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第6話

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◇――第1火曜日 AM7時25分――◇

 水野(みずの)雄(ゆう)は、2枚の写真を持って、教室で1人の男子を待ち構えていた。
 後藤竜輝――。雄が持つ2枚の写真は、雄にとって少しだけ信じられない物だった。

 あの日。先週の金曜日、先輩に言われて校舎裏の草むらで身を潜めていたら、彼ともう1人、知らない女の子がやってきた。
 雄は新聞部だ。そして、新聞部は別名「ゴシップ部」と呼ばれていて、多少は学校新聞としてふさわしくないような情報も入ってくる。つまり、雄は「竜輝が美和と付き合っている」という事実を知っていたのだ。
 でも。そんな竜輝が、突然。女の子の前にやってきて、それっぽい雰囲気を醸し出していた。別れたという情報もない、疑わざるを得なかった。
 雄はそれを見て、カメラを構えた。そして、竜輝が告白して頭を下げた瞬間と、未来が「お願いします」と言って頭を下げた瞬間。この2つの瞬間を、写真に捉えた。家に帰ってカメラのデータから現像、そして今に至る。

 雄は少しだけ恐ろしかった。竜輝に対して、この事実を確かめねばという使命感。それと同時に、竜輝が何か迫ってくるだろう恐怖。板挟みにされて震えながら、ジッと彼が教室にやってくる瞬間を待っていた。
 そして、しばらくして。制服を着た竜輝が、教室に入ってきた。サッカー部の朝練習のせいで汗が少しにじんでいて、それをタオルで拭きながらの登校。別段珍しくもない情景。雄は意を決して竜輝に迫り、彼に話しかけた。

「竜輝くん」

 竜輝が「どうかした?」と言って爽やかな顔を向けてくる。こうして見ると本当にただの好青年。だけど……。雄は2枚の写真を、竜輝に突きつけた。

「これ、どういうことですか?」

 明らかに、竜輝の雰囲気が変わった。と、竜輝がニッコリ笑って説明しだす。

「ああ、この前白雪さんから告白されてさ。ホラ、この写真。白雪さんが最初に頭下げているでしょ? それで、ごめんなさいって謝った時のがもう1枚。特にそれ以上は……」
「ウソをつかないでください」

 雄はそう言って、写真の左下を指した。

「ここ。撮影日時が書かれています。僕のカメラ、撮った日の“秒”まで表示されるんですよ。現像した写真にも、何時何分、そして“何秒”まで表示されます。――写真に書かれた秒数は、明らかに“あなたが頭を下げた写真”の方が早いです。つまり、あなたが最初に告白して、白雪さんが頭を下げた。これが、正しい流れではないでしょうか?」

 雄がそこまでを語ると。竜輝はにっこり笑ったまま、冷えた表情を顔に出した。

「で?」

 雄はそれを聞いて「は?」と。竜輝がさらに言葉を続ける。

「それで、その事実がどうかしたの?」
「いや、どうかしたって! あなた、青山さんと付き合っているじゃないですか! これは流石にどうかと……!」
「流石ゴシップ部、情報を持ってるねぇ。俺が聞きたいのはそんなことじゃなくてだな。“その事実をどうやって公表するの?”ってことだよ」

 雄がそれを聞いて、黙り込む。竜輝が笑った。

「俺はいろいろなところから信頼されててね。そんな俺がさ、その写真について、例えば“元から手紙で告白されてて、流れをわかっていたから謝った”って言えば。他の人は、俺を信用するだろうね。それに対してお前は? ゴシップ部っていう肩書きのせいで信頼は少ない。例えすべての事実を知っていて、“俺が最初に告白したんだ”と言った所で、そんな奴の言葉を誰が信用する?」
「でも、あなたの言葉の方が無理がある。それに僕はあなたが告白している現場を見ているし、聞いている。そしてそれ以上に、新聞部は、僕は、そして先輩は。ゴシップ部なんて言われても、“真実しか書かない”という理念を持って行動しています。だからこそ、僕たちの情報は信頼性があります。それは、学校の人たちも同じことを思っていると思います」
「へぇ、そう来たか。じゃあよ、これならどうだ?」

 直後、竜輝は雄につかみかかって、手に持つ2枚の写真を奪い取った。

「な、なにをするんですか!」
「いいか? “告白をしてきたのは白雪だった”。それはな、絶対的な事実なんだよ」

 そう言って竜輝は、「自分が頭を下げている写真」をビリビリに破りだした。

「あっ……!」
「証拠は、無かった。元から白雪の写真1枚。俺が先に頭を下げた、そんな事実はこの世に存在しない。これが一番しっくりくる流れじゃないか?」

 そう言って、竜輝は引き裂いた写真をポケットに入れた。床に落とさなかったのは、“修復されたりしてバレること”を避けた行動。雄は竜輝を、睨むことしかできなかった。

「お前、そんなことをして……!」
「あー、そうそう。もう1つ言っておくけどな。
 お前がこれ以上、何かしようとするんならよ。俺は被害者を演じるぜ。“ゴシップ部が、とうとうウソの内容を記事にした”ってな」

 それを聞いて、雄は思わず体を固めてしまった。竜輝が、笑顔のまま自分の肩に手を置く。

「お前も、それは困るだろ。先輩さんの信頼を失うどころか、下手をしたらチリ紙みたいな部が吹っ飛ぶ。それだけは、お前も嫌だよなぁ」

 雄は。歯を食いしばり、手に力を込めて。震えることしか、できなかった。

「ま、そういうこった。お前はこれ以上、このことに突っ込むな。それで、全部丸く収まる。いい話じゃないか、な?」

 そして竜輝は、自分の席に行ってバッグを下ろし始めた。種々の準備を始めて、鼻歌を歌いながら、何もなかったかのように。
 雄は、自分が何もできないことを悟って。怒りと罪悪感が、脳を侵食する気持ちの悪い感触を、味わった。

◇――第1火曜日 AM8時00分――◇

 怜斗は教室に戻った後。朝早くに起きすぎて眠くなってしまい、仮眠をしようと机に突っ伏していた。

「――れ、怜斗、くん……」

 と。まどろみの中、突然かわいらしい声が聞こえてきた。「んあ?」と言って顔を上げると、怜斗は横に、眼鏡をかけた三つ編みおさげの女の子を見た。
 ――だれだっけ? こいつ。

「だれだっけ? お前」
「ひ、ひどいよ……。伊泉(いいずみ)詩恵(うたえ)だよ」
「ああ、ウっちゃんか」
「う、ウっちゃん? ま、まあそれよりもさ。……えっと、そこ。わたしの、席……」

 ぼそぼそとした小さな声。怜斗は寝ぼけた顔のまま頭を掻いて、席を確認した。
 ――あれ? なんで俺、一番後ろの廊下側に?
 一番廊下側で、一番黒板から遠くって、そして何よりも角。怜斗の席とは対角線にあるそこに座っていることを、怜斗は疑問に感じた。

「おかしいな。座席表見て座ったのに」
「ま、まあ、席替えしたてだし、あの座席表って見辛いから。わ、悪くはないんだよ! ただ、わたしが座れないなって……」

 そういえば、座席表はひどく不親切に作られていた。通常、座席表は教卓が上にあるように書かれているが、怜斗のクラスだけは作成ミスにより、教卓が下に書かれている状態になっている。その上名前は「教卓が上にある」状態と同じで、注意して見なければ席が真反対になってしまい、対角線上にある2つの席が入れ替わってしまう。
 頭を掻いて、だいたいのことに納得する。怜斗は「あー……」と言って立ち上がり、ぼう、と彼女の顔を見た。

「すまんな、ウっちゃん。迷惑かけちまった」
「い、いや、いいよ。それに、迷惑だなんて思っていないから。ほんとうに、わたし、ホラ。別に、なんとも……」
「いや。こんだけ席違うのにここに座っちまった俺がバカなだけだよ。どー考えても俺が迷惑かけてる」
「ご、ごめんね。わたし、そんなこと思って……」
「謝る必要ないって。にしても、地味系って感じがプンプンするよなお前。声小さいし、上ずってるし、なんかあたふたしてるし」
「ご、ごめん! い、嫌だった? 謝るよ」
「いやだからさ、謝らなくていいって。まあ、別にどうこういう権利は俺にねーけどよ。もちっと自信持った方がいいぞ」
「あ、あはは。でも、わたしなんて……頭悪いし、運動できないし、ブスだし……」
「そうか? 俺はかわいいと思うけどな」

 詩恵が、「ふぇ!?」と言って顔を赤くした。怜斗は「あ」と言って居心地が悪そうに頭を掻く。

「ま、まあいいや。そういや、今何分だ?」
「も、もう8時だよ」
「むむむ、そろそろ全員集合って時間だな。となると、あいついるかもしれねーな」

 怜斗はそう言って歩き出す。詩恵が「どこいくの?」と問いかけてくる。

「B組。ちょっと用事ができてな」

 そう言って怜斗は廊下へ出て、B組へ。教室へ入った後、ポケットからメモ帳を取り出し、雄の席を探す。
 割とすぐに見つかった。短い黒髪で、メガネをかけて、少しなよっとした体格。怜斗は彼の元へ近づき、何か苦しそうに頭を抱える彼の肩に手を置いた。

「おい、みずみずの」

 と、雄は顔を上げて怜斗を見つめる。怜斗はその不思議そうな顔に、メモ帳をつきつけた。

「コレ、お前のメモだろ。校舎裏に落ちてたぞ」
「あ、ありがとう。えっと……」
「怜斗。若山怜斗だ」

 そう言って笑って見せると、雄は「あ、ありがとう怜斗くん」と笑い返してきた。
 と、直後。雄がハッとしたように表情筋を強張らせ、怜斗の目をジッと見つめてきた。
 そして、途端に。ガサガサと机にかけてあるスクールバッグをあさりだし、そこからカメラを一台、取り出した。

「怜斗くん。ちょっと、コレ。預かっててくれないかな?」
「は? なんでだよ?」
「僕、今日いろいろ持って帰りたくってさ。カメラをバッグに入れておくと、傷つけちゃうかもだから」
「いや、だからなんで俺……」
「いい? 絶対に壊さないで。このカメラ、すごく高いから」
「だから、なんで俺だって……」
「なんでもいい。怜斗くんじゃないと、今はダメなんだ」

 有無は言わせない、何が何でも預かれ。怜斗は物静かそうな彼の目が、強くそう訴えかけるのを感じて押し通されてしまった。よくわからないと頭を掻きながら、「わーったよ」と言ってカメラを雄から大事そうに受け取った。

「んで、いつまで預かればいい?」
「……とにかく、もう教室に戻った方がいいよ。必要になったら、取りに行くから。A組だったよね?」
「ああ、そうだけどよ。……まあいいや。とりあえずじゃあ、預かるぞ」

 怜斗はそう言って訝しんだまま教室へ帰っていった。
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