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第15話『ラザリアの想い』
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「ほら、つきましたよラザリアさん」
エルはラザリアの案内に従い、一軒の家の前に来ていた。
別荘と言っていたので大きいのかと思えば、一般的な人間が住まう程度の普通な家だった。町の栄えた場所から離れており、いささか家の数がまばらではあるものの、しかしそれでも人が住んでいるのを感じられる程度には建物が並んでいる。
エルはラザリアの顔を横目に見た。
自分に肩を借りながら呑気にぐーすかと寝ている。どうやって移動していたのだろうかと疑問に思いながらも、エルはその、色白で端正な顔をしばらくの間ジッと見つめた。
『何の努力もしないからそうなったのだ』
忘れたわけではない。あの言葉も、フィオナと森を進んでいた時に、自分にした仕打ちも。エルは美しいと言えるその横顔に、憎悪と言える感情を孕んでいた。
助ける義理もないが、助けないわけにもいかない。エルは徐々に膨れ上がる熱を冷ますため、ため息をついた。
「ラザリアさん、起きてください」
エルは体を揺すりラザリアを起こす。と、ラザリアが目をゆっくり開け、「ん……」と呟いた。
「お……ついたようだな」
「はい。……それじゃあ、僕はこれで」
「待て」
ラザリアに呼び止められ、エルは「?」と首を傾げた。ラザリアは鋭い視線をエルに向け、真剣な声色で、言った。
「話がある」
◇ ◇ ◇ ◇
部屋に鎮座するベッド、所狭しと書物が並んだ本棚。床に座らなければ使えない、小さな机。赤い絨毯。エルはさまざまな家具が並んだラザリアの部屋に来ていた。
先日の彼女のイメージとは程遠く、床には酒類が散乱している。本棚などは綺麗に整頓されているし、埃っぽい様子もないので、定期的に掃除がされていることはうかがい知れるが、なぜこうも酒だけが転がっているのか。エルは彼女がいかに酒好きなのかを悟ると、『まあ、この人も人間ということなんだな』と1人納得した。
「話、というのは?」
エルはしどろもどろと言った様子でラザリアに尋ねる。ラザリアは一度大きく息を吸ったかと思うと、ゆっくりと吐き出し、喰い殺すような目でエルをにらんだ。
「お前が今日言っていた『女の子』というのは――フィオナのことか?」
エルはそれを聞き気持ちを張り詰めさせた。
ゴクリ、と唾を飲む。そしてエルはラザリアを見つめたまま、コクリと大きく頷いた。
「やはり、か。魔術を教える、と言っていたな。……あれは本当か?」
「はい」
エルは目をそらさずに即答した。途端、ラザリアは机を叩いて大きな音を立てた。エルはびくりと、身を震わせる。
「ふざけるな、貴様。学校で何一つ魔術の使えなかったお前が、よりにもよって魔術を教える、だと? あれだけキツく言ったのに、まだフィオナを――」
「『黙れ』」
途端、ラザリアは「んぐっ……」と言って声を出せなくなった。エルはラザリアを睨みつけたまま、静かに言い返す。
「喋れないですよね?」
ラザリアが驚いた目でエルを見つめた。エルは呆れたように鼻で笑い、ため息をつく。
「これが、僕の魔術なんです。あなたは今、喋ろうとしている。けど僕が『黙れ』と言えばあなたは喋れなくなる。――僕は言霊、と勝手に呼んでいます。
気づいてますよね? 僕は共鳴を使っていない」
ラザリアが一滴、汗を流した。エルはそれを見てまたため息をつき、「『喋っていいよ』」と魔術をかけた。
「き、貴様、どういうトリックを――」
「トリックじゃない。僕は正真正銘、魔術を使った。それ以上疑うなら、もう一度同じことをしてもいい。
何も知らないくせに、人に説教をかますのは良くないと思うよ。あんた、本当に教師の立場にいるのか? こんなもの、僕が小さい頃から父さんに教えられてきた、言ってしまえば基本中の基本だろ?」
エルはラザリアを睨みつける。ラザリアはそれを聞き、一切口答えできず、おずおずと黙り込んでしまった。
「とにかく僕はあんたが思っている以上の物を作り上げた。……なんか、こう言うと思い上がった感じがして気持ち悪いな。
とにかく、僕はあの子にこの技を教える。そうしたら、共鳴の使えない彼女にだって騎士への道は拓けるはずだ」
「だが……! ………………」
ラザリアは黙り込む。何か反論したかったのだろう、しかし何を言えばいいかわからない、そんな顔だ。エルは彼女に呆れ、またため息をつくと。
「――上手くいかなかったらどうする?」
エルは、ラザリアの言葉に耳を疑った。
「私にはお前の魔術のことなんてわからない。だが、あの子のことは一年以上見ている。お前よりかはよく、知っているはずだ。
努力家で、いつ何時でも私に教えを乞い、成績最優のリネアとライバルとして競い合い、一切自分に甘えなかった。それでもあの子は、何一つ成しえなかったんだ。
こんなこと、教官の私が言うべきではないのだろうが……諦めた方がいい。大概のことは努力でなんとでもなるだろうが、あの子は特別なんだ。騎士にならずとも、普通の幸せを目指せばいい。あの子にとっては――それが一番の選択だ」
エルはラザリアの重苦しい表情を見て、思わず歯を食いしばった。
怒りが、憎悪とも呼べる感情が。あの時、『未来を否定される悔しさ』を叫んだ彼女と重なる。だからこそエルは、言い返さざるを得なかった。
「ああ、そうだよ。正論だ」
それはエルの本心だった。無論だ。不可能な道を進むということが如何に辛いことか、エルはそれを嫌という程味わった。故に、エルはラザリアの言葉を否定できなかった。
「無理な道なら進まない方がいい。正直魔術を習わなくても、人並みの幸せは十分に得られるさ。それをかなぐり捨ててまで、成就する可能性の低い夢を追うなんて、いくらなんでも見えて無さすぎる。莫大な劣等感を抱えて自爆するのがオチだろうさ」
エルは自嘲して笑った。
「だけどさ」
そしてエルは、ラザリアを睨みつけ。
「それでも僕は、諦めるなんてお断りだ。もうたくさんだ。どう足掻いてもどうにもならないなんて絶望は」
強く言い切り、そして不機嫌さを露わにしながら立ち上がった。
「あんたはあの子を諦めたかもしれない。けど僕は、あの子の少ない可能性に賭けるよ」
「お前、本気か!? いいか、人に教えるというのは簡単なことではない。軽い気持ちで言っているのならやめておけ」
「生憎、僕は今まで軽い気持ちでなにかに臨んだことはない。けどまあ、確かにそうだ。僕は本来師として立つべき人間じゃあない。それほどまでに未熟で、みみっちくて、うす汚い存在だよ。
けど、ありがとう。あんたと話して、覚悟が決まった。僕はあの子の未来を作るよ。……必ず」
エルはそして、踵を返し部屋を出ようと歩きだし――
「待て」
その声に、動きをとめた。
「――渡したい物がある」
エルは再びラザリアを振り返る。彼女はゆっくりと立ち上がり、そして本棚から、1枚の紙を取り出した。
ラザリアがエルに紙を手渡す。エルはそれを受けとり、紙に書かれた内容を読んだ。
そこには、フィオナの名前や顔写真、そして、彼女の持つ能力や性格などに対する細かな分析が書かれていた。
「これは……?」
「私が作った、生徒に対する分析表……まあ、ステータスみたいなものだと思ってくれ。独断でしかないから不備はあるだろうが、概ねそこに書かれているのは公正な評価だ。
……教育に役立つと思ってな。お前が良かったらだが、使ってくれ」
「――まさか、全生徒分あるのですか?」
「当たり前だ。あくまで私の担当した生徒は、だがな」
エルは一切誇ろうと言う意思のないその目に驚いた。つまり彼女は、想像するだけで途方もない資料の作成を、真に当然だと言い切ってしまっているのだ。
「言っておくが、別にお前を信頼したわけではない。ただ、お前の言葉には確かに覚悟があった。
本気なのだろう。お前も、あの子も。なら、私はあの子のために、できるサポートを行うだけだ」
真っ直ぐな眼光がエルを貫く。エルは瞬時間をあけたものの、すぐに頷き、ラザリアにまた背を向け歩き始める。
「ありがとう」
「当然だ。あの子のためなのだからな」
エルは扉を開け、「では」と一言言うと、そのまま部屋の外へと出た。
ラザリアの別荘の中、彼女の部屋の前で。エルは1度大きく息を吐く。
――彼女のことは嫌いだ。ああしてすぐに人を決めつける輩は、どうしても、馬が合わない。
だけど。彼女の想いは、本当なのだろう。フィオナ・レインフォードを大切に感じているからこそ、ラザリアはこうして支援を送ったのだ。自分の認識も何もかも、ねじ曲げて。
僕は彼女が嫌いだ。だけど、それには応えなければならない。エルはそこまで考えると、「よしっ!」と声を出し、気合いを入れ、進み出した。
エルはラザリアの案内に従い、一軒の家の前に来ていた。
別荘と言っていたので大きいのかと思えば、一般的な人間が住まう程度の普通な家だった。町の栄えた場所から離れており、いささか家の数がまばらではあるものの、しかしそれでも人が住んでいるのを感じられる程度には建物が並んでいる。
エルはラザリアの顔を横目に見た。
自分に肩を借りながら呑気にぐーすかと寝ている。どうやって移動していたのだろうかと疑問に思いながらも、エルはその、色白で端正な顔をしばらくの間ジッと見つめた。
『何の努力もしないからそうなったのだ』
忘れたわけではない。あの言葉も、フィオナと森を進んでいた時に、自分にした仕打ちも。エルは美しいと言えるその横顔に、憎悪と言える感情を孕んでいた。
助ける義理もないが、助けないわけにもいかない。エルは徐々に膨れ上がる熱を冷ますため、ため息をついた。
「ラザリアさん、起きてください」
エルは体を揺すりラザリアを起こす。と、ラザリアが目をゆっくり開け、「ん……」と呟いた。
「お……ついたようだな」
「はい。……それじゃあ、僕はこれで」
「待て」
ラザリアに呼び止められ、エルは「?」と首を傾げた。ラザリアは鋭い視線をエルに向け、真剣な声色で、言った。
「話がある」
◇ ◇ ◇ ◇
部屋に鎮座するベッド、所狭しと書物が並んだ本棚。床に座らなければ使えない、小さな机。赤い絨毯。エルはさまざまな家具が並んだラザリアの部屋に来ていた。
先日の彼女のイメージとは程遠く、床には酒類が散乱している。本棚などは綺麗に整頓されているし、埃っぽい様子もないので、定期的に掃除がされていることはうかがい知れるが、なぜこうも酒だけが転がっているのか。エルは彼女がいかに酒好きなのかを悟ると、『まあ、この人も人間ということなんだな』と1人納得した。
「話、というのは?」
エルはしどろもどろと言った様子でラザリアに尋ねる。ラザリアは一度大きく息を吸ったかと思うと、ゆっくりと吐き出し、喰い殺すような目でエルをにらんだ。
「お前が今日言っていた『女の子』というのは――フィオナのことか?」
エルはそれを聞き気持ちを張り詰めさせた。
ゴクリ、と唾を飲む。そしてエルはラザリアを見つめたまま、コクリと大きく頷いた。
「やはり、か。魔術を教える、と言っていたな。……あれは本当か?」
「はい」
エルは目をそらさずに即答した。途端、ラザリアは机を叩いて大きな音を立てた。エルはびくりと、身を震わせる。
「ふざけるな、貴様。学校で何一つ魔術の使えなかったお前が、よりにもよって魔術を教える、だと? あれだけキツく言ったのに、まだフィオナを――」
「『黙れ』」
途端、ラザリアは「んぐっ……」と言って声を出せなくなった。エルはラザリアを睨みつけたまま、静かに言い返す。
「喋れないですよね?」
ラザリアが驚いた目でエルを見つめた。エルは呆れたように鼻で笑い、ため息をつく。
「これが、僕の魔術なんです。あなたは今、喋ろうとしている。けど僕が『黙れ』と言えばあなたは喋れなくなる。――僕は言霊、と勝手に呼んでいます。
気づいてますよね? 僕は共鳴を使っていない」
ラザリアが一滴、汗を流した。エルはそれを見てまたため息をつき、「『喋っていいよ』」と魔術をかけた。
「き、貴様、どういうトリックを――」
「トリックじゃない。僕は正真正銘、魔術を使った。それ以上疑うなら、もう一度同じことをしてもいい。
何も知らないくせに、人に説教をかますのは良くないと思うよ。あんた、本当に教師の立場にいるのか? こんなもの、僕が小さい頃から父さんに教えられてきた、言ってしまえば基本中の基本だろ?」
エルはラザリアを睨みつける。ラザリアはそれを聞き、一切口答えできず、おずおずと黙り込んでしまった。
「とにかく僕はあんたが思っている以上の物を作り上げた。……なんか、こう言うと思い上がった感じがして気持ち悪いな。
とにかく、僕はあの子にこの技を教える。そうしたら、共鳴の使えない彼女にだって騎士への道は拓けるはずだ」
「だが……! ………………」
ラザリアは黙り込む。何か反論したかったのだろう、しかし何を言えばいいかわからない、そんな顔だ。エルは彼女に呆れ、またため息をつくと。
「――上手くいかなかったらどうする?」
エルは、ラザリアの言葉に耳を疑った。
「私にはお前の魔術のことなんてわからない。だが、あの子のことは一年以上見ている。お前よりかはよく、知っているはずだ。
努力家で、いつ何時でも私に教えを乞い、成績最優のリネアとライバルとして競い合い、一切自分に甘えなかった。それでもあの子は、何一つ成しえなかったんだ。
こんなこと、教官の私が言うべきではないのだろうが……諦めた方がいい。大概のことは努力でなんとでもなるだろうが、あの子は特別なんだ。騎士にならずとも、普通の幸せを目指せばいい。あの子にとっては――それが一番の選択だ」
エルはラザリアの重苦しい表情を見て、思わず歯を食いしばった。
怒りが、憎悪とも呼べる感情が。あの時、『未来を否定される悔しさ』を叫んだ彼女と重なる。だからこそエルは、言い返さざるを得なかった。
「ああ、そうだよ。正論だ」
それはエルの本心だった。無論だ。不可能な道を進むということが如何に辛いことか、エルはそれを嫌という程味わった。故に、エルはラザリアの言葉を否定できなかった。
「無理な道なら進まない方がいい。正直魔術を習わなくても、人並みの幸せは十分に得られるさ。それをかなぐり捨ててまで、成就する可能性の低い夢を追うなんて、いくらなんでも見えて無さすぎる。莫大な劣等感を抱えて自爆するのがオチだろうさ」
エルは自嘲して笑った。
「だけどさ」
そしてエルは、ラザリアを睨みつけ。
「それでも僕は、諦めるなんてお断りだ。もうたくさんだ。どう足掻いてもどうにもならないなんて絶望は」
強く言い切り、そして不機嫌さを露わにしながら立ち上がった。
「あんたはあの子を諦めたかもしれない。けど僕は、あの子の少ない可能性に賭けるよ」
「お前、本気か!? いいか、人に教えるというのは簡単なことではない。軽い気持ちで言っているのならやめておけ」
「生憎、僕は今まで軽い気持ちでなにかに臨んだことはない。けどまあ、確かにそうだ。僕は本来師として立つべき人間じゃあない。それほどまでに未熟で、みみっちくて、うす汚い存在だよ。
けど、ありがとう。あんたと話して、覚悟が決まった。僕はあの子の未来を作るよ。……必ず」
エルはそして、踵を返し部屋を出ようと歩きだし――
「待て」
その声に、動きをとめた。
「――渡したい物がある」
エルは再びラザリアを振り返る。彼女はゆっくりと立ち上がり、そして本棚から、1枚の紙を取り出した。
ラザリアがエルに紙を手渡す。エルはそれを受けとり、紙に書かれた内容を読んだ。
そこには、フィオナの名前や顔写真、そして、彼女の持つ能力や性格などに対する細かな分析が書かれていた。
「これは……?」
「私が作った、生徒に対する分析表……まあ、ステータスみたいなものだと思ってくれ。独断でしかないから不備はあるだろうが、概ねそこに書かれているのは公正な評価だ。
……教育に役立つと思ってな。お前が良かったらだが、使ってくれ」
「――まさか、全生徒分あるのですか?」
「当たり前だ。あくまで私の担当した生徒は、だがな」
エルは一切誇ろうと言う意思のないその目に驚いた。つまり彼女は、想像するだけで途方もない資料の作成を、真に当然だと言い切ってしまっているのだ。
「言っておくが、別にお前を信頼したわけではない。ただ、お前の言葉には確かに覚悟があった。
本気なのだろう。お前も、あの子も。なら、私はあの子のために、できるサポートを行うだけだ」
真っ直ぐな眼光がエルを貫く。エルは瞬時間をあけたものの、すぐに頷き、ラザリアにまた背を向け歩き始める。
「ありがとう」
「当然だ。あの子のためなのだからな」
エルは扉を開け、「では」と一言言うと、そのまま部屋の外へと出た。
ラザリアの別荘の中、彼女の部屋の前で。エルは1度大きく息を吐く。
――彼女のことは嫌いだ。ああしてすぐに人を決めつける輩は、どうしても、馬が合わない。
だけど。彼女の想いは、本当なのだろう。フィオナ・レインフォードを大切に感じているからこそ、ラザリアはこうして支援を送ったのだ。自分の認識も何もかも、ねじ曲げて。
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