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第6話『フィオナ・レインフォード 2』

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「壊れろっ! 壊れろっ! コーワーレーロー!」


 フィオナは目の前で首を傾げるフォレストラビットに、顔を真っ赤にさせて叫び散らしていた。

 エル達はグリムの森へと来ていた。ギルドにて薬草を摘んでくる依頼を受けた後、次いでに戦闘訓練でも、と言った感じで、フィオナがフォレストラビットを相手にエルの魔術を試してみようと提案したのだ。


「くっ、くそう……。エルさん、あなたの魔術ってどうやって扱ってるの? ちょっと、試しに打ってみてよ」

「え、で、でも、その……」

「いーいーかーらー! 私、絶対物にしてみせるから! じっくり見ます、聞きます、何度でも観察しますっ!」


 そう言ってフィオナは期待を込めた視線をこちらへと向けてきた。エルはそれに緊張しオドオドとしながら、フォレストラビットの前に立つと、少し震えた声で呟いた。


「『吹き飛べ』」


 瞬間、フォレストラビットが後方へと弾き飛ばされた。威力は抑えられていたため、それほど大きくは飛ばなかったものの、起き上がったフォレストラビットは何が起きたかわからないと言った感じでキョロキョロとし、やがてエルを恐れてそのまま逃げ出した。


「ど、どう……です、かね?」

「うわあぁ、なんでぇ!? どうやったらそんなことできるのぉ!?」

「え、えっと……」

「だっておかしいじゃない、どう見たって共鳴の反応が出てないのに、なんたって魔術が発動できるのよ! ああああもう、一体どういうからくりなのよぉ!」


 フィオナが頭を抱えて悶える。エルはどうしようかと後頭部を掻き、ごまかすように「あはは」と笑った。


 ……正直、この魔術を教えたくない。エルは心の中で呟く。
 なにせ、この魔術はおそらく世界で自分一人だけが扱える、言わば自身の専売特許だ。それを他人に教えるということは、特許を投げ捨てることと同じだ。

 今までずっと劣等扱いされてきたのだ。自分の努力で手に入れた力なのだから、自分のために使って何が悪いのか。エルはそこまで考え、


「――えっと、まず、その、体の中の 、こう……熱い感覚を、捉えて欲しいのだけど」


 気づけばエルは、自身が言霊の魔術を扱う時の感覚を、フィオナに話していた。


「体の中の、熱い感覚?」

「え、えっと、うまく言えないのですが……そうだ、腕に、こう、血液が集まってくるようなイメージで、意識を集中させてみて欲しいんです。そしたら、なにかこう、熱いなにかが集まるような状態になる、と、思いますから」

「……?」


 フィオナは表情に疑問符を浮かべながら、右手の平をジッと見つめ、眉間にしわを寄せながら力を込め出した。


「……うーん、よくわかんない、けど……なんというか、確かに熱くはなるわ。けど、それだけ。これが、どうかしたの?」

「あ、えっと……そ、それが、もっとうまくコントロールできたら、僕の魔術が使える……ってことなんです。こ、言霊って、勝手に、名付けてるん、ですが」

「え、もしかして、今私に教えてくれていたの!?」


 エルは「あ、うぅ……」と黙り込みながらも、首を縦に振った。


「え、てことは、てことはよ! エルさん、私を弟子にしてくれるって言うの!?」

「い、いや、そ、そういうわけじゃないんだけど……」

「えぇー! 今のそう言う流れだったじゃん、絶対そうだったじゃん! ……あ、わかった! 私に何か、才能を見出したのね! それで教えたくなったとか! ふっふっふ、それならそうと言ってよお」

「あ、そういう、わけ、でも、ない……」

「違うのぉ!? えぇー、そういうの期待しちゃったのにぃ!」


 フィオナががっかりしたというふうに肩を落とす。エルはしまったと感じながら、無我夢中で頭を何度も下げ出した。


「ご、ごごごごめんなさい、その、決してあなたを罵倒している意味じゃなくて、そ、その、僕、この魔術を開発したばかりで才能だとかそんなのが見分けられるような、そんな凄いことできないんです! き、傷付けたいわけじゃないから、だからその、傷付かないで!」

「……な、なんか凄い下から謝るね。えっと、本当に年上? 実はすごい老けた13歳……とかじゃ」

「あ、ご、ごめんなさい。その、自分でもおかしいとは思ってるんですが……え、えと、その……父さんが、言ってたんです。たかだか相手の方が年下だってだけで、相手への尊敬を忘れる人間にはなるなって。だから、その、これは、僕より年下でも、や、やっぱり、そんなに付き合いがない人相手なら、こう、あんまり近すぎる距離感にいちゃダメだって、思って……」

「なる、ほど。……なんというか、理由を知ると立派に思えてくるわ。……あ、もしかして、その、私の言葉遣い、失礼ですか!?」

「あ、いや、あなたは気にしなくていいですよ。ぼ、僕が個人的な、その、ぽ、ポリシーで言ってるだけです、から……」


 エルは次第に手を慌ただしく動かし始めた。自分の考えだとか、信念だとかを話し始めるといつもこうなってしまう。言葉が整理できなくなり、次第に喋り方やジェスチャーまでもが崩壊していく。エルは泣きそうになりながら、恥ずかしさで顔を赤くしてしまった。


「そ、そう、ですか。……でも、あなたの方が正しいですもんね。まったく、こんなだから教養がないとか言われんのよ。……てあ、ごめんなさい、私もちょっと、言葉遣い、直そうと思います。
 それにしても、なんというか、やっぱり凄い人って、芯が一本、通ってますよね」

「……え? すごい、人?」

「はい。自分でオリジナルの魔術を作るなんて、普通できませんよ。だから、それをしたあなたは凄い人なんです。……その信念を聞いて、なんと言いますか――凄く納得したんですよ。ああ、やっぱりこの人も、格が違うなって」

「か、格……」

「はい。大人の中で、凄く尊敬できるって思わされた人は、親以外だとあなたと、私の師匠しかいません。……いや、もう、元師匠、だけど。とにかく、これでハッキリしました。あなたは、ついて行きたいって思わせるような、そんな人です。……やっぱり、私を弟子にしてくれませんか、エルさん」


 フィオナはあまりに真っ直ぐ、エルを見据えて言い切った。それは純粋で、確かな意思が込もっていた。

 そんな強い瞳を見てしまったからこそ、エルは。


「――僕は、そんなに――凄くなんて、ないよ」


 自身の無能さ、ちっぽけさを感じながら、そう受け答えてしまった。しかしフィオナは、「ほら、謙遜しちゃう。やっぱり、あなたは、凄い人です」と言い切ってしまった。


 ――そんな期待を、僕に向けないでくれ。エルはその言葉を出せずに、ただ黙って、森の中を歩き出した。
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