言霊の魔造師~低ランクパーティさえ追放された劣等の僕が、オリジナルの魔術で英雄になるまでの話~

オニオン太郎

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第40話『リネアとフィオナ 3』

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「ずるい。ずるい、ずるいよ。あんたばっかり。なにをやってもどうにもできない、どれだけ頑張ってもそれが実ることなんてないなんてさ」

「――リネア? なにを、言って――」

「あまつさえ、共鳴不全なんて病気まで持ってるなんて。正真正銘どうにもできない困難を背負って、本当に、本当にかわいそうでさ。
 ――だから師匠マスターは、あんたのことを凄く気に入ったんだよね」


 フィオナは突然黒い言葉をまくし立てたリネアに愕然としていた。

 脈絡が無い。あまりにも無さすぎる。つい先程までは不安に怯え自分を頼るようにしていた彼女が、一転、憎悪に満ちた目でこちらを睨みつけていたのだ。

 しかしフィオナは、だからこそ実感した。アルゴフィリアが今しがた使ったであろう『悪意』がなんなのかを。そして、学校の生徒たちがなぜ瞬く間に暴徒と化したのか、悪意に侵されるとはどういうことなのかを。


「本当にずるい。ただ努力が実らないから、ただ病気があるから、それだけで師匠マスターはあんたのことを気に入ってたんだ。この私よりも・・・・・・
 ねえ、おかしいよね? だって私、あんたと同じくらいに頑張ってたんだもん。それに私はあんたと違って、結果だって、出してきたんだ。
 なのに、なんで師匠マスターは私よりもあんたを贔屓してたんだ。みんなは私を点数稼ぎだとか、偉そうだとか言ってくるし。ねえ、なんでよ、ねえ? なんで頑張って、結果も出してきたのにそれを認めて貰えないのよ、ねえ?」

「ッ――! な、なによ、私だって、私だって――」


 それが悪意によるものだと理解しながらも、フィオナは思わず激昴し返してしまった。しかし直後、リネアは「私だって、なんなのよっ!!!」と、フィオナの憤りが出し切られる前に、それをはたき落とすように言葉を被せた。


「ふざけないでよ! 確かにそう、才能が無いから、病気があるから、そんな生まれつきのモノで努力の一切合切が否定されるなんて――不遇よ、理不尽よ、本当の本当にかわいそうだよ。
 でも、たったそれだけで、ただそれだけであんたは結果を出してなくても認められたじゃない! 師匠マスターがあれほどまでにあんたのことを、ずっとずっとずっとずっと気にかけて来たじゃないっ!! 同じ努力をして、結果を出した私なんかより!!!
 いいわよね、悲劇の主人公って。ただそれだけでダメな結果は『仕方ない』で済まされて、良い結果は途端に大きな美談になる! 結局私は、あんたみたいな『不遇な奴』には勝てはしないの、どんなに努力をしても、結果を出しても!
 あんたは確かに、魔術の才能は無かったよ。けれど代わりに、他人からより賞賛されるって言う才能があったのよ!!!」


 フィオナは声を出せなくなっていた。

 悪意が原因だとは言え、この言葉は全て、リネアが必死に押さえつけていた、真実の言葉だ。フィオナはそれを肌で感じていた。

 アレだけ大切に思っていた親友が。アレだけ互いを高めあっていた好敵手が。

 まさかこれほどまでに、鬱屈とした感情を秘めていたなんて。フィオナにはただその事実だけが衝撃的だった。


「あまつさえ本当に魔術まで使えるようになっちゃって――あはは、まるで物語の主人公じゃん。認めない、認めないわよ、あんたみたいな不遇な奴が、しっかりと頑張って結果を出した私より上に行くなんて。
 だってそれって不公平じゃん。私が同じ位置に立っても、私はあんたほど褒められることはないんだから」


 リネアの言葉への反論など、いくらでも浮かんだ。自分には自分の、あれほどの苦味があったのだから。

 しかし、それは立場が違うだけだ。自分には自分の苦味があったように、リネアにはリネアの苦味がある。
 結局のところ、反論なんてものは、互いの『立場の違い』から生じた誤解でしかない。それに、なによりも、リネアの言葉は間違いではないからだ。

 フィオナ・レインフォードは確かに不遇だった。才は無く、周りからは嘲笑を受けた。
 だがしかし、フィオナは出会いに恵まれた。エル・ウィグリーという1人の男が、彼女から才覚を見出し、それを伸ばした。

 逆境から見事に這い上がった彼女の功績は、感動を与えるに足るドラマだった。しかしそれを作るためには、そも、逆境と言う立場に居なければならない。

 その点を言えば、確かに努力が実る程度には才覚があったリネアは、恵まれてはいなかったのだ。彼女の人生には、人々から大きな賞賛を得られるだけの美談がない。
 その差は周囲の――とりわけリネアの場合は、憧れた師や同胞からの反応という形になって、現実に滲み出ていたのだ。


「許さないから――絶対に、許さない。あんたには絶対に私を越えさせない。
 だから、ここで殺してやる」


 直後、リネアの体が光りだし、周囲が彼女に応えるように揺れ始めた。
 圧倒的な共鳴。そしてそれにより得た魔力が、リネアの全身から溢れ出している。

 フィオナは振動する空気の中で、彼女から向けられた感情に息を呑んだ。

 それは、殺意。親友である自分を本気で殺そうという、真っ黒な悪意そのものであった。


「人の悪意とは、抑えつければ抑えつけるほど膨れ上がるものです」


 アルゴフィリアが後ろで笑う。フィオナはその声を聞き、リネアの顔をじっと見つめた。


「尊い友情の本質が、まさかこれほどまでのエゴだったとは」


 リネアが深く息を吐いた。フィオナはその様子に危険を感じ、直後。

 リネアがとてつもない勢いで剣を振り上げた。同時に床を割りながら、風の刃がフィオナへと向かう。
 フィオナは声を出す暇もなく、尻もちを着いた姿勢から横に飛んでその攻撃を避けた。しかしそれでも、刃から吹き出していた余波に当てられ、体にわずかな切り傷が生まれる。


「避けないでよ、ねえ。今からあんたを殺してやるんだから」


 リネアが一歩を踏み出す。フィオナは「ああ……」と力なく声を出した。


「許さない。認めない。あんたは一生――私の、下にいなきゃあダメなのよ!」


 リネアが加速し切りかかる、フィオナは慌てて立ち上がり攻撃を避けるが、リネアの剣が壁へと当たった途端、激流のような衝撃波が生まれ、フィオナはそれに吹き飛ばされた。

 床を転がり、全身に擦り傷ができる。フォオナはそれでも立ち上がった。


「無様だね、フィオナ。やっぱりあんたは、私には絶対、勝てないのよ」


 リネアが笑う、笑いながら魔力を噴出させる。フィオナは悪意に汚染されきったリネアを見つめ。

 不安と恐怖が勝り、彼女に背を向けて逃げ出した。


◇ ◇ ◇ ◇


「な、なんですか、これ……!」


 エル・ウィグリーはチェイン・アームズの校舎を見て愕然とした。

 黙々と黒煙が上がり、見える範囲内の人々は、生徒、教員問わず争っている。それはこの敷地の範囲内で、極めて小規模な戦争が巻き起こっているかのようだった。


「おいエル、これは何が起きているんだ!? なぜみんな、こうも無益な戦いをしている!?」

「わ、わからない……ただ、1つ、間違い無く言えることは――」


 エルはそして、空を見上げて、学園の上に浮かぶ黒い瘴気を見る。


「――悪意に、汚染されている……!」


 その一言は、今しがた共にギルドから出てここまで同行した騎士たちに、大きな波紋を拡げた。


「――言伝を受けて、国の騎士たちが学園を封鎖しているようです。おそらく、あの悪意のことは王にはもう知れていることでしょう」


 と、1人の騎士がエルにそう言った。エルはゴクリと唾を飲み、その騎士に尋ねる。


「悪意に侵された人は、元には戻らない。そう、でしたよね?」

「はい」

「なら、悪意に侵された人がいた場合、あなたたちはどう対処するのですか?」

「――有益な情報……とりわけ『悪意』に対する研究をして、なにも得られなくなれば、そのまま殺します」


 つまり、この学園内の人は、大半が殺されるということか。エルはそして真っ先に、フィオナのことが頭に浮かんだ。

 まずい。あの子は、あの子たちは大丈夫だろうか。エルは想像したくない結果に畏怖し、思わず呼吸を乱した。

 と――


「おい、誰かこっちへ来るぞ!」


 警護をしている騎士が声を上げた。エルはビクリと顔を上げ、危険な匂いを察して戦闘態勢に入る。

 が。


「おい、この子は大丈夫だ。傷も浅い、とにかく保護しよう」


 そう声が聞こえた後、警護する騎士の1人が、騒ぎに集まった野次馬の間を割って1人の少女を連れてきた。

 フィオナだ。フィオナが泣き腫らした目で、こちらへとゆっくり歩いて来た。


「フィオナさんっ!」


 エルは思わず駆け出し、フィオナへと近寄った。騎士が「おい、触るな!」と言う、しかしフィオナ自身も、「エルさん!」と声を上げ、エルの元へと走り出した。

 フィオナがエルに抱きつく。エルはその様子に異常を感じ、フィオナをゆっくりとはがすと、両肩を優しく掴み、「何があったのですか?」と問いかけた。


「――リネアが、リネア、が……」


 すがるような瞳を見て、エルは何が起きたのかを察した。途端に先程の騎士の言葉が浮かび、思わず「クソっ」と悪態をついてしまった。


「まずいぞ……このままじゃ、全員殺される……」

「え……エル、さん、どういう――」

「……実は、」


 エルはフィオナに、悪意に汚染された人々がどうなるのかを説明した。

 説明をしている最中に、フィオナの顔がみるみるうちに青ざめていったのがわかった。語り終えた時、エルは彼女に残酷な事実を伝えたことを後悔した。


「――じゃあ、リネアは……」

「…………」


 エルは目を閉じ、フィオナの言葉に答えようとはしなかった。

 わかっている。ここで『大丈夫』と言うのは、ただの綺麗事にしかならないと。

 だからこそエルは、敢えてそうは言わず。


「――行きましょう、ラザリアさん」


 隣にいたラザリアに、そう呼びかけた。


「ああ」


 ラザリアは2つ返事で賛同し、そしてエルと並び立ち校舎を見据えた。


「――エルさん?」

「……仮に」


 エルは後ろで呆然とするフィオナに、ゆっくりと語りかける。


「仮に、騎士たちの言葉が本当で、僕たちの行動が全て無駄になったとしても――」


 エルはそして、一呼吸を置き、


「諦められるのかい? リネアさんのことを」


 頑とした意志を持って、そう尋ねた。

 風が流れ、砂埃がパラパラと音を立てる。やがてざくりと土を踏みしめた音が聞こえ、エルは笑い、何も言わずに校舎を睨んだ。


「――いいえ。アイツは、なにがあろうと、私の親友で、超えるべきライバルです。諦めるなんて、できません」

「――そうですよね。諦めが悪いのが、僕たちだ」


 エルの隣にフィオナがつく。泣き腫らした目は決意に満ちており、エルはそれに彼女の強さを見た気がした。


「助けに行きましょう。リネアさんを、この学園の生徒たちを……!」


 そしてエルたちは、周囲の制止も聞かず、野次馬も警護にあたる騎士たちをも無視して、学園の中へと立ち入った。
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