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第49話『演説』
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フィオナ・レインフォードが目を覚ますと、空一面の淀みがまず目に映った。
おかしい。自分は確か、訓練場にいたはずだ。ぼんやりとした頭を振りながら上体を起こすと、「あ、フィオナさん、大丈夫ですか?」と、聞き慣れた声が聞こえた。
「あっ――エル、さん。ここ、は」
「学園の屋上です。幸いにも、暴動を免れた校舎があって――」
フィオナは辺りを見回す。と、倒れている男に、キンブリー学長やラザリア、そして意識を失ったままのリネアの姿が見られ、フィオナは驚きに脳を覚醒させた。
「え、あっが、学長っ、師匠に……リネアッ!」
フィオナは這いずるようにしてリネアにすり寄る。キンブリーは「落ち着きなさい、フィオナ・レインフォードさん」と彼女にぴしゃりと言った。
「リネアさんは寝ているだけです。命に別状はありません」
「――こ、これは……」
「ええ。エルさんに頼み、皆を正気に戻す方法を試してみようということでして」
フィオナは「えっ」と言い、また辺りを見回した。しかし、何か特別な機械などがあるようには思えない。フィオナはキンブリーの言葉にどういうことだと首を傾げた。
「――あなたがリネアさんを正気に戻していなければ、正直私も途方に暮れていました。ふと戦闘の音が聞こえ訓練場に入ると、あなたたちが倒れていて――そこで直感したのです。この子は、やったのだな、と。そしてエルさんやラザリアさんの元へ戻り、知恵をお借りしたという具合ですね」
「――が、学長様が私たちを、助けてくれたんですか?」
「結果的にはそうとも言えますね。――大人2人よりも子供を優先してよかったと思っています」
キンブリーは胸を張り、生徒たちや教師たちが傷つけあっている様を見下ろしながら淡々と言う。そこには確かに感謝の念が垣間見えたのだが、しかしキンブリーは、小さくぼそりと、「情けない」とも呟いたのをフィオナは聞いた。
と。エルが「準備、できました」とキンブリーに話しかけた。
「――本当に、音を増幅させる魔術だけでよかったのですか?」
「はい。きっと、あなたの声なら、みんな聞いてくれると思いますので」
エルはキンブリーに信頼を宣言するように彼女を見つめた。キンブリーは「ふん」と笑い、「ええ。私も、そうだと信じています」とつぶやいた。
「――さて、御託はいいです。早く始めてしまいましょう」
「はい」
エルが目を閉じ、体から魔力を溢れさせた。
するとそれはキンブリーの体を覆い、やがて彼女の口元へ集まり一つの小さな玉になった。
そして――。
「『静まりなさいっっっっ!!!!!』」
それは胸を、脳を揺らすほどの大音声だった。
音圧に思わず吹き飛ばされそうになるほどだ。だが、なぜか。不思議なことに、その声はすんなりと耳へと入り、何よりも、これほど近くにいてなお、耳を閉じようとは思わなかった。
暴動がピタリと止む、争っていた人々は声の出処であるこの屋上を見上げ、呆けたように続きの言葉を聞いた。
「『全く情けないっ! たった一つの悪意にほだされ、こうも醜い様を晒すとはッッ! あなたたちは皆、恥を知りなさい! あなたたちの行いは、この学園の看板に泥を塗る行為です!』」
そこに見えたのは、怒りであり、恥という感情であり、失望であり、呆れであった。しかし確かな愛があり、何よりも、如何なる負の感情を超えて、見捨てはしないと叫ぶような温かさがあった。
「『常日頃、私は言って聞かせているはずです。
―― 教育とは魂の継承です、と』」
ざわざわと人々が騒ぎ出した。キンブリーはなお、話を続ける。
「『あなたたちの行動が、先行き道を示した人々の証明になり、あなたたちの生き方が後に続き時代を作る未来の形になります。
教えを受ける者達よ。なぜ自ら今を腐らせ、未来を手折るのですか。
教えを与える者達よ。なぜ自らの誇りの証明たる未来に対して、かくも傲慢でいられるのですか。
私は常々あなたたちに説いてきたはずです。気高くあれ、と』」
瞬間、ざわつきが止み、彼ら、彼女らの何かが、カチリと切り替わっていくのを、フィオナは感じていた。
「『“気高さ”とは、常に自らの所業を疑い、何者からも学び、考え、断行し、道を正すあり方のことです。
決して自らの感情、信念に振り回され、いたずらに他人へ危害を加えることではない。
たった1つの“厄災”に、人を陥れんとする“悪意”に振り回され、合理を忘れ未来を傷付けるそのあり方の、どこに気高さがあるのですか。
あなたたちの蛮行は、この学園の――チェイン・アームズの雄大なる歴史と誇りに泥を塗る行為です!』」
キンブリーが言い放つ、その言葉は1つの波となり、人々の心を飲み込んでいく。
フィオナはその情景に、もはや感心ではなく、畏敬とも言える情念を感じていた。
「『気付いたのであれば、悔い改めよ! この世で最も愚かなことは、自らの過ちに気付かぬこと、そして過ちを認め正さぬことです!
あなたたちは今日、罪を犯した。なればこそ、罪を認め未来へ進むべきなのです!
我らが魂は清流が如く。流れることを止めた水はすぐに腐ります。故に成長を止めてはならぬ。それが我々チェイン・アームズが受け継いできた、教えなのですから!』」
キンブリーの語りが終わると同時。空の淀みが一気に晴れ渡った。
学園を覆っていた悪意が消える。フィオナはその情景に、胸が透くような感動を覚えた。
――もうこの学園は、大丈夫だ。根拠などないが、フィオナはこの空を見て、胸を張ってそうと言い切れる気がした。
おかしい。自分は確か、訓練場にいたはずだ。ぼんやりとした頭を振りながら上体を起こすと、「あ、フィオナさん、大丈夫ですか?」と、聞き慣れた声が聞こえた。
「あっ――エル、さん。ここ、は」
「学園の屋上です。幸いにも、暴動を免れた校舎があって――」
フィオナは辺りを見回す。と、倒れている男に、キンブリー学長やラザリア、そして意識を失ったままのリネアの姿が見られ、フィオナは驚きに脳を覚醒させた。
「え、あっが、学長っ、師匠に……リネアッ!」
フィオナは這いずるようにしてリネアにすり寄る。キンブリーは「落ち着きなさい、フィオナ・レインフォードさん」と彼女にぴしゃりと言った。
「リネアさんは寝ているだけです。命に別状はありません」
「――こ、これは……」
「ええ。エルさんに頼み、皆を正気に戻す方法を試してみようということでして」
フィオナは「えっ」と言い、また辺りを見回した。しかし、何か特別な機械などがあるようには思えない。フィオナはキンブリーの言葉にどういうことだと首を傾げた。
「――あなたがリネアさんを正気に戻していなければ、正直私も途方に暮れていました。ふと戦闘の音が聞こえ訓練場に入ると、あなたたちが倒れていて――そこで直感したのです。この子は、やったのだな、と。そしてエルさんやラザリアさんの元へ戻り、知恵をお借りしたという具合ですね」
「――が、学長様が私たちを、助けてくれたんですか?」
「結果的にはそうとも言えますね。――大人2人よりも子供を優先してよかったと思っています」
キンブリーは胸を張り、生徒たちや教師たちが傷つけあっている様を見下ろしながら淡々と言う。そこには確かに感謝の念が垣間見えたのだが、しかしキンブリーは、小さくぼそりと、「情けない」とも呟いたのをフィオナは聞いた。
と。エルが「準備、できました」とキンブリーに話しかけた。
「――本当に、音を増幅させる魔術だけでよかったのですか?」
「はい。きっと、あなたの声なら、みんな聞いてくれると思いますので」
エルはキンブリーに信頼を宣言するように彼女を見つめた。キンブリーは「ふん」と笑い、「ええ。私も、そうだと信じています」とつぶやいた。
「――さて、御託はいいです。早く始めてしまいましょう」
「はい」
エルが目を閉じ、体から魔力を溢れさせた。
するとそれはキンブリーの体を覆い、やがて彼女の口元へ集まり一つの小さな玉になった。
そして――。
「『静まりなさいっっっっ!!!!!』」
それは胸を、脳を揺らすほどの大音声だった。
音圧に思わず吹き飛ばされそうになるほどだ。だが、なぜか。不思議なことに、その声はすんなりと耳へと入り、何よりも、これほど近くにいてなお、耳を閉じようとは思わなかった。
暴動がピタリと止む、争っていた人々は声の出処であるこの屋上を見上げ、呆けたように続きの言葉を聞いた。
「『全く情けないっ! たった一つの悪意にほだされ、こうも醜い様を晒すとはッッ! あなたたちは皆、恥を知りなさい! あなたたちの行いは、この学園の看板に泥を塗る行為です!』」
そこに見えたのは、怒りであり、恥という感情であり、失望であり、呆れであった。しかし確かな愛があり、何よりも、如何なる負の感情を超えて、見捨てはしないと叫ぶような温かさがあった。
「『常日頃、私は言って聞かせているはずです。
―― 教育とは魂の継承です、と』」
ざわざわと人々が騒ぎ出した。キンブリーはなお、話を続ける。
「『あなたたちの行動が、先行き道を示した人々の証明になり、あなたたちの生き方が後に続き時代を作る未来の形になります。
教えを受ける者達よ。なぜ自ら今を腐らせ、未来を手折るのですか。
教えを与える者達よ。なぜ自らの誇りの証明たる未来に対して、かくも傲慢でいられるのですか。
私は常々あなたたちに説いてきたはずです。気高くあれ、と』」
瞬間、ざわつきが止み、彼ら、彼女らの何かが、カチリと切り替わっていくのを、フィオナは感じていた。
「『“気高さ”とは、常に自らの所業を疑い、何者からも学び、考え、断行し、道を正すあり方のことです。
決して自らの感情、信念に振り回され、いたずらに他人へ危害を加えることではない。
たった1つの“厄災”に、人を陥れんとする“悪意”に振り回され、合理を忘れ未来を傷付けるそのあり方の、どこに気高さがあるのですか。
あなたたちの蛮行は、この学園の――チェイン・アームズの雄大なる歴史と誇りに泥を塗る行為です!』」
キンブリーが言い放つ、その言葉は1つの波となり、人々の心を飲み込んでいく。
フィオナはその情景に、もはや感心ではなく、畏敬とも言える情念を感じていた。
「『気付いたのであれば、悔い改めよ! この世で最も愚かなことは、自らの過ちに気付かぬこと、そして過ちを認め正さぬことです!
あなたたちは今日、罪を犯した。なればこそ、罪を認め未来へ進むべきなのです!
我らが魂は清流が如く。流れることを止めた水はすぐに腐ります。故に成長を止めてはならぬ。それが我々チェイン・アームズが受け継いできた、教えなのですから!』」
キンブリーの語りが終わると同時。空の淀みが一気に晴れ渡った。
学園を覆っていた悪意が消える。フィオナはその情景に、胸が透くような感動を覚えた。
――もうこの学園は、大丈夫だ。根拠などないが、フィオナはこの空を見て、胸を張ってそうと言い切れる気がした。
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