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本編5 闘犬と魔獣犬 その1

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 翌日キリちゃんと二人でスタンピードさんに指定された出入口ゲートに向かう。
 この拠点はまさに迷路のように入り組んでいて、気を付けないと遭難する。
 キリちゃんとはぐれて、また前の部隊の様にサボりになったりしたら申し訳ないので、はぐれない様に手をつないで歩いてゆく。

「エクレアさん、昨日は服ありがとうね。」
 唐突にキリちゃんに笑顔を向けられ、お礼を言われる。もちろん着ているのは昨日買ったロリ服だ。この拠点に来た時に頂いたお金はかなり減って、あたしの財布はずいぶんと軽くなってしまったが・・・しかし・・・

(は、はわわわわわわわわわ!!!!可愛い!!!)

「良いのよ!」
 そう言って、キリちゃんに『ぎゅー』っと抱きつく。

「苦しい・・・」
 キリちゃんから冷たい声が発せられる。見ると鋭い目であたしを見ていた。

「ご、ごめんね・・・」
 危うく命を落とすところだった。命がけのハグ。でもいい匂いしたな~。えへ、えへへへへへ。



「お?やって来たな、お二人さん。」
 いつの間にか目的地にたどり着いたようで、そこはかなり広い広間になっていた。
 その広間にはでかい犬の様な大型魔物と部隊員が沢山いた。

「よ、よろしくお願いします。」
 あたしは部隊員の皆さんに挨拶して頭を下げる。
 キリちゃんはあたしを不思議そうに見つめてから、同じように小さく頭を下げた。

「お二人さんはペアでいいな?というか、もうそっちのショートボブの嬢ちゃんはキリングドーターの荷物持ちになってるしな。」
 スタンピードさんはあたしが背中に担いでいるハルバードを見て苦笑いしながらそう言った。

「よし!それじゃ君たちが乗るガルムを紹介するぜ。」
 そう言ってあたしたちを一匹の犬型の魔獣の前に連れていく。

「こいつだ。ガルムの中でも結構大人しめだから扱いやすいと思う。俺の能力で君らをライド出来るようにするから。」
 そう説明してくれるスタンピードさん。あたしは頷きながら聞いていたが、いつの間にかキリちゃんが居ない。

「キリちゃん!?」
 気が付くとキリちゃんはガルムに抱きついていた。

「モフモフ~。」

「おい!危ない!離れろって!」
 スタンピードさんがそう言うが、もう遅い。ガルムはキリちゃんに噛みつこうとしていた。しかし・・・

「めっ!!!」
 キリちゃんがガルムをビンタする。ガルムは床に顔を強く打ち付け犬歯が折れた。
 尚も攻撃を繰り出そうとひっかき攻撃を繰り出すが、片手で止められ、逆に顎に蹴りを入れられる。

(また・・・目が紅い。嫌な予感しかしない。)

 そして、
「この爪危ないなぁ。カットしちゃお♪」
 そう言って指で爪を摘まみ・・・

 ボキンッ!!

 爪の神経ごと折り切ってしまった。
 ガルムが痛みで激しく暴れ悶えるが、掴まれている腕を振り払うことが出来ない。

「暴れないで!まだ残っているでしょ!!」

 ボキンッ!ボキンッ!ボキンッ!ボキンッ!・・・

 その異様な光景を誰も止められない。
 爪の”カット”が終わるころにはガルムは気絶していた・・・
 そして終わった頃にスタンピードさんにこう言ったのだ。

「おじさん、どうしよう!ワンちゃん、病気かもしれない!」
 その表情はただただガルムを心配して慌てている、女の子だったのだ。
 
 その異常さにすぐさま部隊からあたし達を追い出すよう部隊員から歎願が出るほどだった。
 スタンピードさんも『昨日、声かけるのやめりゃ良かった』と表情で言っていた。



 ヒーラーの人がガルムを手当して、目が覚めると、そのガルムはもうキリちゃんに対してなすがままで、何をされても全く抵抗しなかった。尻尾は完全にお股の間に隠れていた。

「良かった~。ワンちゃん無事で!」
 ニコニコと嬉しそうにガルムに乗り、抱きつきながらそう言うキリちゃん。
 しかし、その声を聞くガルムの目は怯え切っていた。
 もはやスタンピードさんの能力は必要なかった。
 完全に”分からされて”しまったのだ・・・かつての隊長やあの部隊員のように・・・。

「し、失礼しまーす・・・」
 あたしも恐る恐るキリちゃんの真後ろ、ガルムに跨るが、ガルムはあたしを攻撃することも、暴れることもなかった。



「あははははは~~~~!気持ちいい~~~~!」
 
 ひと騒動あったが何とか出発が出来て、今は平地を疾走するガルムにキリちゃんはすこぶる上機嫌だ。あたしは速すぎて怖いんですけど!
 びびってキリちゃんの腰に手をまわし抱きつくが、上機嫌のキリちゃんは気にしていないようだった。

「ねぇ!エクレアさん!この子の名前何がいいかな~?私は、”しらたき”か”はんぺん”がいいなーって思ってるんだけど。」

 何故おでんの具材?好きなのかな?本人が楽しそうだし、まーいっか。

「キリちゃんの好きな名前付けてあげたらー。」

「ん~、じゃあ・・・”シマチョウ”!あなた今日からシマチョウね!」

 どうしてそこで急にホルモンになったの?あなたが言うとちょっと胸にこみ上げるものがあるからやめよう?

「ほ、他のにしない~?」

「えー?好きな名前付けていいって言ったじゃん。じゃあ”アカセン”!」

「だから、なんでホルモンなの!?ホルモンから離れようよ!」
 つい口に出てしまう。

「エクレアさん、ホルモン嫌いなの?駄目だよ。お兄ちゃんがいつも「好き嫌いしちゃだめ」って言ってたもん。駄目だよ好き嫌い。」

 そういう問題じゃないの・・・そういう・・・。
 あたしはこみ上げてくるもの必死で胃に押し戻しながら、
「て、”てっちゃん”じゃ駄目?」
 
 これでシマチョウよりだいぶマシ・・・だと思いたい・・・。

「う~ん・・・じゃあそれでいいや!よろしくね!てっちゃん!」
 そう言いながら疾走するガルムの首を撫でるキリちゃん。
 手が首に触れた瞬間ガルムは止まり、前足を大きく宙に浮かせ立ち上がり、一瞬ビクついていた。
 それを喜んでいると勘違いしたキリちゃんは笑顔で『キャッキャッ』と喜んでいた。

(きっと殺されると思ったんだろうな・・・・)

 あのガルムには優しくしてあげよう、そう心に誓ったのだった。



 その日の野営地でキリちゃんが「アカセン、ハチノス、ミノ、てっちゃん~♪」と歌いながらガルムを撫でてる光景をスタンピードさんに見られて、「お、お前らそいつ食うの?」と冷汗をかきながら言われた。
 キリちゃんが「そんな酷いことしないよ。ねー♪」ニコニコと笑顔でてっちゃんを撫でながら言っていたが、あまりに説得力のないセリフに、周りの部隊員は恐怖を感じていた。てっちゃんも震えていた・・・ように見えた。
 あたしも、その事に対して上手く言い訳が出来なかったよ・・・
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