神は映像を手元に映し出した。
 そこには白髪のニコニコと無邪気な子供の様な女の子・・・かと思いきや、急に鋭い刃物のような女性にもなった。

「何だこいつ!?」

「ちょっといじめ過ぎちゃってさ~。人格が割れたのよ。髪もストレスのせいか真っ白になっちゃってさ~。」
 そう言ってゲラゲラ笑う天秤。こいつ神じゃなくて悪魔なんじゃねえのか?

「ねぇ!こいつならいけると思わない?あなたは子供の方に能力を授けるの。私はバイオレンスな方に能力を授けるわ。」

「いや・・・でも、表に出てきてるのはどちらか片方だ。それに多重人格でも魂は一つだ。」

「あんた、頭硬すぎね~。いい?二つの人格が魂のパーツになってるのよ。私たちはそれぞれのパーツに目掛けて能力を授与するの。成功するとどうなると思う?」
 ニヤリと笑う天秤。

 俺は・・・この馬鹿げた実験の話を振り払えないでいた。
 可能性を感じ始めていたんだ。
 それに成功したときの事を考え始めていた。
 一人で二つの能力を操るのか?それとも二つの能力が混ざりあった能力になるのか?
 従来に比べてどれほど強力になるのか?それともかつての”失敗作”みたいになるのか?
 考えだしたら好奇心が止まらなくなっていた。

 目の前には肘をつき手に顎を乗せ、勝ち誇った表情で見る天秤の神が居る。
 ああ・・・クソ・・・こいつの言う通りだった。
 こんな話聞かされて乗らないわけが無かった。

 俺の表情を見て、天秤が手を差し出してくる。
 俺はその手のひらをがっちりと握った。
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