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第26話『不穏』

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 その後はエルやラザリアの指示のもと、周りに倒れている男たちを縄で拘束していた。

 アレほどの戦闘だったのに、敵味方共に死者がゼロだったのはもはや奇跡としか言いようがない。フィオナはそんなことを思いながら、おそらく最後の1人であろう仮面の男に縄をかけ、手早く体を締め付ける。

 ――それにしても。フィオナは男の仮面を見て、ふと、その言葉が脳裏をよぎった。


『この仮面は、なんなのだろうか』。

 この男が持っていた球体に関しては、おおよそなんであるかは察しがつく。まず間違いなく魔道具で、かつ、あの牙を――おそらくは人間が持つ魔力を使って――発生させる物だ。

 球体の効果にも疑問は残るのだが、それ以上にフィオナは仮面の方が気になっていた。

 エルや他の者は誰も何も感じていないようだが、フィオナは男の仮面から、なにかおぞましい気を感じていた。
 うまくは言えない。だが、なにか生理的な嫌悪感を表出させるような、そんなドス黒い何かが仮面からは溢れていたのだ。

 ふと。フィオナはどうしても気になり、男の仮面に手を伸ばし、そして、それを男の顔から引き剥がした。

 直後。

 男がこちらを、顔が歪むほどの笑みでジッと見つめていた。


「ひっ……!」


 フィオナは思わず男から離れてしまった。

 臀部から背筋を上へ上へと指先でなぞられた気分だ。男は舌舐めずりをし、まるで自分の肉体を品定めするかのような目線をこちらへ向けていたのだ。

 間違いない、純粋に笑っていた。だがだからこそ、怖気が全身を走り、走り仕方がない。フィオナは直後、自身が路地裏に連れられた時のことを思い出した。


「うえっ……」


 人生で初めて見た。フィオナはフラッシュバックする光景に頭痛を感じ、そして、口元を押さえる。

 心臓の鼓動が細かくなる。全身から冷や汗が流れ、思考が正常ではなくなる。目が血走るような感覚が湧き起こり、特にかゆいわけでもないのに、全身を掻きむしりたくなる衝動が、抑えられない。


「――フィオナさん?」


 ふと。フィオナの肩に、ポン、と優しく手が触れた。

 フィオナはびくりと体を震わせた。途端に「わっ」と小さな声が聞こえたかと思ったら、ようやくフィオナは、現実へと自我を引き戻すことができた。


「大丈夫、ですか?」


 前を見ると、エルが心配そうな顔でこちらを見つめていた。


「あ、え、えと、その、ごめんなさい、気軽に触れるべきではなかったですね。……流石に、今の対応はまずかった」


 エルがぶつぶつとつぶやく。フィオナはぽかんと彼を見つめた。

 ――ああ、そうだった。この人は、大丈夫だ。あの時に自分を助けてくれた光景を思い出し、フィオナは姿勢を正して。


「は、はい、だいじょうぶ、です……」


 なんとか微笑みそう返した。

 フィオナはふと、あの醜悪な表情を浮かべていた男を見直した。

 男は完全に気絶したままで、笑みを浮かべるどころか首さえ起こせていなかった。
 ……勘違いだろうか? フィオナは首を傾げ、しかし、記憶の底に貼り付いた醜悪さに、また怖気を感じた。


「終わったか?」


 と、ラザリアがこちらへとやってきた。どうやら彼女も作業を終えたらしい。


「終わったのならあとはバルーンでこいつらをギルドに送るだけだ。まあ、いずれにせよあの少女を連れて戻らなければならないからな。クエストは中止だ」


 ラザリアは手早く周囲に伝える。ふと、ラザリアが男の前で足を止めたかと思えば、彼女は張り詰めた表情で、男の顔を見つめた。


「…………うそ、だろ」


 ラザリアが呟く。周囲の視線が彼女に集中する。ラザリアは驚きに呑まれたように、1歩、後ろへと下がり。


「――イアン?」


 呟きは混乱を広げた。フィオナは聞いたことのない名前と、激しく狼狽しているラザリアに、表現しがたい不安を感じていた。


◇ ◇ ◇ ◇



「――イアンは、私の元生徒だ」


 エルは突如ラザリアから話しかけられ、思わず困惑してしまった。
 現在、生徒たちを引き連れて、エルとラザリアは森の中をギルドに向けて進んでいた。あの少女のことはリネアに任せている。

 ラザリアはあれから、何か物思いに耽るかのように黙り込んでいた。エルは彼女の様子を心配していたのだが、やがて突然、生徒たちに聞こえないような声でこうして話を振ってきたのだ。

 エルは一瞬「突然どうしたのですか」と言いそうになったが、彼女の表情を見てその声をとめた。代わりに、エルは彼女が現在何か重たい物を背負っているのだと感じ、その声を漏らさず聞こうと真剣になった。


「奴は極めて成績が低い……言わば劣等生で、な。
 ………………私が、自ら判断して除籍を告げた」


 ラザリアが苦しむように唇を噛んだ。エルは声も出せず、ラザリアの表情を見つめて、ただ同じように唇を噛んだ。

 この先の言葉を聞こう。それがきっと、彼女の本心だ。エルはそして、視線を送ったが。


「………………いや、よそう」


 ラザリアはしかし、口を噤んだ。


「こんなことを言ってなんになる。しようもない。…………今のは、忘れてくれ」


 エルはラザリアに先を言ってもらおうと、「そんな……」と一言呟いた。
 だが、エルは気付いた。

 後ろにいるのは、彼女の生徒たちだ。ラザリアは彼らへの威厳を、大切にしていた。
 だからこそ、これ以上話すわけにはいかないのだ。ここでもしも内心を吐露すれば、それは間違いなく、歯止めが効かなくなる。生徒たちに示しが、つかなくなる。

 情けない姿を晒しては、誰もついて行きたいなどとは思ってくれなくなるのだ。エルはラザリアから言われた言葉を噛み締め、だからこそ、何も言えなくなった。

 ふと。


「――『教育とは』、」


 エルは、ラザリアが何かを呟くのを、聞いた。


「……『魂の継承である』」


 エルはその言葉に、ラザリアの持つ芯と、同時に存在する負の感情を見た気がした。
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