言霊の魔造師~低ランクパーティさえ追放された劣等の僕が、オリジナルの魔術で英雄になるまでの話~

オニオン太郎

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第1話『劣等種』

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 ガヤガヤと騒がしさの止まない冒険者ギルドの中。エルは自身が所属するパーティのメンバー3人と共に、たくさん並んだ長机のうちの1つに座っていた。


「……皆さん。今日はわざわざ集まっていただいて、ありがとうございます。……なんで集まって貰ったか、理由はなんとなく、わかっていると、思いますが」


 パーティのリーダー格である緑髪の少年、リュカが、頭を下げながらそう言った。エルは顔を青ざめ机の下でしきりに手を動かしながら、これから何を言われるかを予期して不安に駆られていた。


「……今回集まってもらったのは……エルさん。あなたの、これからについてです」


 リュカが少し表情を歪ませ、エルから目を逸らした。エルは『ああ、またか』と思いながらも、何も言うことができなかった。


「その……僕たちはみんな、Cランクに上がりました。……あなたを、除いて」


 エルは胃の痛みを我慢しながら、「う、うん……」と小さく呟いた。


「エルさん。あなたのランクは現在D-。E、E+と来て、下から数えて3番目のランクです。Cまでには、D+,を経て、さらに1段階ランクを上げて、昇級クエストを受けなくちゃいけません。
 ここ1ヶ月間、僕たちはあなたがランクを上げられるように手伝って来ました。ですが、あなたは未だ、そのランクから階級を上げることができていません」


 知っている。そんなことは、十分に。エルは拳を握りしめながら小さく「うん……」と呟いた。


「エルさんは、僕たちよりも長い期間ギルドにいたんですよね。だからこのメンバーの中では最高齢の26歳で、でも、それでもずっとD-のランクに居続けています。
 正直なところ、限界です。いつまでもあなたをパーティに入れていると、僕たちが先へと進めなくなります。ですので、その……心苦しくは、あるのですが――」

「パーティを、抜けて、欲しいんです、よね?」


 エルは手をモゾモゾと動かしながら受け答えた。リュカが黙ったまま、コクリと頷く。

 ――ああ、やっぱりか。エルはそんな冷えた絶望感が胸に拡がるのを感じながら、ゆっくりと、頭を下げた。


「わかりました。……パーティ、抜けます。その、えっと、今まで、ありがとう、ございました。……迷惑をかけて、ごめんなさい」

「……申し訳ありません」

「いえ。当然、です、よ。僕みたいな、その、劣等が、パーティに誘って貰えただけでも、ありがたかったんです。む、むしろ、感謝して、います。僕のために、皆さん、あり、がとう、ございました。……そ、その、これからの、健闘、というか……か、活躍、期待しています」


 エルはそう言って立ち上がり、再び頭を下げた。リュカは申し訳なさそうに頭を下げ、パーティのメンバーも皆、居心地が悪そうに表情を歪めていた。

 ――本当に、良い人達が集まったパーティとだったと思う。この3人はこれからも、自分たちの絆を信じて活躍していけるだろう。
 僕なんかとは違う。エルはそう心の中で呟くと、そそくさと逃げるようにその場を立ち去った。
 途中、彼は何度も椅子や床のでっぱりなどに引っかかり、転びそうになった。


◇ ◇ ◇ ◇


『それではまず初めに、魔術の基本について教えましょう』


 広い砂地で、1人の女騎士が目の前に集う大勢の生徒に向かってそう言った。当時12歳だった少年、エル・ウィグリーはその大勢の生徒の中の1人であった。


『初めに理解しておかなければならないのは、魔力とその供給源についてです。
 魔力とはこの世界にあふれる神の力そのもの。様々な現象を引き起こし、様々な命を芽吹かせる、まさに万能の力です。
 魔力には4つの属性があります。炎、水、天、そして地の属性。この4つを組み合わせることで、私たちは様々な現象を引き起こすのです。それが、魔術というもの』


 エルはその話を熱心に聞いていた。
 正直なところ、こんな話は何年も前に理解していた内容だった。別段凄いことでもなく、それはもはや世界共通の常識と言っても良い知識だったからだ。


『では、この魔力というものを、私たちはどうやって使役するのでしょうか? ……その手法こそが、【共鳴】と言う技術です。
 残念なことに、我々人間には魔力が宿っていません。しかし我々は魔力を他の物質や生物から借りてくることができます。魔力を借りてくる力、及びその技術を【共鳴】と言います。そのため魔術を使うためには、何よりもまず共鳴という基礎ができなければ話になりません』


 エルは鼻息を荒くしながらその内容を聞き続ける。すると教官の女騎士が、スっと剣を鞘から抜いた。


『そしてその技術を高めると――このようなことが、できるようになります』


 そして女騎士は、剣を赤色に光らせると、それを思い切り振り下ろした。

 ブオンと言う音と共に。剣から一直線に極太の火柱が飛び出し、それはこの砂地を滅茶苦茶に荒らしながら遠くへと消えていった。


『これは私が持っている力の、ほんの3割程度。皆さんも技術を研鑽すれば、こんなこと、造作もなくできるようになります。
 改めて、ようこそ。ここが【第2魔術エンチャント】の総本山、魔術学校の名門、【チェイン・アームズ】です』


 女騎士のパフォーマンスに生徒たちは感服した。それはエルも例外ではなかった。

 なんとか掴んだ、名騎士への登竜門。エルは騎士の最高権威である『聖騎士』になる夢を叶えるため、気を引き締めた。


 ……しかし。エルはこの時初めて挫折というものを味わった。

 名門校に入ってから1年。エルは成績で落ちぶれてしまい、挙句の果てには学校から除籍されたのだ。

 エルは死にものぐるいで勉強をし、魔術と武術の研鑽に努めた。しかし彼は1年の間で、基本中の基本とさえ言われた『共鳴』の技術を、全くと言っていいほど会得できなかったのだ。

 その結果彼は下から数えて4番目の成績しか得られなかった。除籍を言い渡された日、エルは醜く教官達に泣きつき、今の何倍もの努力をするから、必ず結果を出すからと懇願した。しかし結末は変わらなかった。


『何の努力もしないからそうなったのだ』


 その日、同期の門下生に言われた一言は、13年が経った今なおエルの脳内にこびりついていた。


◇ ◇ ◇ ◇


 ギルドでパーティからの追放を受けたあと。エル・ウィグリーは自身が住む借家へと戻って来ていた。

 家賃は月に2万ガラン。この街の栄えぶりを考えるとかなりの安さだが、それでもエルにはこの金額を稼ぎ、かつ生活をしていくだけでもかなりの労力が必要だった。


「……ただいま」


 誰もいない虚空の部屋に、エルの声がこだまする。エルはそのまま荷物を投げ出し、粗悪なベッドに身を放り投げた。

 ごすん、と音がし、エルはベッドに突っ伏しため息をつく。胸にあるのは、いつも澱んでいる泥沼のような感情のみ。

 エルがパーティを追放されたのはこれが初めてではなかった。冒険者として登録してから13年、本格的に活動をしだしてからは4年余りが経過しているが、その回数は100に近い。


 ……思えば、自分の人生はこんなことばかりが続いているな。エルは無意識に過去の記憶を思い出していた。


 13歳で【チェイン・アームズ】を除籍された後。エルは冒険者としてギルドに登録し、諦めきれなかった聖騎士の夢を叶えるため、独学で勉強と訓練、そして実戦での経験を積もうと躍起になっていた。強くなれば、またあの登竜門に戻ってこられると信じていたからだ。

 しかし、結果は散々。15歳になった時、彼はようやく、【チェイン・アームズ】という学校に戻ってくることを諦めた。

 しかし、彼は夢を諦めたわけではなかった。

 その後彼は、『第2の魔術、エンチャント』がダメなら、別の道があるはずだと考えた。

 魔術とは言わば魔力の使い方の事だ。第2の魔術エンチャントと言うのは、いくつかある使い方の内の1つでしかない。エルは『他の魔術の使い方』を学ぶことで、騎士、もしくはそれに準ずるなにかになろうとしたのだ。

 しかし、今存在している流派には全て入門したが、その全てで彼は破門を言い渡されている。

 その間にもエルは歳を重ね、21歳になり、とうとう騎士の夢を諦め、普通に生きようと思うようになった。

 しかし、挫折はそこで終わらない。人生で散々罵られ、失敗してきた彼は、対人関係に支障をきたすほどの歪みを作ってしまった。

 結果、まともに働くことも出来ず、『僕には普通さえ、許されないのか』と考えるようになった。この時彼は22歳で、それから冒険者として本格的に活動を始め、今現在の状態がある。


 22歳から4年もの間、クエストを受け日銭を稼ぎ、獅子奮迅の活躍をしようと頑張ってきたが、それでも今のランクはD-だ。
 一般的に、この域に達するまでには3ヶ月とかからないと言われている。しかしエルは、4年経ってなお、3ヶ月の域にしか至っていないのだ。

 この世界は『魔術』の力が強い。武芸は魔術の補佐でしかない、と言われるほどにだ。すなわちそれの扱いが極めて下手な彼は、『一般人以下』でしかないのだ。

 自分は普通にさえ至れない劣等種だ。そんなまがまがとした劣等感が、こんなことが起こる度、大きく、強く、膨れ上がり。その度彼は、


「あああああ、ダメだダメだダメだ!」


 こうして叫びを上げ、ベッドから起き上がっていた。


「……わかってるだろ、エル・ウィグリー。この世界は残酷だ、結果の出せない奴は努力さえ否定されちまうんだ。僕がここでグズグズしたって、始まらない」


 そしてエルはベッドから降り、部屋の隅にある、いつも魔術の勉強に使っている机に向かった。


「父さんも言っていただろ。落ち込むな、後ろを向くな、頑張れ、前を向けって。今がその時なんだ、僕はここで諦めちゃいけないんだ。せめてなにか、世界に爪痕を残さないと」


 エルは椅子を引き、座る。机にノートを広げ、空き缶に入れられたペンを取り、もうすぐ無くなりそうになっているインクを付け、紙に筆を走らせる。


「……文字だけは、自信があるんだけどなぁ」


 スラスラと大層綺麗な文字で文章を書く。

 彼が今書いているのは、ある魔術――と言うより、自身が過去に遭遇した謎の現象に対する考察と研究だ。

 昔。エルが幼い頃、彼は摩訶不思議な現象を引き起こしたことがある。


『ぶっ壊れろ!』


 親との喧嘩のさなか、彼はついそう叫んだ。すると途端、彼の傍らにあったガラス製のコップや鉄の鍋が壊れ始めたのだ。

 それは異様な体験だった。その時に放った言葉――『ぶっ壊れろ』が、まるで家具を壊していったかのようで。


 エルはこの現象にはなにか秘密があると踏んだ。以降彼は、幼い頃からこの現象を解き明かすため、勉強に勉強を重ねてきたのだ。

 彼が無能であるにも関わらず名門校に入学出来たのは、この魔術に対する勉強の影響が大きい。彼が持つ知識量は周囲の比にならない。事実『勉学だけ』で言うならば、学校内でも敵無しであった。


 それはどちらかと言うと趣味や好奇心と言える類の物だった。だがエルはどことなく、この謎を解き明かすことが自身の運命を変えるような気がしてならなかったのだ。


「僕にはこれしかないんだ。この無駄な知識だけが、僕の持つ力なんだ。だから、だからこれをするしか、僕には、道が、ないんだ」


 強迫観念とも言える執着。何度も自身にかける暗示。その中でも彼の胸の声は大きくなる。

 どうせ無理だ。諦めろ。このまま死んだ方が楽だ。そんな言葉と、『頑張れ』『前を向け』と言う言葉が、胸を、脳を反響し合い。


 ――やがて彼は、ペンを置いた。


「――どう、やって」


 彼はそして、大粒の涙を目に浮かべ。それをポロポロと、机の上にこぼした。


「どうやって、頑張ればいいんだよ。どうすれば、前を向けるんだよ。僕にはそんな、未来なんて、見えないよ」


 もしもこの道さえ途絶えてしまったら。そんな不安が、絶望となって押し寄せる。


 その後、彼はペンを取ることもなく、無気力に机に突っ伏し、そのまま眠りについた。
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