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 今日は12月25日。世ではクリスマスとか言うサンタに物乞いをしたり隣人の迷惑をはばからず腰を振るイベントで賑わっているが、生憎、私のように一人暮らしの彼氏いない歴=年齢の女子(笑)には縁がない話だ。

 しかし今日は偶然にも休暇をもらうことができたので、せっかくだしこの贅沢をするためだけに生まれたイベントに乗じて、今年一番のとびきりの贅沢をしてやろうと考えた。今年の冬は暖冬で、雪も降っていないのだから、なおさらチャンスと言える。

 そんなこんなで、私、沖野結姫おきのゆづきは部屋を飛び出した。かかってこいリア充、かかってこいピンクフェロモン。私から贅沢と堕落を奪うのは、核兵器を持ってしても不可能と知れ。

◇ ◇ ◇ ◇

 私がまずしたことは、近所のスーパーでしこたま酒を買うことだ。ビンではだめだ、私が飲む酒は缶と決めている。缶に入ったビールやらカクテルやらを、しゅわしゅわとした炭酸とともに一気に飲み干すことが私の幸せなのだ。

 おつまみやら安いケーキやらと共に酒を買って、私は一度部屋へと戻った。冷蔵庫を開け、賞味期限が危ない食材の中にこの美酒共を突っ込む。これからが私のクリスマスの本番だ。

 私は即座に部屋を飛び出し、最寄りの映画館へと向かった。先日、見たかったアニメ映画が公開されたのだ。
 残念なことに、最寄りの映画館は、結構な賑わいを見せる駅前にしかない。イルミネーションという電気代のことを考えたら寒気がしてくるような装飾にほだされたリア充たちをかいくぐり、ショッピングモールの最上階を目指す。何と面倒くさいことか、映画館はエスカレーターを何度も何度も乗り換えた先の、最上階にあるのだ。

 映画館に到着すると、私は即座にチケットを買った。見たかった映画のタイトル、それは「幕末イケメン武将物語」という、私の推しである武田信玄様が登場する映画だ。なんで幕末に武田信玄様が登場するかはよくわからないが、これはそういうものとして楽しむものであることを私は熟知していた。

 劇場に入り、一番見やすい席でスクリーンを凝視する。幸いなことに、世のリア充たちはこのようなオタク向け映画ではなく、もっとホワイトクリスマス的な雰囲気のある映画を見に行っているため、人入り自体は少なかった。どうせ奴らは家に帰ったら彼女の顔面にホワイトクリスマスするに違いない。

 そこからの私の二時間は至高だった。

 信玄様が、信玄様がうごいてりゅ! しゅごい! 信玄さま! 信玄さまぁぁあ! 心の中で、何度叫んだか。

 この幕末イケメン武将物語は、時代の激動期の最中にいる、様々な武将たちの友情をテーマとしている。この絡みがまた尊い。私は何度も尊さにあてられて心停止し、そして尊さにより蘇生するというループを繰り返していた。

 武将は様々いるが、特に私の推しは信玄様と坂本龍馬様(幕末にも関わらずこの2人が相まみえることや、そもそもなんで坂本龍馬が倒幕派ではなく幕府についているのかとか、時代考証は相変わらずめちゃくちゃなわけだが)だ。この2人は(どういう時代考証をしたらそうなるのかわからないが)この作品の主役級で、2人の関係性はまさに切っても切れない関係。互いに憎み口を叩き合いながらもコンビネーションは抜群という、王道を行く関係だ。私は2人のことをおしどり夫婦と呼んでいる。ちなみに攻めは龍馬、受けは信玄様だ。強気に出るもなすがままにされる信玄様と、ドSな表情でねっとりと攻める龍馬の関係性はもはや向かうところ敵なし。

 そんなこんなで、スクリーンからの尊さビームに約2時間たっぷりあてられた私は、鼻血を出しながら映画館を後にした。同人誌の作成が捗るというものだ。

 そして私は昼食を食べることにした。が、昼食は軽くで済ませる。なぜなら、私の夜には、数々の美酒と嗜好品、そして最高の堕落が待っているからだ。今ここで欲を満たしてしまえば、私の夜は寂しいものとなるだろう。

 それに、正直お腹回りが気になる。私はよくよく、趣味が女性らしくないとは言われたが、しかし立派な女性なのだ。だから周りに体重や体型のことを指摘されると、いくらなんでも気にしてしまう。ちょっとだけムチムチしてきたか、もっとモデルのようにすらりとすればいいのだろうけど、あいにく私は人生で一度もそんな体型になったことはない。幸い、デブというほどではないのだが。

 私は適当なサラダと、あと気分で美味しそうな鮭おにぎりを買って昼食を終えた。プリンの誘惑が私を悪道へと導く、だが、ダメだ私。ここは耐えねば、夜がつまらなくなる!

 その後私は町を歩き、ゲームセンターへと向かった。私は財布を開け、そして貯めに貯めた百円玉を用いてクレーンゲームやガンシューティングゲームにいそしんだ。

 ふふふ、みんなが私を見ている。見ろ、リア充ども。お前たちが「あーん、ダーリン、この人形とってぇ」「いいよマイハニーうっふふー」とか言いつつ手も足も出ず諦めた品々を、私は容易く勝ち取っていく。「俺、こういうゲーム得意なんだよね」「すっごーい♡」とか言いつつ結局2ステージ目のちょっとした所でゲームオーバーになったガンシューを、私ならノーコンティニューでラスボスまで倒せる。お前たちは私が持っていないものを持っているが、私もお前たちが持っていないものを持っているのだ。さらに言うなら、私はこの独身生活を謳歌して、独りであっても楽しんでいる。もはや私が負ける要素など何もない!


 そんなこんなでホカホカと様々な物品を得た私は、さすがにこれをそのままにするわけにはいかないと部屋に戻り、アイテムの数々を置いてきた。信玄様のフィギュア含めて全て丁重に扱う。

 そして私はまた外に出て、その後はフリータイムで一人カラオケをした。受付でリア充たちがわいわい騒がしく盛り上がっていてうっとうしかったが、しかし2人つつましくクリスマスを楽しもうとしているオタクカップルを見られたので、それで機嫌を直す。私はリア充を憎むのではなく、節操のないリア充を憎むのだ。

 私は歌った。とにかく歌った。喉が痛くなり、声が少ししわがれ、それでも私はフリータイムを最大限楽しんだ。結果私の声はひどくだみだみになり、時間ももはや午後の8時前という、なかなかの暗さになったが、それでいい。この喉の辛さが、家に帰った後の炭酸美酒たちの旨味を倍増させてくれるというものだ。

 そして私は家に帰り、ピザなどの出前を頼んだ。自分で作らずとも他人が料理を運んできてくれる、これほどの堕落はない。普段はまあ食費の節約もかねて多少料理をたしなんだりするのだが、今日に限っては問題ないだろう。うへへ、今日はなんて最高の日なんだ。

 そして私は、家に置いておいた幕末イケメン武将物語のDVDを流し始めた。炬燵の前に座り、いざ、尊みの彼方へ。


 映像が流れだす。私はピザの箱やチキンの箱を開け、そしてそれを口に運ぶ。この不健康な味が最高に全身を奮い立たせる、そして私は缶のカクテルをプシュッと開け、それを勢いよく喉奥へと流し込んだ。


「……ぷっはぁ~! さいっこ~!」


 思わず声が出てしまった。まあ、隣人は毎夜毎夜アンアンと騒がしいのだから、私がこれくらいの声を出してもいいだろう。何と言ったって、今日は全ての人々が許される神の日、クリスマスだ。たまにこうして不摂生になるくらいなら、地獄に落ちることなどないであろう。それにどうせ今日も隣はアンアン騒ぐだろうし。

 私はズレた黒縁眼鏡をくいっと直して、少し火照ってきた体を冷ますため服を脱いだ。パンツとシャツだけだ、これこそ堕落の最高峰たる御姿だろう。

 そして晩御飯を食べ終え、私はケーキを冷蔵庫から取り出した。シンプルなショートケーキだ、やはりケーキというのはこうでなくては。

 私はスポンジをフォークで切り、そして柔らかな生クリームのついたそれを口へと運ぶ。

 甘い、すごく甘い。そして口の中でふわっとするこの食感。これこそがケーキだ、これこそがスイーツなのだ。生クリームのほのかなミルク感が口から鼻に抜ける、私は自然と笑顔になっていた。

 そして甘酸っぱいイチゴ。食べると果汁があふれ出て、この甘味ばかりのケーキに確かなメリハリを与えてくれる。お口直しとしても、そして優秀な甘味の補佐としても機能する。お前ほど優秀な右腕はこの世にいないだろう。生クリームとイチゴのカップリング、ありかもしれない。後でネタ帳に書いておこう。

 そして私はケーキを食べきり、次いでおつまみを食べる。チーズ鱈やジャーキーカルパス、いかの燻製に酢昆布。それらを食べながら、酒を飲んで、幕末イケメン武将物語の尊みを全身に浴びる。

 尊さを受けきった私は、その日の全てに満足した。酔いも結構強い、私はしばらく水を飲んだ後、布団を敷き、そしてそこに恍惚とした表情で寝転がった。


 クリスマスヒトリボッチ。私はそれを嘆かない。私は今日、最高のクリスマスを楽しんだ。別に彼氏を作って町をデートすることだけがクリスマスではない。面倒な人間関係をほったらかしにして、独り贅沢と堕落を享受するのも、また充実したリアルの過ごし方であろう。もちろん、インターネットの友人と楽しむのもありだ。

 メリークリスマス私。今日は幸せな夢を見られそうだ。
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