上 下
38 / 50

第38話『悪意とは』

しおりを挟む
 フィオナはリネアの手を引き校内の廊下を走っていた。

 校内は酷い有様だった。他の生徒たちと戦い合ったのであろう者たちが至る所に横たわっていた。
 幸いにも死者はいなかったが、しかし、いずれにせよこの学校が暴力に占領された危険地帯であることには変わりない。フィオナたちも既に何度も暴走した生徒たちに襲われていた。

 かなり危険な状態だ。早く、フィリアを見つけねば。フィオナは暴力を振るわれ血だらけになったフィリアを想像して、胃がキリキリと痛むのを感じた。


 走り、走り、廊下の角へと差し掛かる。フィオナが頭を抑え顔を青ざめさせているリネアを引き、その角を曲がると……


「あっ!」


 直後、目の前に小さな女の子が現れた。フィオナは「うわっと!」と思わず叫びながら女の子を避ける。


「あ……! フィ、フィリアちゃん!」

「お姉ちゃん!」


 現れた女の子は、フィリアだった。

 フィリアはフィオナに気が付くと、恐怖に切迫した様子でフィオナの身体に抱きつく。


「大丈夫だった?」

「ふええ……怖かった、怖かったよお……!」


 ――良かった、どこにも傷はない。無事だ。フィオナは抱きついているフィリアの頭を撫で、心の底から安堵のため息を漏らした。


「……フィリアちゃん。泣いている暇はないわ。ここは危険よ、早く校内から逃げないと――」


 フィオナが言った途端、後方で爆発が起きた。衝撃が風を巻き起こし、フィオナたちの髪が激しく揺れる。
 逼迫ひっぱくが辺りを駆け抜ける。フィオナは後ろを向き、黒煙の中から姿を見せた1人の教官を睨みつけた。

 やはり、目が狂気に満ちている。フィオナにはそれが、体の中に眠っている獣性を呼び起こし、一切の理性が働いていないかのように見えた。

 ――来る。フィオナは反射的に剣を構え、途端に教官がこちらへと駆けた。

 凄まじい気迫だ、さすが教官という立場にいるだけはある。フィオナは瞬時怖気を感じるが、しかし今後ろには、リネアと、そしてフィリアがいる。

 教官を務める人間に勝てる見込みなどなかったが、しかし、逃げ出すわけにはいかない。フィオナは覚悟を決め、目の前の教官を睨みつける。

 と――


「そこまでになさいっ!」


 怒声が響き、直後に目の前の教官に雷の剣が突き刺さった。

 バチバチと音が鳴り、あっと声を出す間も無く教官が倒れる。フィオナは一瞬の出来事に驚き、声の主へと目をむけた。


 そこに立っていたのは――何人かの生徒を引き連れた、チェイン・アームズの学長、キンブリーだった。


「…………いくら暴走したとは言え、生徒たちに手を出すとは言語道断です。……とは言っても、こと今回に関してはいたしかたないところもありますが」


 キンブリーはそう言いつつ、倒れ込んだ教官の体を起こし、壁を背にして座らせた。


「――2人とも。無事でしたか?」


 キンブリーはフィオナとリネアに目をやり言う。フィオナは目の前にこの学園の創始者が立っているという威圧感に気圧され、声を震わせながら「は、はいっ!」と声をあげた。


「それはなによりです。さて、ところであなたたちは、今この学園がどういう状況になっているかを知っていますか?」

「――み、みんながおかしくなってます。なぜか、こう、突然人を襲うように……」


 フィオナが答えると、キンブリーは「ええ」と頷いた。


「大勢の人たちが、なぜか突然暴徒と化しています。この学園は高潔な騎士の学園、彼らには常日頃から『無闇な鍔迫り合い』は避けるよう言っていました。故に、このような事態が起きたことを、私は信じられません。間違いなく、これには何か裏があると私は踏んでいます」


 キンブリーが言う、フィオナはそれを聞きゴクリと唾を飲み込んだ。

 在籍していた頃から、その凄まじい存在感から覚えていた。話すことさえおこがましいとさえ思っていたあの学長が、いざ対面すると、その存在感がより強く、色濃いものとなった。

 なにせこの学長は――おそらく、現状自分にしか見えていないはずである『悪意』の存在を、勘だけで感知しているのだ。その神秘性さえ感じるほどの直観力は、それだけでフィオナから畏敬の念を引き出させるほどであった。


「しかし……それについて調べている暇はありません。あなた達は一刻も早く、この学校から逃げ出しなさい」

「が、学長、私も手伝います!」

「いいえ、あなたは逃げなさい、フィオナ・レインフォード。ここは私だけで十分です」

「――! 私の名前、覚えていて……」

「当然です。ラザリアさんが、あなたの除籍に最後まで反対していましたからね。あの人が成績不良な生徒にそこまでするなんて、今まで無かったですから。
 それに、私はこの学園の学長です。これまでの生徒のことは全員覚えています」


 キンブリーは一切表情を崩すことなく淡々と言い切った。彼女のその態度は毅然としており、フィオナは彼女が如何に大きな人物であるかを再確認した。


「とにかく、ここは私に任せてください。なに、心配はありません。これでもこの学園の学長、生徒たちが束になろうと退く力くらいは――」


 ふと、キンブリーは突然声を詰まらせ、そして大きく目を見開いて硬直した。

 何があったのだ。フィオナは反射的にキンブリーが見つめる先へと目をやった。


 キンブリーが驚愕し見つめていたのは――リネアの後ろでオドオドとしている、フィリアだった。


「この子は――確か、あなたたちが保護したと言う」

「は、はい。えと、ついさっき合流しまして、それでこの子も、早く逃がさなきゃって……」


 途端、キンブリーは目を怒らせて剣を抜いた。


「が、学長!?」


 フィオナは驚き声を上げる、後ろで立つ生徒たちもざわめきだす。そしてキンブリーは、彼女らの反応など構っていられぬと言った表情でフィリアに語りかけた。


「あなた――何者、ですの?」

「キンブリー学長、この子はただの子供です! なにもそんな――」

「いいえ、フィオナさん。この子はただの子供なんかじゃあありません。その証拠に、この子はこの事態の渦中にいるにも関わらず、全く傷を受けることなくここに立っています。か弱い幼子がそうしていられるなどありえません」


 フィオナはそれを聞き、ドクンと、嫌な予感が心臓を打つような感覚を覚えた。


「あなたは、何者ですの? どうしてこの状況で、無傷でフィオナさん達と合流することができたのですか?」


 途端――フィリアがニヤリと、楽しそうに笑い。


「素晴らしい」


 そう言うと同時、禍々しい気を醸し始めた。

 リネアが殺気に勘付きフィリアから離れる。フィオナは彼女が突然様子を変えたことに困惑し、驚き、何も言えなくなった。


「いやいや、まさかそんなことから見抜かれるとは思いませんでした。流石、この学園の学長を務めるだけのことはある」


 突如。フィリアの体が、ごきり、ごきりと音を立て始めた。

 全身の関節がありえない方向へと曲がっていく。目を爛々とさせて笑うフィリアの顔が、骨の砕ける音と共に上下が反転する。フィオナはあまりに惨いその光景に、しかし目を離すことができなかった。


「ふふ……ふふふふふふ……。
 悪意とは、善意・・の裏に潜むモノ」


 やがてフィリアの体は、その形を大きく変貌させていき。

 1人の――歪に笑う、長身の男がそこに現れた。


「純真無垢な幼女の正体が、悪意の顕現だとは思わなかったでしょう」


 黒い正装を着込んだ男は、フィオナたちを一瞥しながら言う。

 フィオナはその男に、あの仮面の下にあった、果てのない怖気を垣間見た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

愛のない結婚はごめんですわ

もぐすけ
ファンタジー
 私はエルザ・ミッドランド。ミッドランド侯爵家の長女で十七歳。十歳のときに同い年の第一王子のエドワードと婚約した。  親の決めた相手だが、ルックスも頭もよく、いずれは国王にと目される優秀な人物で、私は幸せになれると思っていたのだが、浮気をすると堂々と宣言され、私に対する恋愛感情はないとはっきりと言われた。  最初からあまり好きではなかったし、こんなことを言われてまで結婚したくはないのだが、私の落ち度で婚約破棄ともなれば、ミッドランド一族が路頭に迷ってしまう。  どうしてもエドワードと結婚したくない私は、誰にも迷惑を掛けずに婚約解消する起死回生の策を思いつき、行動に移したのだが、それをきっかけに私の人生は思わぬ方向に進んでいく。

「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!

友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください。 そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。 政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。 しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。 それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。 よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。 泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。 もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。 全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。 そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

これはキセキコレクション!

花泳
青春
特技は自己否定な地味子ちゃんがゴーイングマイウェイ天才俺様(?)男子に捕まりシンデレラみたいになるまでの物語。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里
ファンタジー
王太子殿下との婚約破棄を切っ掛けに、何度も人生を戻され、その度に絶望に落とされる公爵家の娘、ヴィヴィアンナ・ローレンス。 嘆いても、泣いても、この呪われた運命から逃れられないのであれば、せめて自分の意志で、自分の手で人生を華麗に散らしてみせましょう。 私は――立派な悪役令嬢になります!

処理中です...