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10 黄金の汗
しおりを挟む島は夏本番となり、子供達が夏休みに入る時期を見計らい分校の教師又吉翔と島袋千夏は日頃世話になっている人たちを集め、海人でささやかな披露宴を兼ねた婚約発表会を開いた。
海人では若い二人を祝うため村長や与那国島から本校の校長や同僚の教師なども駆けつけ諒太とチーリンも二人の門出を祝うため参加した。
海人には二人の教えている子供達も参加し手作りで会場の装飾が施され、あたたかな雰囲気が造られた。
二人はこの後本島に移り又吉の故郷で式を行う予定だ。
島ではそんな喜ばしい話題で満ちている頃、与那国島から着いたフェリーのタラップを降りる二人の若い男がいた。
一人はひょろっとした体格で前歯が出ている。 着ているTシャツにはアニメの少女のプリントがしてある。背中に背負ったリュックサックにはカエルのキャラクターのキーホルダーが付いていた。
もう一人の方はずんぐりとした体格で背が低い。頭にはバンダナを巻きこれも着ているTシャツにはスターウォーズのプリントがしてある。
二人とも銀縁の眼鏡をかけ、いかにもオタクの風貌の二人はこの島ではちょっと浮いて見える。
背の低いずんぐり男がひょろっとした男に声をかけた。
「ねぇ紳々、いくらなんでもフェリーを乗り継いで来なくても飛行機使えば良かったのにぃ…僕もう船酔いが続いて気持ち悪いよぅ…」
「しょうがないだろ竜々、お金浮かせなきゃいけないんだからさ。
何たってこの島のバイトで稼いだお金で夢にまで見た秋葉原でラブリーライブのイベントに行くんだからな」
「そうかぁ~そうだよねぇー
もう僕楽しみで眠れないよぅ」
「バイトをしながら卒論の題材を研究できるなんて一石二鳥じゃないか?」
北大の獣医学部で牛の研究をしている中国人留学生の紳々と竜々はいつも北海道で研究している乳牛と日本最西端の島で飼育されている与那国牛の生態を比較研究するため夏休みを利用してここ美波間に降り立ったのだった。
二人は多少よこしまな考えを持ちながら美波間島にやってきたのだが、フェリーの発着場を出てもこの島にはバスもタクシーもないことにこのとき気がついた。
「紳々、どうやって津嘉山さんの牧場までいくんだよぅ?」
「バスもないんじゃ歩いていくしかないだろ?」
「えー、もう僕暑くて死にそうだよぅ」
「うるさいな竜々、文句ばかり言っていると置いていくぞ」
「待ってよぅ、紳々~」
二人はとぼとぼと暑い日差しの中を歩き出した。
チーリンはあれから毎日欠かさず清子オバアの家に行っては料理を教えてもらっていた。
その成果もありチーリンの料理の腕は見違えるほど上達していった。
女優をしていたころには味わうことができなかった家事の出来ることを日々の喜びとしてを充実した毎日を送っていた。
諒太は相変わらず自分の畑の仕事をしながらその合間に高齢の島民が困っていると無償で手伝いをした。
又吉・島袋の宴から数日経ったある日、畑で収穫した芋を島の集荷場へ持ち込むため家の庭先で大きさ別にコンテナボックスに仕分けする諒太の作業を縁側に腰掛け、チーリンはじっと見つめていた。
諒太はチーリンの視線が気になり声をかけた。
「何だ?」
「皆さん真田さんの作ったお芋 とても美味しいって言ってました…」
チーリンは膝を抱え上目遣いに物欲しげな表情で芋を見つめた。
「何だ? 芋食べたいのか?」
「いいんですか⁈」
チーリンは表情を明るくした。
「君のようなセレブがこんな庶民が食べるような芋を食べるのか?」
「バカにしないでください。私だって夜市の屋台の食べ物とか好きでよく行ったりもするんですよ。
むしろ堅苦しいのは私あまり得意じゃないんです…」
「そうか…
ただし女子が好きそうなスイーツなんて気取ったものは作れないぞ。
俺にできるのは焼くか蒸すかどちらかだ」
「普通に食べられれば私は十分です」
「わかった。今から蒸してやるから待ってな」
諒太は適当な大きさの芋を数本手に取ると台所へ向かった。
チーリンも芋を蒸す手順を覚えるために諒太の横に立った。
20分もすると立ち昇る蒸気とともに芋の甘い香りが広がってきた。
諒太は湯気があがる熱々の芋を皿に移すとちゃぶ台に移動した。
半分に割るとサツマイモから黄金色の断面が現れた。
「ほら。熱いから気をつけな」
諒太はチーリンに半分にした熱々の芋の片方を手渡した。
チーリンは早速かぶりついた。
「甘ーい! こんな美味しいサツマイモ食べたの私初めてです!」
普通のサツマイモとは違いねっとりとした甘さは蒸しただけなのにまるで調理されたスイートポテトに勝る甘さでしかもくどくない。
まさにチーリンにとって生まれて初めて出会う味であった。
美味しそうに食べるチーリンの顔を穏やかな表情で諒太は見守った。
「黄金芋(おうごんいも)は別に黄金のような価値がある訳じゃない。
火を通した後のその見た目が黄金色になるところから黄金芋と呼ばれているんだ。俺がこの島に来た時、まだ美波間島にはこの品種は栽培されていなかったんだ。
君が通っている 桑江清子 さんの息子さんの信之さんが石垣島のホテルで料理長をしているんだが、一度この黄金芋をお土産でもらったことがあってね、それを食べたとき世の中にはこんな芋があるんだって感動したんだ。それから俺は一年荒地を開墾して土づくりをしてから本島から種芋を取り寄せて栽培を始めたんだ。
だけど最初のころは思ったようには上手くはいかなかった…
俺は当時農業をなめていたんだ…」
諒太は過去を思い出すかのように語り出した。
「俺はこの島に来る前はエンジニアとして当時世に出る前のスマホや携帯ゲーム機の開発に携わっていた。
それなりに成果もあげたし、まだ20代だった俺には出来ないことはないと有頂天になっていた…
その時は正直農業なんて誰にでもできる職業だと見下していたんだ。
そしてあの震災に見舞われ全てを失った俺はこの島に来た。
この芋だって土に植えれば収穫できるくらいに思っていたんだ。
だけど、最初の年…次の年…全く食べられるような芋は出来なかった。
俺は土地の風土や気候、土の成分を全く理解していなかったんだ。
それから島の農家の人の助言をもらい、一から農業を研究してやっとここまで収穫できるくらいになったんだよ。 俺は驚いたよ。農業ってやつはまさに科学の知識が必要じゃないかって。 天気、水質、大気、土の栄養、害虫対策、様々な知識がないと作物は育たないんだってことに気づいた。 それを農家の人たちはひけらかす事もなく淡々と受け継いでいる。 俺だってたまには畑作業がしんどく感じることだってあるんだ。
だけど80を超えたご老体が現役でしゃっきりとして畑に出ている姿を見ると俺はまだまだ甘いと感じるよ。
それだけ大変な思いをして作った作物を人に美味しいって食べてもらえることが農家にとって 何より嬉しいことなんだ。
手塩にかけた作物は自分の子供と一緒だからね。
今ではこんなに素晴らしい仕事はないと思っているんだ。
これは研究室にこもっていたんじゃわからなかった事だと思う…」
諒太はそう言うと芋を頬張った。
その翌日…
美波間島に暗雲が立ち込めた。
波平村長が忽然と姿を消したのだ…
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